
お金という「架空の力」と人間の本能
お金に対する欲望は、人間が生まれ持つ本能ではない。そもそもお金という概念自体が人間が作り出したものであり、自然界には存在しないからだ。お金にはものと交換できる価値があると社会の全員が信じており、発行体である国家に信用があるからこそ成り立っている「共同幻想」に過ぎない。
しかし、見方を変えれば、お金は「ものを所有し、環境を支配できる力」そのものである。他者や環境をコントロールしたいという「力への欲求」は、人間の、いや動物としての根源的な本能かもしれない。人間が作り出した架空の存在であるお金に、私たちがここまで翻弄されるのは、それが本能に直結する「力」を内包しているからだ。
今回は、そんなお金に対する人間の欲望と、私たちが無意識に抱く「高潔さへの幻想」を揺さぶる、ある介護施設でのエピソードを紹介したい。
遺産放棄で見せた「人間としての品性」
これは、介護職をしている知人から聞いた実話である。
ある介護施設に、車いすに乗った86歳のおばあさんが新たに入居してきた。彼女は脚こそ不自由だったが、認知機能は極めて明晰で、職員たちとも楽しく雑談を交わす聡明な人物だった。
彼女は決して裕福な家の生まれではなかったが、生涯を通じて真面目に倹約して生きてきた。不幸にも夫を早くに亡くしたが、その後も夫の父親(義父)を献身的に介護し続けたという。介護の甲斐あってか、義父は家族と彼女に看取られて穏やかに旅立った。
それから数日後、彼女のもとに思いもよらぬ知らせが届く。義父が「数億円の遺産を彼女に相続させる」という遺言を遺していたことが、弁護士からの連絡で判明したのだ。
彼女自身も驚いたが、それ以上に激高したのが義父の実子たち(亡き夫の兄弟たち)だった。「血縁関係のない者に相続させるのはおかしい」と、訴訟も辞さない構えで彼女に詰め寄った。
しかし、彼女の対応は聡明かつ毅然としたものだった。
「私はお金なんかいりません。お金のために介護をしたのではありません」
きっぱりと言い放ち、彼女はその場で相続を放棄した。親族たちはあっけにとられたものの、もめ事の種が消えたことで、手続きは円滑に進んだ。
この話を聞いた知人の介護士が、後日彼女に「お金が惜しくなかったのですか?」と尋ねた。彼女は気丈にこう答えたという。
「私はお金なんかどうでもいい。そんなものよりも、お金にまみれて人間としての品性を失いたくなかったのよ」
介護士はその高潔な姿勢に深く感動し、昼休みに同僚たちにもその話を共有した。話を聞いた職員たちもみな痛く感動し、そのおばあさんの施設内での評判は「気高く、欲のない素晴らしい人」として一気に高まった。
七夕の短冊に書かれた本音
それから数日後、七夕の日のことである。
一人の介護員が、慌てた様子で休憩室に駆け込んできた。
「見てください、これ!」
差し出されたのは、例のおばあさんが書いた七夕の短冊だった。そこに力強く書き殴られていた文字を見て、職員たちは目を見張った。
「イチオクエン ホシイ」
休憩室は爆笑に包まれた。
「相続しなかったのめちゃくちゃ後悔してるじゃないですか!(笑)」
「誰よりもお金欲しいじゃないですか(笑)」
次々と溢れる職員たちのリアクション。いったい数日前のあの高潔な話は何だったのか、感動を返してくれと言わんばかりの盛り上がりだったという。
そこで別の介護士が、「なぜこの短冊を書いたのか、本人に直接聞いてみよう」と提案した。早速、その介護士は短冊を携えておばあさんの元へ向かい、尋ねた。
職員 「XXさん、一億円欲しいんですか?」
おば 「欲しい」
職員 「でも、こないだお金なんかいらないって言ってたじゃないですか。相続の話のときに」
おば 「お金持ちになりたい。お金欲しい」
職員 「相続しなかったの後悔してるんですか?」
おば 「……イチオクエン ホシイ」
職員 「……(笑)」
彼女の表情は真面目そのものであり、冗談を言っている様子ではなかった。
美徳と本音は両立する
おばあさんが遺産放棄を後悔しているかどうかは定かではない。しかし、確かに思い返してみると、彼女は「品性の方がお金よりも大事」とは言ったが、「お金が1円もいらない」とは一言も言っていなかった。お金は欲しい。しかもいっぱい欲しい。だからこその「イチオクエン ホシイ」である。
私たちは、人間の美しい部分と本音の部分を、同じ人物からこれほど短い期間に対極的な形で突きつけられると思っていなかっただけなのだ。
人間は、お金でもめるくらいなら、品性を守るためにそれを拒絶することもある。しかし、誰とももめず、何の見返りも義務もなくもらえるのであれば、普通にお金は欲しい。それが人間の偽らざる本音である。
それをお金に全く興味のない「高潔な聖人」という勝手なイメージに曲解し、勝手に感動し、勝手に裏切られた気になって爆笑した介護士たちの側にこそ、人間に対する固定観念があったと言える。
品性を保ちたいという美徳と、お金が欲しいという生存本能に根ざした欲求は、矛盾なく同居する。そんな当たり前の一面を、ユーモアとともに思い出させてくれる、極めて人間らしいエピソードである。