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MVP ARCHIVE HISTORY | American Civil War 1861-1865 / 南北戦争 - 奴隷制度をめぐる対立と国家の分裂

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    American Civil War 1861-1865 / 南北戦争 - 奴隷制度をめぐる対立と国家の分裂

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    南北戦争

    1861年から1865年、アメリカ合衆国は国家を二分する内戦を経験した。

    北部を中心とする Union( 合衆国 )と、合衆国から離脱した南部11州による Confederate States of America( アメリカ連合国 )との戦争である。

    約4年間の戦争によって数十万人の軍人が死亡し、特に南部では都市、鉄道、農地、産業などに大きな被害が生じた。

    1776年、アメリカは自由と権利を掲げて英国から独立した。
    しかし、その国家の内部には人間を他者の所有物として扱う制度が残され、建国時から存在したこの矛盾は、西部への領土拡大によって政治問題として拡大し、最終的に国家そのものを分裂させた。

    南北戦争 は、自由を掲げて成立した国家が、その自由と権利を誰に認めるのかをめぐって直面した最大級の国内対立でもあった。

    北部と南部

    19世紀前半のアメリカでは、北部と南部で異なる経済・社会構造が発達、北部では工業化と都市化が進み、製造業、鉄道、商業、金融などが拡大した。

    南部では綿花、タバコ、米などを生産するプランテーションが経済の重要な部分を占め、その労働力として多数の奴隷が使用されていた。

    北部にも奴隷労働によって生産された綿花を扱う商業や金融、繊維産業が存在し、南北の経済は相互に接続していた。

    政治的対立の中心となったのは、奴隷制度 を維持し、さらに新しい領土へ拡大できるのかという問題だった。

    西部拡大が生んだ問題

    新しい州で 奴隷制度 を認めるのか。
    奴隷州と自由州の数は、連邦議会、特に各州が同数の議員を送る上院の勢力関係を左右するため、奴隷制 の拡大は、地域の制度だけではなく国家の政治権力に関わる問題となった。

    1820年の Missouri Compromise、1850年の Compromise of 1850な どによって妥協が試みられたが、領土が拡大するたび、問題は再び現れた。

    1854年の Kansas–Nebraska Act では、新領土で 奴隷制度 を認めるかを住民の判断に委ね、カンザスには 奴隷制 支持派と反対派が流入し、双方の間で暴力が発生、Bleeding Kansas( 流血のカンザス )である。

    Lincolnと南部諸州の離脱

    1850年代には、奴隷制 の新領土への拡大に反対する勢力を中心として Republican Party( 共和党 )が成長した。

    1860年、その共和党候補 Abraham Lincoln が大統領選挙に勝利する。
    Lincoln は当初、奴隷制度 がすでに存在する州ですぐに制度を廃止することを公約としていたわけではない。
    しかし、新しい領土への 奴隷制度 拡大には明確に反対していた。

    Lincoln の当選後、South Carolina を最初として南部諸州が相次いで合衆国からの離脱を宣言、1861年、離脱州は Confederate States of America を形成、最終的に11州が参加し、Jefferson Davis を大統領とする別政府が成立。

    奴隷制度と「州の権利」

    南北戦争 については、奴隷制度 だけでなく「 州の権利 」をめぐる対立だったという説明も存在する。
    州と連邦政府の権限をめぐる問題が存在したこと自体は事実であるが、重要なのは、何について州が自ら決定する権利を要求したのかという点にある。

    南部各州が残した離脱宣言などの文書には、奴隷制度とその維持が繰り返し記されており、Confederate States of America の憲法も 奴隷制度 を明示的に保護した。

    州権問題、領土問題、政治的勢力争い、南北の経済構造は、それぞれ独立して存在していたのではなく、その多くが奴隷制度をめぐる問題を中心として接続していた。

    戦争の始まり

    1861年4月、South Carolina の Charleston Harbor にある Fort Sumter を南軍が砲撃し、南北戦争が始まる。

    Lincoln 政権 が当初掲げた主要目的は、離脱した州を Union へ戻し、合衆国を維持することであったが、戦争が進むにつれて、奴隷制度そのものが戦争目的へ組み込まれ、北軍が南部へ進出すると、奴隷状態に置かれていた人々が北軍支配地域へ逃れた。

    奴隷労働は南部の農業だけでなく、輸送や軍事施設建設などにも使用されており、奴隷制度を維持することは、南部社会だけでなく南軍の戦争遂行とも接続していた。

    Emancipation Proclamation

    1863年1月1日、Lincoln の Emancipation Proclamation( 奴隷解放宣言 )が発効され、対象は合衆国に対して反乱状態にある地域の奴隷だった。
    この宣言だけでアメリカ全土の奴隷制度が直ちに廃止されたわけではない。

    Union の維持だけでなく、奴隷制度 の破壊が北軍の戦争目的として明確になり、アフリカ系アメリカ人男性の北軍参加も進み、最終的に約18万人の黒人兵士が北軍で軍務に就いた。

    戦争中に変わる国家

    南北戦争 のもう一つの重要な側面は、国家が戦っている最中に、アメリカの制度そのものが変化したことである。

    1862年には Homestead Act が成立し、西部への入植と土地取得が促進され、同年の Pacific Railway Acts は大陸横断鉄道建設を支援した。
    Morrill Land-Grant Act は農業や工学などを教育する大学の発展を促した。

    1863年以降の National Banking Acts では、全国的な銀行制度と統一的な通貨制度の整備が進められた。

    戦争によって国家が破壊される一方、土地・鉄道・教育・金融という戦後のアメリカを支える制度が同時に形成されていき、南北戦争を境として、連邦政府の役割は以前より大きくなっていく。

    戦争の終結と奴隷制度廃止

    1865年4月9日、南軍の Robert E. Lee は Virginia 州 Appomattox Court House で北軍のUlysses S. Grantに降伏、他の南軍部隊も相次いで降伏し、約4年間続いた内戦は終結する。
    南部諸州の離脱は失敗し、United States は一つの国家として維持された。

    同年12月にはアメリカ合衆国憲法修正第13条が成立、犯罪に対する刑罰を例外として奴隷制と強制的隷属が禁止された。
    建国から約90年間存続した大きな制度的矛盾の一つが、法的解決をみる。

    Lincoln暗殺とReconstruction

    しかし戦争終結直後の1865年4月14日、Lincoln は Washington D.C. の Ford's Theatre で John Wilkes Booth に銃撃され、翌日死亡した。
    アメリカは戦争の終了とほぼ同時に大統領を失い、新しい問題が残された。

    約400万人の解放された人々の市民として国家へ組み込み。
    南部諸州をどのような条件で Union へ戻すのか。
    投票権、教育、土地、労働、司法をどのように扱うのか。

    ここから Reconstruction( 南部再建 )が始まり、修正第14条による市民権と法の平等、修正第15条による黒人男性の参政権保障などが進められた。
    しかしその後、南部では人種隔離や投票権制限を伴う Jim Crow 体制が形成される。

    奴隷制度 は廃止されたが、奴隷制度 によって形成された社会構造まで1865年に消えたわけではなかった。

    自由は誰の権利なのか

    アメリカは1776年、英国による統治からの独立を宣言し、自由、平等、権利という理念が掲げられたが、建国後も 奴隷制度 は存続した。

    つまり国家としては自主独立を要求しながら、その国家内部ではすべての人間に同じ基本的権利が認められていたわけではなかった。
    南北戦争 と 奴隷制度 廃止は、この矛盾を大きく変える転換点となった。

    Abolition → Reconstruction → Jim Crow → Civil Rights Movement
    と、その後さらに約100年にわたる歴史が続く。

    アメリカ史では、建国時に掲げられた理念と現実の間に存在する差が、対立と制度改革を通じて繰り返し問い直されていった。

    Archive Point

    American Civil War( 南北戦争 )は、1861年から1865年まで続いたアメリカ合衆国の内戦である。

    奴隷制度 をめぐる長期的対立は、西部への領土拡大によって連邦政治全体の問題となり、1860年の Abraham Lincoln 当選後、南部諸州が離脱し、Confederate States of Americaを形成した。

    戦争中には Emancipation Proclamation が発効し、1865年の北軍勝利後、憲法修正第13条によって 奴隷制度 そのものが廃止され、連邦政府の役割を拡大、国家としてのUnited Statesの一体性を強め、その後の市民権をめぐる長い歴史の出発点にもなった。

    南北戦争 は、その矛盾が国家分裂にまで達した出来事であり、同時に 「 自由とは誰に認められる権利なのか 」を国家全体で問い直す大きな転換点となった。

    1865年、戦争は終わった。
    その続きは、Reconstruction、Jim Crow、そして Civil Rights Movement へと引き継がれていく。

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