
やさしい魔導書 あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございます。
《やさしい魔導書》は、魔法の世界を舞台にしていますが、かなり露骨に、生成AIやバイブコーディング、インフラ、セキュリティの話として書きました。
《やさしい魔導書》は、便利な魔法道具です。
でもそれは、使う人が魔法を理解したという意味ではありません。
魔導書は人の願いを“理解”しているわけではない。
言葉に反応し、願いの重みを測り、文脈に応じて術式を選んでいるだけです。
魔導書の仕組みは、TransformerやAttention機構を意識しています。第1話の魔導書の説明で同業なら気づくと思います。
AIは意味を分かっているというより、言葉と言葉の関係に重みをつけることで、分かっているように見える尤もらしい出力を返します。
リオは魔導書を使えます。
でも、魔法そのものを理解しているわけではありません。
これは、AIでコードを書けるようになった人が、設計・依存関係・障害対応・セキュリティ・運用責任を理解しないまま、「作れた」と思ってしまう感覚に近いと思っています。
作中の瘴気事件も、少女の魔導書も、王都中の魔導書を黙らせる術式も、すべて同じ問いにつながっています。
便利なものに、どこまで任せていいのか。
安全そうに見える仕組みは、本当に誰も傷つけていないのか。
人間は、いつの間にか判断する力まで手放していないか。
私はAIを否定したいわけではありません。
むしろ、この物語の制作にも誤字脱字、挿絵生成、構成管理、矛盾点の発見にAIを使っています。
だからこそ、使えることと、分かっていることは違う、と思っています。
AI時代に必要なのは、AIを拒むことではなく、何を預け、何を預けないのかを考え続けることだと思います。
自分が使っているものが、何を燃料にしているのか。
どこまで触れているのか。
暴走したとき、どう止めるのか。
その問いを少しでも思い出してもらえたなら、この物語を書いた意味があったと思います。
という考えも、いつか古いと言われるんでしょうね