
創作大賞と背後霊と読字障害
「…診断結果は、読字障害が認められます」
聞いた瞬間
世界の色が無くなって
何も聞こえなくなる
…はずだった。
正直、検査を受けるのも少し怖かった。
違うと言われたらどうなるのか。
本当にそうだと言われたらどうなるのか。
どちらも予想がつかなかった。
ドラマとかでよく見るやつ。
ヒロインがガーンって打ちひしがれる天変地異、みたいな。
そんな風になってしまうのかもと
心のどこかでは思っていた。
でも実際は…
「ですよねー」
かなりあっさりめだった。
強がっているわけではない。
多少のショックは、もちろんある。
でも、意外と冷静だった。
ずっと肩の辺りに気配を感じていた
背後霊の正体が分かった感じ。
40年以上、そいつはずっとそこにいた。
小さい頃から
文章を読むのが苦手だった。
人より遅い。
理解に時間がかかる。
とにかく疲れる。
今思えば
背後霊が肩の辺りからずっと邪魔をしていた。
もちろん当時はそんなこと知らない。
その背後霊に正式名称があることも知らない。
ただ
「なんか他の人と違う」
という感覚だけはあった。
でも
肩付近にいる「それ」を直視はできなかった。
貞子みたいな悪霊だったら。
とんでもない怪物だったら。
気持ち悪いゾンビだったら。
もしくは
やたら距離感の近い変なおじさんだったら。
それはそれで、怖い。
何かいるのは分かっているけど
得体の知れないものを見る勇気がなく
ビビっていた。
何事もなかったかのように
ある日突然いなくなったりしないかな…
とかも思ったけど
「それ」は相変わらずそこにいた。
「それ」と向き合いそうになる作業は
極力避けてきた。
その1つが「書く」という事。
文章を書くと
それが間違っていないか
表現はおかしくないか
読まなくてはいけない。
危うく、向き合いかける。
それは避けたい。
得体の知れない背後霊とは
適度な距離感を保ちたい派だった。
だから長文を書くなんて、もっての外だ。
書いたら読まなきゃいけない。
書けば書くほど、読む量が増える。
読んだら、いることが思い出される。
そんな私が
なぜか創作大賞に1万字近い作品を出した。
なぜ書いたのかと聞かれると困る。
人生を変えたかったわけでもない。
過去と向き合いたかったわけでもない。
自分探しをしたかったわけでもない。
ただ
書きたくなった。
シンプルにそれだけだった。
春になると明るい洋服が着たくなる。
私の場合は
なぜか1万字書きたくなった。
そこに、大きな理由はない。
我ながら意味が分からない。
結果
背後霊と向き合わざるを得なくなった。
都合よく消えてくれるわけはない。
40年以上いるのだ。
そろそろ一度くらい
顔を見ておいてもいい気がした。
まぁ、観念したという心持ちで
病院の問診票を書いた。
「…診断結果は、読字障害が認められます」
40年越しの初対面。
そこにいたのは
貞子でも
怪物でも
ゾンビでもなく
ザキヤマみたいなやつだった。
「やっと振り返ってくれましたねー」
「いや、見えてはいたんだけど」
「見えてたんですか?」
「雰囲気的には見えてたよ」
「じゃあ何で今まで無視してたんですか?」
「怖かったからだよ」
「あらっ、かわいい所あるんですね」
……。
私が40年間ビビってた正体って、こいつかよ。
読字障害という診断が下った時
なぜかこんな感覚になった。
同時に
せっかく正体が分かったから
私はザキヤマのような背後霊と
少し向き合ってみたくなった。
「いやぁ、結構昔からアピールしてたんですけどねー」
「例えば?」
「小学校の国語とか」
「あぁ、お前か」
音読の時間が苦痛だった。
読書感想文からは逃げ出したかった。
「あと、受験の時とかも」
「あの時のあれか…」
現代文もまともに読めないのに
古典や漢文なんて
周りのみんなが宇宙人に見えてた。
「テレビマン時代もいました」
「あの時はさすがにもう無理かと思ったんだよ」
会議資料は何度読んでも頭に入らない。
新聞なんてさっぱりだ。
だから、とにかく人と話した。
気付けば、口だけは達者になっていた。
毎日が綱渡りだった。
振り返ると
確かに私の人生にはずっといた。
小学校にも
受験の時も
テレビ局にも。
そして
創作大賞にも。
「いやぁ、あれは長かったですね」
「時間かかったんだから」
「9,800文字でしたっけ?とんでもないっすね?」
「誰のせいで大変だったと思ってるんだよ!」
「ちーっす」
本当に腹が立つ。
こいつはいつもそうだ。
肝心な時に出てきて
面倒ごとだけ置いていく。
「さすがに途中でギブアップすると思ったんですけど」
「まぁ、私もそう思ってたけどね」
「なのに最後まで書きましたね」
「書いたな」
「しかも公開しましたね」
「したな」
「正気の沙汰じゃないっすね」
「お前にだけは言われたくない!」
なんだ、こいつ、他人事みたいに。
こっちは超しんどい思いして、書いとんねん。
いや、超しんどい思いして、ここまで生きとんねん。
んっ?待てよ。
ずっと近くにはいた。
でも
小学校や受験で必死になったのも私だし
テレビ局で働いたのも私。
そして
「青炎」を書いたのも私だ。
背後霊はずっと肩にいた。
うるさく騒いでいた。
でも
運転していたのは、確実に私だ。
読字障害は私の全てではない。
「40年以上一緒にいる腐れ縁のツレ」
みたいなモノだ。
もう少し寡黙なイケメンだったら良かったのに。
診断を受けたからといって
何かが劇的に変わったわけではない。
薬も治療もない。
つまり何も変化はない。
そんな中で、青炎を公開した。
たくさんの感想をもらった。
とても嬉しかった。
ただ
感想を読むのには
相変わらず時間がかかる。
1行読む。
止まる。
もう一度読む。
考える。
なかなか進まない。
返信するのも一苦労だ。
ふと振り返る。
奴がいる。
「てへっ」
「てへっ、じゃねーよ」
相変わらずだ。
ほんとに邪魔だなぁ、とも思いつつ
肩の辺りにほんのり感じる温かさが
落ち着くような感じもする。
「だからって、好きなわけじゃないからな」
「ちーっす」
小憎たらしい笑顔でペロっと舌を出す。
まったく…
人生って、大変だ。
全然思い通りになんていかないもんだな。
「ちーっす」
だから、お前のことだよ。
まぁ、反省の色のないツレと
ぼちぼち行きますか。