
めっけもん|第ニ章 純情編(10)
奥の部屋では、兄さん達が息を潜めて聞いているようで、時折話し声が聞こえてきた。
「ヒデも、何もそんな将来のことを決めんでもええんちゃうんか。あほやで」
「ワシらに隠れて色目使ってたんとちゃうんか」
こっちは進退をかけて話し合いをしているというのに、兄さん達は気楽に考えているようで、空しくなってきた。
膠着状態が続き、息の詰まる時間が過ぎていった。
「ねえちゃん、ひでちゃんのことは許したって。私がみんな悪いんよ。せやから、もう堪忍して」
妹さんが畳にひれ伏して、何度も何度も謝っていると、女将さんはハッとした様子で、目をつり上げて迫ってきた。
「妹をたらしこんだんは、あんたの方なんやな」
「いや、それは……」
曖昧な返事をしていると、おやじさんも態度が変わった。
「女遊びは目ぇつむってたけど、そないに手が早いとはな」
「ねえちゃん、違うの。私が……」
妹さんの弁解も聞いてはもらえなかった。
「店の中をややこしくしてもらいたないわ!」
「もうええ。辞めたいんやったら、今すぐ出ていけ!」
おやじさんの決断に兄さん達も止めに入ってきてくれたが、もうどうすることもできなかった。
「お世話になりました……」
おやじさんと女将さんに挨拶をして、荷物をまとめはじめた。
兄さん達は私を囲んで、思い直せと言ってくれたが、もう無理なことは誰にでも分かっていた。
「ひでちゃん、これからどうすんねん」
「しばらくは、森さんの所にやっかいになりますわ」
「そうか、元気でな……」
兄さん達にお世話になった礼を言って、日食亭を出た。
大阪で初めて働いた場所で、名残惜しくないといえば嘘になる。
荷物を抱えて飛田新地を後にしようとすると、何人かの遊女が声をかけてくれた。
「大きな荷物持って、どこ行くん」
「クビになったんや」
「ほんまに?」
「本当や」
皆、驚いてはいたが、会うは別れの始まり。
彼女たちは笑顔になって、出ていく私を送り出してくれた。
「また会いにきてね」
「寂しいなるねぇ」
「ああ……」
返事もそこそこに、飛田新地を去った。
バス停まで白い息を吐きながら歩き、来月には二十歳になるのかと考えていた。

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