めっけもん|第ニ章 純情編(22)
しかし、一つ困ったことがあった。
銀座屋には住み込み制度がなく、住む場所を探さなければならなかった。
毅の家には、もうこれ以上世話になりたくない。
どうするか考えたが、ほかにあてもないので、日榮館に連絡を取ることにした。
電話に出た母に、あの銀座屋で働けることになったと喜んで説明したのだが、いくら話してもピンとこないようで、拍子抜けしてしまった。
そんな話をしている中、母から意外なことを聞かされた。
「ひでちゃん、日榮館は今年で閉めるんよ」
「えっ!」
「島地は、もうそんなにお客が来んでね」
「親父はなんて言うちょるんや」
「そうした方がええて言うちょるんよ」
「宿を売るんか」
「旅館をやめるだけよ」
時代の流れなのか、交通網が発達していく中、観光地でもない田舎では、旅館業を続けていくのは難しいのだろうと思わされた。
父の収入だけでも十分だったが、旅館業を続けていれば赤字がかさんでいくのだろう。
由緒ある旅館というわけでもなく、父も廃業するよう勧めたようだった。
日榮館の件には納得したところで、本来の用件を話した。
銀座屋には住み込み制度がないので、大阪にいる親戚を紹介してほしいと頼んだところ、遠縁ではあるが、岸和田の親戚に話をつけてもらうことになった。
天翔グリルに戻ると、竹田の姿は見えなかった。
すぐに社長のところへ行き、銀座屋に勤めることになったと報告すると、社長は少し怪訝な顔をした。
「ナカムラ、森山レストランと違うのか」
「はい。いろいろありまして、銀座屋になりました」
「そうか。どちらにしろ、良い所に決まったな」
しばらくすると、竹田が店の奥から現れた。
「おい、竹田さん!」
「は、はい!」
「あんたのおかげで銀座屋に行けることになったわ」
「銀座屋?」
「あんたには感謝しとくわ」
竹田は不思議そうな顔をしていたが、へらへら笑いながら曖昧な返事をしていた。
「竹田さん、川辺さんが博打はやめとけと言ってたぞ」
「ああ、そうかい……あのくそ親父め」
舌打ちしながら呟いた竹田の小言を聞き逃さず、腕を背中に折り曲げ、その場でねじ伏せてやった。
「竹田さん、もう博打はええやろ。川辺さんに申し訳ないぞ」
「わ、分かった! やめる、もうやめる~!」
口ではやめると言っているが、おそらく直らないだろう。
店も終わりかけた頃、日榮館から電話が入った。
「もしもし」
「日出夫か。たまげたぞ! 良い所に決まったな」
電話の声は親父だった。
お袋には分からなかったようだが、親父は銀座屋のことをよく知っていた。
「あそこは大きな会社じゃ。性根を入れて頑張れよ」
「親父、分かっちょるって」
「岸和田の親戚には話をつけてある。いつでもええと言うちょったから安心せえ」
「世話になってしもうて、すいません」
「なんも、これからじゃ。分かっちょるな」
父に礼を言って、電話を切った。
昭和三十一年(1956年)十月十八日。
この日から銀座屋で働くことになり、私の人生は大きく変わっていくことになる。
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