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NORA

    #創作大賞2026  #ミステリー小説部門

    【あらすじ】

    毎日50キロを自転車通勤している28歳のダイヤは、名前のない村でグレーの瞳をしたノラと出会う。ダイヤはノラとときどき会うようになるが、彼女が大食い&大酒飲みであり、一度会った人の顔を絶対に忘れないスーパーレコグナイザーであることを知る。

    大阪北新地の店に面接がてらに連れて行くと、ノラは店の手洗いに貼ってあった指名手配犯ポスターを見て、500万円の賞金がもらえると知り目を輝かせる。しばらくしてノラは、保険の客に連れられて訪れたおでん屋の屋台で、爆弾テロリストの前島を発見する。ノラはダイヤと共に、淀川河川敷で前島が営んでいるシジミラーメン屋に食べに行く。2人は店主が前島だと確信する。

    NORA―第1話:淀川のほとりの名のない村

    人は言葉の一句の中に希望と絶望、憧れと幻滅、約束と裏切りなど、相反する思いを住まわせることだってできる。心の破滅の果てに肉体的にも滅んだ小説家の残滓を散りばめた氏名を持つこの物語の主人公、宰津大冶(ザイズ・ダイヤ)がノラと出会ったのは、京都市の三川合流点から大阪府北部の大地を切り裂いて流れる淀川のほとり。

    本人には、流香と呼びかけるが、心の中で彼女を思い出すときは常にノラと呼んでいた。ノラの異次元は、いくら暴飲暴食を続けても決して太らない消化器官からこの世に口を開いて、目の前に供された食物を平らげ、アルコール飲料を飲み干す。

    ここらの河川敷は、たとえば映画撮影村で存在しない家をたった一枚の板切れで模すことによる虚偽の町の再現とは一味違う掘っ立て小屋で彩られていた。

    最初に出会ったとき、ノラは“村”の入り口近くのベンチに座って、3月の空を見上げながら煙草をくゆらせてビールを飲んでいた。流れ行く雲に煙草の煙をかぶせようとしていたのか。あるいは淀川本流を遡る副流煙の渦巻きを形成し、淀川から毛馬水門を経て分流する「大川」の空気を汚染させ、これから咲こうとしている可憐な桜の蕾を全滅させる魔女と化して全大阪の憎しみを一身に集めようとしているのか誰にもわからなかった。

    ダイヤも瞬時の血圧急上昇を引き起こす煙草を一服したくなり、ペダルからビンディングシューズを外す。近くのベンチに座ろうとすると、そのパチンとなる音を女がとがめる。ダイヤの方を見つめると、「何か外れたけど大丈夫?」

    「ああ、ペダルから靴を外しました」。ダイヤは靴の裏側が見えるように右足を裏返して仕組みの概要を説明した。ダイヤが乗っていたのは、ツールドフランスに代表されるロードレース用の自転車をオフロード向けに設計しなおしたシクロクロス車だった。その当時、十三~枚方間の淀川河川敷には未舗装区間があったから、ロードバイクより太いタイヤを履いたオフロード車であることが望まれた。

    なお、自転車など、足がペダルと一体化している方が速く走れるに決まっている。だが、足が一体化していると転倒したときに重傷を負ったり、重傷過ぎて死ぬリスクが暴騰する。だから、とっさのときや信号で止まるときに足をペダルから切り離すことができる仕組みが採用されている。

    人もいざというときに自分を社会から切り離したり、自分の心を肉体から切り離すことができる。ただし、肉体と心を切り離した場合、心はどこに行くのか誰も知らない。社会から自分を切り離す行為の結果、国家権力により心から肉体が切り離されることもある。

    河川敷の道沿いには、地図にない村が存在した。地図にないがゆえ、誰もその名前を知らない。ホームレスの人たちが無許可で川べりに小屋を建てて暮らしていた。ノラの姿を直視していなかったときは、ノラが“村民”の一人であるかのように目の片隅にぼんやり映っていた。

    この村を支える「産業」が二つあった。一つは、シジミ採取業。ここらの浅瀬から採れたシジミは、業者が買い取りに来て、極秘裏で島根県産として店頭に並べられる。もう一つは、船舶チャーター業だ。水上スキーやウェイクボードの愛好家に利用されている。一見すると、汚れて臭い都会の川で、彼らは生き生きと水上アクションに興じる。

    ダイヤにとって気がかりなのは、うち一台のボートの名が「タイタニック号」であること。タイタニック号の悲劇を想起するとき、ダイヤの脳裏に浮かぶのは、船が沈もうとしているのに逃げることより、弦楽器を鳴らすという天からさずかった自分たちの使命を果たすことに没頭して凍てつく海の藻屑と化した楽団員たちのこと以外にない。

    自宅への帰路をその無名の村で止めるだけで、さまざまな想念に心奪われるダイヤであったが、女は「ねえ、お兄ちゃん、ビール飲む?」と突然気安く呑みに誘う。その時点でその相手が荒れ野に咲く可憐な花のような美女だと気づいていなかったダイヤは、こんなところで頭のおかしい女に声を掛けられるとは―と驚いた。

    女の顔を覗き込むと、頭がいかれているようにもアル中のようにも、ホームレスのようにも見えない。色白で瞳の色が薄く、顔面の輪郭が小さい美人だった。この世には「美人過ぎる美人」が過剰に棲息している。美人が多すぎるのは、基準を下げているからだ。その過ちを犯しているのは、多くの場合、マス・メディアである。

    「アルコールを飲んだら自転車に乗れなくなりますよ」と断ったのだが、「だったら十三の町中に本格的に飲みに行けばええやん。自転車は駐輪場に置いとけばええやん」と提案をエスカレートさせてくる。

    いや、本日はもう枚方まで行かないので、あとは帰宅するだけだ。河川敷は公道じゃないので、飲酒していても警察に捕まらない。町中を少し押し歩きすれば家に帰ることができる。

    まだ独り身のダイヤには、こちらが飲食代を持つにしても、こんなに綺麗な女と飲みに行けるのは悪い誘いではなかった。だが、しょせん野良女は野良女だ。まともな女になれない定めの野良女だった。ノラには、娘が二人いた。最初は独身のシングルマザーだと話していた。

    ダイヤは、外車屋を営む叔父から促されて、京都の“良家の娘”彩花と交際を始めていた。叔父はダイヤと彩花が婚約するのが当然と決めつけていた。彩花は人並み以上の器量の持ち主で、性格も優しかったが、自己肯定をしないことを美徳とする家の育ちで、ダイヤには刺激のない女だった。外車屋の整備士に「女は嫁にすると変わる。籍を入れるまでは猫を被ってる」などと聞かされていた。

    最初に呑みに行ったとき、ダイヤは正直に自分の生い立ちや年齢などを話した。「名前はダイヤ。大冶と書いてダイヤと読む。枚方で叔父が自動車輸入会社を経営していて、そこで働いてるねん。ヨーロッパの中古車を輸入して売ってるよ」

    「じゃあ、ええしのボンボンやんか。まだ結婚してないの?」と聞いてくるので、「社長に紹介された京都のお嬢様とたまに会ってる。結婚する気はないけど、社長には二人はそろそろ婚約すると決めつけられてるねん。俺は家庭を持つのに向いてない」と話しておいた。

    「なんで外車乗らんと自転車乗ってるの?」

    「BMWも持ってるよ。一人のときは、あんまり乗らんけど。叔父には子供がいない。俺が後継ぎ候補や」。往復50キロの自転車通勤を雨の日も雪の日も毎日続けるダイヤは「自分はある意味修行僧」と自覚していた。

    一軒目の店は、最近オープンした清潔そうな焼き鳥屋。ノラが串を各種につき四本ずつ注文したあたりから怪しいものを感じていた。酒も高知の酔鯨大吟醸の四合瓶。ノラは、これらの品々を立て板に水のような口上で注文する。

    「ごめん、びっくりした? あたし大食いやねん。この間も会社で同僚がランチをおごってくれるというので、心斎橋の高級すき焼き店に二人で行ったんやけど、松坂肉を三回お代わりして――それでもあたし的にはセーブしてたけど――ワインも四本飲んだ。ダイヤより二歳下の男の子やったけど、レジで顔面蒼白になってたわ。

    「私ら、仕事中に呑むのはOKやねん。営業相手と呑むこともあるしな。…で、あたしもお金持ってなかったから、払えなかったらどうしようか心配になったけど、なんとか払えてめでたしめでたし。ダイヤは、ボンボンやし、安心してええよね」

    なんじゃこのアバズレ! 美食に目がなく酒を飲むことを除けばストイックなダイヤだが、心の中で呆れかえっていた。とんでもない女に引っかかったなと後悔し始めた。

    だが、そういったエゲツナイ言葉が透明度の高い目鼻立ちをした美女の艶光りする口唇から紡ぎだされるのだ。その異常な食欲と酒欲で周りの者を驚愕と幻滅の世界に引き込むノラという異次元。

    ノラもダイヤと同じく阪急十三駅近くに住んでいたようで、知り合って間もなく駅前に10代の女の子と一緒にいるところを目撃した。

    その日、焼鳥の次は鮮魚専門店だった。並みの食欲の普通の酒飲みが行けば一人四千円で収まる焼鳥店の勘定が二人二万円近くに跳ね上がった後で、ノラは最初に呑んだ純米大吟醸の倍の値が付いている獺祭大吟醸四合瓶を注文する。ふぐ刺しを肴に。

    さすがにダイヤはノラに牽制球を投じた。「カードで払うけど、さすがに予算の許容範囲を超えてしまいそうや。この後、ラーメン屋に付き合うから勘弁してくれるかな」

    ノラの美貌には一点の曇りもなかった。

    「あたしの目を覗いてみて」とおもむろにダイヤと視線を衝突させると「あたし、瞳が薄いと人に言われる。あたし、クオーターやねん。おかんがハーフやねん。

    容貌と内面は連動していない。ノラの心は濁り切っていて、乳化され切らない不純物が淀み沈んでいる。なぜかダイヤには初対面のときから、そこまで読み切れていた。だが、その汚れ切った水に、間欠泉みたいなタイミングで清廉な湧水が湧き上がり、視界から一切の汚れや濁りを消し去る瞬間がある。沈殿物に覆われた水底から湧き上がってくる水が汚染をかいくぐって澄み切っているからこれが起こる。

    「野良」は本来家畜化された動物に冠される言葉だ。ノラは、野良猫に似ているが、その正体は本来野良でしか生息していないチーターだ。その痩躯、長く伸びる手足、俊敏な身のこなし。飽食で運動不足の体つきではない。いつも腹をすかして獲物を追い求めているネコ科肉食獣の殺気をその後ろ姿に漂わせている。美しい生き物ではあるのだが、その飲み食いのペースはノラの周りの時空を捻じ曲げている。

    一方、京都の和菓子屋の娘・彩花は、飼い慣らされた愛玩動物を演じている。それは整備士が言うように、嫁となるまでの仮の姿なのだろうと理解していた。だがストイックなダイヤなのにある日、酩酊して自制心を失い、彩花を抱いてしまった。

    NORA―第2話:大食い


    焼鳥店では、串を合計五十本は食べ、酔鯨の純米吟醸を八合飲み干し、鮮魚店ではふぐ刺しを三人前とオコゼやキジハタなどの高級魚の煮つけや空揚げを三、四皿は平らげ、獺祭の純米大吟醸を四合飲み干した。これらはダイヤが摂取した肴や酒を含む分量だが、食べ物は八割以上がノラの胃袋に収まっているはずだ。


    しかもラーメン屋では生ビールを中ジョッキに二杯飲み干しながら、背脂たっぷりなジャンク系の麺をさらに一杯お代わりした。この暴飲暴食は別のパラレルワールドで起きていることだ。

    二杯目のラーメンを平らげても、まだ小腹が減っていると言う。やむを得ず餃子を三皿追加する。餃子が焼ける前にラーメン屋の引き戸が開き、外からおしぼり業者の男が入ってきた。ノラは急に沈黙して、ダイヤから体の密着を離す。

    小声で「あの人、知ってるわ。前の旦那の連れや」と伝える。おしぼり屋が回収と配達を終えて帰ると、ノラが元どおりダイヤに密着した着座姿勢に戻り、「前の旦那は、やんちゃな人でねえ…、さっきの人も『あっち系』の男やった」

    枚方の外車屋ザイズモーターズに勤める前に、外車屋と同じく叔父がオーナーをしているバーのマスターを20代前半の若さで任されていたから、ノラが何を言わんとしているか想像できなくはなかった。雇われマスター時代も、詐欺商法で高額な宝石や装飾品を売りつけている女やソープ嬢など、この世の常識と良識の地平が地割れたところにしがみ付いて、明日をも知れない今に流れて羽根を震わせている蜻蛉みたいな女たちと巡り合った。

    「元旦那は、刑務所に入ってるんよ。凶悪犯じゃなくて、クスリを売ったりしてた罪でお勤めになったんや。あたし、人の顔を覚えるのが無茶苦茶得意やねん。さっきの人も、あたしには気づいてないはずや。さっきの人が元旦那と一緒にいるところを一回だけ見たことあるんやけど、二十歳ぐらいのときなので、もう十五年も前のことや」

    こう言った話に嘘はなさそうだった。ノラは、高いフードバトル能力が食料危機の懸念を払拭できない温暖化時代における食い溜めのための“異能”として燦然と輝くだけでなく、驚異の相貌認識力を持つ「スーパーレコグナイザー」だった。虚言壁がありそうに思えたが、二十代半ばで宗右衛門町のバーのマスターを任されていたころに出会った女性客やスタッフのディープどころに比べれば、まだ被害を回避できた。

    ノラと飲み食いしている間に彩花から電話があったが気が付かなかった。返信は急がなかった。縛られたくないのだ。

    NORA―第3話:驚異の相貌認識力

    ノラと最初に出会ったのは、三月半ば過ぎの暖かい日だった。皆が無造作に菜の花と呼んでいるセイヨウカラシナの黄色い花が咲き始めていた。

    一か月ぐらいして携帯に公衆電話から着信があった。ノラは、まだ携帯を作っていないと話していた。だからダイヤは自分からノラに連絡する手段を持たなかった(00年代当時は携帯電話を持たない人がたまにいた)。保険会社の営業所の所在地は聞かされていたが、乗り込むほどの重要な用などない。

    「あー、流香やけど。久しぶり。今日の夕方忙しい? また飲みに行こ」

    その日、ノラの誘いは断ろうと思ったのだが、仕事関係で煮詰まっていて、彩花に相談しても何の解決にもならなさそうだし、酒を浴びるほど飲んでみたい気分だった。十年前に東西冷戦が完全に終結したが、東側諸国で作られていた「名車」を輸入しようと企んでいた。特に旧東ドイツのトラバントを輸入して、阪神ファンの旧車愛好家数名に売りつけようとしていたのだが、排ガス規制で引っかかっていた。

    ノラがダイヤの返事を待たずに畳みかけてくる。

    「ホヤって食べたことある? ホヤとか、北の海の海鮮を出す店が十三の東口側にオープンしたんやけど、そこへ行かへん?」

    「ホヤはあんまり食べたくもないけど、北国の日本酒が飲みたいなあ」

    というわけで、ノラとの「密会」が始まった。十三駅東口で落ち合った後、ノラが人目を気にせず、ダイヤの上腕部にしがみ付いてくる。

    ノラは美しくて魅力的かもしれなかったが、恋愛感情が生じることはない。前回別れ際に、お互い相当に酩酊してはいたが、「自分は、金銭を援助してくれる男なら誰とでも寝る女やねん」とノラが言い放ったことが決定的な理由だった。だが、今回は全然違うことをカミングアウトした。「あたしたち親子は、IT企業のサラリーマンと同居中や。仕事も順調らしくて、親子三人が人並みに暮らすには十分なお金を入れてくれる。彼は毎日残業で遊ぶ時間もなさそや。

    「人並みに暮らすには不自由せんけど、長女をバレリーナにして、大食いの母が自分らしく生きていくには、カレの稼ぎだけでは全然足らんねん。せやから、“年下のおとん”と離れられん」と言ってダイヤの目をその仙台の時雨みたいなグレーの瞳で直視する。

    ダイヤにとって、七歳も年上のシングルマザーとのデートは友達や身内に進んで話せることではなかったが、彩花と婚約した憶えのないダイヤにとって厳密たる“密会”ではなかった。だが十三東口で暮らしているシングルマザーが若い男と腕を組んで歩いている姿は密会を匂わせる。

    その和食店でも、ノラは二つの特殊能力を発揮した。まず、カウンターに並んで座った二人のところへ、ホール係の女性店員がドリンクを聞きにやってくると、「ミヤガワさん、お久しぶりです」と気安く声をかける。店員は驚いて、ノラの顔をマジマジと見つめる。でも結局思い出せないようで、首を傾げる。

    ノラは、相手の反応をいかにも予想していたというふうに落ち着き払っていた。落ち着き払ったまま、「十年ぶりですものねえ。〇〇生命で一緒だった―」と静かに言って、「外交員のタナカです」と自分の苗字を名乗る。「ミヤガワさんは総務課でしたね。東淀川区淡路の営業所で…」

    ミヤガワと呼ばれた店員は、しばらく思い出そうとしていたようだが、「タナカさん…でしたよね」と狐につままれたような表情で答え、首を縦に小刻みに振って半信半疑の同意を示すのが精いっぱいの模様。

    ダイヤは、ノラの苗字が「松野」だと聞いていたので、「タナカ」に違和感を覚えた。ただ、女性は姓を変えることがあるので、どちらかが旧姓なんだろうと思った。

    ともかく、今はこの店でおそらくパートタイムの店員として働いている女性ミヤガワのもとへ“野良の時間旅行者”が十年前から突如ワープして来た。この時間旅行者は、体内にもワームホールを宿しており、これから異常なほどのペースで食物を掻き食らおうととする。おっと、その前にドリンクだ。

    「へーっ、ここのお店、ホッピーも置いてるんや。ほしたら、黒生ホッピーください」とノラが目ざとく反応する。関東や東日本にお住いの人には意外だろうと思うが、大阪や関西にはホッピーを出す店が極めて少ない。

    ミヤガワさんは、平穏な日々をタナカという名の野良時間旅行者にぶち壊された気分だったのか、ダイヤにはわからない。まあともかく、ノラがミヤガワさんに構いすぎるのは、時空の歪みをさらに拡大させて面倒なとになりそうな“悪寒”を覚えた。だから、ダイヤはミヤガワさんを呼びつけないように心掛けた。

    当店は、ダイヤにとっても、五年余りの歳月を巻き戻す店だった。ダイヤは、二十二歳まで、大阪とは打って変わって緑豊かで美しい街、仙台で学生をしていた。

    「今日はホヤの日なんやて」と店内の張り紙を見て、ノラが口走る。

    「こりゃまた、ええタイミングで来たもんやな。ホヤは、仙台の大学に行ってたころ、たまに食べた。でも、学生には敷居の高い高級品や。毎回一口しか食べてないし、あんまり憶えてない」とダイヤが反応すると、カウンターの中の板前さんが「じゃあ、今日はたっぷり召し上がってください」と言葉をかけてくれる。

    さっそくホヤの刺身が供されてくる。ひとくち口に入れ、味わってみる。ナマコのような香り。生臭くはない。ノラは「ひとくち」どころじゃなく「ひとかたまり」を口に入れていたようだが、ホヤに詳しいわけでもないのに「これ、養殖物やね」と口走る。

    「お客さん、わかるんだ。そうなんです。この時期に出回っているのは養殖物なんです。この時期、天然物は漁獲量がまだ少ないのでね」と板さんが答えてくれる。

    東北地方太平洋沖でマグニチュード9の地震が発生するのは、まだ4年先のことだ。この店は、関西では珍しい、三陸出身の料理人が開いた二店舗目だ。ダイヤには、ホヤのありがたさがよくわからなかった。ノラは確かに食通で、珍しい食べ物を探求したがっていたが、食材ではなく調理の仕方にうるさかった。適切に調理されていない食べ物をひどく毛嫌いしていた。

    前回飲んだとき、フードファイターになってはどうかと勧めてみると、美味しくないものを何杯も食べることは絶対にできないと言う。確かに、多少の不出来には文句を言わず何でも美味しいと連発する人じゃないとフードバトラーは務まらない。

    ノラがホヤの追加を頼もうとしなかった。ナマコのような香りを覚えたが、正確には鮮度が落ちたナマコを特徴づける軟体動物の痛みかけた臭い―あるいは釣りえさのゴカイやイソメに似た臭いを払拭できなかった。板さんと向き合った座り位置から余計なことを言うなよ…とダイヤは内心ひやひやしていた。話を逸らすために、「探偵が流香の天職だと思うぞ」と話題を振った。

    「じゃあ、探偵事務所を紹介してよ。名探偵の一人や二人、知り合いにいるんやないの?」

    「人の顔を絶対に忘れないというのは、探偵や捜査官に絶対に必要な能力や!」

    「捜査官? ケーサツかよ? 元旦那がヤクザでも警官になれるんか?」

    知らん、とダイヤは答えた。自分はこの世の肝心なことを何も知らないと彼は自覚している。だが、この野良女は、会った人の顔を忘れない。料理の美味い・不味いを決して忘れない。ノラとの付き合いは、この後、途切れながらも十年続くことになる。ノラが自分の年齢を気にしているのを一度も見たことはない。

    黒生ホッピーを飲み干して、割り元の焼酎を使い切ったら、ノラが宮城の伯楽星の純米大吟醸の名を高々と読み上げる。当店は四合瓶を置いてないので、二合カラフェでの注文となる。学生だったころのダイヤには、高級すぎる酒だった。ノラもダイヤも酩酊が進んだ。

    ダイヤはノラに共感などしない。だが、もっと原初的な感覚や官能の部分で共鳴してしまう二つの音叉だった。震源から何百キロも離れた高層ビルを大きくしつこい横揺れで倒壊させてしまう共振周波数の呪縛だ。

    いや。ダイヤが心の奥底に孤独を抱えていたとしても、ノラがその孤独をまったく癒してくれないタイプの女だから惚れることはなかった。官能レベルでの共振は大いにするが、感情レベルの共感はしない。

    思えば、彩花とは共振周波数が存在しない。良家の娘という“役柄”を演じている彩花は本当の自分をダイヤに晒していない。ダイヤも彩花に次期社長と言う仮面を被らされている。仮面と仮面は共振しない。

    ノラの心が病んでいようが、まったく気にならなかった。いや、年数が経つにつれて、ノラはアルコール依存が明らかに進行していく。朝から酒を飲むのが当たり前のようになり、いつもアルコール臭い息で現れるようになった。酒を控えろと言う気になれなかった。

    ノラは、もともと社長令嬢でお嬢様育ちだと言う。「おとんは、食品会社を北野で経営してる」。そのとき、“北野”は北野高校で有名な十三の北野地区のことだと思い込んでいたが、むしろ北野は神戸の北野が全国的に知名度が高い。

    NORA―第4話:バレリーナ


    「ダイヤは外車を輸入してる。だから気が合うのかも。パパとは高校生ごろから口も聞かなくなったけどな。ダイヤは7つ年下やけど、パパの代わりや」

    幼いころからバレエを習っていてバレリーナになる予定だったと自慢する。高校時代に悪い友達と付き合うようになり、父親が業を煮やして西宮から箕面に引っ越した。だが、不良少年とは縁が切れず、高校二年生で妊娠し、長女を生んだと話していた。長女をバレリーナにするつもりだと言う。

    次女のことを聞くと、「あの子は最近グレて、昔のあたしみたいに悪い仲間と付き合ってる」と返すきりで、あまり話そうとしなかった。

    心臓を病んで長く入院していた母が容体悪化と小康状態を繰り返していたとき「あんたのお父さんが事故で死んだと嘘ついてた」と告白したのを思い出す。

    「ダイヤ、お母さんを許してよ。あなたの父親は既婚者やったから入籍せずにあんたを産んだ。三ノ宮に住んでたころ、地元に古くからある小さな食品会社に勤めたことがあるんや。そこの二代目若社長と間違いをしてしもた。彼には、綺麗な奥さんと可愛らしい娘さんが二人おった」と白状すると、絶対安静の容態にも関わらず、母は胸を揺すって大声で泣いた。我慢強く独力でダイヤを育て、涙を見せたことがない母が最期に見せた涙だった。

    NORA―第5話:自己肯定

    ノラとの付き合いは2009年以降、途絶えがちになる。ダイヤは、外国車輸入・販売業の仕事が忙しくなり、ドイツ、フランス、イタリアへの渡航回数が増えた。年間100日近くを欧州での買い付けに費やすようになった。彩花からも電話が着信していたが、積極的に返信しようとしなかった。

    公衆電話から海外ローミング中の携帯に電話するには高額な料金がかかる。ノラが携帯を入手していたとしても、高額な料金がかかる。

    2009年には、帰国中に1回だけノラ(公衆電話)から着信があり、呑みに行った。「お土産は?」としつこかったので、フランス煙草のジタンを1ケートン渡した。「この前契約取った外人と同じ匂いがするわ」と喜ぶものの、外国人が日本の生命保険を契約する状況がよくわからないし、詳しく聞く気もしなかった。欧州にいると、ノラみたいな型破りな女がよくいた。彼女らはノラと同じく誰とでも寝る。自己主張が強い。どんな状況にあっても自己肯定をやめないというか。

    2000~2010年代日本では、芸能人でもない限り自己肯定をしないのが女性の美徳とされていた。そんな中で、自分を常に肯定するノラは異彩を放っていた。

    彩花とは自然消滅でよかった。「わたしも、もう26歳よ。大冶さん、両親に挨拶にも来てくれへんし」と咎められるのがウザかった。彩花は自分が初めての男ではなかった。

    自分の奢りでノラと飲み食いするのは、ノラの醸し出す自己肯定感が日本では新鮮だったこと、フードファイター能力に驚かせられながら、驚異的な相貌認識力に魅せられてしまったこと、そして美貌がダイヤの審美眼を満たしてくれるからだった。だが、彩花みたいに自己肯定に欠ける育ちの良い子と一緒にいても心は踊らない。

    彩花は、ダイヤを次期社長として見ているだけでなく、ロマンス小説に登場するみたいな真面目でストイックなヒーローと憧憬しているフシがあった。その思い込みが重かった。その反面、ダイヤはノラと飲み食いに明け暮れる快楽主義者みたいな時間をまだときどき過ごしていた。その二律背反がダイヤを彩花から遠ざけていた。実際、仕事が多忙で、二人のどちらとも過ごす時間がなかった。

    淀川沿いをオフロード自転車で走り、淀川区十三から枚方市へ片道25キロを雨の日も雪の日も往復し続ける“修業”生活から足を洗う気はなかった。二日酔いにならないギリギリまで毎晩酒を飲む自分が病に倒れないためには欠かせない習慣だった。ダイヤの酒はガソリンみたいなものだった。ただし、ノラみたいに見境なく酒におぼれているわけではない。

    NORA―第6話:落車


    そうして、4年近くの間、おおむね月に一度はノラに酒と食事を奢ることが習慣化していた。なんの目的もない無償の交際だったが、飽きない刺激が得られていた。

    ノラと知り合って4年後の2011年に、ダイヤが学生時代を過ごした東北地方が地震と津波に襲われた。大阪では被害がなかったが、ダイヤは入院中の叔父を見舞った帰りの午後3時前に病院の前の横断歩道でわずかな揺れを感じた。横断歩道の向こう側からホームレスと思わしき継ぎはぎだらけの服を着た老婆が赤錆びた乳母車を押して歩いて来るのをぼんやり眺めていた。揺れを感じた次の瞬間、そのみすぼらしい老婆が張りのある肌をした若い母親に姿を変え、ピカピカの乳母車には元気いっぱいの1歳ぐらいの赤ちゃんが機嫌よく座っていた。

    その翌日、淀川河川敷を走行中、頭から落車する自損事故を起こし、頭を強打した。淀川河川敷特有の河口から京都方面への強風がダイヤの自転車を猛烈に押し、メーターは時速45キロを下らなかった。ヘルメットは粉々に砕け散っていった。ヘルメットをしていなければ即死していた。

    河川敷を枚方へ向けて出発する前に、前日の雨で出来たぬかるみにシクロクロス車をわざと踏み入れた。数日前にシクロクロス車の前輪に装着した泥除けの効果を試したかったから。確かに効果はあり、泥水は跳ね返らなかった。だが、即席で取り付けた泥除けの装着が甘かった。

    泥除けに泥が嚙んで、取り付けボルトが緩んでいた。追い風に乗って走行中、そのボルトが外れ、樹脂製の泥除け本体が前輪をロックさせてしまい、前輪を支点にシクロクロス車が縦に前転してしまった。

    西中島南方付近のサイクリングロードを追い風に乗って爆走中、アスファルト舗装された路面が自分の頭に迫ってくる瞬間のことが事故後5年間にわたり何度もフラッシュバックした。死ぬとは感じなかった。ただ、やめてくれと思った。10歳ぐらいのころ、母に連れられて奈良公園を訪れていたとき、角切りされた若い牡鹿がダイヤの尻に頭突きを食らわせた。1回だけでなく何度も。最初の衝撃の後、勢いを強めながら頭突きを繰り返す。あのときも“もうやめてくれ”と思った。今回は、1秒に満たない短い時間の中で、自分の頭が路面に1回だけ激突したのだが、前転を開始した瞬間が鹿の最初の頭突きに似ていた。激突した瞬間は、鹿にとどめを刺された瞬間に一致する。いや、実際にはたかが若い牡鹿のイタズラなので、とどめを刺されていない。路面に頭を激突させた瞬間もダイヤは意識を保っていた。ヘルメットがダイヤの頭部と顔面を守ったからだ。前転の勢いで右肩を路面に擦り、擦過傷を負った。その傷が痛かっただけで、頭部は外傷を負わず痛みもなかった。

    河川敷をウォーキング中の人たちがあっけに取られてダイヤと前輪が破損した自転車を眺めていたが、誰も声をかけてこない。彼らに連れられていた犬たちが吠えていただけだ。ダイヤも自分は無事なのだからほっといてほしかった。前輪に巻き込まれた樹脂製の泥除けを巻き戻して自転車を押してみると、普通に前に進む。乗れそうだ。スピードを出さなければ前転して落車する心配はなさそうだ。とりあえず、枚方の店頭には出社せず、十三の自宅マンションまで戻ることにした。西中島付近から十三まで西向きに進路を変えると、さっきまでと真逆の向かい風が出迎える。時速十数キロを維持するのがやっとだ。

    頭は痛まないが、右肩の傷から血が流れている。左の眉も切れていて軽く出血している。血まみれの姿で出社はできない。だが、自分が20代前半からジムで週2回続けてきた筋トレメニューに首を鍛えるレスラーブリッジを組み込んでいたことが奏功したのだと実感。首を鍛えていなければ、頭から路面に激突した瞬間、脳は無傷で済んでも頚椎が折れて、死んでいた可能性が高い。

    紙一重な状況から奇跡的に助かったのだ。10歳のころにも、郊外の団地内の道路を横切っているとき、時速80キロの暴走車に撥ねられたが、前歯と左手が折れただけで、脳にも内臓にも損傷を負わず生還した。ノラのように理由のない自己肯定感は持たないダイヤだったが、悪運の強さには自信があった。

    NORA―第7話:賞金稼ぎ

    落車事故を起こした翌週、体調にも異常はなかった。数か月ぶりにノラが公衆電話からかけてきた。「なんかお金儲かる話ない? 例のカレの稼ぎが減ってきて、このままやったら人並みの暮らしもムズイ」

    「探偵になれと言うてるやろ。警察では、流香みたいに人の顔と名前を覚えるのが得意な人が求められてるそうや。『見当たり捜査員』と言うらしい」

    「ウチの元旦那は暴力団やで。犯罪者と関りがあっても警察官になれるんか?」…などといつも繰り返してきた会話を繰り返して、十三本通の入り口標識の下で落ち合った。

    ノラがいつもに増して切実な口調で訴える。「あたしは本当にバレリーナになりたかった。それが不良仲間と付き合うようになり、社長をしとった父親が家を引っ越したのに、不良男に手籠めにされてしもた。結果、高2で長女を妊娠や。父親が不良に責任取らせたけど、不良はよっぽど地頭が良うない限りやくざになるしか道はない。

    「バレリーナになるために生まれてきたウチが貧乏やくざの嫁や。旦那は薬の密売で逮捕されてシングルマザー。長女にあたしの夢を継がせるんや。そのために金を稼ぎたい」

    ノラの切実な思いに負けて、「流香なら新地でも重宝されるで。今度、新地のラウンジに面接込みで連れて行ったるわ」と余計な世話を自分から提案してしまうダイヤ。「社長が行きつけのクラブやラウンジがいくつかあり、会社のボトルを飲めば男一人2万円程度で収まるラウンジなら俺も馴染の店がある」

    「今から連れてってよ」とノラが迫ってくる。お店のママがノラに劣らず酒飲みで相性が悪そうと感じながらも、ノラの積極姿勢に負けてしまう。器量的にもノラなら新地でホステスが務まるだろと見ていたが、ママの菫と合わない気がする。

    「この間、テレビのワイドショーでやってたけど、新地は有名人や社長さん連中も来るけど、逃亡中の犯罪者も出入りするんやて」とノラが目を輝かせる。なんで目が輝くのか―少し考えていると、ノラが「名案やと思うねん」と馬鹿げた案を披露する。

    「探偵事務所とも契約するねん。探している逃亡者と接触するのが流香の役目」といかにも安直な発想をダイヤは鼻で笑いそうになる。

    「探偵事務所とは成功報酬ベースでしか契約できへんと思うで。新地のお店一軒に逃亡者が立ち寄る確率は低いし」

    「人間なんてみんな逃亡者か犯罪者やんか。新地に出入りしてる客なんて性犯罪者予備軍とちゃうん? 新地の女の子も犯罪者一歩手前の子が多いらしいやん。中国人の女の子なんて、一人っ子政策を無視した金持ちの家の子ばっかりやと聞いたよ」

    「『バイオレット』にも中国女が働いとるわ。店に行ったらその話はするなよ」釘を刺しておいた。

    タクシーが船大工通りから日航ホテルそばに到着する。雑居ビルの3階にバイオレットがあった。扉を開けて、中に入るとママの菫が満面の笑みで出迎える。「ダイちゃん、今日は別嬪さん連れて…」

    ノラは、朝からビールを飲んでいるのでトイレが近い。ボックス席に座るより前に「おトイレ、どこかしら」と菫に聞く。時間が7時代なので菫以外のホステスはまだいない。今日もビールを数本飲んでからダイヤと会ったはず。

    ダイヤは、最初から会社のボトル・ワイルドターキーから炭酸割を所望する。ウワバミ女が二人揃えば、ボトルが開くのは確実やなと気づいて、少しだけ憂鬱になる。おまけにノラは高価な新地の寿司を頼むに違いない。

    トイレから出てきたノラが怪訝そうな表情。ママの菫に尋ねる。「テレビでは聞いてたけど新地って逃亡者多いんですね」

    「犯罪者ギリギリのグレーばっかりですよ―大げさに言わしてもろたら」菫ママが笑いながら言う。「ツケ貯めてとんずらする人もおるし。…いえ、ポスターのことでしょ? 警察の人がお客さんにいて、指名手配犯のポスターを貼らせてほしい、と。最初は断ったんですよ。自分を疑ってるんか―と気を悪するお客さんもいたはるやろし」

    菫ママがカウンターの向こうにしゃがみこんで、ポスターらしき紙切れを取り出し、ダイヤらが座っているボックス席のテーブルの上に広げる。菫ママは175センチと長身。ハイジャンプの選手だったと言う。

    「B5サイズのポスターあるんやな」ダイヤが手に取って中身を確認する。「爆弾テロ犯ってなかなか捕まらないよね」

    「わたしも1枚もらって行ってよろしい?」ノラの本領発揮か? ノラが付け加える。「見たことある人が何人も。でも、この犯人たちが爆弾仕掛けたのって20年以上前やんね? わたし、子供のころの友達にすれ違っても、だいたい気が付くのよ。ママさん、警察のお客さんに私を紹介していただけませんか?」

    おいおい―とダイヤが制止しようとするが、菫ママが「ときどきしか来られないお客様ですのよ。いつもお忍びと念を押したはるし。でも心当たりがあったら、ポスターの電話番号に連絡してほしい、と。報奨金が付いてる指名手配犯もおるみたいよ。小さいサイズのポスターには印刷されてないけど、A3 サイズのポスターには書いてありありますよ」

    長身の菫ママがもう一度カウンターに入り、A3 サイズのポスターを引っ張り出してくる。

    ノラの目の色が変わる。「この爆弾男500万円やて! こいつも350万円。宝の山やんか!」ノラは賞金稼ぎになったつもりか?

    翌日菫ママにこの前のあの女性どうですかと聞くと、うちの店には合わない気がするとの返答。ノラの方もノラの方で、新地で働く気など失せた模様。

    NORA―第8話:テロリストの麺

    10日ぐらいして、ノラから公衆電話着信があった。「500万の賞金首がラーメン屋やってっる! さすがに街中でラーメン屋はしてないわ。淀川の“村”でシジミラーメン店やねんて」

    ノラは、保険の客に連れられて入った中津の阪急ガード下交差点のおでん屋台で指名手配犯・前島に似た人物を見かけたと言う。おでん屋台の店主とその男が親しげに話すのを見ていた。話にも聞き耳を立てていた。

    前島(に似た男:以下単に“前島”)が目の前のおでん鍋を注視して、店主に尋ねた。「この鰻、淀川産かい?」

    店主が「淀川産を使ってるのは、ケンちゃんと同じだよ」と答える。前島は「おいらは鰻みてえな高級食材使っちゃいねえけどな」と返す。2人とも関西弁ではない。ノラには、おでん鍋を挟んだ対面にいる前島の顔がよく見えた。間違いなく500万の賞金首・前島健三だった。手配写真から何十年も経っているが、ノラの特殊能力を欺くことはできない。

    保険の客が赤ん坊みたいにむずかり出した。「契約追加するから、ええやろ。休憩しに行こ」。ノラにしたら自分の手取りで500万の“大口契約”が目の前に飛び込んできたのに、自分の月給が数千円上がる程度のこと(ノルマ達成は誰でも知っている有名保険会社の社員の座を守るための必須要件でもあったし、ノラが酔っ払って告白したところによると保険の客から”援助交際代“を得ていたが)で心が揺れることはなかった。「ごめんね。上の娘が明日バレエの発表会―準備せなあかん」

    目の前で店主と前島の会話が続く。「ケンちゃんの新しいお店、十三大橋の東側だったな。今度行くよ」。関西人なら「今度行くよ」の“今度”は現世のことでない可能性が高いが、東日本人はこの世の話をしているつもりだ。

    「淀川のシジミは島根県産と産地偽装されるのと、原産地の川岸でラーメンスープになるのと、どっちが幸せか、よく考えてみよう」と前島が発した言葉は、数十年前、若者が虚偽を憎んでテロリストになった背景を示唆している。「看板は出していないよ。でも十三大橋から降りた河川敷の道に“シジマール⇒”って矢印入りの案内をペンキで書いてあるよ」

    ノラから連絡があったその日の夕方、ダイヤは淀川大橋の北詰でノラと落ち合った。河川敷へ坂を下りていく。少し東へ進むと舗装路の隅っこに“シジマール⇒”と小さなペンキ文字がある。シジマールの意味が不明で、しかもペンキ書きが小さくて控え目なのがゲームの中の謎解き感を演出している。少し前から書かれていたのだろうが、普段自転車でしか通過しない ダイヤは気づかなかった。淀川特有の海からの強風に背中を押されて進む。

    ダイヤは、西部劇なら、アル中女の賞金稼ぎに思いがけず同行した馬車職人みたいな存在である。馬車を整備する以外の能力は持たず、拳銃の扱いには慣れていない。しかも賞金稼ぎ本人が戦闘力を持たない。

    河川敷を“村”の方へ歩きながら、ノラが珍しく弱気になる。「汚い場所大嫌いやねん。淀川の泥を噛みまくったシジミでラーメン作って、浮浪者向けの汚い店で出してたら無理やわ。そもそもあの汚い淀川のシジミで ラーメン作るなんてマジか」

    500万をゲットしようとしている賞金稼ぎが“不潔”に怯える。乾燥気候で繰り広げられる西部劇とは湿度が違う。多湿の日本では汚れが埃となって風に吹き飛ばされることなく、こびりついている。ノラがサバンナのチーターであるなら、湿気を吸った汚れが幽界のヒルのように蠢きノラの味蕾組織を吸血して絶大な食欲をマイナス値まで減退させる。

    例の“村”の入り口付近に達すると、再び“シジマール”のペンキ書きが今度は水色で書かれている。矢印の先端が川沿いの村の中を指している。ボート小屋の左隣にプレハブの頑丈そうな建物があった。それがシジマールだった。「シジミラーメン800円」とだけ、ぶっきらぼうな表示がある。

    入り口にドアはなく、ビニールシートで仕切られている。西隣にあるボート小屋が出っ張っているおかげで、ビニールシートは西風に捲れていない。ダイヤが先頭を切ってビニールシートをくぐる。

    「こういう店構えのラーメン屋は街中にもあるやん。十三にも中津にも」ダイヤがノラを落ち着かせようとして言う。ノラも意外に清潔そうな店に安心して気を直した模様。

    ノラが憂鬱な感情を持ち直して「こんにちは」と快活に声をかけると、清潔そうな白い調理着の店主前島が「いらっしゃいませ」と東日本出身の店主にしては珍しく、愛想良く出迎える。手配書によれば、前島の出身地は、ダイヤが大学時代を過ごした仙台。前島は自分の首を刈って賞金稼ぎを目論む酔っ払い女の求めに応じてサッポロビールの缶を差し出す。缶にプリントされた星がノラには燦然と輝く恒星に見える。賞金稼ぎと馬車職人は、ピカピカに磨かれた8人掛けカウンターの隅に腰かけてリラックスする。

    前島が静かに麺を湯切りする。麺を空中に投げたり、大げさなアクションを一切伴わずに麺に命を吹き込む。それは、爆弾テロリストが大げさなアクションを伴わずに爆弾を設置するのと同じだ。意外にも麺にシジミは載せられていない。シジミの佃煮のようなものが別皿でサーブされてくる。麺には見慣れたチャーシューとシナチクとホウレン草が添えられている。

    「うちはシジミでスープを作ってるんですが、シジミはワイン蒸しにして別皿でお出ししますので、お好みで麺にトッピングしてお召し上がりください」とテロリストらしいミスリアスな説明。

    ノラは、テロリストを見つけたと心躍らせていたときとは別の時空間に転移して、日本人にしては薄い色の灰色の瞳を輝かせている。レンゲでスープをすくって飲むと、「海でも川でもない味わいやん」と、わかりにくいセリフ。そして麺より先に別皿のワイン蒸しに箸を伸ばしてつまむと、「わたし、バジルが大好物やねん」

    仕事柄イタリア訪問経験が何度もあるダイヤも、これはイタリアンのアサリ白ワイン蒸し(サウテ・ディ・ヴォンゴレ)に似てるなと思ったが、あえて言葉にしない。ピンと来たからだ。手配書に犯行直前まで「スパゲッティ店でアルバイト」していたと書かれていたのを思い出した。1980年代以降は庶民の間でも“パスタ”という言葉が定着している。なのに、犯行当時の旧式呼称である“スパゲッティ”を2000年代になっても使い続けて範囲を狭めてしまう警察の平板思考。もしかしたら“イタリア料理店”が正しかったのではないのか?

    ダイヤは、剥き身になったシジミを箸で摘まむのに何度も失敗したことに違和感を覚えていたが、俺までアル中になったのではなかろうと一抹の不安を否定した。アルコール以外の原因で不調が生じつつあるとは、このときまだ知る由もなかった。

    麺は博多とんこつの細麺そっくり。だがスープはシジミベースと言う異次元。その異次元を体内にワームホールを内蔵した異次元からの使者ノラが飢えたチーターのように喉をゴロゴロ鳴らしながら啜る。カウンター8席の店内は、すでに満席。外には、サバンナのヌーみたいな行列が出来ている。

    食通のノラでも気づいていないようで「博多細麺はシジミスープとも合うねんな」と寝言みたいなことをほざいているが、ダイヤはこの麵が中華麺ではないと感じる。―これはイタリアの極細パスタや! この歯に少し残る食感は茹で加減によるものではない。デュラムセモリナ100%のカッペリーニか? 見た目は黄金色だが、かん水を入れてゆでたのだろう。

    500万円の賞金首が珠玉の芸術作品を人間の死体が年間数体流れてくる汚れた都会の大河川のほとりで客に振舞っていることは間違いない、とダイヤは確信していた。ノラの相貌認識力に脱帽や。これで、長女をバレリーナに育て上げるというノラの夢も現実に近づくやろ。

    おまけに俺はこのフードファイターにたかられることも減るやろ。―それはダイヤの甘い読みかもしれないが、ノラが500万をゲットできるように多少のサポートをしながら、徐々にノラと距離を置くつもりだった。分け前を要求するつもりはない。俺はノラに何の見返りも期待していない。俺と無関係になって幸せになってくれれば十分やないか。

    シジミラーメンを食べ終えた2人は割り込みなど絶対にしないで行列を形成している外の草食動物の飢餓に配慮して、さっさと帰り支度を始める。「美味しかった。店長、友達にも教えるわ!」とノラが声をかける。ノラは、サバンナのマントヒヒみたいに複雑な“重層的社会”を形成している警察官とも簡単に友達になれるのだろう―そう思うと希望に満ちた笑みが漏れるダイヤであった。

    「今夜は長女のバレリーナ衣装を手直しせんとあかんねん。はよ帰るわ。でも一軒だけ行こ。十三駅の東口に新規オープンした寿司とうどんの店に行ってみたいねん。寿司言うても、この間の新地みたいな本格ネタの高級すしと違うで。いなりと細巻き程度や。それでええねん。500万入ってくるとなると、逆に贅沢はできんようになる」

    ダイヤが少しイラっとして「どうせ俺が払うのに、贅沢関係ないやん」と返すと、「今までお世話になったね。感謝してるよ」とダイヤの上腕部にしがみ付て来て、人間に育てられたチーターみたく頬ずりさえして来る。

    店に入ると、ノラはダイヤに密着した体勢のままカウンターに着座する。「内緒話するさかいな」

    「どや? 前島で間違いないよね?」

    「俺も前島の出身地仙台に4年いたからわかる。店主は仙台の男が標準語喋ってた。スパゲッティ店でバイトしてた話もほぼほぼ一致する。実際はイタリア料理店やと思うけどな。料理の腕はバイトレベルやないわ。本気で爆弾作りながらイタリアンを修業しとったんやろな」

    寿司・うどん店の学生バイトらしき女の子が「へい、爆弾焼酎はストレート? ロック?」と注文を取りに来る。「イタリアンもイワシの白ワイン蒸しがおつまみメニューにございます。ニンニクが効いてて焼酎にも合いますよ」

    「じゃあ、爆弾のロックとイワシ頂戴」とノラがびっくりもせず平然と注文する。「チェイサーのお冷もお願いします」とダイヤが付け加える。体を密着させたままのノラにささやく。「酔いすぎたら針に糸通すのに難儀するで」

    「これから先の話は、そんなふうにささやいてよ」とノラが ダイヤを制御する。ノラは酒飲み女にありがちなハスキーボイスで喋るが、普段から体幹トレーニングを続けているダイヤは腹式呼吸で喋り、必要以上に声が通る。

    「あたしはこれから何をすればいい?」とノラが子猫のようにささやく。

    ダイヤも声のトーンを意識的に絞って「ポスターの電話番号に連絡やな。氏名と住所は正確に伝えること」と告げる。ノラは「了解」と答える。

    そのあと、「勤務先も聞かれると思うけど、正直に答えないと賞金もらわれへんで」と告げると「いややん」と気乗りしないノラ。「社会的に信用ある女からの通報なら、警察も真剣に動く。勤務先には基本的に連絡せんといてくださいと念を押しておけ。賞金授与に進んだら職場に連絡してくるかもしれんけど、500万もらえたら仕事やめてもええぐらいやろ?」

    「わかった。そうするわ。お腹減ってきた。いくさはできへん」と納得すると、注文時のよくと通るハスキーボイスに切り替えて、いなりと天婦羅うどんとビールを立て板に水みたいに注文しだす。今回は炭水化物中心の献立なので、値段も安い。

    店外へ出た後、それぞれ帰宅する。ノラの家は東口のどこかにあるが、ダイヤは詳しい場所や具体的な住所を知ろうともしなかった。野良女とは区切りが必要だった。向こうから公衆電話で連絡があるまで会えないという不安定な腐れ縁の主導権をノラに持たせたままもう四、五年も経過し、ギリギリ深いところまでノラという女を知ってしまったが、それ以上深入りしない関係が楽だった。ダイヤ自身が野良男だったから。

    だが十三駅から互いの家まで共通する歩道を歩きながら、ノラが「あんた酔ってるのか? 歩くの遅いわ」と言い出す。そういえば、最近町中を歩いていても誰かに追い越されることが増えた。自転車なら一部のロードバイクに追い越されるが、ダート区間では敵なしだった。なのに、町中の歩道では、早歩きができなくなっている。いつから? 落車事故は起こしたが、肩の傷も治り、体に何の異常もない。ピンピンしてるぞ―本当か? 右手で箸を使いにくい、歩行速度が落ちている。これは体の異常ではないのか?

    十三駅の東へ消えたノラと、十三駅の北側、神崎川近くへ帰ったダイヤ。そのあと、公衆電話からの着信が途絶えて半年は経っただろうか。ダイヤが再び欧州に買い付けに出ていた事情もあった。

    NORA―第9話:ミラノで吐く

    今回の買い付け出張の目玉は、マセラティの“クアトロポルテII”だった。シトロエン傘下に入ったマセラティがわずか13台のみを製造した幻の名車である。

    ナポリのガレージで、トロエン独自の油圧式サスペンション・ハイドロニューマティックを採用した全長5.13mの大型サルーン実車と生まれて初めて対峙したダイヤは、その阪急電車みたいなマルーン色の巨体に軽い目まいを覚えた。実は、ホームの点字ブロックの内側が約70cm〜1m程度しかないことで悪評高い阪急中津駅で白い杖を突いた男性がマルーン色(小豆色)の電車とホームに挟まれた事故を目撃したときのことがフラッシュバックしていた。

    ピザ店でクアトロポルテIIのオーナーと商談したのだが、その夏、ナポリは大型ゴキブリの異常発生に見舞われていた。ピザを食べながらクアトロポルテIIのオーナーが殺虫剤の話をしていた。「スカラファッジ(ゴキブリ)はピザが大好物。当店も殺虫剤を大量に散布してるはず」と。さらにピザ店のスタッフにイタリア語で“大丈夫だろな”と念を押していた。

    嘔吐の原因は、ピザ店の食器などに殺虫剤が付着していたからだとダイヤは結論付けた。

    嘔吐を繰り返したせいで毒物が完全に抜けきった。翌朝には快適に目覚めた。脳出血が嘔吐を引き起こすことは、落車事故の5年後に箕面のリハビリテーション病院で理学療法士に聞かされるまで考えもしなかった。

    シジマールを訪れて半年が過ぎ、秋になったが、ノラと連絡が付かない。ノラが公衆電話からかけてくる以外に2人が“コンタクト(接点)”を持つことはあり得なかった。彩花も電話をかけてこなくなった。

    ダイヤはナポリから帰国してから、普段見ないテレビのニュースをまめにチェックするようになった。だが1970年代の爆弾テロ犯に関する情報は一切伝えられていない。

    ノラが前島を特定したわけではなかったのか? 手配写真には、髪を伸び放題に伸ばした20代後半の若者が映っていた。シジマールにいた前島と思われる60歳近い男は白い割烹帽を被っていたが、その下にほとんど髪がなさそうだった。ノラの相貌認識力は相手が20~30歳老けていても認識できるのが“売り”ではなかったのか。俺が買い被りすぎていたのか。

    警察が前島の同定に手間取って半年が経ったのかもしれなかった。30年以上も捜査をかいくぐってきた指名犯である。70年代のこと、DNAを特定できる遺留品が残っていない可能性もあり、初動捜査で前島の指紋として採取された指紋がシジマールの店主と一致しないことも考えられる。

    血眼になってニュースをチェックする日々が続いた。テレビやラジオのニュースは見落としたり聞き逃したりするおそれがある。2ちゃんねるにも調査範囲を広げ、ニュース系掲示板をブラウズしていると、「大阪を流れる淀川で20~30代の女性の遺体が見つかる」というニュースが先頭に貼り付けられているスレッドを発見した。淀川はしばしば死体が流れてくることが一部では知られている。

    さらに同日「10代女性の遺体も20~30代の女性の遺体から数十メートルの位置に見つかる」と言うニュースも掲示板にコピペされ、野次馬や迷探偵が集まって炎上した。「当然、親子だろう」「汚染された死の川に身投げ心中」「他殺だよ」「援助交際している娘を母が頃して、母も自死」「殺人をしてみたかった娘が母親を殺害」などなど、現代ならSNSに溢れかえるのと同じ憶測が泥のように湧いてくる。

    「同居している男が犯人」と言う書き込みを見てダイヤの心臓が高鳴る。

    やがてテレビのワイドショーでも取り上げるようになった。2人はそれぞれ所持していた携帯電話から身元が判明。淀川区に住む親子と確認されたが、氏名や詳しい住所は非公表。元刑事と称するコメンテーターが「初期から犯罪性が疑が疑われる場合は、被疑者に警戒され、証拠が隠滅されたり、逃亡されたりする恐れがあるため死亡者の身元詳細を警察が発表しないことがあります」と述べていた。2ちゃんねらーたちの思い付きの憶測が事実に近い可能性がある。

    だが、淀川区と言っても人口は20万人近い。そもそもノラは携帯電話を持っていなかった。ダイヤは、心配するのは考えすぎかもしれないと気持ちを落ち着かせた。

    その日は、先日ナポリで買い付け商談をしたクアトロポルテIIの件がようやく進展し、売り主と詳しい価格交渉に入っていた。時差がある中、日本時間で20時ごろから国際電話で通話したのだが、希少価値が高すぎて、本国でも中古市場の相場を特定できず、埒が明かない。22時ごろから家系ラーメンを食べに出かけた。帰宅は25時を回るだろう。街灯など存在しない河川敷を漆黒の闇の中、25キロの道のりを十三まで走行するのはキツイ。

    だが、その夜からダイヤは自転車に乗れなくなる。ラーメン屋でゴキブリ駆除を行った形跡があったので、ミラノのピザ屋を思い出して、わずかに嫌な予感がしていた。

    NORA―第10話:重力異常

    クアトロポルテIIの購入見込み客のリストを確認し、特に有力な客には電話で連絡するとして、その他の薄い見込み客には「ご用意できる車両は1台に限定されますので…」と断りの文句を添えた同文のダイレクトメールを送付しようとしていたのだが、PC画面が左右にぶれ始めた。

    天井を見上げると、電灯が天動説の太陽みたいに日周運動を開始していた。いや、天井に西も東もなく、電灯を中心に自分が“地動して”いた。広い宇宙には、恒星が惑星の周りを回っている恒星系だってあるだろう。同時に惑星も恒星の周りを公転しているので、惑星から見た恒星は幻惑的に乱れ動く。そう言う幻惑の天空にダイヤは飲み込まれていた。

    飲み込まれたダイヤが今度は吐き出す番だった。胃からこみ上げてくる酸性度の高い噴出物。ダイヤは、幻惑の天空に向かって噴火した。噴火は断続的に続いた。西暦79年のヴェスヴィオ火山の火砕流で脳が沸騰して多数の人が死んだポンペイ遺跡が近くにあるイタリア・ミラノでダイヤが噴火したときより、日本で噴火した今回の方がはるかに辛かった。人間が火山化すると、ここまで苦しいものなのか。火山と言ってもマグマが吹き上がったことによる噴火ではなく、地下深くの粘土が地下水およびガスなどとともに地表または海底に噴出することによる泥火山だったため、火山本体であるダイヤ本人は火砕流による熱傷を免れた。だが口元や床がどろどろになった。

    噴火活動が小休止し、ダイヤは口元を洗うために手洗いに立つ。だが、天空はまだ渦を巻いている。平衡感覚が失われている。トイレの入り口まで進もうとしたが、重力の作用方向が狂っている。ここは重力発生装置が故障した未来の宇宙ステーションなのか? いや、故障しているのは俺自身の三半規管だ。まだ、このときは小脳が故障していると知らなかった。

    嘔吐が終わっても平衡感覚の欠落は続き、オフィス地上階で自転車に乗ろうとしても、自転車を身体の前に立てる向きを決めかねる。どこが地面に対して鉛直になる角度なのか、まったく判断できないのだ。大型の蝙蝠傘を杖にして、幹線道路までよぼよぼと歩く。

    旧国道1号にようやくたどり着くも、タクシー乗り場はなく、流しのタクシー頼みだ。平衡を維持できない身で、大型トラックが多い旧国道にたたずむのは恐怖を覚える。白い個人タクシーが止まってくれた。

    「雨降ってました? 京都は晴れてましたけどなあ」。高齢の運転手がダイヤの黒い蝙蝠傘を訝る。

    「足元がふらついていて杖代わりに傘を突いて歩いてたんです」とダイヤが辛そうに答えると、運転手は「お酒を召し上がりすぎましたかのう? 気分が悪くなったら、すぐに伝えてくだされ」と丁寧な言葉を返す。

    ダイヤには、タクシーの窓の外にもまだ幻惑の宇宙が渦巻いていた。明日から電車通勤かな―と憂鬱な気分に落ちた。ふと、携帯の着信履歴を見ると、23時半ごろ公衆電話からの着信があった。ノラがそんな時間帯に電話して来たことは今まで一度もなかった。

    着信があった昨日23時半は、嘔吐に苦しんでいる最中だった。着信音に気づいても応答はできなかった。ノラ以外に公衆電話から携帯にかけてくる人はいないと思う。ノラから連絡が途絶えて8か月になろうとしている。ノラには何の見返りも期待していない。だが会えなくなって寂しい気がする。今、自分は自転車に乗れないほど弱っている。弱っているときに会いたくなる女のはずがないのに、寂しさが胸に突き刺さる。

    NORA―第11話:ノラの妹

    嘔吐した日から一週間は自転車に跨がれなかった。やはり車体がどの角度なら、路面に対して鉛直になるのかを判断できないから、ペダルを踏みこんで後輪を駆動して前進することができなくなっていた。殺虫剤を知らずに摂取しただけで、こんな症状が出るものなのか。

    だが、自転車に乗る以外にもジムで単調なトレーニングにカタルシスを覚えていたダイヤである。毎日、自宅マンションの前の路地で自転車に跨る練習を黙々と繰り返した。だんだん復活しそうな手ごたえ―いや、足ごたえを感じていたが、この世界が前に住んでいた世界と違っているような違和感を覚えていた。たとえば、自宅マンションの入り口ドアが左開きであることに何度も驚いた。自宅マンションの北側を流れる神崎川の読みは濁音なしのカンサキカワのはずが、カンザキガワと呼ばれている。

    自転車復帰練習の1週間目に懐かしい姿の美女がママチャリに乗って出現した。ノラは同居している男に長女と共に殺められたはずだ。これは夢なのか? と疑う自分がいた。だが、どの自分だ? 前の世界の自分なのか、この異世界の自分なのか?

    「あんた何してたん? 電話かけても『電源が入っていないか電波の届かないところに…』のメッセージばっかりやん。たまに呼び鈴鳴っても留守電繋がるし」と珍しく眉を下げた困惑の表情で話しかけてくるノラだったが、いつもの調子に戻ると「今日今から飲みに行こ!」と強引に要求する。

    「酒飲んだらママチャリは押し歩きな!」とダイヤがすかさず条件を付ける。ノラはすでに酩酊してママチャリに乗っていた。「もう遅いわ。朝から缶ビール10本飲んでから出かけて来たんやで」

    「ところで、流香は娘さんと死んだのとちゃうんか? 淀川区の母と娘の死体が淀川に流れてたとニュースになっとったやんか? 流香は化けて出てるんやな?」とダイヤが自分の目を疑いながら言うと、「同居してる男が狂暴になって、殺されかけたけど、逆にしばきたおしてやったわ」とノラが返す。

    なぜか賞金のことは話題に上らない。

    賞金は500万だったか、5000万だったか。後者ならクアトロポルテIIを売りつけよう。―そんな馬鹿な妄想に取り付かれている自分。これは白昼夢なのか。

    揺り動かされて目を覚ますと、やはり目の前にノラがいた。でも、野良女が妙に上品に見える。ノラと同じくバレリーナみたいな痩躯だが、ノラより五センチは背が高い。ママチャリには乗っていなかった。キャスター付きのトランクケースを押している。見た目もノラ本人より5歳ないし10歳ぐらいは若返っている。

    「宰津大冶さんですね。先日、ナポリでお目にかかった松野梨帆です。お名刺に英字で記されていたご自宅の住所をよく見ると、姉が暮らしている十三のお近くだったので、ちょっとご挨拶ができればいいなと思いまして」と、ノラに似ているが澄んだ声で、上品に話しかけてくる。ノラもコテコテの大阪弁ではなく、阪神間や北摂特有の標準語交じりの言葉を話していた。梨帆と名乗るこの女は、関西イントネーションが匂わない言葉をそのみずみずしい唇から紡ぎだす。

    欧州の取引相手は、年末にクリスマスカードを送ってくれるので、英語の名刺には自宅住所を記してあるのだ。梨帆と名乗るこの美女は、ナポリで嘔吐に見舞われた翌日、すっきり目覚めたものの頭が回らず、ミラノ中央駅で切符売り場の足元に荷物を置き忘れたダイヤに声をかけてくれた。ノラにそっくりな女だと思ったが、頭がぼんやりしたまま短く会話しただけで名刺を渡して礼を言い、国際空港に急行したので、あまりはっきり記憶に残っていなかった。

    ノラと淀川のホームレス村で出会ったのも気が遠くなるほどの低確率だったが、ミラノで一瞬だけ遭遇した梨帆と十三で再会したのも欧州人が言う「100万分の1」級の確率だった。2人は姉妹だったのだから。

    NORA―第12話:前夫の兄貴分

    梨帆は、やはりノラに似ていた。容貌はグレーの瞳を含めてもちろん似ていたが、ノラより小鳥を思わせる顔立ちだった。顎がノラよりさらに小さく細い。思考様式が似ていた。丁寧な北摂言葉を囀るのだが、話の内容が直接的だった。

    「姉の流香は、同棲していた暴力団員に顔や頭を殴打されて、今、入院しています。家族以外は面会できません」といきなり肝心の事実を切り出す。「会話もまともにできないのですが、どうやら姉は指名手配犯を通報して500万円の賞金をもろたみたい。姉の家を警察が調べると、賞金授与についての書類が出てきました」

    ダイヤはそれを聞いて、不安が一部払拭された。

    梨帆が続ける。「姉は脳挫傷を負ったため、回復に時間がかかると言われてます。後遺症があるかもしれないと聞きました。

    「今日も姉の家に行って、掃除や請求書チェックをして来ました。警察がいろんなものを押収して行ったのですが、姉のコートの中に思いがけず宰津さんの名刺を見つけて、ある意味、姉が大怪我をさせられたことより、びっくりしました。ミラノで頂いたのと同じ英語の名刺ですよ。こんな偶然の一致ってあるんでしょうか。偶然の一致と言うのは軽すぎますけどね。運命がおびきよせたみたいな話です」

    その“運命”の意味をダイヤはすぐに理解できなかったし、やわらかい言葉でストレートに話す梨帆はそのときまだ“運命”の真実に辿り着けていなかったようだ。

    梨帆が社会人として当然のことのように「言語障害が出ている病床の姉が『7歳下の男の子とたまに会ってた』と話してます。宰津さんのことですよね。あの滅茶苦茶な姉に世話をやいてくださって、本当にありがとうございました」と頭を深々と下げる。

    「流香さんには、娘さんが2人いて、上の娘さんをバレリーナにするのが夢と言ってました」とダイヤが口に出すと、梨帆が意外な反応。

    「姉には一人しか娘がいません。それに、わたしがバレリーナです。ミラノにも公演で行きました」と言って、あるバレエ団のロゴが記された海外用の名刺を差し出す。

    あの破天荒なノラの妹がイタリアに一人旅していたなんて信じがたかったが、バレリーナだったなら納得―いや、驚くべきはそこではない。ノラが長女をバレリーナにするというあの情熱は何だったのか。

    その後、梨帆と話し込んだのだが、ノラはバレリーナになりたい一心で真剣にバレエに取り組んでいたのに、5歳も年下の梨帆の方が指導者に高く評価されるようになり、ノラは不良仲間とつるむようになったらしい。

    「姉が同棲していた男は、姉の前の旦那の“兄貴分”でした。同じ暴力団員でしたが、暴力団が手を引いているソフトウェア会社に所属して詐欺ソフトを作っていました。2008年のリーマンショック以来、オンライン詐欺ソフトの収入が減り、最近はソフトの仕事が減って、お年寄り相手のオフライン詐欺団に関わっていたみたい。それにつれて、家でも粗暴になったようで、姉から愚痴を聞いていました」と梨帆が包み隠しなく話す。

    「流香さんの娘さんは、怪我をさせられなかった?」と聞くと、梨帆は小さなおとがいを左右に振る。「姪の瑠美奈は犯行時家にいなかったらしいです。良くない仲間とつるんでますから」

    NORA―第13話:証人

    ダイヤは、渡辺橋の大阪地方検察庁を訪れた。同居していたヤクザがノラを襲ったのは、強盗致傷の疑いがあるからだ。

    被告人萩原大は、自分が松野流香にアドバイスをして、指名手配犯を警察に通報させたのだから賞金の半分は自分のものだと主張している。だが、まだ入院中の松野流香はアドバイスをしたのは宰津大冶だと言語障害の残る口から反論している。

    萩原被告の主張が正しければ、傷害罪でのみ裁かれることになる。だが正しくなければ、強盗致傷容疑での裁判となる。その場合、有罪となれば、6年以上―最大で無期の懲役が言い渡される。

    ダイヤは、その後、裁判所に証人として召喚され、指名手配犯通報に至る経緯を証言した。萩原被告から不規則発言が何度もあった。

    「内縁の妻を寝取った男が証人っておかしいやろ!」との暴言にダイヤは反論しそうになったが、男女の関係になっていると見られているのは当然かと思った。同じく証人として召喚されている梨帆が検察官から流香とダイヤの関係について知っていることを答えるように促されると、「男女の関係ではないと姉から聞いていました」と即答する。

    傍聴席に、見覚えがあるような気がする初老の男が座っていた。流香と梨帆の父だと思われた。

    裁判室から出ると、天井がまたもや渦を巻き始めた。だが今回は、ほんの10秒ほどのことだった。意識の混濁とは、この世からあの世に綱渡りをしている状態だ。綱から落ちればあの世行き。落ちなくてもこの世が目の前から消えて、自分の意識は闇に同化していく。その過程で、救急車のサイレンの音と光、自分にかけられる声と彼らの息遣い、医療器具の先端が取り付けられる冷たい感触、不気味な低音で鳴り響くアラーム音などが意識の中と外を出入りしている。

    脳梗塞を起こしたと数日後に医師から告げられた。意識混濁から意識喪失に至った後も、自分には“意識があった”。めくるめく風景や景色の入れ替わりに、自分のよく知っている人や知らない人が入れ代わり立ち代わり登場して、コミュニケーションを持つ。

    ノラも現れた。「ラム肉って生でも食べていい部位があるんやね。六甲山にも子犬みたいな可愛らしい子羊がぎょうさんおったわ。それを首から捕まえて、生け造りにするのが楽しみやってん」と楽し気に思い出すノラは、やっぱり血も涙もないプレデター。だが頭をぐるぐる巻きにした包袋に血がにじんでいる。だからノラが懐かしんでいるのは存在しない過去。

    「ほんとにあったこと話すわ。あいつが勝手に私の通帳を引っ張り出してきて、『なんやこの大金? 印鑑とキャッシュカード出せよ』と首を絞めてくる。アイロンで頭殴ってきてん」

    この世とあの世の狭間では、脈絡のない走馬灯が再生されるものだ。死んだ母が現れる。

    「ダイヤよ、過ちを犯さないで立派だった。でも、お前はわたしが犯した過ちから生まれた子。わたしは過ちの罪を背負って、生きている」と死人がまだ生きていると語り掛ける。確かにダイヤの心の中には生きている母。ダイヤの目から涙が溢れ出る。それを見ていたこの世のICUナースがダイヤの涙を滅菌ガーゼでそっと拭う。やって来た医師に「患者さんは昏睡状態で夢を見ているんでしょうか?」と尋ねる。

    「医学的には、昏睡患者は脳の活動が極めて低いのでレム睡眠が起きず、夢を見ませんよ。でも、この患者は昏睡から覚めつつあるのかも」と医師が答える。「当面、患者の様子に注意を払ってください」

    ナースが涙を拭ってくれたとき、ダイヤは“姉貴”の腕にしがみ付いて母の死を悲しんでいた。“姉貴”は幼い子をあやすときのように、もう片方の手でダイヤの背中をぽんぽんと叩いていた。

    ダイヤはこの世に戻ってきた。ベッド脇でノラが覗き込んでいた。ノラはノラではなくて梨帆だったが、大慌てでダイヤの頭上にぶら下がっていたアケビの果実を手に取り、魔法使いたちを呼んだ。魔術師より先に天使が駆けつける。

    「宰津さん、ここは病院ですよ。あなたは意識を失って眠っておられたんです」ナースが声をかける向こう側に梨帆がいた。「本当によかった。姉も数日前、容体が急変したんですが、昨日、目覚めたばかり」と声を弾ませている。

    この世に戻ってきたばかりのダイヤは、俺とノラが一緒に事故に遭ったのか、それとも心中未遂したのか…とぼんやり考えたが、裁判所で証人になったことを思い出した。ノラもこの世にいると思えば嬉しい。

    「大冶さんの証言のおかげで、萩原は強盗殺人未遂でも有罪になり、もう出てきません。安心です」と単刀直入に報告する梨帆の背後に初老の男性がいる。

    「松野桔平です。流香と梨帆の父です。宰津さんには大変お世話になりました」と頭を下げてくる。「宰津さんの母君、由香里さんのことは良く存じ上げています」

    ノラの父親は、目が真っ赤だった。「娘の前で初めて言いますが、1980年ごろ、私は由香里さんと不倫の関係にありました。由香里さんは身籠ったと私に告げた数日後、会社をやめて姿を消しました。連絡はまったく付きませんでした。由香里さんと別れて十何年かして、彼女が亡くなったことを彼女と親しかった当時の女子社員から聞かされて知りました」

    まだあの世から戻ってきたばかりのダイヤには、生物の教科書に書かれた遺伝の仕組みみたいな話だった。15歳で叔父の宰津康隆に引き取られたダイヤは、勉強ができることから、「さすがに宰津家の血を引いている」と叔父に褒められた。宰津家の先祖は蘭学者だと聞かされた。遺伝の法則だ。だが、母方の遺伝はそうかもしれないが、父方は謎のままだった。俺は、この初老の男の遺伝子を引き継いでいるのか。この遺伝子は、ノラに顕在した遺伝形質を生み出したものだ。

    自然界の動物は、自分と似た形質を持つ異性を交配の相手として選ばない傾向がある。人間の嗅覚は匂いに無意識に反応することがある。ダイヤとノラは、大脳皮質では認識されない匂いを大脳辺縁系で感じ合っていて、交配の対象から互いを除外していたのかもしれない。ダイヤが“感情ではノラと共鳴しない”と感じていたのは、そういうことだったのか。“ノラが野良女なら俺は野良男だ”と感じていたのは、同じ一族の血を引いているからなのか。

    NORA―エピローグ

    ダイヤは、脳出血から不整脈で脳梗塞に至ったと診断されていた。急性期病院で2か月を過ごした後、箕面の山あいにあるリハビリテーション病院で歩行訓練を続けた。右半身に軽い麻痺があるため、歩行困難に陥ったのだとされていた。

    だが、ダイヤ自身は右半身の麻痺以上に、左右前後の体の傾きがわからないといつも感じていた。ナポリから帰国後に嘔吐に見舞われた翌日、自転車を身体の前に垂直に立てられなくなったが、その症状が今や恒久的に続いていた。いったんはシクロクロス車で河川敷のダート区間を独走できるまでに回復していたのだが、事故後、小規模な脳出血を繰り返していた。それは、CTスキャンでも形跡が確認されている。

    リハビリテーション病院でママチャリに乗る練習もして、ただ乗るだけなら問題ないことがわかった。だがロードバイクやシクロクロス車で歩行者や障害物の多い河川敷、交通量の多い一般道を走行するのは、とっさの危険回避ができない。体重をどちらにかけたら、自転車が思った通りに挙動するかを瞬時には判断できないのだ。だから自転車に乗るのはやめた。

    リハビリテーション病院では、杖を突いて院外の歩道を歩く練習を来る日も来る日も続けた。だが、ダイヤの脳は、重力の作用方向を感じることができなくなっていた。重力は普通、地面に鉛直に作用している。だが、この世とあの世の狭間を漂った後、ダイヤは静止しているとき、重力の作用方向を感じられなくなった。体を動かすと重力が牙を剥く。

    右脚に麻痺や痛みがあるから満足に歩けないのではない。重力の作用方向が分からないまま足を踏み出すのに軽い恐怖が付きまとうからだ。あの世では、林檎は木から落ちない。木から落ちずに虚空を漂う。あの世を垣間見たダイヤには、その名残が残っている。

    リハビリテーション病院から退院したダイヤは、浦島太郎ではなく、浦島太郎を運んだ後の消息を誰も知らない亀になっていた。亀の遅さで杖を突いて阪急十三駅に行くと、魔女に肩を叩かれた。もともと酒焼けでハスキーだった声が張りを失い、雑踏の中では聞き取りにくい。

    「アイロンで殴られたせいで、喉も潰れてん。喉を尖った先っぽで突かれたさかいな」と死にかけたノラが死にかけたダイヤに言葉を発していた。「あんたは臨死体験したんか? ウチはしたよ。あの世で顔を見た悪者のことは、この世でも絶対に忘れへん。この世で見かけたら今回も通報して賞金もらうわ」
    〔了〕