
アーク・ゼロ ~壊れた世界と、記憶の欠片~ 13. DEATH
水の国オルフィア。
広大な海に囲まれた、この国の水上都市を治める王――セレニウス。
彼は、民から深く敬われている。
争いを好まず、常に人々の声に耳を傾ける。
悲しむ者がいれば寄り添い、苦しむ者がいれば手を差し伸べる。
その姿は、まるで穏やかな水のようだった。
そして、この王を支える存在がいる。
強き意志で戦車を操り、道を切り開く戦士――オルヴァン。
彼は、セレニウスの弟である。
王として国を導く兄と、
その力で国を守る弟。
二人は異なる役割を担いながらも、互いを支え合っていた。
しかし――
そんな水の王には、誰にも知られていないもう一つの顔があった。
夜の海。
月明かりだけが照らす静かな浜辺に、白馬に乗った一人の男がいる。
王の衣装も、王冠もない。
黒い外套をまとい、フードを深くかぶって、ただ静かに海を見つめている。
人々は彼をこう呼ぶ。
――死神レヴァン。
彼が現れる場所には、必ず別れが訪れる。
「死を運ぶ者」
「大切な者を奪う者」
そう噂され、恐れられていた。
だが、それは違う。
レヴァンは、命を奪う者ではない。
彼の役目は――
終わるべきものを終わらせ、あるべき場所へ還すこと。
ある夜。
レヴァンは、一人の老人のもとへ現れた。
老人はすでにこの世を去っていたが、その魂は家族のそばを離れようとしなかった。
「まだ……ここにいたい」
その想いは強く、この世界へと魂を縛りつけていた。
レヴァンは、静かに老人へ語りかける。
「手放す時がきた」
老人は首を振った。
「嫌だ、私はまだ何もしていない」
「すまないが、拒むことはできない」
その言葉に、冷たさはなかった。
「もっと一緒にいたい」
老人は涙を流しながら懇願する。
レヴァンはわずかに頷き、そして言う。
「わかっているはずだ」
「次の始まりのために、終わらせるのだ」
老人は、静かに家族の姿を見つめる。
そこには、涙を流しながらも前を向こうとしている者たちがいた。
終わりを受け入れられなければ、始まりは生まれない。
やがて老人は小さく頷き、微笑む。
「次の始まりか…」
その瞬間、魂を包む光が生まれる。
「頼む」
老人は静かに目を閉じた。
レヴァンは、静かな光を帯びた大きな鎌のようなものを振る。
その一閃とともに、魂の光は砕けて空へと舞い上がり、星のように煌めいた。

連れていくのではない。
その者自身で未練を断ち切らせ、次の始まりへと送り出す。
終わるべきものがとどまると、新たな未来への流れは止まってしまう。
だからこそ、彼は終わりを告げる。
それは破壊ではない。
次へ進むための、必要な一歩だ。
だが、すべての者が彼の役目を理解できるわけではない。
愛する者を失った者にとって、死神は優しい存在ではない。
「なぜ連れていった」
「なぜ、現れた」
そう責められることもある。
レヴァンは、それを受け止める。
怒ることも、言い返すこともない。
なぜなら、その怒りも悲しみも――
大切に想っていた証だから。
しかし、どれだけ願っても、終わった時間が戻ることはない。
過去に縛られ続ければ、生きている者までも前へ進めなくなる。
だからこそ、誰かが終わりを告げなければならない。
誰かが、次の始まりへ導かなければならない。
また、レヴァンはその姿ゆえにも、人々から恐れられていた。
暗闇の中に溶け込むような、黒いフード。
風に揺れる、漆黒の外套。
そして、その手に握られた大きな鎌。
フードの奥に隠された顔は、誰にもはっきりと見ることはできない。
遠くから見れば、それはまるで死を告げる者のようだった。
人ならざる気配をまとい、この世の存在とは思えない、不気味な姿。
だが――それでよかった。
恐れられていれば、人々は容易に近づいてこない。
それは、レヴァンにとって都合のいいことだった。
水の国の王であるという真の姿を隠すためにも、彼は「死神」として恐れられる存在であり続けた。
しかし、彼を恐れていない者達もいる。
レヴァンの役割は、ただ魂を還す者だけではなく、世界の巡りを見守る存在でもある。
その中心にあるもの――運命の輪。
始まりと終わり。
出会いと別れ。
生まれるものと、還るもの。
この世界に存在するあらゆる流れは、
決して途切れることなく巡らなければならない。
運命の輪が回り続けることで、
世界は均衡を保っている。
そして、水の国の代表として、その輪を守る管理者が、レヴァンだった。
運命の輪を管理する者たちは、彼が本当は何者なのかを知っている。
死を司る存在でありながら、無闇に命を奪う者ではないこと。
そして、世界の均衡を保つために、その役割を背負っていることを。
だからこそ、彼らはレヴァンを恐れることはなかった。
彼らにとってレヴァンは「死神」ではなく、同じ使命を持つ者の一人だからだ。
――人々はまだ知らない。
この死神と呼ばれる存在が――
水の国を治める王、セレニウスであることを。
王宮の奥深く。
レヴァンは黒い外套を脱ぎ、いつもの王の姿へ戻る。
鏡に映る自分を見つめ、静かにつぶやいた。
「どちらも、私だ。偽りの姿ではない」
民を守る王も。
魂を還す死神も。
どちらも、自分自身だ。
人は、終わりを恐れる。
失うことを恐れ、変わることを恐れる。
だから、死神は恐れられる。
だが――
終わりがあるからこそ、始まりは生まれる。
枯れた葉が土へ還り、新たな命を育むように。
死神レヴァン。
彼は世界の巡りを守る者。
終わるべきものを終わらせ、次の始まりへと送り出す者である。
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