
【前編】1980年代の大スキーブームの渦中において❝GORE-TEX❞を日本のスキーウエア市場から撤退させた男たち
【❝ケルヴィンサーモ❞誕生】
日本でスキーが大ブームになった1970年代後半に、時代に合わせた様にスキーウエアに最も必要とされる機能である防水透湿新素材が2つ発明された。
1976年にアメリカで開発された世界初の防水透湿素材❝Gore-Tex❞と1979年に日本で世界で2番目に開発された❝Entrant❞の2素材である。
従来の防水機能のみの素材から、防水透湿素材への置き換え需要が発生すると2素材間で激しいスキーウエア市場争奪戦が勃発した。
このスキーウエア市場争奪戦の詳細については【後編】でご説明させていただき、【前編】では❝Gore-Tex❞が日本のスキーウエア市場から撤退後の1989年に展開された❝Entrant❞シリーズ商品の極め付け新商品である❝ケルヴィンサーモ❞の誕生の話を先にさせていただきます。
1.はじめに
この物語は、実話をベースにしたフィクションです。
私は、繊維業界の川上産業である合成繊維会社のナイロン製糸工場に入社し、次いで同じ会社内の川中産業になる繊維製品の高次加工(製織、製編、染色仕上げ、縫製、評価技術)の研究開発部署に転籍になり、58歳で長年勤めた合成繊維会社を早期退職して、スポーツアパレルに転職しました。
定年退職の60歳を前にして、長年培ったスポーツ用途の衣料素材開発技術を活かすことができ、かつ繊維の川下産業であり華やかに見えるスポーツアパレルの業務も経験したかったのです。
また、同時に定年となる60歳を過ぎても65歳まで勤められることも転職の理由でした。
一見、計画的にスキルアップするために川上産業から川下産業を意識的に経験した様に見えますが、特に計画したものではなく、偶然にも恵まれたキャリアを積み重ねさせていただきました。
また、仕事を通じて数々の新商品を開発させていただくことができました。その中でも主に担当した業務は、防水透湿素材の新商品開発です。
『防水透湿』というキーワードや技術思想も無い時代から開発を始め、『防水性』と『透湿性』の相反する機能を合わせ持つ素材の試作を繰り返し、新機能素材❝Entrant❞を商品化することに成功しました。
機能性の呼び方は、企業や繊維関係の学会および雑誌などにより『防水透湿』や『透湿防水』、『防・撥水透湿素材』など様々な呼び方が使われていましたが、防水性が優先され先に呼ぶべきとの声が多く、『防水透湿』に集約されてきていますが、現在でも『透湿防水』と逆に呼ばれることもあります。
防水透湿素材として世界初の素材である❝Gore-Tex❞や、次いで開発された❝Entrant❞の誕生から、現在までのおよそ50年間に及ぶ防水透湿素材の進展については、過去に無かった新機能商品でもあり新機能性の呼び方をはじめとして、防水透湿機能性の向上、他機能性との複合やその機能性を的確に判断できる新規評価方法の確立など数多くの歴史ドラマがあります。
透湿性の評価方法だけでもA-1法、B-1法、そしてRet法(C法)と大きく分けても3種類あります。何故3つもの評価方法が創出されたのか?
3つの評価方法が決められた経緯の説明だけでも文字数にして数千字に及ぶ各社入り混じっての思惑が飛び交う歴史ドラマがあり、1985年になって初めてJISL1099法(繊維製品の透湿度試験方法)としてA-1法、B-1法が定まりました。
そして、その後も評価方法の改定が続きRet法(C法)が制定されたのは2012年になります。なぜ、これだけ長い期間がかかったのか?
また、防水透湿素材の商品開発の歴史を語るには、最初に1976年にアメリカで商品化された❝Gore-Tex❞と、次いで私達が1979年に日本で開発した❝Entrant❞との2素材間での激しいシェア争奪戦の経緯をご説明する必要があるものと考えます。
❝Gore-Tex❞や❝Entrant❞が誕生した1970年代後半は、まさに日本で過去に類例のないほど大規模なスキーブームが始まった時代であり、2000年頃まで大ブームは続きます。
防水透湿素材はスキーウエアに最適な機能素材であり、瞬く間に過去の防水機能性のみのコーティング素材に取って変わって行きました。
単価の高い商品でもありスキーウエアを扱うスポーツアパレルは、防水透湿機能性の競争を含めて素材の目新しさを競う様になり、1980年代前半に素材メーカーとスポーツアパレルが入り乱れ、さらに後発の素材メーカーが乱立して激しいシェア争奪戦が始まりました。
シェア争奪戦にてT社が取った戦略は、防水透湿機能性にプラスして幾つかの新しい新機能性を付加することでした。
スポーツアパレル各社と協議して世界初となる次の5つの❝Entrant❞シリーズ商品群を確立して次の様に展開しました。
◆1982年~1983年に開発したT社の防水透湿 新素材群
❝Entrant❞Kudos :防水透湿機能+洗濯20回耐久撥水機能機能付与
❝Entrant❞Therom:防水透湿機能+輻射反射保温機能付与
❝Entrant❞α :防水透湿機能+2wayストレッチ機能付与
◆1987年~1988年に開発したT社の防水透湿 新素材群
❝メガクロン❞ :防水透湿機能+太陽光吸収熱変換機能付与
❝ケルヴィンサーモ❞:防水透湿機能+感温変色太陽熱吸収制御
大手スポーツアパレルにおいては、スキーウエアとして自社内で扱う防水透湿素材の中で❝Entrant❞シリーズ商品の占める割合が大幅に多くなり、T社以外の素材が占める隙間がほとんど無くなりました。
その結果、❝Gore-Tex❞は、日本のスキーウエア市場から撤退して、当時の日本では市場の小さい登山や山スキー用途などに収束されていきました。(※2012年4月ダイヤモンド社発行の「質的一流企業への挑戦」ジャパンゴアテックスは何故成功したか 元ジャパンゴアテックス社長 井上忠氏 著 にも「❝Gore-Tex❞のスキーウエア・ビジネスは1982年に立ち上がり5年で撤退した」と記載されている)
しかし、スキーブームが一段落した2000年代になると、新しく普及しだしたインターネットの影響が大きく「アウトドアウエアで防水透湿素材と言えば、価格も高いが、機能性や耐久性面では❝Gore-Tex❞が一番」という書き込みが多くなり、「❝Gore-Tex❞ is No.1」と言う『❝Gore-Tex❞神話』になり拡散されていきました。
インターネットの力は強力であり、『❝Gore-Tex❞神話』は拡大する一方となり、神話を基にした『❝Gore-Tex❞一強時代』が築き上げられていきます。
防水透湿素材が世の中に展開された直後のスキーウエア市場でのシェア争奪戦で❝Entrant❞に市場を奪取され、スキーウエア市場から撤退した❝Gore-Tex❞がスキーブームが下火になり出した後に、どの様にして『❝Gore-Tex❞一強時代』を築き上げたのか?
『❝Gore-Tex❞一強時代』が築き上げられたストーリーは偶然なのか、緻密な戦略を計画どおり辿った末のゴールデンストーリーなのか?
また、B to C(企業が一般個人向けに行う取引)向けのブランドではなく、B to B(企業が企業向けに行う取引)のブランドである❝Gore-Tex❞が、なぜこれほど多くの最終消費者に広く知れ渡っていったのか?
近年になりPFAS規制により各社の防水透湿素材の性能が揺らぎ始めており、❝Gore-Tex❞の後を追従してきた多くの素材メーカーが入り乱れて再び防水透湿素材のシェア争奪戦が繰り返されだした。
なぜ、PFAS規制により❝Gore-Tex❞の地位が崩れ、防水透湿素材の市場が騒がしくなり始めてきたのか?
防水透湿素材の成長には数多くの謎を含みながら、調査機関の報告書では2030年の防水透湿素材の市場規模は28億5,930万米ドル/年(約4500億円/年)に達するものと予想される程、市場規模は拡大しています。
今後、防水透湿素材の先駆開発者として初期のスキーウエア市場でのシェア争奪戦から50年におよぶ防水透湿素材開発の歴史を共に歩んだ私の人生とも呼べる体験談を基にした防水透湿素材繁栄の歴史ドラマを再現していきたいと考えています。
その前に、私が開発した商品の中から、短期的に売り上げが高かった素材や話題を集めたスポーツ用衣料素材の中から皆様に興味をもっていただけると思われる商品の開発風景をご紹介させていただきます。
前編は、スキーウエアの市場奪取を目的とした5つの❝Entrant❞シリーズ新商品群の中で最も話題になったスキーウエアだと認識しています1989年にスポーツアパレルM社から展開していただきました❝ケルヴィンサーモ❞の開発風景をご紹介させていただきます。
❝Gore-Tex❞と、❝Entrant❞との2素材間での日本のスキーウエア市場での激しいシェア争奪戦で❝Gore-Tex❞がスキーウエア市場から撤退する原因になった❝Entrant❞シリーズの5つの新商品の中でも最も話題を集めて、大ヒットした幻の極め付け商品となった❝ケルヴィンサーモ❞です。
なお、冒頭に記載しましたとおりこの物語に書かれた細かな出来事ややりとりは、フィクションです。登場人物はすべて特定のモデルがいない架空の人物で、彼らに著者の体験や見聞を投影しているに過ぎません。また、団体名称や実在の会社や商品に関係するものでもありません。
2.❝ケルヴィンサーモ❞が出来上がるまで

2-1 開発要請
スポーツアパレルM社とT社の間で3ヶ月間隔程度で定期的にMT会と称して、両社の技術部長と営業部長を筆頭に総勢20名くらいが集まり新商品開発を中心とした2社間の連絡会が開催されていた。
1987年春のMT会でのことである。
M社のスキーウエア開発課長の荻原さんからの新規提案として「先日お伺いした御社の展示会で参考出品されていた感温可逆性インキを用いて温度で色が変わるテキスタイルのサンプルを見させていただきました。その環境温度によって色が変わる新機能性を防水透湿素材に搭載した新素材を弊社向けに商品化する検討を進めていただきたい」と要請された。
晴太は、「あれは、耐久性に少し問題があるのであくまで参考品として出しています」と答えた。
「何とか、実用レベルに品質を向上させて現在使用しているスキーウエア用の表地として使用している防水透湿素材に変色機能をプラスして搭載して下さい」荻原課長からの重ねての要請である。
それに対して晴太から「実は、単なる変色だけではなく環境温度が低い時には濃色を呈して、太陽熱の吸収効果を高くして、また環境温度が高くなるか、運動によりウエアの温度が上がったりしたら淡色に変色して太陽熱吸収効果を低くコントロールする技術を防水透湿素材に付加した新商品の開発を進めています」と答えた。
そして、さらに晴太は「現状での一番の問題点は、紫外線照射時間が長くなると変色の耐久性が劣化することです。
軽減できる可能性を探っていますが、今のところ改善できたとしても2~3シーズン程度の耐久性しか得られないと考えています。それで宜しいですか?」と荻原課長に問い掛けた。
「取合えずの耐久性は、1シーズンは確実に保持して、2シーズン目の初期段階まで変色機能が保持できればOKとします」との荻原課長からの返答であった。
「分かりました。そのお答えを持って帰り検討します。3か月程度の猶予を
ください」、「なお、検討に入る前に共同開発契約を交わしておく必要があるものと考えます。また、特許出願については、すでに検討を初めていますので我社の単独出願とさせていただきます。商品が完成した場合の展開方法や開発費用については、共同開発契約書作成の際にご相談させて下さい」と晴太が答えた。
2-2 商品開発
現在進めている晴太の改善案は、防水透湿素材の表地に用いる織物のタテ糸およびヨコ糸共に透明性の高いナイロン糸を用いて淡色に染色し、織物の裏面に感熱可逆変色性インキ(マイクロカプセル)をグラビアコーティングで点状に塗布した後に湿式ポリウレタン防水透湿皮膜をコーティングした防水透湿コーティング品を作ることである。
日光が表地を透過することで紫外線強度を低下させ、変色剤の耐久性低下を向上させることができる。ただし、表地の裏面での変色であり表地の色や透明性が限定される。しかも、変色効果がやや弱くなる。
しかし、M社のスケジュールを満たしての改善策はこれ以外に考えられない。世の中に無い新機能であり、かつ何の対策も施さずに表地の表面に感熱可逆変色性インキ(マイクロカプセル)を塗布した試作品に比べれば表地の裏面に感熱可逆変色性インキ(マイクロカプセル)を塗布することで耐久性は飛躍的に向上している。
使い方によっては3シーズン目の中ごろから変色機能が劣化してくる可能性があるものの、お客様の要望は満たしている。商品化してみたい。
表地の色にもよるが、最も極端な変色として織物の表面温度が0℃になると黒色になり、衣服の表面温度が5℃になると白色に変色する試作品で変色耐久性がフェードメーター紫外線照射試験3級に合格することが確認できた。
本来のスキーウエア用の表地の耐光堅牢度であればフェードメーター紫外線照射試験4級に合格しないと使用できない社内規格があるが、現在の技術では3級以上の耐久性改善策を盛り込むと満足する変色効果が得られない。
これで使うか、使わないかは、お客様であるM社で判断していただくことにした。また、生産コストも高くなり、従来納入している防水透湿素材の1.5倍程度の価格になることも付け添えて、約束の納期の半月前にM社に提案した。
M社から是非採用したいとの返事であり製品カラー見本等が提示された。
1989年にM社から❝ケルヴィンサーモ❞ブランドのスキーウエアとして販売開始されることになった。販売開始から2年間はM社以外に素材提供する場合は、M社の了解を得るとの契約になった。
なお、この❝ケルヴィンサーモ❞は、衣服の表面温度が0℃になると濃色(例えば黒色)になり、太陽熱を吸収して暖かくなる。また、衣服の表面温度が5℃になると淡色(例えば白色)に変色して太陽熱の吸収を抑えて涼しくなるように設定し、カラー変色の組み合わせもM社の要望に応えた。
3.TVコマーシャル
M社としてもスキー大ブームの渦中であり、スキーウエアはドル箱商品である。他アパレルとのシェア争奪戦を考え、❝ケルヴィンサーモ❞を前面に出して展開するとの戦略であり、TVコマーシャルやCMソングも作成して総力を挙げて売っていくとの連絡があった。
土曜日の夜11:00~11:30に フジテレビ系列で放送される『ねるとん紅クジラ団』という とんねるず の司会で社会現象にもなっている視聴率20%超の伝説的な集団お見合いバラエティ番組のコマーシャル枠を以前よりM社が保有している。その番組のコマーシャル枠に1989年のスキーシーズンは、❝ケルヴィンサーモ❞のCMを流すとのことである。
さらに、同番組で流す予定のCMソングとして新たに作成した高野寛さんの「虹の都へ」を流す(レコードのリリースは1990年2月~)とのことである。
この歌のサビの歌詞である「…太陽だけしか知らない二人だけの秘密…」の「秘密」とは、❝ケルヴィンサーモ❞の新機能である「寒くなると濃色に変色して太陽熱を吸収し、暖かくなると淡色に変色して太陽熱の吸収を止める衣服内温度をセルフコントロールする機能」を指すべく作られた歌詞である。
❝ケルヴィンサーモ❞は、視聴率の高いTV番組のコマーシャルの影響と色が変わるという目新しさから、一般のお客様から『カメレオン繊維』との呼称もいただき爆発的に大ヒットした。
長野県を中心とした数点のスキー場でのわずかな期間での視察であるが、当時スキー場に行って20人に一人くらいの割合で着用していただいているのを晴太自身も確認した。
着用中に色が変化するウエアというのは世の中でこの❝ケルヴィンサーモ❞しかないので、間違えることはない。
時々色が変わるのでよく分かる。
多くの人が着用しているのを見て、商品開発者人生の中でこれほど嬉しかったことは無かった。感涙した。
発売から37年を経た今日でもユーチューブで検索すれば、CMを見ることができる。晴太が開発した代表作品の一つとなった。
次にケルヴィンサーモのTVコマーシャル動画を貼付しておきます。
また、Wikipediaの「虹の都へ」のURLを貼付しておきます。
虹の都へ : Wikipediaの「虹の都へ」
Wikipediaで「虹の都に」と検索すると
「❝ケルヴィンサーモ❞のCMソングとしてつくられ…シングルとして発売されると、発売週からオリコンチァートで2位を記録、その後もロングヒットし、高野自身最大のヒット曲となった」
との記載がある。晴太としても嬉しい限りである。
4.技術内容
消せるボールペンとして書いた文字などの上をラバーゴムで擦って温度が上がると有色から透明色に変色する(文字が消える)ボールペンが2006~2007年頃から販売され大ヒットし、現在でも市販されている。
❝ケルヴィンサーモ❞と同じメカニズムと考えられる『感熱可逆変色性インキ』を使用しているものと思われるが、このボールペンに使用されているインキは非可逆性のインキと考えられる。
❝ケルヴィンサーモ❞はこのボールペンより16~17年早い1989年にスキーウエア用途で用いている。私達が用いたのは温度が高くなると淡色になり、温度が下がると濃色に変化する可逆性のある『感熱可逆変色性インキ』を用い次の様に加工して商品化しました。
ナイロン織物の裏側に感熱可逆変色性インキ(マイクロカプセル)を混ぜたバインダー樹脂をグラビアコーティングで点状に塗布した後に撥水剤を添加したポリウレタン樹脂を湿式コーティングして疎水性微多孔膜を作製することで、感温変色機能性を有する❝Entrant❞の2層品が出来上がる。すなわち❝ケルヴィンサーモ❞である。勿論、さらに裏地を接着して3層品にしても良い。スキーウエアに用いる場合は、そのほとんどが中綿入りウエアであり2層品で用いる場合が多い。
耐水度と透湿度は、使用目的により耐水度が2000mm~20000mm、A-1法透湿度が5000~10000g/㎡・24時間程度の中から選択できる。
商品化した1989年に次の特許を出願して1996年に登録(権利化)された。
なお、出願日から20年間の権利期間を満了していますので、すでに権利は消滅しています。
【特許番号】第〇〇〇〇〇号
【登録日】平成8年(1996)8月22日
【発明の名称】積層布帛
【出願日】平成1年(1989)3月8日
【公開日】平成2年(1990)9月18日
【発明者】晴太 優
【特許請求の範囲】
【請求項1】ポリウレタン皮膜と基布とからなる積層布帛において、一定温度より低温では濃色、高温では淡色を呈する感熱可逆変色性インキおよび太陽光吸収剤をポリウレタン皮膜に含有することを特徴とする積層布帛。
【請求項2】ポリウレタン皮膜とポリウレタン中間層と基布とからなる積層布帛において、一定温度より低温では濃色、高温では淡色を呈する感熱可逆変色性インキおよび太陽光吸収剤をポリウレタン皮膜および/またはポリウレタン中間層に含有することを特徴とする積層布帛。
【請求項3】基布の透過光強度が10×10-2以上であり、0.01~10wt%の太陽光吸収剤をポリウレタン皮膜および/またはポリウレタン中間層に含有することを特徴とする請求項(1)または(2)記載の積層布帛。
【請求項4】透湿度が3000g/m2・24hr以上、耐水度が1000mm水柱以上であることを特徴とする請求項(1),(2)または(3)記載の積層布帛。
なお、本技術における感熱可逆変色性インキとしては、例えば、電子供与性呈色有機化合物,発色剤,消色剤の3成分がマイクロカプセルに内包された従来公知のものを用いることができます。
電子供与性呈色有機化合物としては、例えば、クリスタルバイオレットに代表されるトリフェニルメタン系の塩基性染料などが挙げられます。
発色剤としては、例えば、フェノール類,トリアゾール類,チオ尿素類など電子受容性物質が挙げられます。
消色剤としては、例えば、アルコール類,酸アミド類、エーテル類,エステル類など、所定温度以上で発色剤との親和性が急増し、電子供与性呈色有機化合物の発色を阻止しうるものが挙げられます。
多分、現在でも玩具の人形の髪の毛とか、お風呂での遊具などにもこの感温変色技術が応用されているものと思われます。これらの多くの商品の原型になれたことも技術者としてはとても嬉しく思います。
5.ブームの終焉
生地ベースでの❝ケルヴィンサーモ❞の売上は初年度の1989年が約5億円であり、3年後には約20億円にまで向上した。
販売生地数量から全量が縫製品のスキーウエアに縫製されたと仮定すると3年間で約200万着程度のスキーウエアが作製されたものと予想している。
1990年の日本のスキー人口は1500万人~1800万人程度と言われているので11~13%程度の方に購入いただいたことになる。
ただし、3年後をピークにしてその後は急速に販売量が低下して5年後には生産を終了している。一気に立ち上がり、急速に終焉を迎えた。
MT会議での経緯から、M社からの要望を取り入れて開発し生産化した共同開発商品となる。
道義上、M社一社にしか販売していない。最終消費者の方々に飽きられたことと、元々課題であった価格の高い商品にしては、変色機能の耐光堅牢度が低いこと、さらにはウエア全面使いであり変色部位が斑になり、見ようによっては汚い変色と見られる場合がある。
室内から室外への移動時などの環境温度が大きく異なる場合は、綺麗な変色効果が確認できるが、環境温度差が小さい移動時など必ずしも綺麗な変色ばかりではない。ウエア全面使い以外にも部分使いも検討すべきであったかも知れない。
取り扱っていただいたスポーツアパレルが1社のみで他社への展開は初めから考えていなかったこともネックとなり、一気にブームが収束した。
感温変色機能性衣料のブームが継続しなかったのは残念であるが、現在になってみると感温変色衣料という幻の商品カテゴリーである。近年になり類似した商品が海外ブランドで販売されるとか、されないとかと聞いている。
6. おわりに
❝ケルヴェインサーモ❞は、太陽光を吸収して熱に変換する当時の最先端素材を使用しており、それを着用してスキーを楽しむ若者たちは「ゲレンデ太陽族」と呼ばれていた。「ゲレンデ太陽族」という新しい流行言葉ができるほど話題になった商品である。
❝ケルヴェインサーモ❞は、1980年代前半が山場となる❝Entrant❞と❝Gore-Tex❞との2素材におけるスキーウエア市場争奪戦は、❝ケルヴェインサーモ❞より前に展開した4つの❝Entrant❞の新商品群のヒットにより1980年代半ばにほぼ決着した。
❝ケルヴェインサーモ❞は1988年~89年に市場展開した。スキーウエア市場争奪戦の山場を越えた後のダメ押しの極め付け商品である。
4つの❝Entrant❞の新商品群に続き❝ケルヴェインサーモ❞の大ヒットにより、日本のスキーウエア市場から❝Gore-Tex❞は、全く姿を消したと言っても過言ではない。
テキスタイル開発者として長年務めさせていただいたが、これ程楽しく、かつ面白く、さらに売上も程好く、若者の話題にもなり、ウキウキさせていただいた商品は他にない。
売り方や使い方を考えたら、さらに長寿命な商品になり得たかも知れない。また、リバイバルとして再展開も考えられるかも知れないができればこのまま幻の商品のままにしておいて欲しい。
販売を収束して30年以上経過した現在でもYouTubeなどで当時のCM動画を見ることができる。
時々コーヒーでも飲みながら❝ケルヴェインサーモ❞の動画を見ると若い頃に戻ることができる。
CMソングである「虹の都へ」の様にあの頃は私も若くキラキラしていた…と思う。
以 上
【前編】を最後まで読んでいただきありがとうございます。
是非とも、【後編】を続けてお読みくださる様お願いします。