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思考にも「利き手」がある

    会話が噛み合わないの原因の一つに「具体」と「抽象」のレベル差があります。
    今回は、「具体」と「抽象」の思考スタイルについてお話ししたいと思います。

    思考スタイルは利き手のようなもの

    何かについて思考する時、具体的な話の方が心地よい人もいれば、抽象的な話の方が心地よい人もいます。

    これはいわば「利き手」のようなもの。

    右利き、左利きに優劣はありません。どちらが正しいということではありません。

    利き手ではない方の手も使うことはできますし、鍛えることも可能ですが、自然と使うのは利き手です。思考する際にも、自然とこのスタイルで考えるという傾向が誰しもあるのです。

    そこに、これまで積んだ経験や過ごしてきた環境などによって培われ、鍛えられたものが組み合わさり、その人独自の思考スタイルが生まれてくるのです。

    就く仕事によっても、「具体」が重視されたり、「抽象」が重視されたりします(全ての仕事で具体的知識と抽象化能力の両方が必要なことは言うまでもありませんが、バランスの違いがあるということです)。

    愛猫ミースケ

    私は学生時代、ネコを飼っていました。ミースケという名の茶トラのネコでした。毎日、私の部屋のベッドにもぐりこんで寝ていました。生まれてすぐにもらったのですが、その後、すくすく育ち、9kgにもなってしまいました。

    私はペットフードの袋に書かれている「ネコは賢い動物です。自分が食べられる分だけを食べるのでいつもエサ箱は一杯にしておいてください」というメッセージを真に受け、忠実に守っていたのですが、ミースケのエサ箱は常にからっぽ。どうやらミースケはあるだけ食べてしまうタイプだったようです。飼い主に似てしまったのでしょうか(苦笑)。

    9kgというのは、道で小型犬と出くわすと、小型犬の方が後ずさりするほどの大きさです。他人から見ると尻尾の曲がった肥満体の巨大な茶トラネコですが、私の目にはとても可愛いネコでした。

    私にとっては、他の茶トラのネコとうちのミースケは全くの別物です。他の茶トラのネコもそれぞれ異なる遺伝子を持ち、全く同じネコは存在しません(双子、三つ子のネコは遺伝子は同じかもしれませんが、性格まで同じではありません)。

    この違いを重視するのか、それとも、ミースケも含めて同じ茶トラのネコとしてまとめることを重視するのかはその人の思考スタイルで変わってきます。

    会話の場面で、私は世界で唯一無二のミースケの話をしたいのに、相手に飼いネコ一般でくくられたり、ネコ科でくくられてしまったら心外です。一方で、相手がネコ科の話をしたいのに、私がミースケの話をし続けたらこれまた心外でしょう。

    人によって心地のよい抽象度は異なります。

    抽象化能力の高い人は、相手がどの抽象度の話をしたいのかを正確に察知できます。

    一方で抽象化能力が未発達な人は、それがわからず、自分の心地よい抽象度で話し続けてしまいます。

    抽象化能力が高い人とは、抽象度の高い話ができる人ではなく、適切な抽象度、適切な抽象化の軸を見定められる人なのです。

    適切な抽象化の軸は、会話の文脈を鑑みて決められるべきです。

    ミースケを例にとると、ネコという軸もあれば、可愛いものという軸も、アレルギー源という軸もあります。太っている動物という軸や食いしん坊という軸も考えられます。「可愛いもの」を軸にした場合は、ネコとは全く異なる種類の動物や、赤ちゃん、場合によってはアイドルも話題の対象となります。

    具体にこだわる人、抽象的な話が好きな人

    思考スタイルが「具体」に偏っている人は、極めて具体的な事実にこだわり、細部まで詳細に語ろうとします。具体的であればあるほど心地よいのです。極論すれば、この人にとっては、世の中には全く同じものは一つたりとも無く、全て固有のものなのです。抽象化能力が未発達だと、相手が望む話の抽象度にかかわらず、ひたすら具体的な話をし続けてしまいます。

    一方で、思考スタイルが極端に「抽象」寄りの人は、細かい違いは気にならず、自分の心地の良い分類でまとめようとします。先程の例で言うと茶トラのネコ、飼いネコ、ネコ科の動物のような具合です。極論すれば、この人にとっては、世の中のものは必ずどこかに分類されるのです。

    抽象化能力が未発達だと、相手が望む話の抽象度にかかわらず、とにかく抽象的な話をしてしまいます。

    本来ならば抽象的な話は、具体的な例についてきちんと理解した上で、されるべきものです。抽象化の礎となるのは、具体的な事象だからです。

    それがない抽象的な話は、よく言われる「フワフワした話」です。単なる一般論だったり、常識だったりすることを、いかにも自分の持論のように話すのですが、具体的知識が欠けていたり、理解が浅かったりするので、説得力もありませんし、建設的な話にもなりません。

    ところが、そんな話にもわかったような顔をして反応する人もいます。この人も「フワフワした話」が好きな人です。こういった人達が何かを決めることを目的とした会議に参加していると厄介です。物事がなかなか決まらないのです。

    世の中に同じものは一つして無いという考えも、世の中のものは必ずどこかに分類されるという考えも共に間違っていません。二項対立ではないのです。その両方を理解した上で行動することが大切なのです。

    具体ばかりとか抽象ばかりというのは極端な例で、多くの人はその間を行ったり来たりしています。しかし、利き手のようにどちら寄りの方が心地よいか、考えやすいかは人によって異なります。自分の心地よさ、得意な抽象度ではなく、会話の文脈、相手の得意な抽象度を鑑みて、適切な抽象化の軸、抽象度をコントロールすることが重要なのです。

    利き手に優劣がないのと同様、どちらの思考スタイルが優れているということはありません。ただ、自分の思考スタイルがどういうものであり、相手の思考スタイルがどういうものかを意識せずに、自分が心地よい思考スタイルを貫いてしまうと噛み合わない会話になってしまう可能性があります。

    握手をしようと、相手が右手を差し出しているのに、自分が左利きだからといって、左手を出していては、握手できないのと同様です。

    次回は私の整理における「具体的知識」についてお話したいと思います。

    参考
    1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
    2 会話の「噛み合わなさ」の正体
    3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
    4 質問にきちんと答えられない人
    5 思考にも「利き手」がある
    6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
    7 「視野を広げる」ための4つのアプローチ
    8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)
    9 何がわが子に起こったか? 「観察」と「記録」と「分析」~「解像度を上げる」ためのアプローチ(2)
    10 「抽象化能力」のレベル
    11 活躍し続けるベテランは「パターン認識力」が優れている~抽象化能力を支える力1
    12 「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由
    13 上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2
    14 「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
    15 なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3
    16 思考スタイルは抽象化能力と具体的知識の組み合わせで決まる
    17 「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
    18 「困った人」への対処法2~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力2
    19 「困った人」への対処法3~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力1
    20 「困った人」への対処法4~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力2
    21 「知っている」と「理解している」の決定的な違いとは

     
     
     
    慶應義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授。専門はプロジェクトマネジメント、本質思考等のモノの考え方。当研究科設立から教鞭をとる。元アクセンチュア・マネジングディレクター。「プロジェクトマネジメント的生活のススメ」「本質思考トレーニング」「なぜ、あの人との会話は嚙み合わないのか」

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