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街コンで出会った彼女から、マルチの勧誘を受けて憤慨した話

    「今の人生に満足していますか?」
    「あなたに会わせたい人がいるんです」
    「人生が変わりますよ」

    型落ちのiPadをテーブルに置く彼女の指先は、小綺麗に整えられていた。

    ウェーブのかかったミディアムヘアを揺らし、ハキハキと、しかしどこか空虚な響きを伴って彼女は語る。

    将来の不安、AIの普及、そして「人生を好転させてくれる謎の存在」。

    僕は冷めたコーヒーを啜りながら、内心で猛烈な苛立ちを噛み殺していた。


    ーーー数日前、僕は「街コン」という名の地獄にいた。


    男たちから法外な会費を毟り取り、女性を安価に揃えることで成立する、歪な市場。

    会場には冷え切って脂の回ったフライドポテトが虚しく並び、サクラであることを隠そうともしない女たちが、スマホの光に顔を照らして欠伸をしている。

    隣の男は死んだ魚のような目でグラスを弄り、この不毛な空間から何とか一滴の成果を絞り出そうと、剥き出しの焦燥を漂わせていた。

    僕もその一人だった。

    かつての僕は、周囲の風景に溶け込むことすら叶わない、清潔感とは無縁の陰気な少年だった。

    手入れを放棄した眉毛、分厚いレンズの奥で泳ぐ自信のない視線。

    そんな自分を根底から叩き直し、筋トレとファッション、そして「スマートな男」という仮面を執念で作り上げた。

    今の僕を構成しているのは、過去の自分を否定し続けた結果としてのプライドだ。

    「糞みたいな街コン」で、そんな僕が血眼でGETした連絡先のうち1つが彼女のLINEであった。

    だからこそ、その僕を単なる「マルチのカモ」として査定した彼女の言葉が、何よりも僕の自尊心を逆なでした。

    「……なるほど。面白い話だね」


    僕は微笑みを崩さず、聞き役に徹する「フリ」をした。内心では、この僕を舐めたことへの報復として、彼女をベッドに組み敷いてやりたいという暴力的な欲求が渦巻いている。

    入会させたい彼女と、開脚させたい僕。


    どちらが先に相手の物語を食い破るか。

    カフェでの不毛な会話は気づけば四時間を超え、おかわりしたコーヒーもすっからかんになっていた。

    だが、長時間向き合ううちに、僕の攻撃的な興味は、ある「違和感」へと形を変えていった。

    彼女のハキハキとした口調の背後に、驚くほど「何もない風景」が見えたのだ。

    やりたいことも、打ち込めるものもない。
    派遣の仕事に不満を持ちながら、ただ誰かに用意された台本を必死に読み上げている。

    その空っぽな輪郭に触れたとき、僕は「どうしてこの女は、こんな生き方を選択するに至ったのか」という、底知れない深淵を覗きたい衝動に駆られた。

    「場所を変えよう。もっとゆっくり君の話を聞きたい」


    僕は彼女を、夜景の見えるイタリア料理店へ連れ出した。



    ーー窓の外には都会の光が広がっている。

    パスタを巻きながら、僕は「共感という名の罠」を張り、彼女の過去を丁寧に解きほぐしていく。

    彼女の話に耳を傾けるうちに、実に興味深いバックグラウンドが見えてきた。

    三姉妹の長女として生まれ、常に「お姉ちゃんなんだから」という無言の圧力を背負わされてきた彼女。

    自分の意志よりも家族の調和を優先し、自我を形成すべき幼少期に、自分が本当にやりたいことを選ぶ権利さえ奪われてきた。

    ハキハキとした明るい喋り方は、誰かを失望させないために彼女が身につけた、あまりに健気で哀れな防衛本能だった。

    彼女の言葉に漂う歪な義務感が、自立できない彼女と、その背景にある冷え切った家庭環境のすべてを物語っていた。

    ーーー僕の両親も、いつも大喧嘩をしていた。



    理想とは程遠い家庭。
    僕はたまたま図書室の静寂やゲームという「自分の世界」に出会えたから自立の術を持てたけれど、もしその選択を一つでも間違えていたら、僕も彼女のように何かに縋り、誰かを勧誘する側にいたかもしれない。

    その瞬間、僕の中にあった黒い征服欲は、奇妙に澄んだ知的好奇心へと浄化された。

    僕がただ静かに頷き、彼女の歪みすらも受け入れるように傾聴を続けるうち、彼女の「ハキハキとした武装」はみるみる剥がれ落ちていった。

    誰の評価も介在しない、ただ一人の人間として真っ直ぐに見つめられる心地よさに、彼女自身、自分が何を信じてマルチの台本を唱えていたのか、その輪郭すら見えなくなっているようだった。

    ーーー店を出ると、夜の冷たい空気が僕たちの頬を撫でた。


    ここで一気に畳みかけるのは野暮だ。

    僕の中にあった黒い征服欲は、いつしか奇妙に澄んだ知的好奇心へと浄化されていた。

    彼女を強引に組み敷きたいのではない。

    ただ、僕と同じ傷を持ちながら、どこにも逃げ場を持てずにいる彼女の空洞を、もっと深くで確かめてみたい。

    僕は何も言わずに彼女の手を握った。

    彼女は拒まなかった。


    それどころか、すがるような強さで僕の手を握り返してきた。
    言葉による説得も、強引なエスコートも必要なかった。

    ただ、互いの孤独の温度を確かめ合うように、僕たちは自然な流れのままホテルのエントランスへと吸い込まれていった。


    ーーー無機質な部屋の照明の下で、彼女を抱いた。


    事の最中も、彼女は圧倒的な「依存」の熱を帯びていた。 しかし、行為が終わった直後、彼女は驚くべき豹変を見せた。

    つい数時間前まで「尊敬する人」を崇めていたあの口が、今度は僕が何気なく語ったIT企業の報酬や、副業、資産運用の実績、節税のテクニックといった「現実的な数字」に食いつき始めたのだ。

    一貫性のない、あまりに哀れな手のひら返し。

    彼女は「正解」を求めているのではなく、ただ新しい「依存先」を求めていただけだった。

    ーーー新しい依存先を探すのは、もうやめよう


    僕は彼女に、稼ぐことでも成功することでもなく、ただ「自分が心から楽しいと思えること」を見つけるべきだと告げた。

    コツコツと働き、誰の評価も介在しない、取るに足らない趣味に没頭すること。

    それこそが、彼女が手に入れるべき本当の自由だと思ったからだ。


    それから、僕たちは二回だけデートをした。


    勧誘も、打算も、下心すらもない時間。

    遊び方を知らない彼女に、僕は「ただ楽しむこと」を教えた。


    僕のようなヤリモクに二度と引っかからないよう、対等に支え合えるパートナーを探すべきだと言い残して、僕は彼女の前から姿を消した。


    あれ以来、彼女とは一度も会っていない。


    ただ、SNSの向こう側で、茶道やテニスに打ち込む彼女の姿を見かけることがある。

    最近では、隣に誠実そうな、どこか穏やかな顔立ちの男を連れたツーショットも並んでいる。

    おそらく彼女は今も、決して好きではないであろう派遣の仕事を、それでもコツコツと、地に足をつけて続けているのだろう。

    それでいい。

    あの不毛な街コンで支払った高い会費が、もし彼女という一人の人間の毒を抜き、一歩だけ自立へと歩ませるための代償だったのなら、僕のあの忌々しい記憶も、少しは報われたというものだ。


    おわり


     
     
    「意識高い系の入り口」で転び続けている、僕 でもそれがいい。それが楽しい 結局ヒトは変わろうとしている時が一番面白い

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