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チロル会音楽部~ロック青春記 第25話*夕暮れの歌声集会

    マジシャン めどう

     ザ・レイクの活動は、高校の垣根を越えた対外的なものだったが、通っていた高校での文化祭も、「もうひとつの活動の場」として、僕にとっては重要な位置を占めていた。
     一年生の時までは、ポピュラー音楽での個人参加は認められていなかった。
     それに反発した三年生が中心となって、多くの生徒たちに呼びかけた。ある日の放課後、それに応えた生徒たちが一か所に集まり、歌声集会を断行。何人集まったか数えたわけではないが、少なくとも三十人くらいはいたと思う。
     肩からフォークギターを下げた三年生のリーダーが、当時流行っていたフォークソングのタイトルを呼びかけ、声を合わせて歌い始める。歌は、次から次へと繰り出され、夕闇迫る空へと響き渡り、その一団を遠巻きに見る生徒たちの群れも膨れ上がって行った。

     先生たちが果たしてどのような反応を示すのか、当初はまったく読めなかった。
     だが、意外にも、生徒たちの熱意が心に響いたようで、職員会議で、文化祭でのバンド参加が認められ、我が校創設以来初のロック&フォークの演奏が実現する運びとなったのである。

     その年、文化祭用に、在籍中の生徒のみによる臨時のバンドが組まれた。ギターの日高君と共に、僕にもキーボード担当メンバーとして声がかかり、演奏曲目は、サンタナの『ソウル・サクリファイス』に決まった。
     ボーカル無しであることと、楽器編成を考慮して、そこに落ち着いたのである。
     この時、キーボードは音楽室に備品として置いてあったエレクトーンを借りたのだが、楽器全体を揺らしたり飛び超えたりと過激なアクションを行ったため、それが問題になった。そして、生徒本人ではなく、楽器を貸し出した新人の女性教師が管理責任を問われ、職員会議で吊し上げを喰らい、半泣きになっていたらしい。
     噂を聞きつけた日高君と僕で、呼ばれたときの対応について話し合った。
     「演奏に熱中してあげな弾き方になったち言わんといかんよ。自分でも予想できんかったち、嘘でもそげなふうに言わんと…」
     鹿児島訛りでそう言った日高君の言葉が、今でも耳に残っているのは、こちらも緊張していたからだと思う。
     音楽室で待っていた女性教師は、見るからに弱り切っていた。それに対して、僕は一切表情を崩さず、日高君との打ち合わせ通りに、淡々と返答した。
     あとで聞いた話だが、その先生、こんな言葉をもらしたと言う。
     「あの子、本当に嫌だ」 
     
     そのステージとは別に、個人参加者だけを集めた別ステージも設けられ、そちらには、ピアノの弾き語りで参加した。曲はエルトン・ジョンのナンバーが中心だった。
     エルトンに興味を持った切っ掛けは、彼のライブ・アルバムを知ったことだった。当時のエルトンは、ピアノにベースとドラムを加えたトリオでライブを行っており、音楽の内容より、
     「これだったら、そのまま自分でも出来る」
     という物理的な理由が先行していた。
     そんなことから興味を持ち始めた頃、末原君のお父さんから『フレンズ』のサントラ盤を貸してもらい、それを聴いて、スローバラードの歌い方や、ポール・バックマスターの美しいストリングス・アレンジに興味を持つようになったのである。

     高校の三年間とそれに続く一年は、キーボード少年であると同時に、弾き歌いに興味を持ち、歌付きのオリジナル曲を作ったと言う珍しい時期でもあった。
     幼少期に親しんだ梅の木を題材にした『微笑みの木』という歌を書いた背景には、そういった事情もあったのである。
     三年の時も、同じように、バンドと弾き歌いで参加し、バンドとしては、ピンク・フロイドの大作『エコーズ』を演奏した。
     これは、日高君の発案に従った形で、僕としてはキーボードの腕を披露する場面が無く、不満のほうが勝っていたのだが、日高君の熱意に押し切られてしまった。
     この時は、風の音が出るエフェクターや、工業高校の電気科に進学したドラムの中間君が手作りした、FMラジオをテルミンのように使う特殊装置などを駆使して、皆が聞いたことの無い音を出すために精一杯の工夫をした。
     ピンク・フロイドの曲を演奏するうえで不満だったのは、演奏テクニックを披露できないということのほかに、曲の雰囲気から、派手なアクションが似合わいということもあった、せっかく舞台で演奏できるというのに、キーボードの前でおとなしく弾いていなければならない。
     そこで、僕は衣装で目立つことを考えた。イエスのリック・ウェイクマンを真似て、金色のマントを母に頼んで手縫いしてもらい。それを身に纏ってステージに上がった。
     さらにヒールの高い靴を誰かから借りて、目一杯お洒落したのだが、これが裏目に出た。演奏の都合上、一か所だけオルガンの足鍵盤を踏まなければならなかったのだが、高いヒールが邪魔して上手くいかなかった。
     それともうひとつ、舞台上の演出として、ドライアイスを使用して白煙を漂わせる予定だったのだが、水とドライアイスの容量配分を間違え、白煙は発生せず、あっという間に凍り付いた水を叩き壊す音が鳴り響くというおマヌケな結果となって終了した。
     そんな具合に、全てが上手くいったわけではなかったが、とにかくまあ、高校生がピンク・フロイドの代表的な長尺曲『エコーズ』を演奏したという事実を、僕らは誇らしく思った。
     そんなこんなで、文化祭での数々のエピソードを残し、日高君と僕は高校を卒業し、それぞれ別な道を進むことになる。

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