
チロル会音楽部~ロック青春記 第20話*春休み、やんちゃ日記
高校入試が迫っていた。
それでも、相変わらず毎日のように集まっては音を出していた。ロックをやりたいという気持ちは強くなるばかりで、卒業後、高校に通って勉強をしたいという意欲はほとんどゼロだった。
すぐにでも上京して、音楽雑誌の広告で知ったジャズの専門学校へ通いたい。そう考え、父に申し出たのだが、高校教師だった父は、即座に反対した。
「音楽をやるにしても、まだまだこれから勉強しなきゃならないことがいくらでもある。高校を出てからで遅くない」
「ロックを教える人なんか鹿児島にはいないよ」
そう主張したのだが、父としては、それを実感として理解できない。「教える人がいない」と言ったのを、単なる思い上がりと受け止め、激怒した。
今考えてみると、これは親に相談するようなことではなかったのだ。実行するには、家出して自活するぐらいの覚悟が必要だった。
高校を受験するにあたって、楽しみだったのは、鹿屋にいた日高君が、自分と同じ、鹿児島市内の高校を受験するということだった。
これまで、彼が鹿屋にいたのは、親の転勤のためで、本宅は鹿児島市にあり、遊びに来たときは、そこに泊まっていた。
その家の住所を訊いてみると、どうも我が家からあまり遠くないようだった。それでは行ってみようということになり、実際に案内されて行ってみると、遠くないどころか、歩いて五分という近さだということが分かった。
二人揃って高校に合格し、仲良く連れ立って登校する毎日が始まり、中学時代に、よく末原君らとロック談義をしたように、今度は日高君を相手として、授業そっちのけで、ロックのことばかり考える高校生活が始まった。
入学までの少し長めの春休みを、レコードを聴いたり、日高君の弾くアコースティック・ギターに合わせて歌ったりして楽しんだ。
当時、家のすぐそばの高台で、大規模な宅地造成工事が行われており、現場作業が終了する夕方午後五時以降や、休日などは、夏休みにビルが遊び場になったように、そのだだっ広い宅地予定地が、格好の遊び場となった。
建設途中の大きな排水溝を見たときなど、まるでその空間が自分たちを誘っているかのように感じ、何のためらいもなくそこに潜り込んだ。
地上から閉ざれた、その細長い空間には、日頃なかなか経験することのできないちょっと奇妙な体験が待ち受けていた。
数百メートル離れた場所で発する声が、まるですぐそばに立って話しているかのように近くで聞こえる。大声を出すでもなく、ささやくような声で会話しながらどんどん離れてゆく、そして互いに溝の端と端に達して、同時に地表に上がってみると、とんでもなく遠いところに、互いの姿が小さく見える。それが予想よりはるかに小さくて仰天した。
理屈では簡単に説明できる。
だが、あの面白さは、実際に経験してみないことには分からない。
これは、ぜひ皆にも教えようということになって、バンドの仲間たちを、そこに招待することになった。
そしてやってきたのは、日高君のほかに、末原君と鮫島君、そして南君。僕まで入れて計5人。つまり、市内在住のメンバー全員がやってきた。そして、予想通り、皆が心底面白がった。
排水溝探検ですっかりテンションが上がってしまった五人組は、その勢いのまま、さらに阿呆な遊びへと突入していった。
遊び疲れて日が暮れて、あたりは闇のカーテンに包まれた、軽石だらけの荒れ地を歩いていると、たまに、そこを近道として使う車が、国道方面から登ってきた。
「こんな何もない所で、俺たちみたいなのが、ぞろぞろ歩いてるなんて、知らない人が見たら不思議に思うだろうね」
そんなことを話しているうちに、不思議ついでに、もっと不思議な体験をプレゼントしようではないかということになった。
全員が人形のようにピタリと止まっていたとしたら、もっともっと不思議だろう。きっと仰天するに違いない。
「それ、本当にやってみよう!」
このノリのよさが、ロック小僧たちの一番の取り柄であり、危険なところでもあった。
ライトが当たりやすいように、道路がカーブしているところを選んだ。そして、それぞれ、腕を広げたり、腰を捻ったり、歩く途中で突然止まったみたいな感じにしたりと、思い思いの格好で固まり、それぞれが別な方向を向いて立った。「無造作に置かれた人形」という体を取ったのだ。
そして、車が近づいてくるのをじっと待った。
やがて、一台の車が近づいて来た。
次第に速度が落ちるのが分かる。
左側通行が原則なのに、僕らが立っている右側に、不自然に近づいてくる。
そして通り過ぎたと思ったら、突然加速し、猛スピードで、逃げるように走り去った。
悪ガキども、腹をかかえて大笑い。
「近づいて来るとき、こっちをジーっと見てたよ(笑)」
「変な顔をしてたねえ」
「スピードを急に落としてヨロヨロしてた」
「びっくりして頭を左右に振ってたよ」
「ものっすげえスピードで離れていったね」
「絶対スピード違反だよ」
「今ごろ家に帰り着いて、家族に話してるかもね」
いやはや何とも…。
