
チロル会音楽部~ロック青春記 第12話*突然の闖入者
週末になると、いつも集まって練習していた末原君の部屋には、たまに知らない人が訪ねて来ることもあった。
歳の近い中高生が、音に誘われてやって来ては、しばらく練習に耳を傾け、簡単な感想を述べて帰る。こうして輪が広がって行くのは有難いことだったが、中には、どちらかというと有難くない、というよりも、はっきり言って非常に困る輩もいた。
その客人は、学生服の胸元をはだけ、長めの髪の上にひしゃげた学生帽を斜めに被り、ポケットに手を突っ込んで、威嚇するような目つきでやってきた。そばにある私立高校の生徒だった。
一瞬にして空気が変わった。
皆の顔から血の気が失せ、体がガチガチに固まっている。そんな奴が、なんで突然やって来たのか、さっぱりわからない
高校生は、部屋中を舐めるように見まわした後、おもむろに口を開いた。
崩れた鹿児島弁のタメぐちだった。
「人を立たせたまま、ただ見ちょっとか? 椅子ぐらい持って来んか」
「すいません。気が付きませんでした」
末原君が、あわてて奥の部屋に駆け込み、椅子をひとつ持って戻ってきた。
「おう、悪りぃな」
言うとおりにすれば満足するようだった。
胸ポケットからタバコを出し、マッチを擦った。眉間にしわを寄せ、ゆっくりひと口吸い込むと、顎を少し上げて「ふう」と煙を吐き出した。
「灰皿は無かとか?」
「あ、今持ってきます」
タバコを味わうというより、わざと大袈裟な身振りでカッコつけて、僕らに対する威嚇行為としてやっているのが見え見えだ。
それまで音楽で満たされていた空間が、煙と異臭で、みるみるうちにいびつな色に染められてゆく。
一人一人に一本ずつ差し出し、火をつける。
誰かが咳き込んだ。
「なんや、初めて吸ったとや?」
薄笑いを浮かべている。
順番は僕にも回って来た。
それまで、一度も吸いたいと思ったこともなかったし、中学生の自分にとって、タバコを吸うという行為自体が、絶対に越えてはならない一線の、そのまた向こうにあった。
断ったら何といわれるか心配だったが、消え入りそうな弱々しい声で言ってみた。
「すみません。タバコは飲めないので…」
「吸わんとや? そうか」
鷹揚な反応にほっとした。
こちらが縮み上がっている分には、問題なさそうだ。
「わいたちゃ、何を考げっせえ、こげなコッをしちょっとよ?」
「……」
「ダチがエレキバンドをやっちょっとよ。そいがな、土曜になれば、いつも良か気になって音を出しちょっワロがおって気に喰わんち…。そいで、ちょっとばっかい様子を見に来たとよ」
「いえ、そんなつもりじゃ…」
「はあ?」
「高校生の人と張り合うつもりでやっているわけじゃなくて…」
「なんち?」
「いえ、その…、皆で練習してるだけなんですけど…」
「ないゴッならよ?」
「えと…、ロックが好きだから…、です」
「そいだけや?」
「はい、まぁ…、そうですね…」
「ほんのこて、そいだけや?」
「はい、そう…、ですけど…」
「あんまい良か気になっとじゃなかど」
「いいえ…、まさか、そんな…」
「良かか? エレキを弾いちょっとは、ワイたちばっかいじゃ無かたっでな。オイのダチみたいに、前からやっちょっともおっとよ。そこをよう考えんか。あんまい良か気になっちょっと、オイが喰らわしに来っでな」
この迷惑人の目には、少しでも目に付く行動は、すべて示威行為のように映るらしかった。
その後、話は市内の不良たちの勢力争いに及んだ。三月でどこの高校の誰それが卒業して、その後、別な高校の何某だかが幅を利かせているとか、自分がどのような位置にいるとか…。
僕らにとって、そんな話は、遥かな別世界のことで、言われたところで何のことやらチンプンカンプン。ただ面食らっていた。
そんな時、そばに置いてあったヘッドフォンが目に入り、これ幸いと、それを被って音楽を聴くことにした。
プレイヤーのターンテーブルには、LP『レッド・ツェッペリンⅡ』が乗せてあった。
そのまましばらく音楽を聴いていたのだが、数分後、突然肩を突かれた。振り向くと、高校生がしかめっ面をして、僕の顎に手が伸びてきた。
― うわ! こりゃ殴られるぞ ―
慌ててヘッドフォンを外すと、
「人が話しかけたら黙っちょらじ答えんか、おら!」
「すみません。これを被っていると、外の音が全然聞こえないので…」
ペコリと頭を下げると、誰かがすかさずフォローを入れる。
「それで聴いていると、本当に周りの音が聞こえないんです」
「そうじゃったとか」
あたふたと弁明する様子を見て、気を取り直したようだった。
「何を聞いちょっとよ?」
「うるさい音楽なので、迷惑だろうと思って、これで聴いてたんです」
「そうや? 気を利かせっくれちょったとや? 悪かったな。まぁ、そげん言わじオイにも聞かせっくれ」
僕の手からヘッドフォンを奪い取り、聞き始めたが、すぐに外した。
「うんにゃ、コイはオイには合わん」
返されたヘッドフォンで、再び音楽を聴こうとすると、
「せっかく遊びに来ちょったっで、話をしようや」
― せっかくも何も、呼びもしないのに勝手に来たんじゃないか… ―
「何か演奏しっくれんか?」
「えっと…、どんな曲が良いんでしょうか?」
「ピンキーとキラーズの『恋の季節』はでくっか?」
「いやぁ、そういう曲はやってないので…」
「ベンチャーズの『京都慕情』はよ?」
「それもちょっと…」
「うんにゃ、ナイもでけんとやな。今度来っときまでに練習しちょけよ」
「……」
「花札をすっが」
「あの、花札は無いんですけど」
「麻雀はよ?」
「麻雀もちょっと…」
「うんにゃうんにゃ、ナイもでけんとやな」
「すみません」
「ワイどま、遊びもちったぁ覚えんと、高校生になったらダイとも付き合えんど」
「そうですか…」
その後、しばらくは退屈そうにタバコをくゆらせていたが、言葉も尽きたようで、おもむろに立ち上がると、
「あぃがとな、おかげで楽しかった。また遊びに来っでな」
そう言い残して出て行った。
「ふう、やっと出て行ったよ」
「まいったね」
「しかし、高校生が一人来るだけで、全然雰囲気が変わるね」
「ほんとだよね」
「楽しかったって言ってたけど、何が楽しかったんだろうか?」
「一方的に喋ってるだけで、こっちは何も言えなかったよ」
「ほんとにそうだよね。なーんにも喋ることができなかった」
「『京都慕情』なんか、練習したくないよね」
「冗談じゃないよ。こっちの気持なんかお構いなしだからね」
「でも、また来るって言ってたよ。練習しておく?」
「いやぁ、そんな気になんかなれないよ」
「だけどさ、ここで練習してることが、結構知れてるみたいだね」
「これからも、おかしな奴らが来たりするのかな?」
「おちおち練習もできないなぁ」
「君たちは、まだいいよ。俺はここに住んでるんだぞ」
「そうだよねぇ」
「何か胃が痛くなってきた」
憂鬱だった。苦情があって以来、音量をセーブしていたのに、それでもこんなに波紋を呼ぶものなのか…。
― 頼むから放っておいてくれよ、ったく… ―
どうにも気分が落ち着かなかった。練習するたびに、「いつまた来るだろうか?」、練習していないときでも、付近を歩く時は「どこで出くわすだろうか?」と、気が気じゃなかった。特に、住所を知られている末原君なんか最悪だ。片時も気が休まらない。