メインコンテンツへスキップ
見出し画像

チロル会音楽部~ロック青春記 第18話*レコードショップのお姉さん

     ナイスのアルバムは、ジャケットデザイン全てが頭に入っていた。レコードカタログや音楽雑誌などを、いつも食い入るように見ていたから…。
     だからこそ、逆に気付かなかったのだ。
     そこにあったのは、オリジナル・アルバムではなく、東芝の企画モノ『ポピュラー白銀シリーズ』の中の1枚だったのだ。
     帯に記されていた「ナイス」という文字が、なんとなく気になり、「まさか、あのナイスじゃないよな」と思いつつ、ジャケットをよく見ると…、
     真ん中にあのキース・エマーソンの姿が、写っているではないか! 
      聴きたい!
      今すぐ聴きたい!
     学習館というレコード・ショップは、試聴OKだったが、それは「選択のためなら」という条件付き。つまり、「買わずに聴くだけという行為はご遠慮ください」という方針を貫いていた。
     ポケットの中には、三百円ぽっち。
     ― 無理だ。これじゃ聴かせてもらえない ―

     でも、聴きたい…、
     どうしても聴きたい!

     ジャケットを手に、店員のお姉さんの前に歩み出た。

     「すみません。このレコードを聴かせて欲しいんですけど、今お金が無いんです。あとで絶対買いに来ますから、お願いします。これを預けておくので…」

     ペコリと頭を下げ、生徒手帳を添えて差し出した。
     すると、その若い女性店員さん、
     「あなたは顔を知ってるからいいよ」
     と笑った。
     たぶん、僕は祈るような顔をしていたのではないかと思う。
     「奥の売場に置いてあるステレオを使ってね」
     「あ、どうも…」
     「これ、他の人が買わないようにこちらに置いておくから、聴いたらこっちに持ってきてね」
     心は、もう狂喜乱舞である。
     売り場に置いてあったのは、当時流行りの、木製家具みたいな大型ステレオだった。
     真っ先に聴いたのは、『ロンド69』。音楽雑誌で「怒涛のようなオルガンプレイ」と紹介されていた憧れの曲だった。フィルモア・イーストでのライヴ録音。
     会場MCが、聞こえてきた。
     “Won't you welcome,pease. A most distinguished group from England.The Nice.”
     拍手が起こり、アップテンポでベースのリフ、それに続いてドラムが入り、ハモンド・オルガンの鋭角的な和音が飛び出してきた。
     ところが、始まってすぐに、その音程が揺れながら落ち始めた。
     ― あれ? レコードの回転が止まった。 ―
     これには実際メチャ焦った。無理を言って、展示品のステレオで試聴させてもらっている。変な扱い方をしたつもりはないのに…。
     そう思ったのも一瞬のこと。ターンテーブルではなく、実際に、オルガンの音程が揺れていたのだ。演奏は止まることなく続き、その後、破壊的なノイズや煮えたぎるような効果音が聴こえてきた。
     その「煮えたぎるような音」とは、特殊なグリッサンド奏法だったのだが、そんな音は、それまで聴いたこともなく、一瞬何が起こっているのか分からなかった。
     原始的な混沌を思わせる、怒りを叩きつけるようなエネルギーに満ちた世界に、心をかき乱された。
     ― なんか、すっげぇなぁ。 ―
     わくわくした。それまで聴いたことのあるロックのオルガン演奏とは、えらく違っていた。
     ようやく聴けたナイスの音。LP1枚分、ぶっ通しで聴いた。十字屋で末原君によって阻止され、途中までしか聴けなかった『夢を追って』も最後まで聴けた。途中でテンポアップし、ジャズセンスあふれるソロがカッコ良かった。

     「ありがとうございました」
     「どうだった?」
     「いやぁ、凄かったです」
     「どんな音楽なの? ロックなんでしょ?」
     「ピアノとオルガンがカッコいいんですよ」
     「オルガンって、ハモンドオルガン?」
     「え? 知ってるんですか?」
     「ジミー・スミスが弾いてるやつでしょ? ロックでも使うのねぇ」
     「わぁ、良く知ってますねぇ」
     「だって、ここはレコード屋だもん。ジャズのレコードだって扱ってるよ」 
     「あぁ、そうですよねぇ」
     「色々覚えるの大変なのよ。勉強するのは学生だけじゃないのよ」
     「そうなんですか」
     「じゃあ、あなたはオルガンを弾くの?」
     「はい、プロになりたいんです」
     「頑張ってね。このレコードは、他の人が買わないように、ここに置いておくからね」
     初めて手にしたザ・ナイスのレコード。早速コピーを開始した。最初に手を付けたのが、十字屋で最初の部分だけを視聴した『夢を追って』だった。
     この「冒頭で止めた件」については、その後、末原君も全曲を聴いた時、その後の展開に驚いた。

     「カッコいいねえ! あの時はすぐ止めて悪かったねぇ…、まさかこんな展開になってるとは思わなかったもんだから…。ナイスに比べると、ストーンズも幼稚に聞こえるね」

     と、いかにもすまなそうな顔をして謝った。
     あの学習館のお姉さん。情報を教えてくれたり、店に内緒で目一杯視聴させてくれたりと、本当にお世話になった。
     オーディオ売り場のステレオで視聴させてくれたのは、店側には内緒の個人的裁量だった。
     そんな事情にも気づかない中坊。しばらく経ったある日、自由に視聴しても良いものだと早合点して、勝手に聴いているところを上役の男性店員に見とがめられ、こっ酷く説教された。
     「あのときは、店に私しかいなかったから良かったんだけど、今日は上の人に見つかったから、聴かせてあげたいけど、もう店のステレオは使えないよ。今度は私が怒られるからね…」
     お姉さんは、怒るでもなく、ただ残念そうな顏でつぶやいた。

     あの店員さん、日々多くのお客さんと接しているので、買う側の心がよくわかっていたんだと思う。それにしても、あそこまでこっちの気持ちをわかってくれる店員さん、他にはいなかった。
       **  ** 
     すでにナイスを解散させていたキース・エマーソンは、この年の6月、新グループ、エマーソン、レイク&パーマーを結成し、8月にはワイト島・ポップ・フェスティバルに出演しているのだが、まだその情報には触れていなかった。

                ⇒  一つ前に戻る
                ⇒  目次に戻る

    あなたへのおすすめ