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チロル会音楽部~ロック青春記 第6話*ギター小僧、末原君

    マジシャン めどう

     チロル会は、音楽だけでなく、ドラマ制作を行なったり、おちゃらけたり奉仕活動に走ったりと、様々な方向に迷走し続けた。
     だが、末原君がひとたびギターを手にすると、表情が変わった。末原君の部屋は、いつしか音楽仲間の溜まり場となり、音楽雑誌『ミュージック・ライフ』からの情報などを頼りに、音楽談議に花が咲いた。
     彼の憧れの的は、ギターの神様と言われた、クリームのギタリスト、エリック・クラプトン。何度となくその名前を聞かされ、そしてアルバム『クリームの素晴らしき世界』から『クロスロード』を何度も聴かされたものだ。
     その心酔ぶりは相当なもので、とにかくクラプトンの存在は、単なる一人のギタリストという枠を超えて、人間としてあるべき理想の姿のように見えていたようだ。
     容姿の神々しさから名前の響き、果てはライブ盤で聴けるジャック・ブルースの「Eric Clapton, Please!」というMCのカッコよさに至るまで、彼は取り憑かれたように話すものだった。
     ただし、そういったロック・ヒーローたちの存在は、まだまだ遠い目標であり、集まって練習する曲の中心は、僕らにとって定番となっていた『駅馬車』、ハーモニカが印象的だったカルメン・マキの『時には母のない子のように』や、ミュート奏法によるギター伴奏が印象的な、由紀さおりの『夜明けのスキャット』、そして、第一次バンドブームともいえるグループサウンズのナンバーなどであり、そこに、ビートルズの『イエスタデイ』や、楽譜が出回っていたベンチャーズの一、二曲が加わる程度だった。
     末原君と僕との間に、一つ意外とも思える共通点があった。それは、漫画を描いていたこと。ストーリーを考えコマ割りをして描き込む「作品」としての漫画である。
     僕は、小学校4年ごろからストーリー漫画を描くようになり、小学校を卒業するころには、数種類の連載漫画をまとめて、雑誌風の本を手作りするようになった。 
     夏休みには、漫画を一日の中心に据え、目覚めたときには、もう漫画のことを考えていて、起き上がるとすぐにに机に向かったものだ。
     そんな日々に変化をもたらしたのが、チロル会音楽部だったというわけだ。次第に漫画を描く時間より楽譜を書く時間が増え、ついには、完全に漫画を描くことをやめる決心をしたのが、中学2年になる前の春休みだった。漫画を描く事が、自分のアイデンティティの一部になっていて、止めてしまうと自分が自分でなくなるような気がしたものだが、最後には、自分の中に沸き起こった「新しい音」への衝動が勝った。散々迷った末、ペンを置き、音楽一本に絞ることにした。
     末原君にとって、漫画がどのような位置を占めていたのかを聞いたことはないが、本格的に描かれていたところから、やはり職業漫画家になることを夢みた時期があったのではないかと思う。
     漫画を描く量が減り始めた頃、末原君との間で、アドリブとはどうやるのかを、よく話題にした。プレイヤーにとって、最も自分の存在をアピールできるのは、技巧的なソロをとる場面である。かつては、ヴォーカルの合間の「間奏」でしかなかった部分が、ジミ・ヘンドリックスや、クリームの登場で時間的に引き延ばされ、演奏時間が長いということ自体が憧れの対象になっていた。
     ある日、その憧れのアドリブを、2人で実際に試してみようじゃないか、ということになった。   
     だが、その方法がよくわからない。
     それじゃあ、取り敢えずAマイナーだけで適当に…、ということで、使う音はコードトーン、つまり、ラ・ド・ミの3つのみ。使用楽器は、セミ・アコースティック・ギターと電動オルガン。最低15分は続けるということを条件に、即興演奏が厳かに始まった。
     イントロは電動オルガンで鍵盤中央から、ドラドミ~、ミドミラ~、ラミラド~、と上行したのを覚えている。そこにギターのトレモロ・アームを利かしたシングルトーンが絡む。その後は、ミドラ、ミドラ、ミミドラ、ミミドラ・・・、そんな感じで、ちょっと空虚、いや、かなり空虚だった(笑)
     途中、ギターにトレモロを深くかけたり、コードを荒々しく掻き鳴らしたり、音は最初に決めた「ラ・ド・ミ」から離れ、指をメチャクチャに動かしまくったり、オルガンのトーン・クラスター(音塊奏法)を使ったり、まだ他にも何かやっていたかも知れないが、録音が残っていないので確かめようがない。
     中学生のうぶな感性は、ちょっとしたことで、弾けるような歓喜の世界に入り込んでしまう。憧れの「演奏時間15分」突破を目指して、それなりにトリップしていた。
     録音したテープを聴きながら、その珍妙でサイケデリックなサウンドに、これ以上ないほど満足した。自己評価は極端に高く、末原君は、
     「クリームの演奏だと言っても、どうせ分からないよ」
     とまで言った。もちろん、僕もそう思ったさ(笑)
     早速それを友だちの誰それに聴かせようということになり、自転車を漕いだ。その間、カセット・レコーダーを回転させっ放し。道行く人に、少しだけでも自慢の音を聴かせたい中学生君たち。何とものどかな春だった。
     その後、多少知恵が付いてくると、恥ずかしくなってこのテープを消去してしまったが、逆に、今こうして当時を思い出しながら書いていると、デタラメをやりながらも、それなりの面白さがあちこちに散らばっていたのかもしれない。

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    セミアコを弾く末原君(自宅にて)

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