「悲しい」に滲む思いやり
常連の美容室。
スタイリストの方に大田ステファニー歓人さんの「みどりいせき」をお勧めされた。
作品はもちろん、彼の人となりに興味を持った私は、関連する記事をいくつか一緒に読んだ。
その一つ。書評家の方との対談でペンネーム由来について聞かれた記事。
「大田」は当時彼女だった今の奥さんの姓から取ったのだそう。
なんでも、
「彼女の苗字なくなっちゃうの悲しいなって考えて、それをもらった感じです。」
苗字がなくなるのは悲しい、私も思う。
夫婦別姓という言葉をニュースで耳にすることが増えて、私がもし結婚したらと想像した。
自分の姓がなくなったとき、これまでのキャリアが私から切り離されたような気分になって、少し寂しいだろうな。と。
姓が変わると、元の姓の親戚との関係も一つの区切りを迎えるような感覚になるだろう。新しい姓に移る門出と捉える声もあるのは知っている。もちろん、嬉しいのだけど…予定もないのに、なんだか複雑な気持ちになる。
それはさておき、奥さんではなく相手の歓人さんから「悲しい」という言葉が聞けたのは驚いたし、嬉しかった。
その声に、せっかくこれまで素敵な「大田(かおりん)」がいるのにもったいない、惜しい。というような意味が滲んでいる気がする。
だけどそれだけではなくて。
裏を返すと、旧姓も大切にしたまま新しい一歩を踏み出そう、という優しい前向きな意味も含んでいる気がする。胸がほっと温かくなった。
ちなみに、かおりんは奥さんの愛称。大田さんは、受賞の言葉でもかおりん呼び。
「公式の場でもかおりん呼ぶの、ウケるくないですか?」
2人で笑った。