文面の奥の人
常連の美容室。スタイリストさんとはいつも話が盛り上がる。
美術館や建造物、サブカル的な話と、
最近は、来る度に好きな俳優さんとコミュニティの話をしている。
今回はnoteの話題に。
「親近感が湧く投稿ばかりですよね。」と。どこから湧くのだろうか。
ただ、文字の羅列。こちらから「読んでみよう」と一歩寄るだけで距離がぐっと近くなるのだろうか。
読む人が、少なからず「楽しみたい」という気持ちからイメージするつもりで読んでいるからだろうか。
それだけでは、縮まらない何かが作用している気がする。
見ているのは平面のモニターなのに、その奥にいる人の動きを掴める感覚が面白い。
登場人物が、怒ったり、落ち込んだり、ほっこりしたり、熱を鮮明に感じる。
離れていても繋がっているような。
整った文章は、私が思うに映画を観ているような一定の距離がある。
受け取り方に余白があり、一線を引いた心遣いさえ感じる。
noteの投稿の多くは、夢を見るように、文面から筆者の住む世界に飛び込んで同じ体験をする近さがある。
筆者の感想として自己完結している分、思いがダイレクトに伝わる。
「直接的な言葉で没入出来るのもいいですよね。」
そんな流れから、大田ステファニー歓人さんの「みどりいせき」を紹介して貰った。
ド直球な言葉が並ぶので、読む人を選ぶのだそう。
私は、荒削りな感じも好き。感情を詰め込んだ作風は若さの象徴だと思う。
どんな人が書くんだろう。
すばる文学賞授賞式での、唐突で、置いて行かれる人もいそうなパフォーマンス。
書評家の方との対談で語ったペンネームの由来。
話を聞くにつれ、私のイメージする彼のぼやけていた輪郭が少しだけ浮かんできた。
何に心を動かされているのか、実生活を以て赤裸々に語り綴る人なのかな。
なかなかリアルに感じられない大きな出来事を近くに引き寄せる独特な雰囲気。それはもしかすると、不完全さから醸し出されているのかも知れない。
「みどりいせき」のあらすじをざっくり聞いて、
社会への不満とか孤立とか、やりどころのない大きな感情をありのままの言葉選びで昇華しているように思える。
生々しささえ感じられそう。
本も面白そうだけど、彼が面白い。本を読む前から身近に感じられる。
指で三角を作っているのも気になる。絶対何か意味があるでしょ。
私は、自己開示をする気持ちでエッセイを書いている。
恥ずかしさはありつつも、人と繋がりたい気持ちが強くて「自分はこう感じた」と出来るだけ素直に。
その個性を面白いと感じてくれた方と、共感出来ることが嬉しい。
それから少しずつ、noteや他のサイトで、身近な生活やちょっとした気づきを投稿することが増えている。
俳優さんも、コミュニティやラジオをで胸の内を語ってくれるから、バックグラウンドを通して作品により厚みが出る。より深く楽しもうと思える。
時々思う。電車で隣り合わせた人は、目的の駅で別れたらそれきりなんだなって。
だけど、noteやコミュニティメンバーの方々は、お会いしたことがないのに少し近くに感じることがある。
文面を通して、世間話を聞いたような。
#創作大賞2026 #エッセイ部門