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自己開発の取り組み【追記あり】

    どうも!こんにちは!
    井ノ上雅之です。

    今回は、20代の時にドラムの研究と並行して行なった自己開発について書きます。


    私は10代20代の頃、

    主観で言えば、
    普遍的な価値観を共有する人間社会と全く相容れなかった

    客観で言えば、
    生きていく事が困難な程、ろくでもない糞野郎だった笑


    まあつまり、真に社会不適合者だった訳です。


    そのため、類稀なる成果を出す為に自分の才能のありそうな分野を伸ばす選択をしました。(ドラム)
    尤も、しばらくは欠けている運動能力を克服する研究をしていたので、ある意味で短所の克服でした。

    しかし、私に才能がありそうだなと自覚をしていましたが、それを足してもマイナスになるぐらい、欠点が多くある事も自覚していました。
    そしてその欠点の克服もしようと試みました。


    世の中では短所を克服するよりも、長所を伸ばす方が得策だという風潮があります。
    それはとても正しいと思います。
    しかし長所を伸ばす試みをしつつも、自分のあらゆる短所や弱点を本気で克服しようと試みる事にも価値があると、私は思っています。それが克服できるできないに関わらず。

    理由は、長所を生かせるようになった後、自分の短所に足を引っ張られる可能性を低くできるから。
    そして、克服できない事を知る事で、自分に合った努力や環境、適性を知る事ができるからです。



    やった事は主に、

    ①徹底した自己分析
    ②孤独に耐える訓練
    ③自己顕示欲の抹消
    ④聞き手に徹する訓練

    ⑤極端なガニ股を治す
    ⑥口呼吸を鼻呼吸に治す

    ⑦Nバック課題
    ⑧左利きで生活
    ⑨いくつかの帝王学、その他諸々を学ぶ

    です。以下、具体的に書きます。



    ①徹底した自己分析

    私は20歳前後の時、あまり元気が出なくなっていました。
    自分の事が全く分からず、何故元気が出ないか分からない。だから、自己分析を始めました。

    成人するまでの全ての時期を振り返り、どんな出来事がありそれが自分にどんな影響を与えたか、長所短所、何をした時に喜怒哀楽を感じたか、得手不得手は何か、家庭環境はどうだったか、親族の得手不得手は何か等、何回も繰り返しノートに書きました。

    ドラムの研究を始めてからは、あまりにも上手くいかなさすぎて、5年間毎日辞めたかったので、その間ネットにある無料の適職、適性診断ツールや自己分析ツールを、全て余す事なく、最低でも数十回ずつはやりました。
    ちなみに20代の時の16perはどのツールでやっても95%ENTPでした。
    今やると結果は割れます。


    自己分析の結論ですが、多分当時は明確な答えが出てたと思うんですけど、正直今はあんまり覚えてないんですよね笑
    まあ自己分析は、自分の特性を知った上で、それに囚われない事が重要なのかなと、今は思います。



    ②孤独に耐える訓練

    私は成人するまで、常に孤独感を抱えており、さらに友人といても、何人友人がいても、孤独感は消えませんでした。
    耐え難い孤独で、私の意思決定に明確な支障をきたしていると自覚していたので、克服しようと考えました。

    ・自分の事をいっさい話さない
    ・弱音をいっさい吐かない
    ・人に理解してもらおうとしないが、人を理解しようとする
    ・友達を作らない
    ・馴れ合わない

    これを10年徹底しました。その結果、1人の方が孤独を感じない事に気が付きました。
    また、身内でも友人でも、私の人生に悪影響を与える人、与えそうな人との関わりを断てるようになりました。
    じゃあ、これからもこのスタンスを続けるのか?無理!!!
    人はやはり独りでは生きていけません笑



    ③自己顕示欲の抹消

    私はおそらく、世界一自己顕示欲が高いと言っても過言ではなかった。
    そのため、目立ったり、褒められたり、賞賛されたりするだけで満足できず、
    類稀なる成果を出したいと思うようになった。
    類稀なる成果を出す為には、類稀なる努力が必要です。
    私は努力が苦手で死ぬほど嫌いですが、
    まずは努力の邪魔をする自己顕示欲を捨てる必要があると思いました。

    ・自分の事をいっさい話さない
    ・人に理解してもらおうとしない
    ・努力をいっさい表に出さない
    ・夢を語らない
    ・強がらない

    ②番と被る取り組みもありましたが、10年間徹底して、
    黙々とドラム研究や自己成長に意識を向けました。
    20代の私と出会った人は私をとても大人しい人間と思っているかもしれません。
    実のところ、そんなに大人しくないです笑
    ただ、選挙に出たあたりから、自己顕示欲を封じた壺の蓋が割れて、漏れ始めてます苦笑



    ④聞き手に徹する訓練

    成人するまで、私はマシンガントークとユーモアが特技の1つでした。
    しかし、いろいろ重なって元気が出なくなり、喋る元気も出なくなりました。
    それを機に、聞き手も出来るようにしようと思いました。

    私はもともと、受け身で耳から得た情報の処理や記憶が普通に出来ず、
    よく言われた事をそっくりそのまま質問して相手を困惑させる事が多かった。
    これをどうにか克服できないかと考えました。
    ついでに言うと、文章も記号の羅列のように見えて、読解するのに3回ぐらい読む事もザラだった。
    発達障害とかLDとか調べてた時もあったけど、最近はどうでも良くなった。

    とにかく自分は話さず、相手の話を聞く。聞くだけではなく理解する。
    これを10年徹底しました。
    最初は全然話が頭に入らなかった。しかし、20%→35%→60%→80%みたいな感じで、少しずつ相手の話が頭に入り情報処理出来る量と時間が増えていった。
    このプロセスにはしばらく頭痛が伴いました。

    結果として、理解しながら人の話を聞けるようにになりましたが、問題がありまして。
    人の話を長時間、理解して聞こうとすると、超集中状態(ゾーン)のような状況になります。
    私以外の空間がふやけると言うか、ちょっと現実的な空間じゃなくなります。
    これは別に子供の頃からいろんな場面であったので珍しい事ではないんですが。

    一見良い事のように思えますが、まずかなり負荷がかかり疲労が残る事、そしてゾーンに入るほど集中しないと話が頭に入らない時点で、聞き手の適性があまり無い。
    と判断します。
    スイッチオフにしてると、今も聞いた内容が全く頭に入らないので。
    私はやはりどこまでいっても、話し手です。
    まあ、10年ぐらい黙っていたのでちょっとリハビリしないといけませんが。

    ※追記 最近は、ゾーンに入らなくても人の話が頭に入るようになりました。



    ⑤極端なガニ股を治す

    これは単純に、子供の頃からガニ股が酷いと言われ続けていたので、ついでに直そうかと。
    24歳頃、北京に住んでた時に直しました。
    時々、足を平行にして3時間ぐらい散歩して直しました笑

    ちなみに、北京の公園は散歩する人が異常に多く、永遠に長いムカデのような列を作って皆歩いてました。日本ではなかなか見ることの無い光景でしたね。



    ⑥口呼吸を鼻呼吸に治す

    子供の頃から、私は呼吸が下手(笑)で、常に息苦しく、
    空気が吸いたいだけ吸えてない感覚がありました。
    鼻呼吸が全く出来ず、誰も見てないとこで大きく屈んで口でゼェハァやってました。
    一応、肺活量の検査ではトップクラスに多かったんですが。

    これも北京にいた時に直しました。直し方はすごくシンプルです。
    口を閉じてジョギング。以上!
    当時北京は大気汚染で空が白い事があったので、その時はマスクをして走りました。
    今では完全に鼻呼吸です。



    ⑦Nバック課題

    私は、雇われると全く仕事が出来なかったので、
    その原因が短期記憶能力(ワーキングメモリ)の低さにもあると考え、それを治すための方法を探りました。実際は、後述するもっと根本的な原因だったのですが、当時は自分の能力を疑っていました。

    そして、Nバック課題というツールを見つけ、そのアプリをひたすらやりました。
    これは、北京から帰国後、井ノ上を名乗り出す直前の26、7歳の時にやってました。

    「N-back課題は、前頭前皮質の脳機能を調べる方法であり、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー型認知症の診断に有効とされています。」(東京藝術大学アートDX HPより抜粋)
    どんなツールなのか説明するのがめんどくさいので、興味がある方はググってください笑

    ちなみに、その効果の有無に関して、論文では賛否両論あるらしいですが、
    私が実際に10バックぐらいまでやった肌感では、明確に著しく短期記憶能力が向上したので、短期記憶能力に自信がない方、仕事が出来ないと自覚している方は、是非やってみてください。



    ⑧左利きで生活

    これは、脳機能を活性化させようとしてやりました。根拠はありません笑
    生活の全てで、利き手じゃない左手を利き手のように使いました。
    これも日本に帰国してから井ノ上を名乗り始めるぐらいまで2年ぐらい左利きを徹底してました。

    箸は、小豆の皿移しを1週間やって使えるようになりました。
    字はゆーーーーっくり。
    今でも、ポケットにスマホと鍵を入れる場所は、左利きのままです。

    ちなみにこの時期に、札幌で1週間ほど野宿していた時があって、
    その時寝ていた堤防で出会った経営者のおじいさんに左利き生活の事を話したら、将来有望と言われました笑



    ⑨いくつかの帝王学、その他諸々を学ぶ

    私は北京から帰国後、父方の一族と縁を切りましたが、
    その際、私の一瞬の油断が元で、無駄な争いが生じました。
    それを踏まえ、もっとなだらかに事を納める為の方法論や、
    その為に自分がどうあるべきかという事を、書物に求めました。
    10代の頃、先輩に「雅之は帝王学を学べ」と言われていた事も、1つの理由です。

    書物の内容を自分の血肉とする為に、自分用の帝王学の教科書を作る為に、
    それらの書物の内容を要約し、文章を作成しました。
    大体10分の1ページに濃縮&要約しました。
    この取り組みがきっかけで、少し文章力がついた気がします。

    書物を学んだ頃、ちょうどドラムの長年の研究課題も解決し、父と縁を切っていたので、ここから井ノ上を名乗り、外で活動を始めました。
    それからは、毎年倍に倍に成長していこうと方針を立てました。

    先人の書いた書物を読むうちに、世の中の事を知るには歴史を学ぶのが1番良いと思ったので、少しずつ歴史の勉強も始めました。
    高校はサボりまくって授業に出てなかったので、一からのやり直しです。
    10年か15年かけて日本史と世界史を網羅できたら良いなと思っております。


    今思えば、①〜⑨は、短所克服の為の取り組みでありつつも、自分のポテンシャルを最大限高める為の準備でもありました。



    【追記】意図してトレーニングしていたわけではないけれど、トレーニングになっていた、今の能力につながっていた要素があったので、追記します。
    (2026.8.14)



    ⑩毎日寝起きにyahooやgoogle等で時事ニュースを全て閲覧する習慣がついた

    これは、25才~今に至るまでずっとやっている。
    ただし、必要性を感じて義務的に閲覧しているのではなく、閲覧するのが楽しくて楽しくて仕方がない為、趣味的に閲覧している。



    ⑪毎日寝起きにリーダーシップや組織作り、マネジメント等のネット記事を10~20読んでいた。

    これも、⑩と同時期に始めて、25歳頃から7~8年毎日継続した。
    流れとしては、起きる→時事ニュース閲覧→リーダーシップ組織づくりマネジメント等の記事読む。という流れで、2時間ほどのルーティンだった。
    完全に趣味。読むのが楽しくて楽しくて仕方なかった。



    ⑫メモ魔になった

    26才頃から、私にはメモをする習慣が出来た。
    最初に始めたきっかけは恐らく、自己分析の為と、自分の言語能力のレベルを引き上げるためだったと思われる。
    メモの内容はくだらないギャグからあらゆるリスト、タスク、アイデア等とにかく多岐にわたる。
    26才から今に至るまでの10年弱で、ノート10冊、前のガラケーのメール下書きに500~1000件、前のタブレット端末に500~1000件、現在のipadに約1800件、スマホに約250件のメモがある。



    ⑬5年間ほぼ毎晩、現実逃避で小説を5時間読んでいたことにより、活字耐性、活字集中力が過剰に高くなった

    これは北京にいた24歳ぐらいの時から、29歳ぐらいまで。
    20代は働かずに昼間はドラムの研究or長時間のドラムの練習をしていて、20代の間はずっと上達しなかったので、夜になると必ず現実逃避でネット上の勇者・魔王ssを5時間ほどむさぼり読んでいた。
    ssとはショートストーリーの略だが長編、連載物も多く、ss倉庫のプラットホーム上の、当時の評価がほんの少しでも高かった勇者・魔王SSは、余すところなく全て読み尽くした。





    【追記終わり】






    ところで、⑦で触れた、雇われたら全く仕事ができない根本的な理由ですが、



    自分が本気でやろうと思った事は徹底的にやるけど、
    そうじゃなくて外部からの動機づけ、義務感がある事は、0.1%もやる気が出ない。



    これが原因です。



    要するにやる気の問題です笑
    能力ではありません。
    自分の目標達成に向ける情熱を被雇用労働に向けられたら、
    きっとどんな仕事でもできると今は思います。
    しかしそれは、もし魚が陸で生きられたら。と言うのと同じです。




    ちなみに学生時代、私は大人に怒鳴られた回数が世界一多い自信があります。
    習い事もひたすらたくさんやっていたが、学校内、校外問わずだいたい大人に目の敵にされてました笑
    どこに行ってもルールを守らず、言う事を聞かず、周りを巻き込んで好き放題遊んでいたので。
    でもちゃんと結果は出してたんですけどね。

    当時の教師や講師達の怒り方はパターン化していて、皆同じだった。
    私を別室に呼ぶ→密室で怒鳴りながらテーブルか椅子を蹴る。マニュアルがあるんでしょう。

    しかし私はどれだけ怒られても、怒られた理由や怒られないようにする事に、1ミリも興味が無く、ただ常に自分の気の向くままに、やりたいようにやっていました。
    なので、20歳の時にホームレスをするまでは、反省した事が1秒たりともありませんでした。


    成人前のエピソードは、

    にいろいろ書いてあります。良かったら読んでみてください。



    あと、書いて無かったエピソードが少しあったので、書いておきます。



    ・高校3年生の時、学校をサボるか6限目だけ出席していたが、授業中はいつも完全に熟睡していて、卒業アルバムの授業風景写真を撮る時に、私は眠っていないとおかしいと言われ、私が眠っている格好で写真を撮ったものがアルバムに載った

    ・私が高校生だった頃に岐阜でジュニアリーダーやシニアリーダーに携わっていた人で「レインボー」の名を知らない人はいないでしょう。
    私はレインボーを名乗っていました。
    尤も、悪名だったかもしれませんが。
    ジュニアリーダーは中学1年からやってましたが、19歳ぐらいの時に中央青少年会館から見た目が派手すぎて出入り禁止を宣告され、そこで終わりました。

    ・大学受験シーズンになると、河合塾に通っている友人が多くいたので、私も塾生のフリをしてよく河合塾に侵入して遊びに行っていました。(岐阜駅のとこ)
    一度、1人で河合塾に侵入し、休憩所の奥の自販機の前の床で横たわって熟睡していたら、浪人生っぽい人に心配されて大丈夫ですかー!大丈夫ですかー!って声がけされた事があります。

    ・当時は野宿癖があり、また疲れた時にはマクドナルドやファミレス、コンビニのイートイン等、あらゆる場所で仮眠をとっていました。

    ・成人後、私の求心力が落ちていると実感した為、友人達が私から離れていく前に、相手にされなくなる前に、私から去っていきました。




    最後に。


    私は、昔の自分、今でも結構好きです。クレイジーで格好良かった。
    ただ当時を言い表すとすれば、
    「自我の無い享楽主義のバーサーカー」「口達者な赤ん坊」
    でした笑
    これではやっていけませんね。

    クレイジーさや格好良さはもういりません。
    今はただ1つ。結果を出す。これだけです。

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