硝子の共感覚 #49 (ガラスのシナスタジア) 九条と荒木、事件の旋律
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終章:紺青と真紅の軌跡(中編)
蓮「そういえば佐久間さん、冬月さんはまだ目覚めないんですか?」
九条が唐突に口を開いた。
冬月――かつて佐久間の相棒として警察に属し、ある時期から組織の力で警察上層部まで上り詰めた男…組織の手先として暗躍し、九条たちを幾度も窮地に陥れたが、実は彼自身、心の葛藤に敗れ自身を認められず、善と悪の二つの心を持ってしまっていたのだ。
強大になってしまった悪の心に最後は打ち勝ち、本当の自分が目覚め、最後は自分にとどめを刺すよう、九条を通して佐久間に願った。
そして…佐久間はチップのみを破壊し、死は免れたが、自身が死を望んでいたことで、心を閉ざし、二度と目覚めぬまま現在に至っている…
九条の問いに、佐久間は短く頷き、灰皿に煙草を押し付けながら答える。
佐久間「ああ。今も誰の『ノイズ』も届かない、静かな海の近くでずっと眠りについたままだ。……まあ、彼の意志で目覚めるのを待つしかないだろう……」
それから数日後。
九条と荒木の探偵事務所に、一つのニュースが舞い込んだ。
『音響麻酔の完全な実用化。画期的な医療革命の幕開け』
テレビの報道番組が伝えるその見出しに、九条は思わず立ち上がった。
音響麻酔――それは、九条・荒木探偵事務所、最初の依頼者、ミクの両親でもある音尾夫妻が生涯をかけて研究していたテーマだ。
薬物を使わず、特定の周波数で脳の痛覚神経をコントロールする技術。
組織はその技術を兵器へと転用し、慧という生体兵器を生み出した。
荒木「どういうことだ……。音尾先生の研究データは、組織に奪われたままだったはずじゃ……」
荒木も顔をしかめる。
二人は真相を確かめるため、ニュースで発表を行っていた音尾夫妻の元同僚が所属する大学病院へと向かった。
白衣に身を包んだその初老の教授は、九条たちの訪問を驚きと共に迎え入れたが、事情を話すと、重い口をゆっくりと開いた。
教授「実は……私自身も信じられないのです。数日前、私の研究室宛てに、匿名で膨大なデータが送られてきました。それは、かつて音尾くんたちが構想していた音響麻酔の理論を、完璧に実証し、さらに臨床レベルまで落とし込んだ、驚異的な研究結果でした」
教授は震える手で、デスクの上の分厚いファイルを示した。
教授「送られてきた波形データを基に、マウスや霊長類で再現性の確認を行いましたが……結果は完璧でした。副作用は一切なく、即座に実用化できる状態にまで完成されていたのです。これは、世界の医療を根本から変える奇跡です」
教授はそこで一度言葉を切り、少し興奮した面持ちで続けた。
教授「それに……この周波数コントロールの技術がさらに発展すれば、脳の深層の神経回路に直接アプローチできる可能性があります。つまり、現在治療法がなく昏睡状態に陥っている患者……目覚めない人を、目覚めさせることができるかもしれないのです」
その言葉を聞いた瞬間、九条と荒木はハッとして顔を見合わせた。
二人の脳裏に、静かな海の近くで眠り続ける冬月の姿が同時に浮かんだのだ。
蓮(この技術があれば、もしかしたら冬月さんも……)
蓮「匿名で……。差出人は本当に分からないのですか?」
九条が再び身を乗り出すと、教授は一枚の便箋を取り出した。
教授「データが入っていたメディアと共に、この手紙が添えられていました。『この研究成果のすべての特許と権利を、音尾夫妻の遺児である、音尾ミクに譲渡してほしい』とだけ、書かれていました」
九条の脳裏に、あの夜明け前の海に消えていった、白い背中が鮮明にフラッシュバックした。
蓮(慧……お前なのか……?)
組織を崩壊させただけではない。
慧は、残されたわずかな時間と命を削り、音尾夫妻の遺した研究を「兵器」から「人を救う技術」へと昇華させ、ミクの未来を守るためにそのすべてを捧げたのだ。
自分自身の命を削って、なぜそこまで。
九条と荒木は病院を後にすると、無言のまま横浜の港が見える公園のベンチに腰掛けた。
蓮「……荒木さん。慧は、僕たちへの劣等感や憎しみを口にしていました。でも、最後に彼が遺したものは……破壊じゃなく、希望でした」
荒木「……ああ。あいつは出来損ないなんかじゃねえ。誰よりも不器用で、
誰よりも純粋な……お前の弟だよ」
荒木は空を見上げ、ふと立ち上がった。
荒木「行くぞ、九条」
蓮「どこへ?」
荒木「決まってんだろ。あの大馬鹿野郎が、生きているなら、今何をやってどこに居るのか。……俺たちは探偵だ。差出人不明のデータの出所くらい、意地でも突き止めてやる」
二人の瞳に、探偵としての、そして一人の人間としての強い決意の火が灯った。
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