
EC/D2Cの現場デザイナーが、AIとどう向き合ってきたか|3年間の正直な記録
Adobe Stockを巡回するのが、毎日の仕事の一部だった。

健康食品や化粧品のLPに使う素材を探す。検索ワードを日本語で入れてみて、引っかからなければ英語に切り替える。投稿者を国内に絞ったり、縦横比でフィルタリングしたり。1枚の画像を見つけるために30分、ひどい時は1時間かけることもあった。
しかも時間をかけたのに、結局見つからないこともある。そういうとき、自社で撮影をするか、複数の素材を合成してそれっぽいものを作るか、iPadで手書きしてスキャンするか——あの手この手で対応していた。
当時はそれが「普通の仕事」だった。時間がかかることを疑問に思う余裕すらなかった。
素材探しという作業は、一見すると地味で非効率に見える。でも振り返ると、この時間が「どういう画像であれば伝わるか」という判断力を育てていた。何百枚もの素材を比較し、採用と却下を繰り返すことで、自分の中に基準が積み上がっていった。先輩やディレクターから「この画像は商品より先に目に入りすぎる」「この色味では安心感が出ない」というフィードバックをもらい続けることで、言語化できない感覚が少しずつ言葉になっていった。
それが今から3年前、Midjourneyが話題になり始めた頃に変わり始めた。
最初の印象は「これからに期待」だった
最初にMidjourneyを触ったのは、純粋にクライアントのためだった。
素材探しにかかっていた時間と工数は、そのまま納品までのリードタイムに直結していた。「AIで画像が生成できるなら、それが一番クライアントにとってもいいはずだ」と思って、早めに触っておこうと判断した。

当時の印象は正直、「これからに期待だな」という感じだった。
手・指・歯——複数並んでいたり重なっている箇所で破綻が多く発生していた。指が6本になっていたり、歯が不自然に並んでいたり。これが強調されるような構図や被写体であれば、素材サイトで探した方がいいという判断をしていた。AIの得意・不得意を見極めながら、使える場面と使えない場面を自分なりに整理していった。
ただ、プロンプトを工夫しながらSNSにお題と共に生成物を投稿するという練習を続けた。失敗しても公開の場に出すことで、フィードバックが得られたし、自分の中での判断基準も育っていった。「どういうプロンプトを書けばどういうものが出てくるか」という感覚は、この試行錯誤の期間に蓄積されたものだ。
ここで気づいたことがある。AIのプロンプトを書く能力は、デザインや写真の知識と直結している、ということだ。「フラットな背景」「テクスチャ」「被写界深度」「ボケ感」——こういった専門用語を使って指示を出せる人の方が、意図に近いものを出せる。AIが上手く使えるかどうかは、その人がすでに持っている専門的な言語の量に依存している。逆にいえば、基礎知識のない状態でAIを使っても、良し悪しの判断ができない。出てきたものが「なんとなく良さそう」に見えてしまうだけだ。
AIがプロンプトの精度を上げてきている今、「意図と全然違うものが出てくる」という体験は減ってきた。以前は手の破綻、構図のズレ、色味の不自然さが頻繁に出ていた。今は部分的な修正機能を使って「左の光の当たりが不自然」「この箇所の色を変えたい」という細かい指示で調整できるようになっている。ツールの精度が上がれば上がるほど、使う側の判断力の差が結果に出やすくなる。精度が低い時代は「AIのせい」にできたが、今はそれができない。
「AI特有ののっぺりした印象」が購買を妨げる
Midjourneyを使い始めてしばらく経った頃、GeminiやAdobe Fireflyの成長が著しくなっていった。後追いとは思えないほどの速度で、特にリアル系の画像生成が急速に強化されていった。
このタイミングで、乗り換えの判断をした。
理由は明確だった。私がメインで手がけているのは健康食品・化粧品・食品系のEC/D2Cブランドのデザインだ。これらのカテゴリに共通しているのは、「安心感」と「美味しそう・良さそうという印象」が購買に直結するという点だ。

AIが生成する画像には、当時特有の質感があった。のっぺりしている、光や影が不自然、人物の肌が均一すぎる——見る人が無意識に「なんか変」と感じる仕上がりになることがある。
デザインを作る側は慣れたツールで効率よく進めたいと思うかもしれない。でも、その画像を見たお客さんが「美味しくなさそう」「なんか不自然、信頼できない」と感じれば、商品は売れない。制作側の都合でツールを選んだ結果、ビジネスとして本末転倒になる。それに気づいた時点で、Midjourneyを使い続ける理由はなくなった。
乗り換えにあたって、Midjourneyで積み上げてきたノウハウは無駄にはならなかった。プロンプトの組み立て方、構図の指示の仕方、出力を評価する目——これらはツールが変わっても転用できた。乗り換えのコストは思ったより低かった。むしろ「ノウハウはツールに依存しない」という発見の方が大きかった。
Fireflyに移行して変わったこと
Adobe Fireflyに軸足を移した理由は、質感の向上だけではなかった。
クライアントワークで重要なのは著作権の透明性だ。FireflyはAdobe Stockのライセンス済み素材とパブリックドメインのみで学習されており、商用利用に関するリスクが明確に低い。「この画像、本当に使っていいの?」という問いに答えられる状態で納品できることは、プロとして当然の責任だと思っている。EC/D2Cのクライアントワークでは、「安全に使える」という確信がなければ採用できない。
実務での使い方も変化した。以前は「素材を探す→編集する」という流れだったのが、「プロンプトで生成する→Photoshopで調整する」という流れになった。特に健康食品のLPで多い「作用機序の表現」——成分が体内に届くイメージ、細胞レベルのビジュアル——は写真では撮れない表現だ。これをAI生成で作れるようになったことは、制作の幅を大きく広げた。以前はこういった表現のために、エフェクトのオーバーレイ素材を別途探してきてPhotoshopで重ねていた。その工程がほぼ不要になった。

Web広告用の素材でも使い方が変わった。1キャンペーンで複数バリエーションを出す必要がある場合、毎回フォトグラファーに依頼するのは現実的ではない。AI生成の背景に商品画像を合成するワークフローは、今では完全に定着している。
ただ、生成した画像をそのまま納品することはほぼない。色調整・切り抜き・合成はPhotoshopで必ず行う。「AIで素材が一瞬で完成する」のではなく、「素材探しと調達の工数が大幅に減った」という感覚が正確だ。最終的な仕上げは常に人間の手の中にある。
さらにいうと、生成された素材を「使えるか・使えないか」と判断できる目がなければ、この工程は成立しない。「なんとなくいい感じ」という評価ではなく、「このLP全体のトーンの中で浮かないか」「ターゲットに安心感を与えられるか」という文脈の中で判断できるかどうか——それはデザインの基礎知識があってはじめてできることだ。
「ここから下をコピー」を送信した日…
AIを使って明確に失敗した経験がある。
丁寧にやりとりをしたいと思っていた新しいクライアントへのメール文章を、AIに校閲してもらっていた。こちらが伝えたいことをまとめて、文法的・ビジネス文書的におかしくないか確認してもらい、修正された文章を出力してもらう。それをコピーして送信する、という作業だった。
送信した後、送ったメールを見返した。そこには「ここから下をコピー」というテキストが本文の冒頭に入っていた。
AIが出力した文章の直前に表示されていた指示テキストを、そのままコピーして貼り付けて送信してしまっていた…。
心底恥ずかしかった。そのクライアントからは、それ以降返信が来なかった。
この経験から学んだのは、AIの出力を「確認せずに使う」ことのリスクだ。作業の一部をAIに任せると、その部分への注意が薄れる。「AIがやってくれた」という安心感が、自分自身のチェック精度を下げる。これはデザインの現場でも全く同じことが起きる。

SNSを見ていると、AIが出力したものを正しいと思い込んで何のチェックもせずに使っている広告に出会うことがある。腕が3本の画像をそのまま使ってあるとか、コピーの論理破綻に気づかないままとか。判断をAIに丸投げしている状態だ。
AIはあたかも全能のようにふるまう。合理的で、整っていて、それっぽい。だからこそ、使う側が批判的な目を持ち続けなければいけない。「AIが言っているから正しい」という感覚に引っ張られると、自分で考える力が少しずつ失われていく。AIは使う人間の判断力を代替するものではなく、判断を補助するものだ。その前提を忘れると、私のように大事なクライアントを失うことにもなりかねない。
仕事が減った。単価も下がった。
正直に書く。
AIが普及してから、明らかに仕事の量が減った。単価も下がった。
以前は「作業自体に価値があった」。素材を探して、加工して、レイアウトに落とし込む——その工程に対して報酬が発生していた。でも今は、その作業の一部をAIが肩代わりできる。素人目には「それAIですぐできるくない?」と思われても仕方がない状況になっている。
「それっぽいもの」がすぐ出せる時代になったことで、「デザインの作業」に対する価格の見え方が変わった。
これは厳しい現実だが、同時に正しい変化だとも思っている。作業ではなく判断に価値を置かなければいけない局面が来た、ということだ。「なぜこの画像を選ぶのか」「なぜこのレイアウトでなければいけないのか」「このコピーはターゲットに届くのか」——これらの問いに答えられる人間の判断こそが、これからの仕事の核になる。
クライアント側の温度感としては、私の周りではAI推奨派が多い。むしろ「AIを使ってPDCAを早く回したい」という要望が増えている。ただ、レイアウトや全体のデザインをAIに丸投げするクライアントはいない。没個性になった広告は誰の目にも止まらないからだ。AIが使われているのは、あくまで素材の生成・調達の部分だ。判断の部分は今も人間がやっている。
作業で稼いでいた部分の収入を回収していくために、自分が担う責任の範囲を広げる必要がある。デザインの制作だけでなく、「この訴求でいいか」「このターゲット設定は正しいか」という上流の判断まで関われる存在になっていくこと。それが今、自分に課している変化だ。AIが仕事を変えたのではなく、AIが仕事の本質を浮かび上がらせた、という感覚に近い。

あくまでも、ツールでしかない
3年間AIと向き合ってきて、今の答えはシンプルだ。
AIはあくまでもツールでしかない。
仕事の量が減り、単価が下がった。それが転換点だった。「AIに仕事を奪われている」と実感した瞬間に、自分がこれからどういう働き方をするかを真剣に考えた。
出た答えは、人と何かを生み出していきたい、ということだった。
お金をただたくさん稼ぎたいわけではない。クライアントとやりとりしながら、フィードバックをもらいながら、「これが良くなった」という瞬間を共有すること。デザインスクールで受講生が「わかった」と言う瞬間に立ち会うこと。そういう人の営みの中に、自分の仕事を置いておきたい。
AIはその営みを効率化するために使う。人がやらなくてもいい部分——素材の生成・初稿のたたき台・文章の校閲——を任せて、人間にしかできない判断と対話に時間と思考を集中させる。そのバランスが保てている状態が、今の自分にとっての正しいAIとの付き合い方だ。

「AIを使いこなしている人」と「AIに使われている人」の差は、結局のところ、判断の主体がどこにあるかだと思う。ツールは何でもいい。Midjourneyでも、Fireflyでも、次に出てくる何かでも。大事なのは、そのツールを使って何を判断するかが、自分の中にあることだ。
Adobe Stockを巡回していた頃の自分に今の言葉で伝えるとしたら、こう言う。
「ツールは変わる。でも、何のためにデザインするかは変わらない。」
EC/D2Cデザインの実務ノウハウを毎週発信しています。フォローしていただけると嬉しいです。
▼次の記事はコチラ!
▼私のポートフォリオサイトはコチラ!
#創作大賞2026 #ビジネス部門 #Webデザイン #webデザイン勉強中 #AI #画像生成AI #デザイナー #フリーランス #AdobeFirefly #EC #D2C