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『継ぐ物語』第3部:甘い腐敗

    【読者の皆様へ:閲覧上のご注意】 本作はダークファンタジー作品であり、物語の背景を描写する上で、一部に身体的・精神的に過激な表現(非倫理的な生体描写、凄惨な暴力など)が含まれます。 これらは世界の残酷さと、その中で抗う人々の生を写実的に描くための不可欠な要素として執筆しております。苦手な方や、心身の状態に不安がある方は、あらかじめご留意の上、ご自身の判断でお読みいただけますようお願い申し上げます。

    『継ぐ物語』第2回:黒い影と境界線


    第13章 色彩の森

    アスペル山脈の北側は、緑ではなかった。

    緑と呼ぶには、この森の色は過剰だった。苔は青に近い翠で岩肌を覆い、幹に寄生する菌類は夕焼けを押しつぶしたような赤紫を滲ませ、足元を這う蔓草の葉脈は光を透かすたびに金色の筋を走らせた。

    美しい。

    それが、まずい。

    「……水の匂いが変わった」

    クレーストは立ち止まり、鼻の奥を探った。山脈を越えてくる風には腐葉土と岩の冷たさが混じっていたが、この森に入った途端、空気の底に甘い何かが溶けている。花の匂いでも、果実の匂いでもない。もっと根源的な、生き物の内臓を思わせる湿った甘さ。

    「聖域の影響圏だ」

    カミルが前を歩きながら、感情のない声で言った。振り返りもしない。その白い首筋に、枝の隙間から落ちる極彩色の光が斑に当たっている。

    「どこから」

    「分からない。ただ、ここの生き物はすでに変わっている」

    クレーストは足元を見た。踏みしめた土の表面に、白い糸状のものが網目を張っていた。菌糸だ。しかし普通の菌糸ではない。踏んだ場所から同心円状に広がり、まるで踏まれたことを感知したかのように、わずかに収縮した。

    毛玉が低く唸った。

    それは警告ではなく、もっと複雑な音だった。怯えと、それに抗おうとする意志と、それでも抗えない何かが混ざった、喉の奥から絞り出すような音。クレーストは毛玉の首元の毛を一度だけ、強く掴んだ。毛玉の唸りが少し、落ち着いた。

    三人は森を進んだ。

    進むほど、色が増した。進むほど、甘さが濃くなった。進むほど、クレーストは自分の足音が遠くなっていく気がした。体が自分のものでなくなるような感覚ではない。逆だ。体だけがやけにくっきりと感じられて、思考の方が綿に包まれていく。

    (リナが、ここを歩いた)

    その事実だけが、綿の中で硬い芯として残っていた。


    第14章 白骨の笑顔

    遺骸を最初に見つけたのは、毛玉だった。

    足を止め、低い姿勢のまま動かなくなった毛玉の視線を追って、クレーストは茂みの向こうを見た。木の根元に、二人分の白骨が寄り添うように横たわっていた。

    武装している。いや、していた。鎧の革は腐れて土に還りかけているが、骨格の配置から兵士だと分かる。第二次調査団か、第三次か。おそらく第二次だ。第三次の遺体は山脈の手前で大半が発見されたと聞いている。

    クレーストは近づいた。

    二人の骸骨は、頭蓋骨が互いに向き合っていた。まるで最後の瞬間まで相手の顔を見ていたように。そして、その頭蓋骨の口の形が——

    「……笑ってる」

    独り言が漏れた。

    顎骨の角度が、苦悶の形ではない。歯を食いしばった痕も、嘔吐した痕もない。ただ静かに、少し口を開けたまま。人間が眠りに落ちる直前に作る、力の抜けた表情の骨格。

    苦しまなかった。それが、最も不気味だった。

    クレーストはしゃがみ込み、二体の骸骨の周囲を目で探った。装備の断片、個人の持ち物。第二次調査団なら、名簿と照合できるものがあるかもしれない。リナの部隊は第二次の中でも北方班だったと聞いている。

    革の手袋が、片方だけ落ちていた。

    右手用。親指の付け根に、縫い目をほどいて縫い直した跡がある。

    クレーストの喉が、音を立てずに動いた。

    リナは昔、馬の世話をしていた時期があった。その時に手袋の縫い目が親指の付け根で擦れて破れた、と言っていた。自分で縫い直したが、下手だから何度も解いてやり直した、と。

    同じ手袋かどうかは分からない。第二次調査団に参加した者が何人いたと思っている。百人以上だ。百人以上の中の、誰かの手袋かもしれない。

    クレーストは手袋を拾い上げた。

    親指の付け根の縫い目を、親指の腹でなぞった。一度でも縫い直した跡ではない。三度か四度、解いては縫い、解いては縫い直した跡だった。

    (不器用だから何度もやり直す。それがリナだ)

    クレーストは手袋を懐に入れた。カミルはその一部始終を見ていたが、何も言わなかった。

    「先へ進む」

    カミルだけが言い、歩き出した。

    クレーストは立ち上がる前に、もう一度だけ骸骨の笑顔を見た。幸せだったのかもしれない、とは思いたくなかった。幸せだったのなら、それはこの森が作り出した偽物の幸せだ。

    偽物の幸せで死ぬのは、幸せではない。

    そう思いながら立ち上がったクレーストの目が、骸骨の後ろの木の幹を捉えた。

    爪で引っかいたような、浅い傷跡。矢印の形。

    先端が向いているのは、北だった。森のさらに奥。「ゆりかご」がある方向。

    傷は新しくない。だが風化するには浅すぎる。第二次調査団の誰かが、あるいは帰路で刻んだのか、それとも……

    「カミル」

    「見ている」

    カミルはすでに木の幹の前に立ち、傷跡を観察していた。

    「誰が刻んだか分かるか」

    「分からない。ただ」

    カミルは幹の傷跡の周囲を、白い指先でなぞった。

    「刻んだ後、この人間はここに長くいた。爪で繰り返し同じ場所をなぞった跡がある。行くことを決めかねていたか。それとも、戻ることを迷っていたか」

    クレーストは何も言わなかった。


    第15章 ゆりかごの入口

    三日かけて、彼らは「ゆりかご」の入口に辿り着いた。

    それは門でも壁でも柵でもなかった。森の色彩が、ある一線を境に変わる。その一線の手前は過剰な生命の飽和。その一線の向こうは、色のない白に近い靄。靄の中では、輪郭のはっきりしない何かが蠢いていた。

    温度が違う。クレーストは入口の手前十歩で立ち止まり、頬に当たる空気の変化を感じた。手前は湿った甘さ。向こうは、甘さの向こう側。砂糖が焦げる直前の、あの、甘さと苦さの境界線の匂い。

    「入れるか」

    クレーストがカミルに問いた。

    カミルは靄の縁に立ち、一歩だけ踏み込んだ。何も起きなかった。次の一歩。また何も起きなかった。カミルは三歩進んで、振り返った。

    「入れる」

    「俺も」

    クレーストは踏み込んだ。

    一歩目は問題なかった。二歩目で、頭の後ろを何かが撫でた。撫でた、というより、掴んだ。頭蓋骨の内側を、見えない指が探った。三歩目を踏み出そうとした瞬間、視界が縦に歪んだ。

    地面が消えた。落ちている。いや、落ちていない。体は立っている。なのに前庭が狂って、体が何方向にも同時に倒れようとしている。

    「クレースト」

    カミルの声が遠い。遠いが、カミルはすぐそこにいる。手が届く距離にいる。それなのに声が遠い。

    吐き気が来た。胃ではなく、頭の中心が吐こうとしている。

    「下がれ」

    カミルの手が、クレーストの胸を押した。入口の外へ、一歩、二歩、三歩。靄の外に出た途端、歪みが消えた。吐き気が引いた。頭の中を探っていた指が消えた。

    クレーストは膝に手をつき、荒い息を吐いた。

    「……脳みそ中をかき回されたみたいだ。」

    クレーストは顔を上げた。カミルの瞳が、靄の向こうを見ていた。その瞳には感情がなかった。ただ情報を処理している生き物の目だった。

    「……カミル。」

    「行く」

    「……頼む。」

    カミルは頷かなかった。ただ靄の中に、一歩踏み込んだ。

    クレーストは入口の外に座り込んだ。毛玉が隣に来て、体を押し付けてきた。毛玉は入口の前で動かなかった。入ろうとも、逃げようともしない。ただ靄の向こうを、黄金色の瞳で凝視し続けていた。

    その瞳が、かすかに揺れていることに、クレーストは気づいた。

    惹かれている。

    確かに惹かれている。それでも動かない。クレーストの隣に留まることを、この生き物は選んでいる。

    「……情けねぇ」

    毛玉は応えなかった。ただ、クレーストの太腿に大きな頭を乗せた。その重さが、奇妙なほど現実的だった。


    第16章 カミルの偵察

    靄の中は、静かだった。

    正確には音がない、ではない。音はある。ただそれが、音として処理される前に何かに吸収される。カミルの足音が靄に溶けた。自分の呼吸が消えた。鼓動だけが、肋骨の内側で、かすかに聞こえた。

    カミルは進んだ。

    浅い層では、靄の中に輪郭のないものが浮いていた。形が定まらない。見ようとすると形を変える。カミルは見るのをやめた。見ることに意味がない。感じる方が正確だった。

    始源種の血が、何かを読み取っていた。

    古い記録が、ここには堆積している。数百年分、あるいは数千年分の、実験の残滓。失敗した交配の記録、死んだ実験体の最後の神経信号、成功した個体が残した遺伝の痕跡。それらが腐らずに、靄の中に漂っている。

    カミルには、それが読めた。

    読める、ということが、少しだけ不快だった。

    「不快」という感覚を、カミルは最近になって持ち始めていた。ソフィーと過ごした二ヶ月が、彼の中に埋め込んでいったものの一つだった。情報の処理に感情が混入する。それが不快だった。しかしその不快さを消す方法を、カミルはまだ知らなかった。

    靄の深部に近づくほど、温度が上がった。

    生き物の体温だ。ここに何かが、今も生きている。

    カミルは立ち止まった。

    足元に、人の手の痕があった。地面の苔の上に、手のひらを押しつけた形が残っている。苔が変色している。体温によって、あるいは体液によって。最近だ。雨が降れば消える程度の新しさで、この痕はここにある。

    指の長さ、手のひらの幅。

    カミルはそれを計測した。成人女性のものだった。

    もう一つ。壁代わりに立つ岩の表面に、引っかき傷があった。爪の痕。複数本の指で、繰り返し同じ場所をひっかいた跡。爪が剥がれたのか、赤黒い染みが跡の端に残っていた。

    文字だった。

    かろうじて、文字だった。言語の構造を保ってはいるが、筆圧が一定ではない。書いたのではなく、刻もうとした。刻むことに全力を使い果たした、ような筆跡。

    文字を教わった訳ではない。しかし、言葉が頭の中に流れ込んできた。

    「ク」と「レ」。

    その続きは、爪が折れたのか、線が途切れていた。

    カミルは岩の表面を見た。続きを書こうとした跡がある。しかし指が動かなくなったか、あるいは何かに引き戻されたか、線は途中で消えていた。

    書いた者は、クレーストの名前を書こうとした。

    それが分かった瞬間、カミルは初めて靄の中に「嗅いではいけない匂い」があることに気づいた。危険だから、ではない。感情に読み取られると、処理が追いつかなくなるから。

    彼は岩の前から離れ、元来た方向へ戻った。

    靄の外に出ると、クレーストが顔を上げた。

    「どうだった」

    カミルは一拍、黙った。

    「手の跡があった。最近のものだ」

    クレーストの喉が動いた。

    「誰かいたのか?!」

    「誰かが居た。それだけ分かる」

    「リナか!」

    「分からない」

    「女か!?」

    「分からない」

    嘘ではなかった。確認はできなかった。ただ、手のひらの大きさと、クレーストの名前を書こうとした意志については、まだ言わなかった。

    今は、言うべきではないと判断した。

    その判断が「情報処理」から来たのか、それとも別の何かから来たのか、カミルにはまだ分からなかった。


    第17章 夜の重さ

    野営の火が小さくなった頃、クレーストはまだ起きていた。

    毛玉は火の反対側で丸くなっていた。時折、寝ているのか起きているのか分からない低い音を喉で鳴らしながら、鼻先だけを「ゆりかご」の方角に向けていた。

    カミルは火の傍に座り、火を見ていた。

    眠らない。少なくとも、今は眠ることを必要としていない。食事も人間の四分の一程度で足りている。それがカミルという生き物だった。その横顔を、クレーストは火越しに見た。

    「お前、腹が立つことあるか」

    問うつもりはなかった。口から出た。

    カミルが火から目を離し、クレーストを見た。

    「最近は、ある」

    「何に」

    しばらく間があった。

    「設計されていることに」

    クレーストはその答えの意味を、すぐには飲み込めなかった。

    「ここに来る前から、ここに来るように作られていた。聖域はそれを知っていた。俺を呼んでいた。それが、不快だ」

    「腹が立つ、じゃなくて、不快か」

    「違うのか」

    「違う。腹が立つのはもっと、燃えるような感じだ。お前が言ってるのは……たぶん、尊厳の話だ」

    カミルは少し黙った。

    「尊厳」

    「自分が自分の意志で動きたい、ってことだよ。お前が感じてるのは多分それだ」

    火がひとつ、爆ぜた。

    クレーストは懐の手袋を出し、手の中で握った。革は第二次調査団が出た頃の年数だけ、乾いて硬くなっていた。

    「俺は」

    クレーストは言いかけて、止めた。止めてから、続けた。

    「リナがここで笑顔で死んでたら、どうしようと思ってた。骸骨が笑ってるように見た時に、一瞬だけ。リナだったらどうするって」

    カミルは何も言わなかった。

    「怒りたかった。泣きたかった。でも一番最初に来たのが、もしリナが幸せだったなら俺はその幸せを、憎んでいいのかって疑問で」

    クレーストは手袋を握ったまま、火を見た。

    「ここを作ったやつを、俺は憎んでいいのか」

    「分からない」

    「分からないか」

    「ただ」

    カミルが、珍しく言葉を選ぶように間を取った。

    「あの骸骨が笑っていたのは、幸せだったからではないと思う。」

    クレーストは長い間、火を見た。

    「……そうだな」

    その夜、クレーストは初めて聖域というものへの感情を、憎しみという言葉で呼べるようになった気がした。形の見えない恐れではなく、輪郭のある憎しみ。憎むべき相手が、ぼんやりと像を結び始めた夜だった。


    第18章 引き潮

    翌朝、三人は「ゆりかご」の入口から離れた。

    深部へ踏み込む準備が、まだない。カミルが一人で入れることは分かった。しかし「ゆりかご」の奥はカミルでさえ「始源種の本能が警戒する」領域だと、前夜に短く告げられた。準備なく進めば、カミルは入れても出られなくなる可能性がある。

    クレーストはそれを了解せざるを得なかった。

    了解しながら、入口を振り返った。靄はまだそこにあった。その中に、誰かがいる。生きている誰かが。

    「また来る」

    声に出したつもりはなかったが、声になっていた。

    靄は応えなかった。ただ、風が靄の端を少し揺らした。揺らしただけで、形は変わらなかった。

    三人は南へ向かい始めた。

    都・トロポスに戻るのではない。別のルートがある。山脈の東側を回る古い道。聖域が聖域と呼ばれる前、そこに迷い込んだ冒険者たちが居た、唯一生き残ったとされる男は気がふれったと噂になっていた。あれから数十年。その男が一人、ひっそりと暮らしていると、クレーストは酒場の噂話として情報を持っていた。

    その男が、聖域の深部への別の入り口を知っているかもしれない。あるいは、ゆりかごの内部で起きていることを知っているかもしれない。

    歩きながら、クレーストはカミルの後ろ姿を見た。

    白い。この森の中では特に、異様なほど白い。色の氾濫の中で、カミルだけが色を持っていない。いや、違う。白は色がないのではなく、全ての色の根源なのだ。

    「設計されている」先ほどの言葉を思い出していた。

    それを不快だと言った。

    「カミル」

    「何だ」

    「聖域に呼ばれてる感じ、今もするか」

    少し間があった。

    「する。ここを離れても、ずっとしている。最初からしていた。ただ、今の方が強い」

    「嫌か」

    「嫌、か」

    カミルは少しの間、考えた。

    「帰りたい場所があれば、呼ばれても帰らないで済む気がする」

    クレーストは、それがカミルにとってどれほど重要な発見であるかを、この時まだ半分しか理解していなかった。

    毛玉が、二人の背後から追いかけてきて、クレーストの横に並んだ。「ゆりかご」から離れるにつれ、毛玉の足取りが少しずつ軽くなっていった。惹かれていたのは本当だ。それでもついてくることを、この生き物は選んでいた。

    選んでいる。

    その事実が、クレーストには奇妙なほど心強かった。


    第19章 継承される熱

    東への道は、最初の半日だけ険しかった。

    山脈の裾野を回る古い踏み跡は、人が使わなくなって久しく、木の根と落ち葉に半分埋まっていたが、消えてはいなかった。カミルが前を歩き、毛玉が時折横道に逸れながらも必ず戻ってきた。

    クレーストは道の途中で立ち止まり、空を見上げた。

    山脈の北側では見えなかった空が、東の道に出ると急に広くなった。雲が高く、光が斜めに差し込んでいる。普通の空だった。色が普通で、甘い匂いがしない、ただの秋の空。

    「……空って、こんな色だったな」

    独り言が出た。

    カミルが振り返った。

    「空の色?」

    カミルは少し黙り、また前を向いた。歩きながら、上を向いた。空を見た。その横顔が、普段と少しだけ違う角度を持っていた。何かを確かめているような、あるいは何かを記憶しようとしているような。

    「俺はソフィーと空を見たことがない」

    クレーストは驚いた。

    「ソフィーって誰だ?恋人か?」

    「お母さん。外にいた。でも空を見上げることを、しなかった」

    「なんで」

    「必要がなかった。見るべきものが他にたくさんあった。水場の方向、村人の動き、危険の位置」

    クレーストは、カミルの後ろ姿が少しだけ小さく見えた気がした。小さい、ではなく、歳相応に見えた、という方が正確かもしれない。

    「帰ったら一緒に見たらいい」

    「帰れない」

    「……色々あるな」

    短い言葉だったが、クレーストが言えるのは今のところそれだけだった。リナを必ず連れ帰る、とは言えなかった。リナが必ず生きている、とも言えなかった。出来るのは「意志を持って前へ進む」ということだけだった。

    カミルは何も言わなかった。

    ただ、少しだけ歩調が変わった気がした。ほんのわずか、速くなった。目的地に向かう生き物の足取りに。

    毛玉が二人の間を走り抜け、先頭に出た。鼻を地面に近づけながら、それでも確かに東へ向かう方向で、道を踏んでいた。

    三人の影が、秋の斜光を受けて東へ伸びた。

    クレーストの胸の底に、静かに沈んでいたものがあった。怒りだ。恐怖ではなく、悲しみでもなく、あの靄の向こうで輪郭を作り始めた憎しみへの確かな怒り。

    それがある限り、まだ前へ進める。

    それで十分だと、クレーストは思った。

    ――第3部 了――


    【購入者限定:設定資料】第3部「甘い腐敗」の裏側

     
     
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