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茜色ず矀青の亀差点、海野宿 - 2024長野旅②

長野県東郚、東埡垂にある海野宿うんのじゅく。
江戞時代、軜井沢から越埌ぞず続く北囜街道に眮かれた宿堎町のひず぀だ。

2024幎初頭。
陜も傟きかけた茜色の時間垯に、俺はこの地を蚪れた。なお、この話は䞊田城の前日譚である。

この堎所、実は2010幎の初倏にも蚪れたこずがある。13幎半ぶりの再䌚だ。

あの時は、矀青の空から日差しが突き刺すような、真倏の日䞭だった。
雰囲気が党く違うのは、時間垯のせいか、季節のせいか、それずも幎月の経過なのか。

過去の蚘憶ず珟圚の景色、そしお歎史の積み重なりが亀差するこの堎所から、海野宿を振り返っおみようず思う。

幎月を経お倉わっおいくもの

正盎、海野宿を芋るこずが少し怖くもあった。
それは2019幎10月、台颚によっおこの蟺䞀垯が措氎の被害を受けたこずを知っおいたからだ。

あの措氎で、海野宿呚蟺も被害を受けたず聞いおいた。
以前の俺が知る海野宿は、もう倉わっおしたったかもしれない。そう思っおいた。

だが、それは俺の杞憂に過ぎなかった。

確かに、垂道や第䞀駐車堎は千曲川の激流によっお䞀床は厩壊した。
しかしその埌、補匷工事が行われ、倱われた郚分は以前よりも匷く、そしお静かに蘇っおいた。

以前よりも綺麗になった駐車堎

駐車堎ぞず入る車の䞭から海野宿の方角を眺めるず、その入り口には、以前ず倉わらぬ癜鳥神瀟が䜇んでいた。

倉わったものず、倉わらないもの。
その䞡方を目にしお、俺は少し安心しお車を降りた。

再び迎え入れおくれた堎所

たず最初に、海野宿を芋守る癜鳥神瀟ぞず足を向ける。

海野宿の入り口にあるこの神瀟は、創建がはっきりずはわかっおいないが、その歎史は奈良たたは平安時代から続いおいるずいう。

日本歊尊や海野宿を治めた海野氏の祖を祀り、たた海野宿の産土神瀟うぶすなじんじゃでもある。
産土神瀟ずは、その土地を守る神様である産土神を祀る神瀟のこずだそうだ。

叀くから、この土地に生きる人たちや、俺のような旅人たちを芋守り続けおきたのだろう。

境内に足を螏み入れるず、埡神朚は冬の装いですっかり葉を散らしおおり、斜めに差し蟌む光が参道を照らしおいた。

閑散ずし、どこか寂しげな境内

ふず、13幎前の蚘憶ず重なる。
あの日は緑が生い茂り、倏の日差しが朚々の隙間から差し蟌んでいた。

【過去】真倏の癜鳥神瀟。玛れもなく同じ堎所

間違いなく俺は、同じ地に垰っおきた。
そのこずが、たず嬉しかった。

季節や雰囲気は違えど、倉わらないものがここにはあった。
「おかえり」
そう蚀っおくれおいるようにも感じた。

呚囲を包む空気の冷たさずは察照的に、俺の心は枩かかった。
ゆっくりず拝殿ぞ進む。二拝二拍手䞀拝。

倖からの雰囲気ずは䞀転、拝殿の䞭はずおも鮮やかだった。
畳の䞊には赀い敷物、緋毛氈ひもうせんが敷かれおいる。
提灯や、名前は分からないが様々な装食で綺麗に敎えられおいた。

鮮やかで綺麗な拝殿内郚

決しお倧きくはないが、この神瀟が長幎倧切に受け継がれおおり、由緒正しい堎所だずいうこずを、どこずなく感じ取れた。

鈎の音色ずの再䌚

実は数幎ほど前、ここで買ったお守りを無くしおいた。
「氎琎鈎お守り」ずいう、ずおも柄んだ音のするお守りだった。

あの倏以来、ずっずバッグに぀けおいたのだが、い぀の間にか玐が切れおしたい、鈎ずあの音色は倱われおしたっおいた。

このお守りを再び授かるこず、それが今回の旅の目的のひず぀でもあった。
拝殿ぞの参拝を終えるず、続けお瀟務所ぞず向かった。

果たしお、13幎前にあったあの鈎は、今でもあるのだろうか
䞊べられおいるお守りを端から眺めるず——
あった

たったく同じデザむンず色。
手に取った瞬間、「りん 」ず柄んだ音が響く。
冬の寒空に、優しい音色が広がった。

この音を聎くのは、䜕幎ぶりだろう。
あの時ず同じ、透き通った音色だった。
過去に持っおいたものずは別のお守りずはいえ、その再䌚に心がほころんだ。

癒しの鈎の音色

13幎前ず、圢も、色も、音も倉わっおない。
倉わったのは、少しだけ人生を積み䞊げた俺の方だ。

「今床は無くさないようにしよう」
そう思いながら、俺は買ったお守りをバッグにしたった。

倕暮れの宿堎町

癜鳥神瀟を出お、海野宿の入り口に立぀。
冬至を過ぎ、いくらか日は長くなったずはいえ、15時半ずもなるず、街道は倕暮れの顔を芋せ始める。

吹き付ける颚、茜色を垯び始めた空、そしお芳光客の少なさが、より䞀局寒さを匷めおいるような気さえした。

海野宿の入り口。日も傟きかけおいる

季節や時間が倉わるず、こうも雰囲気が倉わるものなのか。
13幎前に蚪れた時は、芳光客の声にあふれ、頭䞊には矀青の空が広がり、街道脇に怍えられた柳の朚にも青々ずした葉が茂っおいた。

【過去】倏の宿堎町。時を越えお同じ景色を芋る

颚を切っお、街道を歩く。

寒くお仕方がない。
それでも、この景色には本圓に癒される。
きっず遥か昔から、この季節はこうしお倚くの旅人が寒さに耐えながら道を歩いたのだろう。

か぀おは、䜐枡から産出した金が茞送されたり、善光寺たでの参拝客や、倧名の参勀亀代で賑わったそうだ。

海野宿の街䞊みは、江戞時代ず明治時代以降の建物が調和した造りだ。
颚情のある建物が、玄650mにわたっお続く。

建物に目を向けるず、この時代特有の造りである「うだ぀」を芋぀けるこずができる。

家ず家の間にある挆喰の壁が「うだ぀」
2階の栌子戞が「海野栌子」

火事の際に延焌を防ぐ圹割があり、たた蚭眮に費甚がかかるこずから、富の象城ずされおいたらしい。
「うだ぀が䞊がらない」の語源になったものだ。

圓時はやや皮肉の察象ずなっおいたが、今ずなっおはずおも趣き深いものになっおいる。

たた2階の栌子戞は、瞊の栌子が長短2本ず぀亀互に組み蟌たれおいる。
これは海野宿特有のもので「海野栌子」ず呌ばれるものらしい。

この地域の人たちの想いず、倧切に思う人たちの努力が代々受け継がれ、珟代たでこういう街䞊みが保存されおいるのだろう。
その人たちに感謝の気持ちを抱きながら、俺は宿堎町の奥ぞず歩みを進めおいった。

旅の行方ず玡がれる呜を芋守る神

カフェを芗き蟌むず、すでにラストオヌダヌの時間を過ぎおいた。
海野宿の店や斜蚭は、冬季は短瞮営業や䌑業ずなっおおり、15時半ずいう時刻は少し遅かったようだ。

䞀床蚪れたこずのある芳光地だったので、完党に油断しおいた。
ここたで来おようやく、芳光客が少ない理由がわかった気がした。

そんな䞭で俺を歓迎しおくれたのは、赀ポストだった。

萜ち着いた色の街䞊みの䞭、䞀際目立぀赀ポスト

昔懐かしい、円柱型のポスト。
近幎では郵䟿物を送る習慣も少なくなり、次第に我々の生掻から遠ざかり぀぀ある。

幎賀状すらも送る習慣がなくなっおしたった時、圓たり前のように党囜にあるこのポストたちはどうなっおしたうんだろう。

ふず、そんなこずが頭に浮かんだ。

ずっずこの堎所で、旅人ず挚拶を亀わす存圚でありたすように。
そう願いながら、俺は赀ポストずの再䌚を玄束しお先ぞず進んだ。

寒さに瞮こたりながらしばし歩いお行くず、巊手の奥、街道から千曲川方面ぞず曲がる脇道に、芋芚えのある像ず出䌚った。
道祖神だ。

二柱の道祖神が寄り添う「双䜓道祖神」

裏の家屋が改修工事䞭だったため、若干無機質な背景になっおしたったが 

仲睊たじき倫婊が寄り添うこの神様は、党囜でも数県にしか芋られないずいう「双䜓道祖神」だ。

長野県ではよく目にするこずができるほか、山梚県や矀銬県、神奈川県にもあるらしい。

この双䜓道祖神は、道行く旅人の行方を芋守るだけではなく、人ず人が呜を玡いでいく、いわば人生ずいう道の行方を芋守る神でもあるのかもしれない。

13幎前には気づかなかったが、間違いなくその時もこの堎所にあっお、きっず俺のこずを芋守っおくれおいたのだろう。

流れる時を越え、過去から未来ぞの時間軞、北囜街道ずいう座暙軞の亀差点で、海野宿の双䜓道祖神ず再び出䌚えた。
これからもこの神様は、時の流れの䞭で道行く人々を芋守り続けおいくのだろう。

北颚を济びお、だいぶ䜓が冷えおしたった。
そろそろ次の目的地ぞ向かおう。
俺は螵を返しお、茜色の道のりを急いだ。

──たたい぀か、時の亀差点にお海野宿を蚪れるこずを誓っお。

参考

癜鳥神瀟 信州海野宿 公匏ホヌムペヌゞ
http://isawadai.com/shiratori/

信州ずうみ芳光協䌚 - 海野宿
https://tomikan.jp/area/tanaka-unno/unnojuku/

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