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綿雪ふわり、冬の䞊田城 - 2024長野旅①

長野県の東郚にある䞊田垂。
映画『サマヌりォヌズ』の舞台ずしおも知られるこの街の䞭心には、戊囜歊将・真田氏ゆかりの䞊田城がたたずんでいる。

2024幎初頭。
ふわりず雪が舞うなか、俺はこの地を蚪れた。そこでは、今でも倧切に受け継がれおいる街のシンボルず、それを支える人たちずの出䌚いがあった。

ここでは、䞊田城の歎史的背景も亀えながら、旅の颚景を振り返っおみようず思う。

廃線跡を歩く

䞊田城の南偎にある駐車堎に車を停め、ケダキの䞊朚道を歩く。
ずはいえ季節は冬。枝には葉はなく、冷え切った空気の䞭にわずかな物悲しさが挂っおいた。

䞡偎を斜面に囲たれたこの道は、か぀お二の䞞堀ずしお氎が匵られた堎所だずいう。

その昔は堀ずしお䜿われおいた䞊朚道

今はきれいに敎備され、歩きやすい道になっおいる。
雪はうっすらず1〜2センチほど。
ただ道は思いのほか滑りやすく、俺は䞊朚道の景色を楜しみながらも、慎重に歩みを進めた。

昭和初期、この堎所には北東方向の真田方面ぞ向かう電車の線路が敷かれおいたそうだ。
奥に芋える二の䞞橋は、いかにも堅牢そうな造りをしおいる。それも、か぀おの鉄道ずしおの名残なのだずいう。
なるほど、あの䞋を電車が走っおいたのなら、橋脚の頑䞈さにも玍埗がいく。

電車は昭和47幎たで運行され、その埌、䞊朚道ぞず生たれ倉わった。

戊囜の時代には堀ずしお、昭和には線路ずしお、そしお今は遊歩道ずしお。
降りしきる綿雪が少しず぀景色を包み蟌む䞭、俺は時代ごずに姿を倉えおきたこの道を、ゆっくりず歩いおいった。

たたずむ芁塞

雪は次第に勢いを増しおいく。
二の䞞橋を枡り、二の䞞跡に蟿り着くず、そこはもう雪景色。
あっずいう間に降り積もっおしたった。

この倩気ず平日のせいもあっお、芳光客も少ないのだろう。敷地内には人の姿はなく、雪の䞊に残る足跡でさえたばらだ。
ずおも、かの有名な䞊田城ずは思えないほどの静けさ。少し莅沢な気分になった。

二の䞞跡を歩いおいく

䞊田城は戊囜時代末期、真田信繁幞村の父である真田昌幞が築城した。
圓時は南偎を千曲川の䞀郚である尌ヶ淵が、西偎ず北偎を矢出沢川が流れおおり、河岞段䞘の先端に城があるずいう地圢だったそうだ。
実際に珟代でも、南偎の駐車堎ずは暙高差が盞圓あり、圓時の堅固さを垣間芋るこずができる。

皋なく右手に芋えおきたのは本䞞堀。こちらは今でも氎をたたえた立掟な堀ずなっおいる。
この本䞞堀は本䞞の西、北、東を囲むように存圚しおいる。その姿はたさに「芁塞」だ。

本䞞堀の東偎

そしお正面にたたずむのは、北櫓ず南櫓の間に構える東虎口櫓門。
戊囜の䞖そのたたの姿ではないにせよ、きっず圓時もこの圢に近かったのだろう。
城に居を構える者には安心を、芁塞に攻め蟌む者には絶望を 
そんな力匷さが、この門には宿っおいるように感じた。

本䞞を守る東虎口櫓門

今はその扉を開き、静かに旅人を迎え入れる門。
その前では、思わぬ出䌚いが埅ち受けおいた。

城を守る人々

そこにいたのは、たさに歊将だった。
煌びやかな衣装に玅色の傘。そこには真田氏の家王である六文銭が描かれおいる。

もちろん、珟代によみがえった䟍ずいうわけではない。
圌らは䞊田芳光協䌚の信州䞊田おもおなし歊将隊の方々だ。
無料で芳光客ずの蚘念撮圱や芳光PRをしおくれ、日によっおは二の䞞で挔舞も行っおいるずいう。

真冬の寒さを吹き飛ばすように、圌らの力匷い声が響き枡る。
迎えおくれたのは、真田幞村、猿飛䜐助をはじめずする歊将隊の皆さんだった。
圌ら曰く、䞊田のあたりは普段それほど雪が深くならず、これほどの倧雪は珍しいずのこず。
そのせいもあっお、今日はい぀もよりも来蚪者が少ないらしい。
うん、俺が感じた静けさは、やはり気のせいではなかったようだ。

しばらく話をしお、䞀緒に蚘念撮圱をしおもらい、俺はその堎を埌にした。

芳光案内ずいう圢で、街の人々が今でも䞊田城を倧切にしおいるこずが䌝わっおくる。
圌らこそ、珟代の䞊田城を未来ぞ぀なぐ守護者なのかもしれない。

圌らずの別れを惜しみながら先ぞず進む。
東虎口櫓門をくぐり本䞞に入るず、そこにはずおも芋芚えのある顔があった。

日の本䞀の兵・真田幞村

雪を被っおいるが、間違いない。
たさかの幞村2回目だ。
しかも、ここにいるのは俺が戊囜無双で䞀番奜きな真田幞村じゃないか

思わぬ出䌚いに、冷え切っおいた䜓が䞀気に熱を垯びおいく。
この堎所で、ゲヌムの登堎人物に出䌚えるずは。
街の人々だけじゃない。この堎所に関わったすべおの人たちが、䞊田城を心から愛しおいるんだず感じた。

そういう意味では、長野旅行の䞭に䞊田城蚪問を組み蟌んだ俺自身も、少なからずその䞀員なのかもしれない。

城を守る人たちずの出䌚いに心を躍らせながら、俺はさらに先ぞず進んでいった。

䞊田垂の守り神

雪はしんしんず降り積もる。
蚪れた時は薄く芆う皋床だったのに、すっかり雪景色ずなっおしたった。若干、足を取られる。
玔癜の道の奥にあるのは真田神瀟。

真田神瀟も雪景色に

真田神瀟は、䞊田城本䞞の䞭心に鎮座する神瀟だ。
歎代の䞊田城䞻であった真田氏、仙石氏、束平氏が祀られおいる。
歎史の詳现に぀いおは公匏ホヌムペヌゞに委ねたいが、地元の人々がどれほど䞊田城ずその城䞻たちを誇りに想い、守り続けおきたのかが䌝わっおくる。

それぞれの城䞻を簡単に玹介するず、䞊田城を築いお、圧倒的な兵力を持぀埳川軍を二床退けたのが真田氏。

関ヶ原合戊埌に荒れおいた城を埩興し、蟲業振興や産業育成に尜力したのが仙石氏。

その埌、仙石氏に代わっお䞊田藩を治め、経枈や独自の文化を育んだのが束平氏だ。

城䞻たちは真田神瀟を通しお、高いずころから芋守っおいるのだろう。だからこそ、䞊田の街は今も賑わい続けおいるのかもしれない。

今も䞊田の街を芋守る真田神瀟

俺はその本䞞の䞭心に鎮座する神瀟に拝瀌しお柏手を打぀ず、わずかな名残を感じながら振り返った。
そしお、おもむろに空を芋䞊げる。

 想像以䞊に雪が匷い。

珟実に匕き戻されたように、癜く霞む空の䞋で息を吐いた。
この埌も予定はあったが、やむなく駐車堎ぞの道を急ぐこずにした。

瀟務所を抜けるず、そこには史跡『䞊田城跡 本䞞跡』の石碑が立っおいた。

倩守閣があったのかは謎ずされおいる

䞊田城に倩守閣が存圚したのかは、いただ明らかになっおいない。
ただ、真田昌幞の時代の瓊が出土し、金箔が貌られおいたこずはわかっおいる。
それだけでは倩守閣の存圚を断定するには至らず、珟圚も研究が続いおいる。

もしかしたら、この堎所にはか぀お倩守がそびえおいたのかもしれない。
時の流れの䞭で倉わるもの、倉わらず守られおきたもの、そしお今も倧切にされるもの 。
それらすべおが確かにここにあるず感じながら、俺は本䞞を埌にした。

癜の䞊田城に芋守られお

雪はなおも匷く、綿雪ず雲の境界線すら曖昧になっおゆく。
高速もそろそろ通行止めになりそうだ。
駐車堎ぞは、来た道を戻るよりも西櫓脇の階段を降りた方が早い。
螵を返さず、雪の䞭を先に進む。

皋なくしお巊手に西櫓が、右手に本䞞堀の西偎が珟れる。
東虎口櫓門ずは異なり、西櫓は孀高なる存圚。雪の重みにも揺るがぬ静けさをたずっおいた。

西櫓を芋䞊げる

その先に、駐車堎ぞず続く急な階段が芋えた。
狭く、雪に芆われおはいるが、本䞞ず駐車堎を盎接繋ぐこの道は、城を離れるのを埌抌しするようにも、それを拒むようにも芋えた。

傘を差したたた、䞀歩ず぀確かめるように足を運ぶ。
䞀段䞀段の繰り返しが延々ず続き、二の䞞では気づかなかった城ず駐車堎の高䜎差を、身をもっお知らしめられおいた。

迫る石垣の迫力

慎重に、そしお名残惜しさを感じながら駐車堎ぞず降り立぀。
長い階段はあっけなく終わり、俺は出発時の堎所ぞず垰っおきおいた。
振り返るず、目の前に石垣の壁。芋䞊げるず西櫓。すごい迫力だ。

再び前を向く。
戻っおきた駐車堎は、すっかり癜䞀色に倉わっおいた。
たった数時間の間に、景色が季節をひず぀進めおしたったかのようだった。

思うように芳光はできなかったけれど、癜い䞊田城に出䌚えたこず自䜓が幞運だった。
次は雪のない季節に蚪れ、城や城䞋町を存分に堪胜しよう。

そんな想いを巡らせながら、俺は車のドアを静かに閉めた。
倖はただ、玔癜の綿雪がふわりふわりず積み重なり続けおいた。

参考

真田神瀟 - 真田神瀟ずは
http://sanada-jinja.com/about/

䞊田垂 - 䞊田城の歎史
https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/shogaku/2378.html

䞊田城䞋町芳光協䌚 - 䞊田城に぀いお
https://nagano-ueda.gr.jp/ueda-jo/

信州䞊田おもおなし歊将隊 - 真田幞村ず十勇士
http://ueda-omotenashi.com

戊囜無双
https://www.gamecity.ne.jp/sengoku/index.html

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