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短編小説「私にくらい、話してよ」

    ※展開と表現をより、私なりに磨いた改稿版があります。

    もちろんどちらを読んでいただけても嬉しいです。
    すでにいいねを頂けたので、どちらも残しておきます。


    春の学校。

    新しい顔ぶれで机を並べる。

    先立つのは不安か期待か、クラスは活気に満ちていた。

    「リンさんってドラマとか見る?」


    前の席の子が聞いてくる。

    はじめのおどおどとした態度が今はない。

    私が会話に乗ってきたことで、少し落ち着いてきたらしい。

    新しい空間。

    乗り遅れまいと仲間を探しているんだろう。


    「見るよー。月曜夜の家政婦とか」

    「え!?私もそれ見てるー!」


    共通の話題を見つけたことで話が弾む。

    彼女は少しずつ安心してきたらしい。

    少しの罪悪感が胸に刺さる。


    彼女の姿勢とは対照的に、私は彼女に踏み込む気はない。

    聞かれたこと、振られた話題に最低限答えるだけ。

    名前も聞かないし、もちろん友達だなんていう気はない。

    ごめんね。

    嫌いなわけじゃないんだ。


    必死に言葉を探して、行動を選んで、それで恥をかくようなことがあったら私には耐えられない。

    だから、友達は作れない。

    何も行動しないのにそんな物が手にはいるわけはない。

    でも、私はそれでいいと思ってしまっている。

    そういうわけだから、さっさとほかを当たってくれ。


    結局、しばらくすると彼女はほかの娘に話しかけに行った。

    私の態度からある程度察したのかもしれない。


    良かった。

    でも昼休みはまだまだ長い。

    机に突っ伏して仮眠でも取ろうとして、なかなか寝付けなかった。


    春の陽気というには少し日差しが強くなりすぎてきた頃、私は案の定一人になっていた。

    初めの頃に私に話しかけてくれた子達。

    今でもニコニコ会話はしてくれる。

    でも、遊びとか昼食とか、そういうのに誘ってくれることはなくなった。

    自分で選んだことだから後悔はない。

    ただ、なんだか最近寝つきが悪い。


    季節は進む。

    うるさい虫が増える。


    朝がだるい。

    布団から出たくない。

    玄関を出るのが垂直な壁をよじ登るみたいに疲れる。


    そんな日が増えていった。


    ある日、一人のクラスメイトが私に話しかけてきた。


    「ねえ、ちょっとチェスの相手してくれない?」

    「うん?いいよ」

    こういったお誘いは久しぶりのことだった。

    ちょっとだけ体温が上がったのを自覚しながら席に着く。

    落ち着け。

    たまたま相手がいなかっただけだろう。


    対局した結果、私は勝った。

    勝ったけど、申し訳ないというか……

    相手はめちゃくちゃ初心者だった。

    私がポーンをニマス進めたのを見て驚いていた。


    その後続けて三本も勝負した。

    どれも私の圧勝だった。

    この子はこれで楽しいのだろうか?

    シルエットがしょんぼりして見える。


    でもまあ、手加減はしなかった。

    この場限りだから。

    しばらくすれば誰か親切な人を見つけて教えてもらってることだろう。

    嫌われてしまうなら、そのほうが後腐れなくていい。


    「あ、えっと。失礼します」


    そう言ってその子は自分の席に戻っていった。

    その日の寝つきは最悪だった。


    それから2,3日経った別のある日。

    またあの子が話しかけてきた。


    「チェス、お願いします」

    簡潔な言葉、だが目力が強かった。

    少し怯んだ。

    怒ってらっしゃる?

    恐々と見つめていて、その子の瞳が色素薄めで茶色に近い色をしていたことに気付いた。


    対局は思ったより長引いた。

    以前より確実に強くなっていた。

    もう私の駒の射程を見誤ることもなく、適切に逃げる。

    反撃も覚えはじめたみたいで、私が攻め込ませたクイーンを追い返したのは少し驚いた。


    とはいえ数日では勝敗までひっくり返ることはなかった。

    その日もその子はしょんぼりして終わった。

    「……失礼します」

    そう言ってその子は自分の席に帰っていった。

    それからは毎日対局をせがまれた。

    対局して、しょんぼりして、失礼します。

    3点セットを繰り返し眺めた。

    一月も二月も、物好きな人だと思いながら。


    日に日に強まっていた日差しがピークを迎える頃、私は負けた。

    「参りました」

    私の声が響く。

    あと三手でチェックメイト。

    だいぶ逃げ回ったが限界だった。

    それに相手が気づいているかは分からなかったが、眉間にしわを寄せて必死に手を考えている姿がどこか面白くて、負けを認めてしまった。

    「えっ……」

    キョトンとした様子に可笑しさをこらえつつ確かめる。

    「あと三手で詰みですよね」

    そう問いかけると、その子は一拍おいて頷いた。

    三手、動かす。

    私が想像していた通りの手順だった。

    そこまでして、その子は初めて笑った。

    綺麗な笑顔だった。

    「ありがとうございました!」


    珍しくお礼を言われた。

    席に戻る背中を見て感慨深くなった。

    ユキさん、あんなに強くなるとは思わなかったな。

    私はいつの間にか、名前を覚えていた。


    「対局しましょう!」


    勝ったら満足するかと思ったら、それからも毎日ユキさんはやってきた。

    勝率を五分にすると息巻いていた。


    とはいえ、まださすがに私の勝ちのほうが多かったが、以前と違って彼女はよく笑うようになっていた。

    数局に1回私に勝ったときなど本当にいい笑顔を浮かべる。

    だんだん押しも強くなって遠慮がなくなっていた。


    そこからは早かった。

    彼女が宣言通りに私に追いつくまでには一ヶ月もかからなかった。

    今では完全に同格の相手である。


    「あ!リンそれはミスだよ」


    私が引き戻したクイーンが、キングと同時に狙われる。

    ユキは私に追いついてから私のことを呼び捨てにするようになった。

    敬語も外れている。


    ……何が原因だったかは忘れてしまった。

    ただ、いつものように対局していたのに、その日はなんだか空気が悪かった。


    「このケチ!意地悪!」


    口論の果てユキは叫んで教室を出ていった。

    その日はもう話しかけてこなかった。

    次の日も、目を合わせることもなかった。


    それから1週間私は学校を休んだ。

    なんてことはない。

    季節のかわり目に体調を崩しただけだ。


    久方ぶりの学校はなんだか息が詰まった。

    それでも午前中が終わる頃には感覚を取り戻した。

    そうだった。

    休み時間は机に突っ伏して寝てたんだ。

    昼休みはかなり寝られるから好きだ。


    ゴト


    机の前に誰かが座った。

    顔を上げた。

    ユキだった。


    私が思わず姿勢を正すと、彼女は黙って空いた机にチェス板を置いた。

    当たり前に始まる対局。

    普段の数倍ユキが強かった気がする。

    私をボコボコにして、彼女は自分の席に帰っていった。


    季節は進み、すっかり寒くなった。


    「ねえ、買い物いこー」


    いつもの対局の終わり際、ユキが言った。


    「いいよー」


    詳細も聞かずに二つ返事で答えた。

    なんとなく、断る気にはならなかったから。

    対局は有利な盤面だったのに、連続でミスをして負けてしまった。


    「これこれ、これ買いたかったんだー」


    ユキが商品棚からシャーペンを手に取る。

    シンプルだが、素朴な可愛らしさを感じさせるデザインだった。

    書き味に凝っているらしく、専用の芯とセットになっていてそこそこ値が張る。


    彼女はそれを2本、同じカラーリングのものを選んで精算を済ませると、1本を私に差し出した。


    「あげる。誕生日プレゼント」

    「へ、え!?」


    確かに、今日は私の誕生日だった。

    クラスに覚えてる人なんているわけなくて、私自身意識から外していたのに。

    押し付けるように渡されたプレゼントを受け取って素っ頓狂な声を上げた。


    こんなもの受け取れない、返品してお金を返さなきゃ。

    さっきも言った通り、値段がそこそこ高い。


    レジに走り出そうとした私の肩を、ユキががっしりと掴んで強引にとめる。

    「ちょっと、何しようとしてるの?」

    「へ、返品を!お金を!高すぎるって!」


    自分でも引くくらいキョドった声が出た。

    なんだか目尻が熱い気がする。


    「ねえ〜!いいよ!受け取って。友達なんだから」

    「えっ」


    呼吸が止まる。

    友達?

    私がユキと?

    私、何もしてないのに?

    そんなの、だって、そんなのって。

    本当に、いいの?


    私が情報を処理しきれずにいると、ユキが顔を伏せて言った。


    「……嫌だった?」


    そんなことない!

    嬉しい。

    そんな勘違いさせたくない!

    何か言わなきゃ。


    「大丈夫」


    あああああー!

    なんで私はこんな無愛想なことしか言えないんだ!

    荒れる私の内面とは裏腹に、ユキはきれいな笑顔を浮かべた。

    「そっか」


    その日から私たちは友達になった。


    ーー友達 会話

    ーー友達 プレゼント

    ーー友達 初めて

    ーー友達 何をする


    それからの日々は楽しくて仕方がなかった。

    たくさんお喋りした。

    ユキはこってりした食べ物が好きらしい。

    アニメとかも好き。

    ネット小説なんかにも詳しかった。


    食べ物に色々アレルギーがあったり、流行りの芸人が嫌いだったり、色んなことを訊いた。

    私も色んな事を話したし、お互いの家に遊びにも行った。

    というか、ユキは最近私の家に入り浸っている。

    この前はソファーで寝てた。


    「あなたって一緒にいるときスマホ触らないで相手してくれるよね」


    それは私が気をつけてることだった。

    結果としてつまらないと思われることは仕方なくても、せめて努力はしようと。

    嬉しかった。


    「そう?触ってなかったっけ?」


    ごまかしてそっぽを向いて、しばらく顔が見られなかった。


    どれくらい経っただろう?

    何回も季節が巡って、学年がどんどん上がって、いつの間にか私たちは高校生になった。

    お互い別々の高校。

    だけど長い休みにはほとんど毎日会っていた。

    相変わらず楽しかった。


    私は学校にいけなくなっていた。


    浅い会話。

    ご飯も遊びも誘われない。

    放課後は真っ直ぐ帰るだけ。

    当たり前だった学校生活が、苦しくなっていた。

    苦しいくせに、耐えられるつもりで、私は何もしなかった。


    「何か嫌なことがあるの?」

    「いえ、皆さん優しいですし、不満はありません。純粋に体調がすぐれなくて」


    心配した先生との面談。

    吐き出した言葉は自分に言い聞かせるものだった。

    自分で自分がわかってない。


    「保健室登校だってできるし、朝が難しかったら昼からでも大丈夫よ?」


    先生は最大限気を使ってくれた。

    それなのに私が学校に行けるようになることはなかった。

    ズルズルと部屋に閉じこもって数ヶ月。

    また長い休みが来た。


    「やっほー!リン、来たよ〜。元気?」

    「いらっしゃい、元気よー」


    ユキが遊びに来た。

    楽しい。

    最近は運動にハマっているらしい。

    一緒に軽い筋トレなんてしてみた。

    自重がなかなか持ち上がらなかった。


    すぐに時間は過ぎて登校日。

    その夜。

    結局開けられなかった玄関に背を向けて、私は後悔しながら寝た。

    何日も何日も同じ繰り返し。


    両親の喧嘩が増えた。

    二人とも段々やつれてきた。


    「病気なんてものは気の持ちようだよ?」


    ああ、そうだ。

    確かにそのとおりだ。

    私の根性が足りないだけ。


    あの2人の私が入試に受かった時の嬉しそうな顔が浮かぶ。

    少し前まで誇らしさを与えてくれる記憶だった。

    根性なしでも、やらなきゃいけないことはある。


    震える手で、制服を着る。

    鞄を持って、玄関先に立つ。

    手を伸ばして、ドアノブを握る。


    よし、このまま、少しノブを回して、軽く押すだけでいい。

    それだけで外だ。

    通学路だって何も怖いものはない。

    見知った道をただ歩くだけ。

    歩くのは好きだ。

    以前は散歩も頻繁にしていた。


    学校に着いたって、特に何もしなくていいんだ。

    9時間、教室で静かにしてればそれでいい。

    簡単だ。


    呼吸が苦しくなってなかなか戻らなかった。

    冷や汗が滴り落ちる。

    鼓動の音が鼓膜をガンガン殴ってきてうるさい。


    ただ、ドアノブを回して、外に出るだけ。

    行くぞ。

    今だ。

    さあ、行くぞ。


    ドアノブが回った。

    勝手に。

    ドアが引っ張られて慌てて手を離す。


    「えっ?な、何してるの?」


    ドアの先には驚いた顔の両親が立っていた。


    「学校に行こうかなって……」

    「もう、夕方だよ?」


    えっ?


    家の外から、17時を知らせる陽気な時報の音楽が響いてきた。

    今日も結局、何もできないままだった。


    次の日は、朝から寝て過ごした。

    早朝早く出ていくお父さんが、ぼやいていたのが聞こえてきた。


    「あまり甘やかすと為にならないからなぁ」


    聞こえていたけど、寝ているふりをした。

    恥ずかしくて。

    合わせる顔がなくて、今のが聞こえてるってことも知られたくなくて。

    お母さんも何も言ってくれなかった。


    ある朝、父が仕事に行かなかった。

    私を学校に送るためだという。

    洗顔して、服を着て、開けられないドアは父が明けて引っ張り出してくれた。

    外に出た瞬間吐き気が襲ってきて、足に力がはいらなくなった。


    帰りたい


    弱音を吐きそうになったとき、父が引っ張って車まで案内してくれた。

    車の中、もう帰れない。

    その事実に胸をなで下ろした。

    身体が震える。

    理由もなく涙が止まらなくなる。


    こんな状態じゃあ、自力で登校なんて無理だ。

    無理やり連れ出してもらえて助かった。

    学校に着いた。

    ドアが開けられる。

    手を引かれて、何とか外に出る。


    「行ってらっしゃい」


    そこで、手が離れた。

    頷いて学校の門を見据える。

    流石に校内までこの調子は無理だ。

    この年にもなって付き添いなんて情けない。


    遠くなっていくエンジン音を聞きながら、それでも私はしばらくその場に立ち尽くした。


    もう引き返す選択はない。

    進むしかない。
    チラホラと門をくぐっていく同じ学校の生徒たちがいる。
    なんだか見られてる気がしてすごく恥ずかしかった。


    逃げるように進んで教室まで必死に歩く。

    溺れてるみたいに息が苦しくて、でも止まるのはもっと苦しかった。

    消えたい。

    隠れたい。

    誰にも見られないところに逃げ込みたい。

    ここでは教室の隅が一番マシだ。


    久々に私が現れると、クラスメイトたちは、わっとにぎやかになった。

    歓迎してくれる人がたくさん。

    興味なさげに自習している人がちらほら。

    その私を見ていない私への視線が火傷のように皮膚を焼いた。


    色んな人が話しかけてくれた。

    初日に席が近くて頻繁におしゃべりしてた子。

    まだ普通に投稿できた頃に同じゲームの話で盛り上がった子。

    私みたいに休みがちな子。


    優しいし、あったかいなーって思った。

    震えは一度落ち着いた。


    授業が始まった。

    見たこともない数式が黒板に並ぶ。

    皆がにらめっこしてるプリントは私の手元にはない。

    何もかもが私を置いて進みすぎていた。


    「すみません。分かりません」


    席順で当てられて、みんな順調に答える中、私だけが答えられない。

    当たり前だ。

    だが、それでもだいぶ前の内容の、簡単な部分だったらしい。

    一部から失笑と、ほかの大多数から温かい擁護の声が飛んだ。

    恥ずかしくて泣きそうで、でも泣いてしまったらもっと恥ずかしいから、ギリギリのところで何とか耐えた。


    休み時間、心配したクラスメイトたちが話しかけに来てくれる。

    次の授業のための移動教室を教えてくれたり……さっき答えられなかったことをフォローしてくれる人もいた。

    たくさん気を使ってもらっていた。

    みんな本当に優しい人だ。


    昼休みになった。

    みんなが待ちに待ったお昼ご飯。

    私も少しお腹が空いている。


    チャイムの音で人が一斉に教室から出ていく。

    残ったのは半数ほどだった。

    みんな他のクラスのこと約束して同じ場所で食べるんだ。

    約束してない私は当然教室にのこった。

    休み時間に私を気にかけてくれていた優しい人たちは、やっぱり人気者で、真っ先に教室を出ていった。

    教室で、自分の席で、一人でお弁当を開いた。


    他にも一人で食べる人はいるけど、自習のためだったりで望んで一人になっている。

    中には誘われたのに、課題のために断っている人も多かった。

    人と食べたいならいくらでも声をかけられる人たち。


    本当にひとりぼっちなのは私だけだった。


    さっさと食べて昼寝でもしてしまおうと思った。

    お弁当を空けても、なかにお箸がなかった。

    お弁当箱のなかにも、包のなかにも、学生鞄のなかにもなかった。


    周りを見渡す。

    一人の人はみんな忙しそうだ。

    固まってにぎやかな集団がいるが、みんな話したこともない。

    お箸を借りる?もらう?誰かに、話しかけて?

    血の気が引いた。

    無理だ。


    私はお弁当をしまって、机に突っ伏して寝た。


    午後の授業。

    英語の先生は気さくな人だ。

    優しいし、感覚を若い私たちに合わせてくれるから、授業中によく笑いが起こる。


    「お!リンさん来たんだー!良かったー」


    先生はしばらく来なかった私を見つけて声をかけてくれた。

    ただなんだか笑顔がいつもより冷たい気がした。


    「高校はね!成績が悪くても出席日数さえ足りれば例えどんなバカでも卒業できるよ!せめて出席は頑張ろうね」


    ドッと笑いが起きた。

    胸に重りを詰められたような気がした。

    先生に悪気は無さそうだが、私は言葉の端々に棘を感じてしまった。

    責める資格はない。

    私が出来ない側なのは紛れもない事実だし、普段必死に私たちのことを考えてくれる先生だ。

    こんな事を言うのは、それだけ私の行動が目に余ったってことだろう。


    当然だ。

    必死に考えて授業や休み時間に私たちに接してくれているのに、私はそれを一方的に無視しているようなものなんだから。

    みんなも笑ってる。

    それが本音なのかな?とか思ってしまう自分が憎かった。


    私なんて、いないほうが良い。

    ずっとずっと感じてたことが突然お腹のなかにストンと落ちた。

    誰にも見つからない場所でそっと逝きたいと思った。


    「ねぇ!次の長休みには海行きたい!予定あけといて」

    「いいよーわかった」


    ユキの元気な声が響く。

    学校が忙しいらしく最近会えていないけれど、頻繁に電話してきてくれるようになった。

    学校の何気ない話や、休みの日に一緒にいきたいところを話してくれる。

    長電話は当たり前で、私が疲れて眠くなるまでマシンガントークが止まらない。


    「ごめんねーユキ。そろそろ眠いかも」


    でも、その日は早めに話をきり上げた。

    彼女は珍しく、それでも粘ろうとしたけど、謝りながら電話を切った。

    とても名残惜しそうだったと思う。

    私の勘違いだとしても嬉しい。


    部屋を出るとき、机に置いたシャーペンが気になった。


    忘れてた。

    遺書は書かないと。

    大した言葉はいらない。

    無駄に家族が私を探さないように。

    諦めがつくように。


    書き終えたとき、妙にスッキリした。

    手に持ったシャーペンに再び目が留まる。

    素朴で可愛らしい私好みのデザイン。


    ああ、そうだった。

    これは、大好きな親友が、ユキがくれたお揃いのプレゼントなんだった。


    ーー嫌だった?


    押し付けがましくなくて、私のことをまっすぐ見て合わせようとしてくれる言葉。

    たまらなく嬉しかったのを覚えてる。


    もう納得したのに、手が震えた。

    視界がぼんやりとにじむ。


    ユキだったら止めてくれるのかな?

    見つけてくれるかな?

    泣いてくれるかな?


    そんなわけ、ないか。


    止めてはくれるだろう。

    探してくれるし、泣いてもくれる。

    でも、私が本当に求めてるのは行動じゃない。


    それは彼女が優しいから。

    私にとってはたった一人だけの親友。

    でも…彼女にとってはたくさんいる友達のうちの一人。

    だって、私が何も言わなかったから。


    こんなに大好きなのに、本当は、親友だって物足りないくらいなのに、私は結局変われなかった。

    ただの友達でいいなんて嘘、さっさと捨ててしまえばよかった。


    そう思うのに、それで傷つくくらいなら、そのままでいいって思ってしまうんだ。


    「もう一度だけ、会いたかったなぁ」


    最後の瞬間、水面の向こうに浮かんだ月が、ひどく綺麗に思えた。


    誰かが泣いていた。

    ひどく目を腫らして。

    薄く茶の混ざった綺麗な瞳。

    その周りが真っ赤に充血していた。


    「なんで、何も言ってくれなかったの!」 


    ユキが、誰かの、チューブのたくさん繋がった細い手に縋り付いて叫んでいる。

    私のお父さんとお母さんが、彼女の肩を抱いて慰めてる。


    なんだろう。

    夢?

    夢のなかでまで会うなんて、私ってほんとにユキのこと大好きじゃない?

    ちょっとおかしくなって笑みがこぼれるのが、自分でもわかった。


    「友達じゃない……ずっと一緒にいたじゃない……相談してよ……」


    ユキがチューブだらけの誰かの手をギュッと握る。

    痛っ、!

    同時に、私の左手がジーンっと痛くなった。

    びっくりして、ユキがすがりついている人物に目をやる。

    そこには、真っ白いベッドに寝かされた、病人姿の私がいた。

    物々しい機会から色んなチューブが伸びていて、モニターに私の情報が映ってる。

    声が出ないでいると、またユキが話し始めた。


    「次の休みは海に行くって、予定空けとくって約束したじゃん……」


    思い出した。

    私、色々もう無理だなーって思って、終わりにしようとしたんだ。

    じゃあ、これ、現実?


    見つからないように逝きたかったのに、失敗したんだ。


    目の前のことに混乱しそうになるが、ギリギリで踏みとどまった。

    ユキが、それどころじゃない。


    「嫌だよ、嫌だ!置いて行かないで!」


    彼女が髪を振り乱して叫ぶ。

    暴れ出そうとしたので、私の両親と看護師に無理やり連れ出されていた。

    どうにかしなきゃって追いかけようとしたけど、見えない壁があるみたいに部屋からは出られなかった。


    次の日、泣き腫らした顔でユキが見舞いに来た。

    幾分落ち着いたのか暴れそうな雰囲気はない。

    いや、よく見れば目には隈ができ、髪や肌はパサパサ。

    まともに寝ていないのは明らかで、暴れるような体力がのこっていないようだった。


    「……」


    彼女は無言で私の隣に座った。

    しばらくじっと私の顔を見て、優しく手を伸ばしてきた。

    その手が私の頭に触れて、優しく髪を撫でる。

    心ほぐれるような感触が伝わってきた。


    ポツポツと、彼女が私に語りかける。


    「無理やりにでも聞き出せばよかった」


    「強引にでも一緒にいればよかった」


    「あなたのこと、わかってるつもりだったのに」


    「なんで一番大事な時に会いに行かなかったんだろ」


    胸が引き裂かれそうだった。

    違う、ユキはどれも何一つ悪くない。

    私が何も言わなかったんだから、私の責任なんだ。

    だから、謝らないで。


    「親友だったのに」


    心臓がはねた。

    親友。

    私が心のなかで何回も唱えた言葉。

    でも、現実には手に入らなくていいと思ってた。

    友達って呼んでもらえたから、それだけでいいんだって。

    それなのに、ユキは私にそう言った。


    どうしても立っていられなくなった。

    床に座り込んで、ユキに縋り付いて。

    うまく触れられないけど、わんわん泣いて。

    その間もユキは私の身体の方を優しく撫でてくれて。

    今まで感じてきた苦しさも、恥ずかしさも、孤独も何もかもなくなって、ただただ感謝と後悔だけが残った。


    私のそばでユキも泣き出して、いっぱい話しかけるけど気づいてもらえなくて、私も泣き続けて、2人して泣きつかれて眠った。


    気がつくと座り込んで泣いてる彼女がいた。

    無駄だと分かってても手が伸びる。

    声が出る。


    「ごめんなさい」


    ユキが顔を上げた。

    私を見て目を見開いている。

    あら?

    どうやら見えているらしい。


    「聞こえるの?」


    コクコクと頷くユキ。

    混乱していたが、私と話せている事実を認識したのか、わあっと泣き出してしまった。


    「ユキ、ごめんなさい。勝手に……一人になろうとして」


    どうしても謝りたかった。


    「私どこまでも臆病で、そんな私に親友って、だから、本当にごめんなさい。嫌いになってもいいから、もう泣かないで」


    ユキの顔がどんどん険しくなる。

    だけど何も言わない。

    正解がわからなくて、私は私なりに言葉を重ねる。


    「ユキが私のために泣いてくれて、申し訳ないしだめだと思うんだけど実は少し嬉しかった。そんなに思ってくれてたんだって」


    また、俯くユキ。

    「でも、こんなのは望んでない……!私は……もう満足だからさ、大丈夫だから、残りはどうか自分のために生きて」


    俯いて、声を押し殺して涙を流して、無理やりユキは私を見た。


    「ふざけないで。そんなふうに突き放すなんて最低」


    立ち上がったユキは今にも殴りかかってきそうだった。

    真っ赤な顔で叫ぶ。


    「私は、あなたの友達!嫌いになんてならない!」


    言いきって、よろめいたかと思ったらまた座り込んで、ポツポツと話しだした。


    「ていうか、さっき親友って言ったの聞いてたんだ」


    彼女は恥ずかしそうに俯いた。


    「それなのにそんな事を言うっていよいよ酷すぎるよ」


    目を赤らめたままほおを膨らませて抗議してくる。


    「未来は当たり前にあると思ってた。辛いならいつか相談してもらえるって思ってた」


    ごめんね。

    待っててくれてたのに。


    「何を言ったって無駄だよ。私はあなたの親友。あきらめなさい」


    本当に、いいの、かな?

    私がユキの、親友で。


    「嫌いになっていいなんて言うくらいなら一緒に泣いてよ。もっと一緒に居たかったって」

    咄嗟に何か言おうとして、結局言えなかった。

    口を開いても、のどが詰まって出てこない。

    "もっと一緒にいたかった"なんて、当たり前じゃないか。

    私のなかではわかりきったことなのに、それを伝えるのが、私にはどうしても遠い。

    嫌だ。

    ここまで言ってくれてるのに答えられないなんて、いくら私でも嫌だ。


    「私だって!ユキが、大好きで、ずっと一緒にいたかったよ」


    喉が勝手にはねて、言葉が途切れる。

    でも、やっと言えた。


    「もっと早く言いなさいよ!本当の本当に、もうっ!馬鹿!」


    言ってしまえばなんてことはなかった。

    いや、照れたようにそっぽ向くユキをみて、私はとても幸せになった。

    なんて馬鹿だったんだろう。

    こんなに思ってくれている人を勝手に遠い人だなんて突き放して、何も言えてないからって言い訳して目を逸らして。

    こうなる前に、最後の最後くらい、本音で話し合えばよかった。


    「ずっと待ってるから、絶対戻ってきて。また置いていったら許さないから」


    そう言って、彼女は久しぶりに笑った。

    何度も何度も見てきた、見慣れた親友の笑顔だった。


    ユキが寝ている。


    親友を泣かせて、喜んで、そのくせ生きろって命令して、ああ、私はどうしようもなく、わがままだったみたいだ。


    でもユキは応えてくれた。

    この期に及んで、戻ってこいなんて……私を見捨てないなんて、本当にどうかしてる。


    「ユキなら、本当に待っててくれるんだろうなぁ」


    口からこぼれた言葉に、確信がもてた。

    何ができるからわからない。

    本当ならこのまま死んでしまうのかもしれない。

    でも、それはなしだ。

    何が何でもユキの元に帰ろう。

    たとえどれだけ掛かろうと。


    新しい覚悟は心の底から力を与えてくれた。


    「ねえ!暇ー」

    「んー?なんかする?」

    「じゃあチェスで!」




    #創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

     
     
    考えるのが好きです。 優しさとか、ぐるぐる考えたことを書いたりします。

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