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短編小説「私にくらい、話してよ」改稿版

    春の学校。


    新しい顔ぶれで机を並べる。


    先立つのは不安か期待か、クラスは活気に満ちていた。




    「リンさんってドラマとか見る?」




    前の席の子が聞いてくる。


    はじめのおどおどとした態度が今はない。


    私が会話に乗ってきたことで、少し落ち着いてきたらしい。


    新しい空間。


    乗り遅れまいと仲間を探しているんだろう。




    「見るよー。月曜夜の家政婦とか」


    「え!?私もそれ見てるー!」




    共通の話題を見つけたことで話が弾む。


    彼女は少しずつ安心してきたらしい。


    少しの罪悪感が胸に刺さる。




    彼女の姿勢とは対照的に、私は彼女に踏み込む気はない。


    聞かれたこと、振られた話題に最低限答えるだけ。


    名前も聞かないし、もちろん友達だなんていう気はない。


    ごめんね。


    嫌いなわけじゃないんだ。




    必死に言葉を探して、行動を選んで、それで恥をかくようなことがあったら私には耐えられない。


    だから、友達は作れない。


    何も行動しないのにそんな物が手にはいるわけはない。


    でも、私はそれでいいと思ってしまっている。


    そういうわけだから、さっさとほかを当たってくれ。




    結局、しばらくすると彼女はほかの娘に話しかけに行った。


    私の態度からある程度察したのかもしれない。




    良かった。


    でも昼休みはまだまだ長い。


    机に突っ伏して仮眠でも取ろうとして、なかなか寝付けなかった。




    春の陽気というには少し日差しが強くなりすぎてきた頃、私は案の定一人になっていた。


    初めの頃に私に話しかけてくれた子達。


    今でもニコニコ会話はしてくれる。


    でも、遊びとか昼食とか、そういうのに誘ってくれることはなくなった。


    自分で選んだことだから後悔はない。


    ただ、なんだか最近寝つきが悪い。




    季節は進む。


    うるさい虫が増える。




    朝がだるい。


    布団から出たくない。


    玄関を出るのが垂直な壁をよじ登るみたいに疲れる。


    そんな日が増えていった。




    ある日、一人のクラスメイトが私に話しかけてきた。




    「ねえ、ちょっとチェスの相手してくれない?」


    「うん?いいよ」




    こういったお誘いは久しぶりのことだった。


    ちょっとだけ体温が上がったのを自覚しながら席に着く。


    落ち着け。


    たまたま相手がいなかっただけだろう。




    対局した結果、私は勝った。


    勝ったけど、申し訳ないというか……


    相手はめちゃくちゃ初心者だった。


    私がポーンをニマス進めたのを見て驚いていた。




    その後続けて三本も勝負した。


    どれも私の圧勝だった。


    この子はこれで楽しいのだろうか?


    シルエットがしょんぼりして見える。




    でもまあ、手加減はしなかった。


    この場限りだから。


    しばらくすれば誰か親切な人を見つけて教えてもらってることだろう。


    嫌われてしまうなら、そのほうが後腐れなくていい。




    「あ、えっと。失礼します」




    そう言ってその子は自分の席に戻っていった。


    その日の寝つきは最悪だった。




    それから2,3日経った別のある日。


    またあの子が話しかけてきた。




    「チェス、お願いします」




    簡潔な言葉、だが目力が強かった。


    少し怯んだ。


    怒ってらっしゃる?


    恐々と見つめていて、その子の瞳が色素薄めで茶色に近い色をしていたことに気付いた。




    対局は思ったより長引いた。


    以前より確実に強くなっていた。


    もう私の駒の射程を見誤ることもなく、適切に逃げる。


    反撃も覚えはじめたみたいで、私が攻め込ませたクイーンを追い返したのは少し驚いた。




    とはいえ数日では勝敗までひっくり返ることはなかった。


    その日もその子はしょんぼりして終わった。




    「……失礼します」




    そう言ってその子は自分の席に帰っていった。




    それからは毎日対局をせがまれた。


    対局して、しょんぼりして、失礼します。


    3点セットを繰り返し眺めた。


    一月も二月も、物好きな人だと思いながら。




    日に日に強まっていた日差しがピークを迎える頃、私は負けた。




    「参りました」




    私の声が響く。


    あと三手でチェックメイト。


    だいぶ逃げ回ったが限界だった。


    それに相手が気づいているかは分からなかったが、眉間にしわを寄せて必死に手を考えている姿がどこか面白くて、負けを認めてしまった。




    「えっ……」




    キョトンとした様子に可笑しさをこらえつつ確かめる。




    「あと三手で詰みですよね」




    そう問いかけると、その子は一拍おいて頷いた。


    三手、動かす。


    私が想像していた通りの手順だった。




    そこまでして、その子は初めて笑った。


    綺麗な笑顔だった。




    「ありがとうございました!」




    珍しくお礼を言われた。


    席に戻る背中を見て感慨深くなった。




    ユキさん、あんなに強くなるとは思わなかったな。




    私はいつの間にか、名前を覚えていた。




    「対局しましょう!」




    勝ったら満足するかと思ったら、それからも毎日ユキさんはやってきた。


    勝率を五分にすると息巻いていた。




    とはいえ、まださすがに私の勝ちのほうが多かったが、以前と違って彼女はよく笑うようになっていた。


    数局に1回私に勝ったときなど本当にいい笑顔を浮かべる。


    だんだん押しも強くなって遠慮がなくなっていた。




    そこからは早かった。


    彼女が宣言通りに私に追いつくまでには一ヶ月もかからなかった。


    今では完全に同格の相手である。




    「あ!リンそれはミスだよ」




    私が引き戻したクイーンが、キングと同時に狙われる。


    ユキは私に追いついてから私のことを呼び捨てにするようになった。


    敬語も外れている。




    ……何が原因だったかは忘れてしまった。


    ただ、いつものように対局していたのに、その日はなんだか空気が悪かった。




    「このケチ!意地悪!」




    口論の果てユキは叫んで教室を出ていった。


    その日はもう話しかけてこなかった。


    次の日も、目を合わせることもなかった。




    それから1週間私は学校を休んだ。


    なんてことはない。


    季節のかわり目に体調を崩しただけだ。




    久方ぶりの学校はなんだか息が詰まった。


    それでも午前中が終わる頃には感覚を取り戻した。


    そうだった。


    休み時間は机に突っ伏して寝てたんだ。


    昼休みはかなり寝られるから好きだ。




    ゴト




    机の前に誰かが座った。


    顔を上げた。


    ユキだった。




    私が思わず姿勢を正すと、彼女は黙って空いた机にチェス板を置いた。


    当たり前に始まる対局。


    普段の数倍ユキが強かった気がする。


    私をボコボコにして、彼女は自分の席に帰っていった。




    季節は進み、すっかり寒くなった。




    「ねえ、買い物いこー」




    いつもの対局の終わり際、ユキが言った。




    「いいよー」




    詳細も聞かずに二つ返事で答えた。


    なんとなく、断る気にはならなかったから。


    対局は有利な盤面だったのに、連続でミスをして負けてしまった。




    「これこれ、これ買いたかったんだー」




    ユキが商品棚からシャーペンを手に取る。


    シンプルだが、素朴な可愛らしさを感じさせるデザインだった。


    書き味に凝っているらしく、専用の芯とセットになっていてそこそこ値が張る。




    彼女はそれを2本、同じカラーリングのものを選んで精算を済ませると、1本を私に差し出した。




    「あげる。誕生日プレゼント」


    「へ、え!?」




    確かに、今日は私の誕生日だった。


    クラスに覚えてる人なんているわけなくて、私自身意識から外していたのに。


    押し付けるように渡されたプレゼントを受け取って素っ頓狂な声を上げた。




    こんなもの受け取れない、返品してお金を返さなきゃ。


    さっきも言った通り、値段がそこそこ高い。




    レジに走り出そうとした私の肩を、ユキががっしりと掴んで強引にとめる。




    「ちょっと、何しようとしてるの?」


    「へ、返品を!お金を!高すぎるって!」




    自分でも引くくらいキョドった声が出た。


    なんだか目尻が熱い気がする。




    「ねえ〜!いいよ!受け取って。友達なんだから」


    「えっ」




    呼吸が止まる。


    友達?


    私がユキと?


    何もしてないのに?


    そんなの、だって、そんなのって。


    本当に、いいの?




    私が情報を処理しきれずにいると、ユキが顔を伏せて言った。




    「……嫌だった?」




    そんなことない!


    嬉しい。


    そんな勘違いさせたくない!


    何か言わなきゃ。




    「大丈夫」




    あああああー!


    なんで私はこんな無愛想なことしか言えないんだ!


    荒れる私の内面とは裏腹に、ユキはきれいな笑顔を浮かべた。




    「そっか」




    その日から私たちは友達になった。




    ーー友達 会話


    ーー友達 プレゼント


    ーー友達 初めて


    ーー友達 何をする




    それからの日々は楽しくて仕方がなかった。


    たくさんお喋りした。


    ユキはこってりした食べ物が好きらしい。


    アニメとかも好き。


    ネット小説なんかにも詳しかった。


    食べ物に色々アレルギーがあったり、流行りの芸人が嫌いだったり、色んなことを訊いた。




    私も色んな事を話したし、お互いの家に遊びにも行った。


    というか、ユキは最近私の家に入り浸っている。


    この前はソファで寝てた。



    「あなたって一緒にいるときスマホ触らないで相手してくれるよね」



    嬉しかった。




    「そう?触ってなかったっけ?」




    ごまかしてそっぽを向いて、しばらく顔が見られなかった。




    どれくらい経っただろう?


    何回も季節が巡って、学年がどんどん上がって、いつの間にか私たちは高校生になった。


    お互い別々の高校。


    だけど長い休みにはほとんど毎日会っていた。


    相変わらず楽しかった。




    私は学校にいけなくなっていた。




    浅い会話。


    ご飯も遊びも誘われない。


    放課後は真っ直ぐ帰るだけ。


    当たり前だった学校生活が、苦しくなっていた。


    苦しいくせに、耐えられるつもりで、私は何もしなかった。




    「何か嫌なことがあるの?」


    「いえ、皆さん優しいですし、不満はありません。純粋に体調がすぐれなくて」




    心配した先生との面談。


    吐き出した言葉は自分に言い聞かせるものだった。


    自分で自分がわかってない。




    「保健室登校だってできるし、朝が難しかったら昼からでも大丈夫よ?」




    先生は最大限気を使ってくれた。


    それなのに私が学校に行けるようになることはなかった。


    ズルズルと部屋に閉じこもって数ヶ月。


    また長い休みが来た。




    「やっほー!リン、来たよ〜。元気?」


    「いらっしゃい、元気よー」




    ユキが遊びに来た。


    楽しい。


    最近は運動にハマっているらしい。


    一緒に軽い筋トレなんてしてみた。


    自重がなかなか持ち上がらなかった。




    両親の喧嘩が増えた。


    二人とも段々やつれてきた。




    「病気なんてものは気の持ちようだよ?」




    ああ、そうだ。


    確かにそのとおりだ。




    あの2人の私が入試に受かった時の嬉しそうな顔が浮かぶ。


    少し前までは誇らしさを与えてくれる記憶だった。


    お腹を内側から焼かれるみたいで、のた打ち回りたくなる。




    制服を着る。


    震える手が、ハンガーを取り落とした。


    鞄を持って、玄関先に立つ。


    手を伸ばして、ドアノブを握る。




    ここまで、これた。


    このまま、少しノブを回して、軽く押すだけでいい。


    それだけで外だ。




    そして、見知った道をただ歩くだけ。


    歩くのは好きだ。


    以前は散歩も頻繁にしていた。




    学校に着いたら、居るだけで出席が貰える。


    簡単だ。




    簡単なんだから、動いてよ……




    呼吸が苦しくなってなかなか戻らなかった。


    冷や汗が滴り落ちる。


    鼓動の音が鼓膜をガンガン殴ってきてうるさい。


    ドアノブを掴んだ手首が、石にでもなってしまったみたいだ。




    突然、ドアノブが回った。


    勝手に。


    体が引っ張られて慌てて手を離す。




    「えっ?な、何してるの?」




    ドアの先には驚いた顔の両親が立っていた。




    「学校に行こうかなって……」


    「もう、夕方だよ?」




    えっ?


    家の外から、17時を知らせる陽気な時報の音楽が響いてきた。


    今日も結局、何もできないままだった。




    次の日は、朝から寝て過ごした。


    早朝早く出ていくお父さんが、ぼやいていたのが聞こえてきた。




    「あまり甘やかすと為にならないからなぁ」




    聞こえていたけど、寝ているふりをした。


    恥ずかしくて。


    合わせる顔がなくて、今のが聞こえてるってことも知られたくなくて。


    お母さんも何も言ってくれなかった。




    ある朝、父が仕事に行かなかった。


    私を学校に送るためだという。


    洗顔して、服を着て、開けられないドアは父が明けて引っ張り出してくれた。


    外に出た瞬間吐き気が襲ってきて、足に力がはいらなくなった。




    帰りたい




    弱音を吐きそうになったとき、父が引っ張って車まで案内してくれた。


    車の中、もう帰れない。


    その事実に胸をなで下ろした。


    身体が震える。


    理由もなく涙が止まらなくなる。




    こんな状態じゃあ、自力で登校なんて無理だ。


    無理やり連れ出してもらえて助かった。


    学校に着いた。


    ドアが開けられる。


    手を引かれて、何とか外に出る。




    「行ってらっしゃい」




    そこで、手が離れた。


    頷いて学校の門を見据える。


    流石に校内までこの調子は無理だ。


    この年にもなって付き添いなんて情けない。




    遠くなっていくエンジン音を聞きながら、それでも私はしばらくその場に立ち尽くした。




    もう引き返す選択はない。


    進むしかない。


    チラホラと門をくぐっていく同じ学校の生徒たちがいる。


    なんだか見られてる気がしてすごく恥ずかしかった。




    逃げるように進んで教室まで必死に歩く。


    溺れてるみたいに息が苦しくて、でも止まるのはもっと苦しかった。


    消えたい。


    隠れたい。


    誰にも見られないところに逃げ込みたい。


    ここでは教室の隅が一番マシだ。




    久々に私が現れると、クラスメイトたちは、わっとにぎやかになった。


    歓迎してくれる人がたくさん。


    興味なさげに自習している人がちらほら。


    その私を見ていない私への視線が火傷のように皮膚を焼いた。




    色んな人が話しかけてくれた。


    初日に席が近くて頻繁におしゃべりしてた子。


    まだ普通に投稿できた頃に同じゲームの話で盛り上がった子。


    私みたいに休みがちな子。




    優しいし、あったかいなーって思った。


    震えは一度落ち着いた。




    授業が始まった。


    見たこともない数式が黒板に並ぶ。


    皆がにらめっこしてるプリントは私の手元にはない。


    何もかもが私を置いて進みすぎていた。




    「すみません。分かりません」




    席順で当てられて、みんな順調に答える中、私だけが答えられない。


    当たり前だ。


    だが、それでもだいぶ前の内容の、簡単な部分だったらしい。


    一部から失笑と、ほかの大多数から温かい擁護の声が飛んだ。


    恥ずかしくて泣きそうで、でも泣いてしまったらもっと恥ずかしいから、ギリギリのところで何とか耐えた。




    休み時間、心配したクラスメイトたちが話しかけに来てくれる。


    次の授業のための移動教室を教えてくれたり……さっき答えられなかったことをフォローしてくれる人もいた。


    たくさん気を使ってもらっていた。


    みんな本当に優しい人だ。




    昼休みになった。


    みんなが待ちに待ったお昼ご飯。


    私も少しお腹が空いている。




    チャイムの音で人が一斉に教室から出ていく。


    残ったのは半数ほどだった。


    みんな他のクラスのこと約束して同じ場所で食べるんだ。


    約束してない私は当然教室にのこった。


    休み時間に私を気にかけてくれていた優しい人たちは、やっぱり人気者で、真っ先に教室を出ていった。


    教室で、自分の席で、一人でお弁当を開いた。




    他にも一人で食べる人はいるけど、自習のためだったりで望んで一人になっている。


    中には誘われたのに、課題のために断っている人も多かった。


    人と食べたいならいくらでも声をかけられる人たち。




    本当にひとりぼっちなのは私だけだった。




    さっさと食べて昼寝でもしてしまおうと思った。


    お弁当を空けても、なかにお箸がなかった。


    お弁当箱のなかにも、包のなかにも、学生鞄のなかにもなかった。




    周りを見渡す。


    一人の人はみんな忙しそうだ。


    固まってにぎやかな集団がいるが、みんな話したこともない。


    お箸を借りる?もらう?誰かに、話しかけて?


    血の気が引いた。


    無理だ。




    私はお弁当をしまって、机に突っ伏して寝た。




    午後の授業。


    英語の先生は気さくな人だ。


    優しいし、感覚を若い私たちに合わせてくれるから、授業中によく笑いが起こる。




    「お!リンさん来たんだー!良かったー」




    先生はしばらく来なかった私を見つけて声をかけてくれた。


    ただなんだか笑顔がいつもより冷たい気がした。




    「高校はね!成績が悪くても出席日数さえ足りれば例えどんなバカでも卒業できるよ!せめて出席は頑張ろうね」




    ドッと笑いが起きた。


    胸に重りを詰められたような気がした。


    先生に悪気は無さそうだが、私は言葉の端々に棘を感じてしまった。


    ただ、責める資格はない。


    私が出来ない側なのは紛れもない事実だし、普段必死に私たちのことを考えてくれる先生だ。


    こんな事を言うのは、それだけ私の行動が目に余ったってことだろう。




    当然だ。


    必死に考えて授業や休み時間に私たちに接してくれているのに、私はそれを一方的に無視しているようなものなんだから。


    みんなも笑ってる。


    それが本音なのかな?とか思ってしまう自分が憎かった。




    私なんて、いないほうが良い。


    ずっとずっと感じてたことが突然お腹のなかにストンと落ちた。


    誰にも見つからない場所でそっと逝きたいと思った。




    「ねぇ!次の長休みには海行きたい!予定あけといて」


    「いいよーわかった」




    ユキの元気な声が響く。


    学校が忙しいらしく最近会えていないけれど、頻繁に電話してきてくれるようになった。


    学校の何気ない話や、休みの日に一緒にいきたいところを話してくれる。


    長電話は当たり前で、私が疲れて眠くなるまでマシンガントークが止まらない。




    「ごめんねーユキ。そろそろ眠いかも」




    でも、その日は早めに話をきり上げた。


    彼女は珍しく、それでも粘ろうとしたけど、謝りながら電話を切った。


    とても名残惜しそうだったと思う。


    私の勘違いだとしても嬉しい。




    部屋を出るとき、机に置いたシャーペンが気になった。




    忘れてた。


    遺書は書かないと。


    大した言葉はいらない。


    無駄に家族が私を探さないように。


    諦めがつくように。




    書き終えたとき、妙にスッキリした。


    手に持ったシャーペンに再び目が留まる。


    素朴で可愛らしい私好みのデザイン。




    ああ、そうだった。


    これは、大好きな親友が、ユキがくれたお揃いのプレゼントなんだった。




    ーー嫌だった?




    押し付けがましくなくて、私のことをまっすぐ見て合わせようとしてくれる言葉。


    たまらなく嬉しかったのを覚えてる。




    もう納得したのに、手が震えた。


    視界がぼんやりとにじむ。




    ユキだったら止めてくれるのかな?


    見つけてくれるかな?


    泣いてくれるかな?




    そんなわけ、ないか。




    止めてはくれるだろう。


    探してくれるし、泣いてもくれる。


    でも、私が本当に求めてるのは行動じゃない。




    彼女も……とっても優しいから。


    私にとってはたった一人だけの親友。


    でも、彼女にとってはたくさんいる友達のうちの一人。


    私が何も言わなかったから。




    私はユキが大好きだ。


    本当は、友達どころか親友って言葉でも足りない。


    伝えたかったのに、傷つくかもしれないと思ったら、結局変われなかった。


    ただの友達でいいなんて嘘、さっさと捨ててしまえばよかった。




    「もう一度だけ、会いたかったなぁ」




    最後の瞬間、水面の向こうに浮かんだ月が、ひどく綺麗に思えた。



    ーーーーー



    白い廊下を、精一杯に走る。


    足がもつれて、人にぶつかって、怒鳴られた。




    リンがいなくなったと聞いたのは今日の朝。




    部屋からは、遺書が見つかったらしい。


    私は学校を休んで思いつく限りの場所に足を運んだ。


    リンが見つかったのは今さっき。


    もう夕方、日が傾いてくる時間帯だ。




    そんなに長い時間、リンを一人にした。




    彼女は浜辺で気を失って倒れてるところを警察の人が見つけてくれた。


    奇跡的に命は助かって今は病室にいるらしい。


    どうしても会いたかった。




    少なくとも私にとってはたった一人のかけがえのない友達で、リンだっていつも喜んでくれて、だから……




    未来は当たり前にあると思ってた。




    リンの病室の前に到着する。


    半開きになった扉の奥から、女の人のすすり泣く声が聞こえる。


    胸が重い。


    逃げたい。


    それでも、呼吸を整えて、私は病室に飛び込んだ




    真っ白なベッド、物々しい機械。


    その上にリンは寝かされていた。


    体中にチューブをつながれて白いガーゼに赤色がにじんでいる。


    覚悟してたのに。


    たった一人の友達が、あと半歩、何か違えば死んでい

    た。



    「ユキちゃん、来てくれたんだね。ありがとう」



    リンのお父さんが声をかけてくれた。


    でも私はリンから目が離せなかった。


    駆け寄ろうとして、自分の体が思ったより重かった。


    しゃがみ込んで、リンの左手にふれる。


    温かくて、少しだけ安心した。


    そしたら目元が熱くなってきちゃって、声を上げてわんわん泣いた。


    私があまりにも取り乱すから、リンのお母さんが私の肩を抱いてくれた。



    「友達じゃない……ずっと一緒にいたじゃない……相談してよ……」



    泣き止もうとするんだけど、全然だめだった。



    「次の休みは海に行くって、予定空けとくって約束したじゃん……」



    ずっと話しかけてるのに、なんの返事もしてくれない。


    なんでこんな事になったんだろう?


    このまま起きてくれなかったらどうしよう?


    いろんな不安が湧き出てきて止められない。



    「嫌だ!リン!置いて行かないで!」



    遠くで私の声がする。


    気がついたら部屋の外に出されていた。


    暴れ出したところをリンのお父さんがつまみ出してくれたそうだ。


    その日はそのまま家に帰って、一睡もできないまま気がついたら朝だった。


    次の日も、私はリンの元を訪れた。


    相変わらずリンは目を閉じたまま、話しかけても返事してくれなかった。


    いつもの優しい声はもう聞かせてくれないの?


    隣に座って、顔を覗き込んだらまた涙が出てきた。


    ずっと話しかけてたら、リンがなんだかもっと苦しそうな顔をしているのに気づいた。


    なんとかしてあげたくて、気がついたらリンの頭を撫でていた。


    少し猫毛で柔らかい髪が気持ちいい。


    少しずつリンの表情は和らいでいった。


    今なら届く気がして、自然と言葉があふれていた。



    「無理やりにでも聞き出せばよかった」



    「強引にでも一緒にいればよかった」



    「あなたのこと、わかってるつもりだったのに」



    「なんで一番大事な時に会いに行かなかったんだろ」



    最近のリンは明らかに様子がおかしかった。


    気づいてたのに。


    そのうち相談してくれるって、思ってた。


    リンはそれが一番難しい子だって、知ってたのに。


    あの日、最後まで話をしてたのは私だったのに。


    なんだからしくないなって思ったのに。


    引き留めようとしたのも強引に電話を切られた。


    せめてそこで会いに行けばよかった。



    「親友だったのに」



    もっと早く言えたら、何か変わったんだろうか。


    今更だ。


    今更になって言えても、全部ずるいだけだ。


    それなのに、リンの顔が少しだけ緩んだ気がして、余計に苦しくなった。


    泣いて泣いて、泣きつかれて、私はいつの間にか寝ていた。



    リン。


    ちゃんと伝えたいよ。


    私をずるい人間のままにさせないで。



    ーーーーー



    長い長い夢を見た。


    一人ぼっちで寂しい夢。


    泣かないように耐え続けた。


    耐えて耐えて、気がついたら隣に、ユキがいた。


    わがままで強引で、正直あまり人に好かれる性格じゃなさそうだと思った。


    それが、嬉しかった。



    ユキの隣では私はずっと許すだけの人で良くて、とても楽だった。


    いつかさよならされて、私はそれもいつも通りに受け入れる。


    それで良かった。



    友達って呼ばれた。


    お揃いのシャーペンをくれた。


    嬉しくて嬉しくて、いつかさよならされるのがたまらなく怖くなった。



    私から離れようかとも思った。


    でも、無理だったよ。



    会ったら絶対、またねって言いたくなって、さよならなんて言えなかった。


    だから、もう死のうって思ったとき、私は「さよなら」も「またね」も言わないで、ユキから逃げた。



    夢は、そこで終わるはずだった。


    終わって欲しかったのかもしれない。


    その先が見たくなかった。



    お父さんとお母さんが泣いてた。


    そこにユキも来て、泣き出した。



    みんな、私のために泣いてた。


    認めたくなかった。


    ただの夢だからって言いたかった。


    でも、私だって本当はそれくらい知ってた。



    私が、愛されてるって。


    せっかく逃げようとしたのに。


    どうして今更になってこんなものを突きつけてくるんだ。



    だけどもう、私には何もできない。


    いつか、みんなが諦めてくれるのを願うだけだ。


    意識が沈もうとしたとき、ユキの声がした。



    「親友だったのに」



    ドクンっと、私の心臓が大きく跳ねたのを感じた。



    ーーーー



    遠くの方で鳥が鳴いている。


    最初は小さかったその声はどんどん大きくなって、最終的にとても大きな合唱曲になった。


    まだ眠い。


    頭がガンガンする。


    薄目を空けたら眩しすぎて、目が焼けそうになった。



    お腹のあたりが重い。


    何かが乗ってる。


    正体を確かめようとして、腕自体がとても重く感じることに驚いた。


    というより、力が入らない。



    やっとの思いでお腹のうえに腕を持っていったら、サラサラしたものに触れた。


    シルクみたいで気持ちいい。


    しかも暖かくて、懐かしい感じがした。


    しばらくワシャワシャ楽しんでたら、突然それが動いた。



    はじめはゆったり。


    少し持ち上がって、諦めたようにまた降りてくる。


    でも突然何かに気づいたみたいに、ばって飛んでいって、私の顔の前に来た。


    見慣れた、少し茶色の混じった綺麗な瞳が、こちらを見ていた。



    「おはよう」



    声を出そうとしら信じられないくらいガラガラだった。


    めちゃくちゃ喉が痛い。


    すぐに、ユキが動いて、水を持ってきてくれた。


    その手が少し震えていた。



    「ありがと」



    受け取ろうとして、コップの重さに手が耐えられなかった。


    落っことしそうになったコップをユキが受け止めて、優しく私の口元に当ててくれる。


    ちょっと恥ずかしかった。


    文句を言うまもなく流し込まれる水。


    また、この水の美味しいこと。


    ゴクゴクと喉を動かして、コップの中身はすぐにカラになった。


    空っぽのコップを両手で支えて、ユキはぼーっと私の顔を眺めている。



    「ユキー?あんまり見ないでー恥ずかしい」



    私が名前を呼んだら、ユキがビクってした。


    ふるふる震えだして、そのままぶわって泣き出した。



    「ええー!?どうしたの!?」


    「リンあんた……ホントに、一回死んできなさい。いや、やっぱり死なないで……」



    泣きながら理由のわからない事を言っている。


    重たい腕を何とか持ち上げてユキの頭を撫でてあげる。


    撫でながら自分の腕を見た。


    なんか変なチューブが繋がってて、その先を追うと物々しい機械と点滴が繋がっていた。



    ここは、病院?



    機材と、白を基調とした部屋を見て思った。


    ああ、そうだった。


    私身投げしたんだ。


    水のなかに沈んで、月が綺麗だなーって、そこで意識が途切れて……


    ああ、死にかけてたのか。 


     

    「あんたほんとに許さないからね」



    ボロボロと泣きながら言うユキ。


    顔色からはっきりと疲れが見て取れた。


    でも同時に、堪らなく嬉しいって顔してる。



    その意味を、私は知ってしまっている。


    知ったうえであんなことして、だけど、逃げられなかったか。


    泣いてくれてるユキ。


    その頭をなでる。


    恥ずかしげに俯いて、だけど、すぐに満開の笑顔が咲いた。


    手が届いた。


    嬉しくて、泣きそうになった。



    「また勝手にいなくなったりしたら、絶っ対に許さないから。何があっても許さないから、二度と、二度とこんなことはしないで」



    ユキは真っ直ぐに私の目を覗き込んで言った。


    頷くのが精一杯だった。


    そんな私の額を小突いてユキが言葉を重ねる。



    「そんなふうに頷いてもだめです。ちゃんと約束してください」

    「わか、った。約束、する」



    ギリギリの声が出た。


    もう一度、満足げな笑顔が咲いた。


    そのままユキは私を撫でてくれた。


    許してあげるのが私って、とても傲慢な思い込みだったみたいだ。


    幸せだった。



    今なら、聞ける気がした。


    ずっと聞きたかった事。



    「なんで、いつも、一緒にいてくれるの?」



    待ってましたというふうに、ユキが答えてくれた。



    「私たち"親友"でしょ!」


    私は思いっきりユキを抱きしめた。


    泣いてる顔を見られたくなくて。

     
     
    考えるのが好きです。 優しさとか、ぐるぐる考えたことを書いたりします。

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