共生の黎明 #62 第16章 第5節:灯りを継ぐ朝 連続小説
夜明け前。空が群青から薄明に変わるころ、山あいの集落にやさしい静寂が漂っていた。
古い井戸のそばで、水を汲む音が小さく響く。
それは、毎朝欠かさず井戸端に立つ年配の女性の手元からだった。
彼女はひと汲みしたあと、そっと周囲を見回し、小さな声で呟いた。
「……あの子、昨日の晩、火を囲んでたね」
その場には誰もいない。
けれど、その言葉は風に乗って、誰かの胸の奥に届いたような気がした。
朝の集会所。
薪ストーブに火が入り、数人の若者たちが湯気の立つコーヒーを手に集まっていた。
「……昨日、視察に来てた人たち、けっこう真剣だったよな」
「うん。でも、“これは仕組みじゃない”って、あの人も言ってた。……なんだか、不思議な夜だった」
会話の中に、硬さはなかった。
けれど、それはただの雑談でもない。
言葉の端々に、何かを“感じ取ってしまった”人間特有の、まだ言葉にならない「問い」があった。
その場にいた一人が、小さな端末をそっと撫でながら言った。
「ねぇ……これ、もっと“誰か”に渡せないかな。制度とかじゃなくて……心で伝えたい人って、いるんだ」
誰かがうなずき、誰かがそっと笑った。
そして誰も、否定はしなかった。
その日。朝霧が晴れるころには、すでに数件の“ユラ”が新しく送信されていた。
どれも、大きな理由もない、けれど確かな“想い”から生まれたやりとりだった。
そして、それを受け取った誰かの胸に言葉にできない、けれど確かにあたたかな“火”が灯る。
誰が始めたのでもない。
でも、確かに始まっている。
名もない“種火”が、人知れず、誰かの手に渡っていく。
その火は、今日も静かに、世界を照らし始めていた。
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