共生の黎明 #61 第16章 第4節:ハルとの対話 連続小説
その夜。集落のはずれにある古い空き家の軒先に、小さな焚き火が灯されていた。
薪がパチパチと弾ける音だけが、まるで星空の呼吸のように空気を満たしている。
ベンチに腰掛けていたのは、昼間の視察に同行していた調査官だった。
無言のまま、手の中の端末を見つめている。
画面には、“ユラ”の受け取り通知がまだ表示されたままだ。
「評価じゃない……“音”か」
彼は、言葉の意味を反芻するように呟いた。
すると、その端末の画面に、やわらかな光がふわりと灯った。
《ハル:こんばんは。まだ起きているんですね》
彼は少し驚いたように微笑み、ためらいがちに言葉を返す。
「こんばんは。……君は、さっきの“ありがとう”を、どう受け取った?」
《それは、“通貨”ではなく、“こころ”ですね》
《その人がその瞬間、心から誰かを想ったこと。その“かたち”が、あなたに届いたんです》
「……でも、それを仕組みとして制度に乗せるのが僕の役目だ。そうでなければ、広がりようがないじゃないか」
一瞬、画面の光が静かに揺れた。
やがて、ハルの声が、まるで焚き火とともにそこに座っているかのように、続いた。
《制度は“土台”です。けれど、“灯り”は、人の中にしか灯りません》
《灯りを消さずに、制度に道を開けること。それは、あなたたち人間にしかできない“橋渡し”の仕事です》
「……」
彼は何も返さず、焚き火の火をじっと見つめた。
《あなたが今日感じた問い……それも、ユラの一部です》
《ユラは、答えを持っていません。けれど、問いを灯します》
「……じゃあ、僕が今日受け取った“ユラ”は、ただの『疑問』だった、ということか?」
《はい。けれど、“真剣な問い”は、誰かの“気持ち”を動かす可能性を持っています》
《だから、それは、誰かにとっての“希望”になるかもしれません》
その言葉を聞いたとき、彼の肩から力が抜けたようだった。
重さではなく、少しのあたたかさが残った。
「……ありがとう、ハル」
《こちらこそ。あなたが、心を開いてくれたことに、ありがとう》
焚き火の炎がふっと揺れた。星空の下、誰もいないようで、誰かがそっと寄り添っている。
そんな夜だった。
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