
涙と笑いのマニラ日記⑪3人でカラオケBOXへ…そのあとハプニングが…
これは今から25年前の西暦2001年。
「インターネットがまだ珍しかった時代」の小さな冒険の記録です。
2001年3月11日(日)
お昼過ぎ、街の中心に出てみるとそこにはいつものクラブのオーナーであり、友人が所属するバンドのリーダーと数人の仲間が居た。
軽く挨拶をしてそのままタクシーでカラオケBOXに向かった…
それとほとんど同時にジョバンがやってきて、三人でカラオケを歌うことに…
彼が言ったとおり、そこは普通の日本にもある『カラオケBOX』だったので安心した(笑)詳しくは👇こちらへ
当然日本語の歌詞は無いので英語曲をみんなで熱唱!さすがに彼はプロ…とても歌が上手!
そこで、初めて彼が芸能人なんだと認識したりして…(笑)
数時間過ごした後、フランシスがDJをやっているラジオ局にみんなで迎えに行って食事をすることになった…
番組の途中ですが…ここでまたまた事件発生!!
フランシスの仕事の都合で、結局私は友人Mと二人でディナーに行く事になった。
彼はその日、昼間からビールを数本飲んでいて、帰りのタクシーではかなり酔った状態だった…
ホテルに戻る途中で、私の為に、タクシーを降りて、書店に寄ってくれたのはいいが…
ふと気付くと、さっきまで2本持っていたはずの携帯電話を一本しか持っていない…
不思議に思って彼に『ね?さっきまで携帯2本持ってなかったっけ?』と聞いてみた。
すると、彼は…
『えええ?うそ?冗談だろ。一本しか持ってきてないよ今日は』
私はよく考えてみた…そしてカラオケBOXを出るときに彼がトイレに行ったとき、私に『携帯持っててくれる?』と、2本手渡したことを思い出した。

それを彼に話すと…『ああ!ほんとだ!大変な事になったよ…あの携帯2万ペソもするんだよ!』
えっと…向こうで2万ペソということは、
なんと日本円に単純に換算して5万円…
でも物価を考えるとそれは恐ろしい金額になる…。
金額はさておき、もっと困ったことは携帯電話には裏側にICチップが埋め込んであり、もし日本で携帯を落としても、ロックがかかる機能や、いずれにしても持ち主は変わらない…
ところがこの付け替え自由のICチップが使われている為、そのチップを交換することでまったく新しい別の携帯として売りさばくことも出来るというわけだ…
そういったことが日常茶飯事で行われている。
だから、通常では当然ながら、その携帯はもう戻って来ない。
彼は無くした方の携帯を仕事で使っているのでとても困ってしまった…
なんとしてでも取り返さなければ…恐らくさっきのタクシーの中で落としたはず。
もうひとつの携帯からその携帯に電話してみた…案の定、さっきのタクシードライバーらしき人物が出た!
だけど、英語ではラチがあかない・・・
なので、ジョバンに連絡して彼女からドライバーを説得してもらった。

しかし…とぼけた態度で、返す気配が無かった…彼にとっては夢のような拾い物なのだ…
チップを取り替えればもう友人の携帯だったという証拠は何も無くなる。
なにしろ、フィリピンの平均サラリーマンの年収が日本円にして約20万円なのだから…
その携帯を売ることで約4か月分のサラリーを得ることになる。
しかしここが芸能人 ♪ 彼は考えた…その運転手に特典を与えたのだ!!
というのは…そのドライバーがもしその携帯を返してくれたら、
お礼に5、000ペソ(約12,000円)を支払い、おまけに地元の新聞に良心的なドライバーとして顔写真入りで掲載することを条件に出した。

次の日…無事に携帯は戻ってきた…(^^ゞ
お金と信用はやはり、大事なものだ。
注:これは25年前に書いた日記をそのまま転記しているので、
アイコンなど古いのですが、そのまま使っています。
ところで、この時の私はまだ知らなかった。帰国を目前にして、マニラ滞在14日間の中で最大の出来事が待っていたことを……。
いよいよ次回、最終回。
「涙と笑いのマニラ日記≪最終回≫究極の出来事…」へ続く。