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タイ南部出身ですか?と聞かれ―幼少期の音の初期設定について

    今年、何度も聞かれたことがある。

    「もしかして、タイ南部のご出身ですか?あなたの話し方からそうかなって…?」


    ──図星だ。

    いずれも対面での会話中。
    相手はマッサージ店や旅先で出会った初対面のタイ人。

    私は標準語のタイ語を話していた。方言は使っていない。そもそもタイ南部方言は聞けば分かるが、話すことはできない。それでも相手は、私の話し方から南部の匂いを嗅ぎ取ったらしい。

    正直、かなり驚いた。
    この現象を紐解きたい衝動に駆られたので、ちょっと自分なりに考察してみたい。

    私が最初に触れた言葉はタイ南部語だ。タイで生まれ、数年過ごした。のちに日本へ移り住み、日本語のほうが強くなった。大学卒業後はバンコクで暮らし、仕事でも日常でもタイ標準語に囲まれてきた。

    つまり、南部の方言にどっぷり浸かったのは、幼少期の数年と帰省の断片だけ。タイ人母が日本で私と話すときも、基本は標準語だった。

    それでも今、「タイ南部の人?」と問われる。
    なんて興味深いのだろう。

    言葉には音以外の要素がいくつもあるように思える。声の高さや抑揚、間の取り方、語尾の上げ下げ、語彙の選び方、言い回しの癖、身振り、目線。私が方言そのものを話していなくても、音の配列やリズム、言い方の角度のどこかに、幼い頃の「南部の空気」が残っているのかもしれない。

    幼少期に体に入ったものは、こんなにも抜けにくいものなのか。大人になって別の街で暮らしても、その初期設定が滲み出たらしい。

    私は専門家ではないので理屈は分からない。ただ、自分の体感としてはこれが一番腑に落ちる。

    「タイ南部の人ですか?」と問われたとき。
    私は嬉しいと感じた。

    生まれた場所、幼い頃の生活、南部の空気。
    どれも確かに私の土台だが、暮らしの時間は圧倒的に日本やバンコクが長いので、自分もすっかりそちらに染まったと思っていた。だからこそ、他人の耳が拾ってくれた「南部っぽさ」に、ほっとしたのだと思う。

    声をかけてくれた方々に感謝したい。


    mari.

    あとがき
    自分の中では大発見でした。それくらい自分にとって、予想外すぎる出来事で。私のタイ語はネイティブではないし、日本生活が長かったのでてっきり日本風のタイ語を話しているんだろうとずっと思っていたくらいです。

    そして、この気づきを子供の言語習得に活かせないかと考えた私は、ひとつ試してみたいことが頭に浮かんだのでした。以下続きです↓


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    mari.

     
     
    タイと日本の両方で育ちました。 家族・ことば・アイデンティティについて、私の視点から見えたことや考えたことを綴っています。 ✉️ご連絡・ご相談はnote DM / Emailからどうぞ mari.kw2533@gmail.com

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