
ビリヤード場のメガネイケメンが、結婚直前に最高のゲスになった話
私の持ち球(察して)は両手じゃ到底足りないのだけれど、その中の1人は、かつて私がビリヤード場でアルバイトをしていた頃に出会った男だ。
当時の私の仕事は、基本的には店内の掃除とお客様対応。
たまにドリンクの注文が入るのだが、カクテルなんて一度も作ったことがない。お酒の作り方が分からなすぎて、注文してきたお客様本人に「すみません、これって何と何を混ぜるんですか?」と堂々と聞いて作っていた。そんな、ゆるすぎるアルバイト生活だった。
そんなある日、常連のメガネイケメンのお客様に「ちょっとヘルプ頼まれてくれない?」と声をかけられた。何かを賭けて試合をしていたらしい。私はそんなにうまくはないが、「頼むよ~」とお願いされて渋々キューを握り、狙いを定めて放った一球。
……カツン、と小気味いい音を立てて球がポケットに吸い込まれた。
まさかの勝利である。
「えっ、すごいじゃん!」
メガネの奥の瞳を輝かせた彼に、そのまま食事に誘われた。そこから先は、まあ、大人同士のあれやこれやだ。そういうことになるまでに、そう時間はかからなかった。ちなみに後から知ったのだが、彼は私の通っていた学校の、学年が被っていない先輩でもあった。世間は狭い。
距離が縮まり、関係が続いていたある日のこと。彼は実にあっさりと、そして信じられないトーンでこうのたまう。
「俺さ、今度結婚するんだよね」
へえ、おめでとう。じゃあバイバイ、で終わるはずだった。しかし、彼の口から続いたのは、人類の歴史に残るレベルのゲス発言だった。
「でもさ、これからも、こういう関係は続けたいんだよね」
……は?
結婚という人生の重大なケジメをつける男が、なぜか「都合のいいキープも継続させよう」と企んでいる。その厚顔無恥さに、当時の私は激しいドン引きを通り越して、もはや宇宙の神秘を見るような目で彼を見つめてしまった。
「あはは、まあ、ねえ……?」 とりあえず笑顔でお茶を濁した私を、彼は「交渉成立」とでも思ったのだろうか。
悪いが、私はキープしている女の名前のカクテルを作る男にも、他人の人生を背負いながら浮気を継続しようとする男にも、1ミリも興味はない。
私はその後、何食わぬ顔でビリヤード場のバイトを辞め、彼の電話番号もメールアドレスも光の速さで拒否設定にした。
今ごろ彼は、奥さんの目を盗んで繋がらない私への電話を鳴らし、首を傾げているのだろうか。あの時の「一球」のように、私の人生から彼の存在を綺麗にポケットへ叩き落としてやった。あのメガネ、割れてしまえばいいのに。