メインコンテンツへスキップ
見出し画像

たった一つの奇跡。又は優しい噓

    ジャンヌ・ダルクは1920年5月16日にカトリック教皇から聖者に列聖されています。
    つまり、今日においてカトリック的にはれっきとした聖女になります。
    しかし、彼女の残した逸話の中には、中世以前の聖人に付き物の不思議な奇跡の力というものの色合いは薄いように感じます。

    例えば、「神様の声を聴いた。」という事も、果たしてそれが神様の声であったのか、それとも彼女の心の内から来た物なのか、今となっては・・・いえ、古今東西、ジャンヌ自身にしてもそれを証明することなどはできないでしょう。

    また「多くの人々の中から王太子を見つけ出した。」とか、「教会で埋まっている剣を見つけ出した。」という逸話についても、今日ではある程度現実的に納得のできる説明があります。奇跡を起こしたという逸話にしては半信半疑にならざるを得ません。

    さて、そんなジャンヌの乏しい奇跡のエピソードですが、ひとつ私が大好きなエピソードがあり、今日はそれをご紹介させて頂ければと思います。

    その奇跡は、「死者の復活」です。

    1430年4月24日、パリの東26㎞程の場所にあるラニという土地にジャンヌが訪れた時、戦いに疲れている彼女のもとに死んだ子供を抱いた母親がやってきます。
    そして、彼女にこう願い出るのです。

    「この子は洗礼を受ける前に死んでしまいました。どうか洗礼を受けさせるために、この子を生き返らせてください。」

    カトリックの教えでは、洗礼を受けずに死んだ人は、死後地獄に行くことになっています。
    その為母親はせめて洗礼だけでも、ということでのお願いだったのだと思います。

    伝説では、ジャンヌが祈りを捧げると、子供は目を開き、僧侶から洗礼を受け終えるとまた目を閉じて、そのまま亡くなったそうです。

    素直に受け取ると、まさしく聖人の奇跡ですね。
    私の知る限り、彼女の起こしたとされる明確な奇跡の逸話はこれだけです。

    でも・・・
    普通に、現実的に考えると、これって、噓をついてあげていますよね?

    子供を失くしてしまった母親に、少しでも救いをもたらす為の、彼女と周りの人がついた小さな嘘という方が、なんだかしっくりきます。

    でも、私はそんな嘘の奇跡にこそ、彼女の人間性を垣間見て、この逸話が大好きです。このお母さんの心の痛みがほんの少しでも和らいだなら、それこそが彼女の起こした奇跡なのではないでしょうか?

    彼女はフランスの地では聖人であり、信仰の対象です。それでも私は聖女ジャンヌでは無く、人間ジャンヌのこういう人間性にこそ惹かれます。

    こういう小さなことが積み重なってできた「奇跡」のお話が世界には色々と伝わっているのかもしれませんね。

    目次ページに戻る


    この記事が参加している募集

     
     
    教科書で初めて知ってから、ずっとずっとジャンヌの人間性と人生に惹かれています。 Noteは初心者ですが、マイペースに書いてみます。

    あなたへのおすすめ