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【最終回】結局人は、「好き」なことで生きていけるのか?──10年間の純粋意欲ラボの結論

    結局人は、「好き」なことで生きていけるのか──

    2025年4月に書き始め、当初は出産前に書き終える予定だった「純粋意欲ラボ」シリーズ。

    出産を終えて、2026年6月。ついに最終回として、この大きな問いに答えていきたいと思います。

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    わたしが最初にこの問いにぶち当たったのは、仕事で中高生の探究学習のサポートをしていたとき。

    「成績や受験に関係ない探究学習を続けて意味があるのか?」という先生・保護者・生徒からの問いと、だからといって暗記偏重の受験競争に戻ることへの違和感で揺れていました。

    ↓当時の葛藤と自分の人生を実験台にした3年間の実践については、このnoteに詳しく書いています

    結局人は、「好き」なことで生きていけるのか──

    この問いに、わたしは自分の今までの経験を総動員して、

    人は「好きなことで生きていくことはできる」し、

    これからの世界では「好きなことで生きていくことが、どんどん重要になっていく」

    と答えたい。

    趣味が本業をひっくり返した、わたしの「現在地」


    今年の春、出産を控えたわたしの収入は0円になる予定でした。

    それもそのはず、わたしが「仕事」としてやっているコーチングや教育系のワークショップには、わたしの稼働が不可欠だからです。

    出産前後で動けない期間は、個人事業主であるわたしにとって、収入が途絶えることを意味していました。

    …と思っていたのですが、ここで予想もしなかった「逆転劇」が起きます。

    2017年から趣味として始めた「地図子」関連の売上が、この出産期間中、はじめて本業である教育・コーチング系の売上を上回ったのです。

    これまでの「地図子」の売上も、自分が物理的にイベントに立つことで得られるものが大半でした。でも、この出産期間中は、わたしの本に興味を持ってくださった全国の書店さんたちのおかげで、本がどんどんわたしの手を離れて届いていきました。

    そもそも「地図子」の活動は、仕事にすることを意図して始めたものではありませんでした。

    「本をつくりたい、そのためには何のテーマだったら書き続けられるだろう?」と考えたときに、純粋な興味から生まれた活動です。

    それをゆっくり、ゆっくり、10年近くかけて発酵させたら、まさかこんな形で人生を支えてくれるとは、2017年のわたしはまったく想像していなかったでしょう。

    ただ、この「地図子」としての自分を育てるのと同じくらい、わたしにとって大変だったことがあります。

    それは、それまでの「会社員」としてのアイデンティティを削ぎ落とすことでした。これには3年以上の歳月がかかり、今もなおその途上にあります。

    「会社員」としてのアイデンティティを保ったままだと、頭の中が「やらねばならない」という義務感で埋め尽くされ、関わる人も固定化されてしまい、「純粋意欲」に時間を割くことが難しくなってしまうからです。

    忙しい日常や義務感で思考がパンパンな状態では、自分の本当の「好き」は見えてきません。

    だからこそ、一度立ち止まり、余白を作り、心身を整える。そこに本気を出すことで初めて、わたしの「純粋意欲」の芽も、ようやく顔を出すことができたのです。

    ↓今までの生き方を手放し、まず「何もしない時間」を整えたプロセスはこちらのnoteで綴っています

    そもそも「趣味」と「仕事」は何が違うのか?


    「好きなことで生きていく」話をすると

    「好きなことは趣味ですればいいのでは?」
    「好きなことを仕事にしたらつらくなってしまう」
    「好きだからと言って、相手の役に立つとは限らない」

    という反論がかえってくることが多いです。

    わたしもこれは正論だと思います。

    …「好きなことで稼ぐ」という「仕事ファースト」「お金ファースト」の視点に立てば、です。

    確かに、「趣味」と「仕事」の違いを考えると

    趣味=「自分の興味」スタート(純粋意欲)
    仕事=「相手の役に立つこと」スタート(対価をもらう)

    こんな違いがあり、純粋意欲が必ずしもすぐにお金になるとは限りません。

    でも、そもそもなぜ「仕事」がすぐにお金になるかというと、それは「職種」や「業界」など一般的な「枠」がすでに存在していて、そこにお金がついているから。 現代社会では、その「枠」を目指して競争が起きるのです。

    就活や転職のときにはみんな会社員という「枠」を目指しますし、それ以前も大学、高校、中学、小学校…と子どもの頃から成績や受験という競争があります。

    この「枠」のなかで生きる最大のメリットは、誰かが作ったレールに乗るだけで、手っ取り早く安心や対価が得られる点にあります。

    しかしその反面、常に「他者からの評価」や「席の奪い合い」という終わりのない競争に晒され続けることにもなります。

    他人が決めた基準に自分を合わせに行き、他人の役に立とうとしすぎるからこそ、私たちは疲弊し、次第に「自分が本当にやりたかったこと」が見えなくなってしまうのです。

    だからこそ、社会の「枠」にとらわれず「純粋意欲」で生きるためには、「枠」をめぐって他者と競争するのではなく、「自分はどんなことに人生の時間を使いたいのか」と自分と向き合う覚悟と習慣が必要になります。

    ──とはいえ、これを実践するのは簡単ではありません。

    なぜなら、私たちは子どもの頃から「枠のなかで優秀であること(=安定して稼げること)」を求められ続けてきたからです。そこから一歩外に出ようとすると、脳内に強烈なブレーキがかかります。

    「もし好きなことに時間を使って、お金が稼げなくなったらどうしよう」
    「貯金が減っていく恐怖に、自分は耐えられるのだろうか」
    「好きなことをやっている自分を、周りは不審に思うのではないか」

    綺麗事だけでは片付けられない、この「お金の恐怖」。これこそが、大人が純粋意欲に蓋をしてしまう最大の原因です。

    そこでわたしが過去に提唱し、自分自身でも人体実験を繰り返してきたのが「無収入トレーニング」というリハビリ方法でした。

    ↓「無収入トレーニング」という新しいお金との向き合い方についてはこちらのnoteから読めます

    無収入トレーニングとは、あえて「お金を稼ぐこと」を目的としない時間を意図的に作り、「お金ベースの安心感」から「自分ベースの安心感」へと価値観を組み替える訓練です。

    会社や社会の「枠」にとらわれずとも、「自分はこれ(余白、健康、ささやかな好きなこと)があれば、お金が一時的に減っても十分に幸せに生きていける」という手応えを掴むこと。

    このトレーニングによって「お金が減る恐怖」に向き合ったからこそ、自分の純粋意欲をひたすら信じて歩み続けることができました。

    素人の圧倒的な熱量が、いつしかあなたの「唯一無二」に


    あなたの唯一無二な「純粋意欲」が特別な理由。

    それは、素人の、何にも縛られていない、圧倒的な熱量。

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    大好きな川と。
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    大好きな井戸ポンプと。
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    地図子のアイコンのもとになった、金沢城のモンドリアン石垣との再会。

    2017年に、川歩きという誰の役にも立たない一歩から始まった旅路。

    直感でビビッとくるがままに、講演に立ち、そのためにはじめてのZINEを準備し、ZINEも写真もあるからと個展をひらき。

    ↓写真の素人だったわたしが、勢いで個展を3回ひらいて気づいた「大人の生誕祭」の熱量については、こちらのnoteに書きました

    自分の興味の赴くままに活動するうちに、川歩き、表現・創作、書籍販売、書店運営と「好き」の幅がどんどん広がっていました。

    ここで大切なのは、純粋意欲は「仕事にしてもいいし、しなくてもいい」ということ。

    純粋意欲のスタートは自分本位です。でも、自分がやりたくてひたすら続けているといつしか他人に真似できない「唯一無二のもの」になる。

    そして長くやっているとスキルや人脈も増え、どこかのタイミングで結果的に「他人の役に立つ(仕事になる)」場面がやってきます。

    純粋意欲の本質は、所詮「お金にならなくても、ついやってしまうこと」。

    お金にならなくても、自分の好きなように表現できてラッキー。 お金がいただけたら、自分の人生の時間における「純粋意欲」の割合をさらに増やすことができて、もっとラッキー。

    そうやって「手放したスタンス」でいることこそが、結果的に幸福度の高いお金と時間の循環を生み出してくれるのです。

    なぜこれからの時代に「純粋意欲」は重要なのか


    「こんなに仕事をしても、暮らしに余裕がない」
    「結局、自分は何をしたいのかがわからない」
    「自分にとって心地よくない環境から抜け出せず、疲弊している」

    世間的には優秀だと言われる進路や安定だと思われる仕事を選んできた。

    でも、なぜか満たされない。お金も時間も足りない気がする。健康を害している。自分の人生、このままでいいのかわからない。

    こんな不安や悩みを抱えている人は多いのではないでしょうか。

    極論、正解のある仕事や、効率よく成果を出すための情報収集は、AIがすべて代わりにやってくれる時代になりました。

    それなのに、私たちの豊かさや充実感が目減りしているのはなぜか。

    それは、「どう人生を過ごしたいのか」「自分は何を創り出したいのか」という、人間にしか持てない「問い」を、私たち自身が見失っているからです。

    純粋意欲という「自分だけの軸」がないままデジタルやAIの波に飲まれると、いくら効率的にお金を稼げても、「誰かが決めたシステムの中で、自分が納得できない時間の使い方」をしたまま人生が終わってしまいます。

    純粋意欲は人生をかけて探して、育てていくもの。

    今、明確に見つかっていなくても、まだ育てている途中でもいい。

    「自分の中には、確かに純粋意欲の種がある」「いま、それを探す冒険の途中にいるんだ」と信じられること。

    そのプロセス自体が、これからの時代を生きる私たちの、本当の豊かさや充実感につながっていくのです。

    探究とは、「アーティスト」として生きること


    探究を体現する今の生き方を3年間続けて思うこと。

    「探究学習」というのは、即戦力の「サラリーマン」を育成するためのものではなく、人生を「アーティスト」として生きるための学習方法なのだ、ということです。

    ここで言う「アーティスト」とは、狭い意味での芸術家だけを指すのではありません。自分で独立して事業を行う人から趣味に奔走する人まで、自分の「好き」を突き詰めるすべての「自己表現者」を指します。

    従来の教育による暗記や試験は、既存の枠組みの中で効率的に動く「サラリーマン」を育てるのには役に立つかもしれません。

    しかし、「アーティスト」の生き方は、いつ芽が出るかも、いつ花が咲くかもわからない。生きている間は報われず、日の目を見るのは死後かもしれない。

    それでも、その人の中には「どうしても止められない探究心」がある。

    たとえすぐに社会から評価されなかったとしても、その芽をゆっくりと育てて、いつの日か花が咲くのを信じて待つ。それこそが、本当の「探究」なのだと思うのです。

    だからこそ、わたしは今、純粋意欲について綴っています。

    今を生きる子どもたち、そしてかつて子どもだった大人たちへ


    わたしが今、中高生の探究学習のプログラムを持ったら、何を伝えたいか。

    「どんな人にも純粋意欲はあって、大切に育てていく権利がある。忙しくても、誰かに罵られようとも、自分の純粋意欲の芽を人生をかけてゆっくり育ててください」

    わたしは23歳のときに「地図子」の活動を始めましたが、仮に13歳のときから始めていれば、今ごろ20年近い活動歴を積んでいたことになります。

    今は一見無意味に思えても、近くに理解者がいなくても。子どもの頃から純粋意欲の芽を育てていれば、それだけ深い自己理解へとつながります。

    そして、純粋意欲が重要なのは子どもだけではありません。大人もです。

    大人はこれまでの経歴や習慣の積み重ねがある分、今までの価値観をほどき直して、自分自身の喜びに時間やお金、人間関係を意識的に費やす「練習」が必要になってきます。

    でも、大人だって今日が一番若い日。100年生きるとして、20代から始めれば80年。50代から始めれば50年。仮に90代から始めたって、10年は自分の純粋意欲のために人生を使うことができます。

    気づいたときからでいい。少しずつ時間をとって、自分の「純粋意欲」の種に水をやり、大切に育てていきましょう。


    これまで「純粋意欲ラボ」の記事を読んでくださったみなさん、ありがとうございます。みなさんの人生を、少しでも明るく灯す文章になっていたら幸いです。

    連載としての「純粋意欲ラボ」はこれで一度幕を閉じますが、わたし自身、これからもこの生き方を実験し、体現し続けていきたいと思っています。

    そしてここからは、この「純粋意欲」の種を、社会の中でもっとたくさんの人と一緒に育てていくフェーズへ進むつもりです。

    もし、この最終回を読んで「自分も枠から一歩踏み出して、自分の純粋意欲を探してみたい」「日々に余白を作って、好きなことの種を育ててみたい」と感じた方がいれば、ぜひ一緒にその一歩を踏み出しましょう。

    個人の方向けのコーチングや、チーム・学校向けのワークショップなど、伴走できる場をこれからも用意してお待ちしています。

    また、この1年半近く書き溜めてきた「純粋意欲ラボ」の思想や10年間の実践の記録を、もっと多くの、迷っている大人や子どもたちへ届けていきたいという願いもあります。

    もしこのコンセプトに共感し、「一冊の本として一緒に世に送り出したい」と思ってくださる出版社や編集者の方がいらっしゃいましたら、ぜひお気軽にお声掛けいただけますと嬉しいです。

    わたしたちの「純粋意欲」の冒険はここからが本番です。 またどこかの表現の場、もしくはお気に入りの川でお会いできるのを楽しみにしています。

    ↓ここまでの「純粋意欲ラボ」の連載はすべてこちらから

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