
子どもは親の期待を生きない。11歳の娘と過ごした朝の気づき|子育ては、親がエゴを手放す時間⏳だった🌿|エッセイ|成長|『デイ・ドリーム・ビリーバー』聴いてみて🎵
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11歳になった娘の何気ない一言が、
私の中に残っていた「親としての期待」に
気づかせてくれた朝の記録です。
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七夕🎋ではなく、8日を選んだ娘へ
七夕に長女を出産したかった。
だが、娘は、7月8日に生まれてきた。
以前、書いた息子の記事にもあったように、
私は子育てをしながら、
自分のエゴを一つずつ手放してきた。
娘を授かった頃は、
たくさんエゴを握りしめていた。
なぜか私は、
七夕に産みたいと、
こだわっていたのだ。
今、思えば、
「七夕生まれって、素敵。」
ただ、それだけだったように思う。
まだ見ぬ娘の誕生日を、
カレンダーの上で先に決めていた。
あの頃の私は、
「こうだったらいいな」を
未来に並べていた。
義母が病気になり
子どもに希望と未来を
託したかったのだと思う。
名前も。
誕生日も。
育ち方も。
もっと言うと、
母になる前から、
理想の母親になろうと
していたのかもしれない。
でも子どもは、
親の思いどおりには育たない。
それは失敗ではなく、
子どもは最初から、
親とは別の人生を歩く存在なのだと、
11年かけて教えてもらった。
今朝のこと。
カーテンの隙間から、
やわらかな朝の光が差し込んでいた。
慌ただしく支度をしながら、
娘が何かを話した。
聞き取れなくて、
「え?なに? もう一回。」
と言うと、
娘は、
「お母さんに説明するの、めんどくさい。」
と、ぽつり。
少し呆れたような顔だった。
その一言に胸の奥が小さく痛んだ。
たった、それだけなのに、
思った以上に気持ちが乱れた。
前の私なら、
きっと、すぐに言い返していた。
「そんな言い方せんでも…」
って。
そうやって、
自分を守ろうとしていたと思う。
でも、今日は違った。
返しかけた言葉をそのまましまって、
朝の光の中で、その気持ちを見つめてみた。
すると、
痛みだと思っていたものが、
少しずつ輪郭を変えていった。
この子はもう、
私に全部わかってもらいたい年齢じゃない。
小さい頃は、
転べば泣いて、
言葉にならない気持ちまで、
「お母さん、わかって。」
だった。
だけど、11歳になると、
「伝わらないなら、もういい。」
そんな選択肢を持ち始める。
それは、冷たさじゃない。
親の腕の中から、
自分の人生へ歩き出す準備なのだ。
心に痛みを覚えたのは、
娘に拒まれたからじゃない。
私の中に、まだ、
「わかってもらえるはず。」
そんな小さな期待が残っていたからだ。
娘は、もう、
私の知らない経験を重ね、
私の知らない言葉を覚え、
私の知らない世界を歩き始めている。
前まで教えるのは、私だった。
いつからだろう…
教えられることのほうが、
増えてきたのは。
子どもは成長する。
そんな当たり前のことを、
毎日一緒にいると、
案外、見落としてしまう。
きっと、成長は、
身長でも、
テストの点数でもなく、
こんな何気ない朝の一言に宿っている。
子育てって、
子どもを育てる時間だと思っていた。
本当は、親が、
「思いどおりにしたい」
「わかってほしい」
「ずっと子どもでいてほしい」
そんな願いを、じわじわと
手放していく時間なのかもしれない。
七夕に産みたかった私には、
きっと、わからなかったこと。
誕生日も、子どもの人生も
親が決めるものじゃない。
子どもは、
親の期待を生きるためではなく、
自分の物語を生きるために、
自分のタイミングで、
この世界にやってくる。
七夕ではなく、
8日に産まれたときから、
娘は、ずっと、そのことを
教えてくれていたのかもしれない。
今日もまた、
気づかないくらい自然に、
娘は一歩先へ進んでいた。
その背中を見送りながら、
胸の奥には、
寂しさと誇らしさが、
朝の光みたいに静かに重なっていく。
母になるというのは、
子どもを育てることだけじゃない。
子どもの成長に合わせて、
自分の思い込みを少しずつ手放しながら、
自分もまた、一人の人として
育ち直していくことなのだと思う。
そうして、今日も、
娘に教えられながら、
私は、静かに母になっていく。
娘よ、ありがとう。
最後まで
お読みいただき、
ありがとうございました♡

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