
人生どん底の僕を救ったのは自分を褒めることだった⑭
平社員のままの僕が幸せな理由。そして、同じ夜にいるあなたへ
※本作は全14回の連載です。第1回から読む →
なんてことのない、土曜日
土曜日の朝。
僕は、娘と二人で過ごしている。
娘は、生まれて、まだ1ヶ月。手のひらにすっぽりと収まりそうな、小さな、小さな命だ。平日は、妻がつきっきりで面倒を見てくれている。だから、せめて土日くらいは、僕が娘を見る番だ。少しでも、妻を休ませてあげたい。
おむつを替える。ミルクをあげる。背中をとんとんと叩いて、げっぷをさせる。抱っこして、部屋の中をゆっくり歩く。腕の中の娘は、驚くほど軽い。
それでいて、たしかな重みと、あたたかさがある。泣きだせば、あやし、しばらくすると、またうとうとと眠りに落ちていく。その寝顔を、僕は飽きることなく、いつまでも見つめている。
ただ、それだけの土曜日だ。
特別なことは、何もない。お金もかからない。娘のいる、家のリビング。それだけで、一日が過ぎていく。
でも。
この、なんてことのない土曜日が、僕には、たまらなくいとおしい。
あの夜の僕に、見せてやりたい
腕の中で眠る娘の、もみじのように小さな手を、そっと握りながら。僕は、ときどき、あの夜のことを思い出す。
12月の、23時。ベランダの、冷たい手すり。指の感覚もなくなって。すべてを投げ出そうとした、あの夜。
あの夜の僕に、この土曜日の朝を、見せてやりたい。
「お前、数年後、こんなふうに、腕の中で我が子を抱いて笑ってるぞ」と言っても、あの頃の僕は、絶対に信じなかっただろう。「そんな未来、あるわけがない」と。
でも、ある。ちゃんと、あった。
借金は、まだ残っている。出世もしていない。状況は、何も変わっていない。それなのに、僕はこうして、娘の手を握って笑っている。
人生は、終わらない。どんなにどん底でも。生きてさえいれば、こんなあたたかい土曜日が、ちゃんとやってくる。
それを、あの夜の僕に。そして、今、同じ夜にいる誰かに。伝えたかった。
転職しても、僕は平社員のままだ
今の仕事のことも、正直に書いておこう。
僕は、あの、心を壊した会社からは転職した。今も平社員として働いている。
正直に言えば、今も激務だ。でも、ジャーナリングで自分を取り戻してからは、同じ職場が、前とは違って見えるようになった。「認められなければ」という焦りで自分を燃やすのをやめたら、同じ仕事の量が、不思議と、僕を壊さなくなったのだ。
給料は、前の会社より少しだけ上がった。転職してみて、面白いことに気づいた。同じような立場、同じような仕事でも、業界が変われば、給料の基準はまったく違う。「出世」や「年収」なんて、ものさし一つでいくらでも変わってしまう、相対的なものなんだと痛感した。
そして、周りには、相変わらずすごい人ばかりがいる。
優秀で、バリバリ成果を出す人たち。その中で、僕はやっぱり平社員だ。「出世競争」という土俵で見れば、僕の状況は、転職しても何も変わっていない。
かつての僕なら、また、ここで比べて苦しんでいた。「なんで、僕はこんなにすごい人たちの中で平社員なんだ」と。
でも、今は違う。
すごい人は、すごい。それは、それでいい。僕は、僕のペースで、目の前の仕事をこなしていく。給料が上がった分は、ありがたく借金の返済にあてる。それで、十分だ。
環境を変えても、外側の状況は変わらなかった。
変わったのは、その状況を見る、僕の心のほうだった。
同じ景色の中にいても、地獄に見えるか、悪くないと思えるか。その違いは、周りじゃない。全部、自分の内側で決まっていたのだ。
なぜ、僕はこの物語を書いたのか
そう。だから、僕はこの物語を書いている。
正直に、2つの理由を書いておきたい。
1つは、貢献の気持ちだ。
僕はたぶん、人とは少し違う経験をしてきた。婚約破棄、800万円を溶かした信用取引、借金、うつ、そして、自分を褒めることでの再生。こんな経験、しないに越したことはない。
でも、してしまったからには。この経験が、誰か一人でも、同じように苦しんでいる人の役に立てるなら。それは、僕の失った時間に、意味を与えてくれる気がした。
僕の転落が、誰かの、転ばないための杖になるなら。僕の再生が、誰かの、立ち上がるための手すりになるなら。書く意味が、ある。
そして、もう1つの理由は……これも、正直に書く。
お金だ。
このnoteが、もし少しでも読まれて、収益が出たなら。その分を、僕は借金の返済に充てたい。
格好つけても、しょうがない。僕には、返さなければならない500万円がある。家族を守らなければならない。だから、この物語がお金を生んでくれるなら、それは、とてもありがたいことなのだ。
貢献したい気持ちと、お金を返したい気持ち。その両方が、本当の僕の動機だ。きれいごとじゃない。でも、それが、ありのままの僕だ。
漫画家になれなかった僕が
ここで、一つ、自分でもおかしくなることがある。
この物語のいちばん最初に書いた、子供の頃の夢を、覚えているだろうか。
漫画家だ。
物語で、たくさんの人の心を動かしたい。そう夢見ていた、あのまっすぐな目をした少年。
僕は、その夢を、とっくの昔に諦めたつもりでいた。漫画家になんて、なれなかった。大企業のサラリーマンになって、出世競争に負けて、借金まみれになって。夢とは正反対の場所にいると思っていた。
でも、今。
僕はこうして、文章を書いている。
漫画じゃない。絵も描いていない。でも、僕は、自分の人生という物語を言葉にして、誰かの心に届けようとしている。
あなたが今、これを読んで、少しでも心を動かされてくれたなら。
それは、子供の頃の僕が夢見ていた、そのものじゃないか。
形は、変わった。何十年もかかった。とんでもない回り道をした。でも、僕は結局、「物語で、誰かの心を動かす」という、あの夢のすぐそばに帰ってきていたのだ。
あのまっすぐな目をした少年は、僕を見捨てていなかった。ずっと、待っていてくれた。
これからの、ささやかな夢
最後に、これからの夢を書かせてほしい。
大それた夢じゃない。もう、ヘリコプターも、一発逆転もいらない。
僕の夢は、家族で海外旅行に行くことだ。
前の章で書いたとおり、僕たち家族は、旅行に行けていない。ずっと、お金の心配が頭から離れなかったから。娘を、いろんな景色の中に連れていってやりたいのに、それができなかった。
でも、いつか。
借金を返し終えて。少しだけ、心に余裕ができたら。
僕は、妻と娘を連れて、飛行機に乗りたい。
思えば、僕は大学生のとき、コツコツ貯めたお年玉で、一人、海外留学に行った。自分のために、大きなお金を使った、あの旅。
今度は、自分のためじゃない。家族のために。一人じゃなく、三人で。
娘が初めて見る、外国の空。妻の、はしゃぐ顔。三人で、おいしいものを食べて、知らない街を歩く。想像するだけで、僕は、もう少し頑張れる。
派手じゃなくていい。身の丈に合っていていい。
地道に、コツコツ返して。いつか、その日を迎える。それが、今の僕のいちばんの原動力だ。
さあ、この長い物語も、もう終わりに近づいてきた。
最後に、ここまで読んでくれたあなたに。どうしても、伝えたいことがある。
特に、今、かつての僕と同じ夜にいる、あなたに。
平社員のままの僕が、いちばん幸せな理由
負けたままで、僕は幸せになった
ここまで、長い話に付き合ってくれて、本当にありがとう。
最後に、もう一度だけ、今の僕の話をさせてほしい。
僕は、平社員のままだ。
同期には、2段階抜かれた。後輩にも、抜かれた。外資系コンサル出身の、あの優秀な上司のように、華々しいキャリアを歩んでいるわけでもない。出世競争には、完全に負けた。
借金は、今も返済中だ。
あの、800万円と900万円が溶けて残った借金を、僕は今も、毎月コツコツ返している。一発逆転は、起きなかった。魔法みたいに借金が消える日は、来なかった。
つまり、僕の人生の「状況」は、どん底のときから、ほとんど変わっていない。
なのに。
僕は今、はっきりと、こう言える。
僕は、幸せだ。
これは、強がりじゃない。負け惜しみでもない。心の底から、本当にそう思っている。
夜中に、娘の泣き声で何度も起きる。眠い目をこすりながら、ミルクをあげる。朝には、妻とくたくたの顔で笑い合う。仕事を終えて、家に帰る。夜、布団に入る前に、ノートを開いて、その日「できたこと」を書いて、自分に「今日も、よくやったな」と声をかけてから、眠りにつく。
なんてことのない、毎日だ。
でも、これこそが、あの、失う前の、なんてことのない幸せ、そのものだ。
僕は、すべてを失って、どん底まで落ちて、そして、ようやく、もう一度、それを手に入れた。
何が、僕を救ったのか
もう一度、確かめておきたい。
何が、僕を、どん底から救ったのか。
お金じゃなかった。
昇格でもなかった。
誰かを見返すことでもなかった。
環境を変えることでもなかった。
それらを、僕は必死に追い求めた。ヘリコプターも、教会も、信用取引も、転職も。全部、「外側」を変えることで、自分を救おうとした。
でも、外側をどれだけ変えても、僕は救われなかった。むしろ、追い求めるほど、深く落ちていった。
僕を本当に救ったのは、たった一つ。
僕が、僕自身を褒めることだった。
ずっと、世界中の人に向けてきた、あの「褒める力」を。たった一人、いちばん厳しく裁いてきた「自分」に、向けてやること。
それだけで、僕の世界は、地獄から変わった。
状況は、何も変わらないのに。自分を見る目が変わるだけで、こんなにも、世界は違って見える。
だから、僕はこの物語を書こうと思った。
かつての僕みたいに苦しんでいる、誰かに。これを届けたかった。
同じ夜に、いるあなたへ
今、これを読んでいる、あなたへ。
もし、あなたが今、つらいなら。
眠れなくて、誰にも言えない秘密や重荷を抱えていて。「自分なんて、ダメだ」「自分には価値がない」と、自分を責め続けているなら。
もしかして、あなたも、かつての僕みたいに、ベランダの冷たい手すりを握ろうとしているなら。
どうか、これだけは伝えさせてほしい。
人生が、どん底でも。自分を褒めることで、救われることが、ある。
ただ、もし今夜が、どうしても耐えられないほどつらいなら。自分を褒めることより、先に。どうか、誰かに頼ってほしい。病院でも、相談窓口でも、近くにいる誰かでもいい。お願いだから、一人で抱え込まないで。
僕も、あの頃、ようやく勇気を出して、病院のドアを叩いた。会社に「異動させてほしい」と頭を下げた。情けないと思っていたその行動こそが、振り返れば、僕を生かしてくれた。
頼ることは、負けじゃない。それも、立派に自分を大切にする、ということなんだ。
そして、どうか、自分を責めないでください。
あなたは、十分、頑張っている。
つらい中で、それでも、今日を生きている。朝、起き上がった。ご飯を食べた。誰かに優しくした。仕事に行った。あるいは、行けなかったけれど、それでも生きのびた。
そのすべてが、立派な、立派な頑張りだ。
あなたは、誰かを責めるとき、その人にこんなにひどい言葉をぶつけるだろうか。きっと、ぶつけない。あなたは、本当は優しい人だ。だって、他人にはちゃんと優しくできるはずだから。
なら、その優しさを。
たった一人、置き去りにしてきた、あなた自身にも、分けてあげてほしい。
「自分を褒める」具体的なやり方
「自分を褒めろと言われても、やり方がわからない」
そう思うかもしれない。かつての僕が、そうだった。自分を褒める言葉なんて、一つも浮かんでこなかった。
だから、最後に、僕がどん底から這い上がる中で実際にやってきた、「自分を褒める」具体的な方法を紹介させてほしい。お金も、特別な道具もいらない。今夜からできることばかりだ。
① 寝る前に、3つだけ書く
ノートを1冊、用意する。スマホのメモでもいい。毎晩、寝る前に、その日のことを3つだけ書く。
今日、感じた「感情」(例:上司に怒られて、悲しかった)
今日、「できなかったこと」(例:朝、なかなか起きられなかった)
今日、「できたこと」(例:それでも、会社に行けた)
うまく書こうとしなくていい。ただ、頭の中を外に出すだけ。これだけで、ぐるぐる回っていた頭が、すっと軽くなる。自分の感情を、一歩引いて、客観的に見られるようになる。
② 「できて当たり前」を、「できたこと」に数える
ここが、いちばん大事だ。
「できたこと」を書くとき、ハードルを思いっきり下げる。
「朝、起きられた」→ よくやった。
「歯を磨けた」→ えらい。
「ご飯を食べた」→ 立派だ。
「会社に行けた」→ 本当に、すごい。
「つらい中、今日も生きのびた」→ 最高に、よく頑張った。
健康な人から見たら「できて当たり前」のことでいい。つらいときは、その「当たり前」が命がけなんだから。それができた自分を、本気で褒めていい。
③ 「親友に言うように」、自分に言う
自分を褒める言葉が浮かばないときは、こう考える。
「もし、大切な親友が、僕と同じ状況だったら、僕はなんて声をかける?」
借金で苦しむ親友に、「お前が悪い」なんて言わないだろう。「つらかったね」「よく頑張ってるよ」「あなたは、悪くない」と言うはずだ。
その言葉を、そっくりそのまま、自分にかけてあげる。他人には優しくできるあなたなら、これなら、できる。
④ 「今のままで、大丈夫?」と、問いかける
焦ったとき。誰かと比べそうになったとき。「もっと頑張らなきゃ」と、自分を追い立てそうになったとき。
立ち止まって、自分に問いかける。
「今のままで、大丈夫?」
そして、答える。「うん、大丈夫」と。
未来の「成功した自分」を待たなくていい。今、ここにいる、ありのままの自分を、その都度、許してあげる。この一言が、張り詰めた心をほどいてくれる。
⑤ 他人と比べそうになったら、「昨日の自分」とだけ比べる
人と比べると、きりがない。上には、上がいる。だから、比べる相手を変える。
比べるのは、他人じゃなくて、「昨日の自分」だけ。
昨日より、ほんの少しでもできたことがあれば、それでいい。それが、本当の成長だ。誰かを追い抜くためじゃなく、自分のペースで、一歩ずつ。
これらは、どれも地味だ。一日で、劇的に変わるものじゃない。
でも、僕はこれを、来る日も、来る日も、続けた。そうしたら、気づいたときには、どん底から抜け出していた。
だまされたと思って、まずは今夜、ノートに、一つだけ「できたこと」を書いて、「よくやった」と自分に言ってみてほしい。
そこから、全部が、始まるから。
最後に
僕は、何者でもない。
成功者でも、お金持ちでも、出世した人でもない。出世競争に負けた、借金返済中の、平凡なアラフォーだ。
そんな僕が、唯一、自信を持って、あなたに伝えられること。
それが、この物語のタイトルだ。
人生どん底の僕を救ったのは、自分を褒めることだった。
あなたを、いちばん救えるのは、お金でも、誰かでもない。
あなた自身が、あなたを、褒めてあげることだ。
どうか、自分を、責めないで。
あなたは、もう、十分、頑張っている。
今夜、布団の中で、自分に、そっと言ってあげてください。
「今日も、よく、やった」と。
その一言から、あなたの世界も、きっと変わりはじめるから。
ここまで読んでくれて、本当にありがとう。
あなたが、明日も、自分に優しくできますように。心から、祈っています。
(全14回・完)
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ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。