
人生どん底の僕を救ったのは自分を褒めることだった④
見返したい一心で、800万円を握りしめて
※本作は全14回の連載です。第1回から読む →
僕が見返したかったのは、彼女だけじゃなかった
通帳を握りしめて証券口座にログインしたあの夜、僕の頭にあったのは、彼女の顔だけではなかった。
もう一人、いた。
彼女の、父親だ。
元婚約者の父親は、会社を経営している人だった。いわゆる、成功者。一代で事業を築き上げた、地に足のついた「持っている側」の人間。婚約していた頃、僕はその人に会うたびに、心のどこかで気後れしていた。立派な経営者の娘に、平凡なサラリーマンの僕。
婚約が壊れたあと、その引け目は、いびつな炎に変わった。
あの父親のような、成功者になってやる。
そうすれば、彼女も、彼女の父親も、あの九州男児も、みんな僕を見直す。「あいつを手放したのは間違いだった」と思い知る。僕は、ただのサラリーマンじゃない。一発当てて、あの父親と同じ「持っている側」に駆け上がってやる。
冷静になった今なら見える。これは、最初から勝ち目のない戦いだった。
経営者が何年も何十年もかけて築いたものを、サラリーマンが株の一発で飛び越えようとする。そんなものは、勝負ですらない。ただの、自分を見失った人間の暴走だ。
でも、あのときの僕には、それが「唯一の逆転策」に見えていた。
そして、僕は飛び降りた。信用取引という名の崖から。
信用取引とは、「自分の金以上」を賭けられる仕組み
念のため、書いておく。
信用取引というのは、ざっくり言えば、「自分が持っているお金以上の金額を、株に賭けられる」仕組みだ。証券会社に預けたお金を担保にして、その何倍もの金額の取引ができる。
つまり、勝てば、儲けも何倍。
そして、負ければ、損も何倍。
普通に株を買うのとは、根本的に危険度が違う。自分の入れたお金が、ゼロになるどころか、マイナスになる。株を買ったのに、お金を「借りた」のと同じ状態になりうるのだ。
冷静なときの僕なら、絶対に手を出さなかった。リスクの大きさは、頭ではわかっていた。
でも、「見返したい」で頭が焼けている人間に、冷静さなんてものはない。
むしろ、信用取引の「何倍にもなる」という性質は、一発逆転を狙う僕にとって、これ以上ない魅力的な毒だった。地道に2倍、3倍を狙うんじゃない。何倍にもして、一気に成り上がる。そのための、最高の舞台に見えた。
僕は、800万円を担保として証券口座に入れた。
二人の未来のためだった、希望の数字。それを、僕は復讐の弾丸に変えた。
コロナ禍が、僕に「正解」を見せた
僕が狙ったのは、ヘルスケア関連の銘柄だった。
時は、コロナ禍。世界中がウイルスと戦っていた。医療、ワクチン、検査、医療機器。ヘルスケア関連の会社の株が、軒並み注目されていた。
僕は考えた。「この流れは、まだ続く。ヘルスケアに賭ければ、間違いない」と。
一つの銘柄に全部を賭けるほど、無謀ではなかった……つもりだった。僕は、複数のヘルスケア関連銘柄に分散して投資した。「分散しているから、リスクは抑えている」と、自分に言い訳をしながら。
でも、これは大きな勘違いだった。同じ「ヘルスケア」というテーマの株を何個に分けても、その業界全体が崩れたら、全部いっしょに崩れる。分散になっていない。けれど、舞い上がっていた僕は、そんな当たり前のことにも気づけなかった。
そして、最初は、勝った。
1日で30万円。あの高揚は、麻薬だった
信用取引を始めて、しばらく。
僕の口座の数字は、面白いように増えていった。
コロナ禍の追い風に乗って、ヘルスケア株はぐんぐん上がった。信用取引のレバレッジが効いて、上がり幅は何倍にもなって、僕の利益に変わった。
ある日のことを、今でも覚えている。
仕事の昼休み、何気なくスマホを開いた。評価損益の欄に目を落とした瞬間、僕は思わず息をのんだ。
たった1日で、含み益が30万円、増えていた。
30万円。
僕のまる1ヶ月分の給料に近い額が、たった1日で、画面の中でふくらんでいた。働かずに。ただ、株を持っているだけで。
あのときの高揚を、どう書けばいいだろう。
体がぞわっとした。手が少し震えた。「これだ」と思った。「俺は、正しかった」と思った。地道に会社で働いて、上司に頭を下げて、コツコツ昇格を狙う。そんなものはバカらしい。ここには、桁違いのスピードで人生を変える力がある。
僕は、スマホの株価チャートを四六時中、見るようになった。
朝起きて、まず見る。仕事中も、トイレに立つたびに見る。帰りの電車で見る。寝る前に見る。緑色に上がっていく数字を見るたびに、脳の奥がじんと痺れた。
あとになって、はっきりわかった。あれは、中毒の入り口だった。
ギャンブルで勝ったときに脳から出るという、あの物質。僕は、お金が欲しかったというより、あの「ぞわっとする快感」のほうに、もう支配されはじめていた。
そして人は、勝っているときがいちばん危ない。
「見返したい」で始めたはずなのに、勝ちはじめると、欲は際限なく膨らんだ。30万円増えると、「もっといけたはずだ」と思う。「もっと大きく張っていれば、100万円増えていた」と思う。
満たされない。勝っても、勝っても、満たされない。
これも、前に書いた、あの「ねじれ」と同じだ。僕は、勝った自分すら褒めてやれなかった。「よくやった」ではなく、「まだ足りない、もっとだ」と、自分を追い立てた。
その「もっと」が、僕を次の一線へと押し出した。
900万円を、借りた
勝っている僕の頭に、ある考えが浮かんだ。
今の元手は800万円。これでこのスピードなら、元手をもっと増やせば、もっと速く、もっと大きく勝てる。
つまり、こうだ。
お金を、借りればいい。
借りた金を元手に上乗せして、もっと大きなポジションを持てば、勝ったときの儲けは、さらに何倍にもなる。
冷静に読んでいるあなたは、今、きっと叫んでいると思う。「やめろ! 借金してギャンブルに突っ込むなんて、絶対にやめろ!」と。
その通りだ。100回その通りだ。
でも、勝ちの快感に脳を焼かれた僕には、それが「合理的な判断」に見えていた。「勝てるとわかっているのに、元手が少ないせいでチャンスを逃すなんて、もったいない」と、本気で思っていた。
僕は、お金を借りた。
一つの銀行からではない。複数の銀行のカードローンやキャッシングを使って、かき集めるように。
総額、900万円。
自分の貯金800万円と、借りた900万円。合わせて1700万円。それを担保に、信用取引で、さらにその何倍ものポジションを持った。
僕が動かしていたお金は、もう、僕の人生のスケールを完全に超えていた。
平凡なサラリーマンが、片手間に扱っていい金額ではなかった。
でも、そのときの僕は、むしろ誇らしかった。「これだけの勝負を張れる俺は、もう、ただのサラリーマンじゃない」と。あの経営者の父親に、一歩近づいた気さえしていた。
誰にも、言わなかった。
家族にも、友人にも。「結婚資金を株に突っ込んで、さらに900万円借りた」なんて、言えるわけがなかった。僕は、たった一人で、誰にも見えない崖の上で、人生のすべてを賭けた巨大な賭けの上に立っていた。
崖の上で、僕は笑っていた
借金で増し玉をしてからも、しばらくは調子が良かった。
数字は、さらに大きく動くようになった。勝った日の利益は、もう30万円どころじゃなかった。口座の評価額が、ぐんと膨らむ日もあった。
浮かれた僕は、増えた利益を借金の返済に回したり、当時の趣味だった写真撮影の機材につぎ込んだりした。新しいカメラ。高価なレンズ。「これだけ稼げるなら、少しくらいいいだろう」と。ファインダーを覗いて、街の景色を切り取る時間は、当時の僕の数少ない、心の潤いだった。
今思えば、その写真という趣味も、このあと僕は手放すことになる。お金がなくなって、それどころじゃなくなるからだ。あの頃の僕は、そんなことも知らずに、レンズ越しの世界に浮かれていた。
僕は、頭の中で、もう「その後」を描いていた。
これだけ増やして、借金を返して、それでもたっぷり手元に残して。そうしたら、僕は「成功した男」だ。
SNSで、彼女があの男と幸せそうにしているのを見ても、もう傷つかない。だって、僕には金がある。実力がある。僕を捨てたことを、いつか後悔させてやる。
そんな未来を、僕は本気で信じていた。
崖の、いちばん高いところで。
足元がすでに崩れはじめていることにも気づかず、僕は笑っていた。これまでの人生で、いちばん「勝っている」つもりで。
そしてその崖は、ある日、一気に崩れる。
コロナ禍の追い風だと思っていたものが、逆風に変わる日が来る。あれだけ緑色に輝いていた数字が、一斉に赤に染まる日が来る。
僕が積み上げた1700万円と、その何倍ものポジションが、まるで砂の城みたいに崩れ落ちていく。
(⑤へつづく)
※全話は連載マガジンにまとめています。