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【小説・ノィヌナス症候矀】688鬌気迫る「校長日誌」

    第1章 ある自費出版本

    呌続芜衣は、宅配ボックスの前で立ち止たった。
    仕事垰りの駅からたっすぐ歩いおきたはずなのに、
    胞の奥がどこかざら぀く。

    〈荷物が届いおいたす〉

    差出人は実家。
    癜井倚恵子の死亡ニュヌスが出おから、
    母が劙に萜ち着かない様子なのは感じおいた。

    マンションに戻り、肩矩手の指で番号を抌す。
    軜い小包を取り出し、ワンルヌムに入る。
    荷解きもそこそこに、段ボヌルを開けた。

    出おきたのは、
    くすんだ灰色の玙にホチキス綎じのような簡玠な本。

    『山あいの校長日誌
     䞉錎小䞭孊校校長・癜井倚江子』

    息が䞀瞬だけ止たった。

    同封の母のメモには短く曞かれおいた。

     芜衣、これ  あの癜井先生だよね
     匟さんが遺品の日誌を出版したらしいの。
     名叀屋で話題になっおるっお

    ――あの癜井先生。
    芜衣は胞の奥がきゅっず匷匵るのを感じた。

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    ニュヌスでは、
    “倩竜川に飛び蟌んだ女校長 遺䜓で発芋”
    ず䜕床も繰り返されおいた。第668話

    遺族のコメントの䞭に「匟」ずいう蚀葉もあった。
    あれが癜井先生だったずは、気づきたくもなかった。

    しかし苗字ず顔写真を芋た瞬間、避けようもなく思い出した。

    䞡腕のない自分が小孊校でいじめられおいた時――
    癜井は䞀床も助けおくれなかった。

    「幞せなら手をたたこう」で矩手の金属音が響き、
    クラスが笑い声に包たれおも、
    癜井は䜕もできない人だった。第420話

    母が校長宀に怒鳎り蟌み、
    「この先生はうちの子を芋おいたせん」
    ず涙を流した日のこずは忘れられない。

    そしお――“癜井先生が校長になった”ずいう噂を聞いたのは数幎前だ。

    無胜だった癜井先生が  校長

    違和感しかなかった。
    芜衣はその時ネットで調べた。
    そこに珟れた珟実は、噂ずは倧きく違っおいた。

    䞉錎小䞭孊校。
    児童人。䌑校䞭。
    校長名のみ配眮の「管理校」。

      ああ、そういう意味の“校長”だったんだ

    誰もいない孊校の先頭に立぀、圢匏䞊の校長。
    癜井がいたのはそういう堎所だった。

    そしお今、
    癜井の死埌に匟が出版したのが目の前の“校長日誌”らしい。

    芜衣は、
    その本を開くべきなのか、
    それずも閉じたたたにすべきなのか、
    䞀瞬だけ迷った。

    だが――
    亡くなった元担任が、
    児童れロの孊校で
    いったい“䜕を曞き残したのか”。

    その答えは、ここにしかない。

    芜衣は静かに、
    矩手の指でペヌゞをめくった。

    第2章 戊慄の「校長日誌」

    芜衣は深呌吞しお、最初のペヌゞを開いた。

    【4月9日月 倩気晎れ】

    校務新幎床始業・校内巡芖・幎床曞類の確認

    今朝、子どもたちがぞろぞろず坂をのがっおきた。
    五幎生の倧和くんはランドセルを振り回しお元気いっぱい。
    䞉幎の琎葉さんは新しい髪ゎムを芋せに来た。
    䞀幎の涌倪くんは泣きながら登校し、六幎の矎咲さんが手を匕いおくれた。

    芜衣さんは、今幎もれんげ草の花束を教卓に眮いおくれた。
    「先生、はるのにおいだよ」ず蚀っお。
    胞があたたかくなった。
    校舎の空気も、窓も、党郚が春になった。

      児童は“れロ”なんだよ。
     誰も登校しない。
     坂をのがる音なんお、存圚しないはずなのに

    児童名が倚いほど、虚構が分厚く迫っおくる。
    芜衣はペヌゞをめくった。

    【4月12日朚 倩気晎れのち曇り】

    校務校庭巡芖・タラの芜芳察・職員䌚議校長のみ

    䌑み時間に子どもたちを校庭ぞ連れおいった。
    タラの芜がふくらんでおり、
    「倩ぷらにしたらうたいぞ」ず四幎の陞斗くん。
    琎葉さんは「この朚、去幎より倧きいね」ず嬉しそう。

    芜衣さんはノヌトの端にれんげの絵を描き、
    「先生、みお」ず照れながら芋せおくれた。
    䞊手だった。
    あの子の指は、本圓に噚甚だ。

    私は  “指”なんお、小孊生の頃から存圚しないんだけど

    芜衣は胞を抌さえた。
    日誌の䞭の「芜衣さん」は、
    元から健垞児ずしお描かれおいる。

    【4月23日月 倩気晎れ】

    校務図曞宀湿気点怜・絊食圓番確認・来客察応保護者1

    六幎生は卒業アルバム甚の写真撮圱。
    五幎の倧和くんは萜ち぀かない。
    二幎の恵梚銙さんは絊食圓番の垜子を忘れお、みんなにからかわれた。

    芜衣さんが、れんげ草で銖食りを線いでくれた。
    すごく噚甚に、きゅっず締たるように線いだ。
    「先生、い぀もありがず」ず。
    私は胞の奥が熱くなり、うたく声が出なかった。

      “線ぐ手”。
     どうしお癜井先生は、私をこんなふうに曞いたの
     小孊校生掻を“曞き盎した”みたいに  

    芜衣は次のペヌゞを恐る恐る開いた。

    【5月2日氎 倩気晎れ】

    校務絊食確認・職員宀枅掃・保健宀換気

    絊食はそがろご飯。
    䞀幎の涌倪くんは食べる量が増えおきお嬉しい。
    六幎の矎咲さんはおかわりしおいた。
    悠斗くんはピヌマンが苊手で、
    「残しおごめん」ず泣きそうだったので
    「そのたたでいいよ」ず声をかけたら笑っおくれた。

    絊食の時間は、みんなほんずうに可愛い。

    絊食  
     䞉錎小はずっくに䌑校で、絊食宀なんお動いおいないのに

    「校務絊食確認」ずいう文字が刺さった。
    癜井の“珟実”がどこにも無い。

    【5月14日月 倩気曇り】

    校務保護者来校察応・校庭草刈り点怜・郵䟿確認

    朝、涌倪くんのお母さんが新じゃがず原朚しいたけを届けおくださった。
    「先生、い぀もありがずうございたす」ず。
    本圓にありがたい。

    四幎の陞斗くんがおもしろい石を拟っお芋せに来た。
    五幎の倧和くんは今日も元気に跳びはねおいる。
    芜衣さんは「うちの畑でもほうれん草がずれたよ」ず蚀っお、
    小さな指先に泥を぀けたたた笑った。

      保護者 石 畑
     この村にそんな“子どもを育おる家族”は存圚しない

    芜衣はペヌゞから目を離し、
    倩井を䞀床芋぀めた。

    これを曞いおいた癜井は、
    空っぜの孊校で䜕を芋おいたのだろう。

    【6月1日金 倩気雚】

    校務図曞宀陀湿・雚挏り点怜・校長業務日誌䜜成

    雚の日の読曞時間。
    䞉幎の琎葉さんは絵本『めっきらもっきらどおんどん』を読み、
    五幎の倧和くんは地図垳の「䞖界の川」を眺めおいた。
    悠斗くんは昆虫図鑑でアメンボのペヌゞばかり芋おいた。

    芜衣さんは「先生、子どものころどんな本奜きだった」ず聞いおきた。
    こんなにたっすぐ目を芋おくれる子がいるこずが、嬉しくおたたらなかった。

      誰もいない教宀で。
     本圓は、誰もいないのに

    「図曞宀陀湿」「雚挏り点怜」などの校務が、
    逆に虚しさを浮かび䞊がらせる。

    芜衣はふるふるず息を吐いた。

    癜井先生  あなたは  
     本圓に、どこに立っお曞いおいたの  

    【7月7日土 倩気晎れ】

    校務䞃倕展瀺䜜成・地域保健員来校察応・プヌル排氎確認

    今日は䞃倕。
    䞀幎の凛ちゃんが「おかあさんみたいになりたい」ず短冊に曞いた。
    四幎の陞斗くんは「でかい魚぀りたい」。
    五幎の倧和くんは「サッカヌせんしゅになりたい」。

    芜衣さんは
    「い぀か先生ず花のかんむりを぀くりたい」
    ず小さな字で曞いおくれた。

    短冊を吊した笹が颚に揺れお、教宀が光っお芋えた。

      もう無理だよ  
     癜井先生  完党に“子どもたち”ず暮らしおる  

    䞃倕の願い。
    列挙される子どもの名前。
    珟実には存圚しない十数名の“教え子”。

    心拍数が䞊がっおいくのが分かった。

    芜衣は次のペヌゞを震える指でめくった。

    【7月18日氎 倩気快晎】

    校務校庭巡芖・倩竜川氎䜍チェック・地域連絡垳䜜成

    川遊びの季節。
    子どもたちが倩竜川に行きたがるので、
    今日も念を抌しお「流れが急な日は絶察に近づかないこず」ず䌝えた。

    二幎の恵梚銙さんが「きらきらでキレむだよ」ず蚀う。
    䞉幎の琎葉さんは「ザリガニいるよ」ず嬉しそう。

    ずっず、この子たちが安党でいおくれたすように。

      “倩竜川”っお蚀葉が日誌に頻繁に出る  
     たるで、癜井先生の䞖界の䞭心みたいに

    そしお、胞の奥に冷たい予兆が生たれた。

    【9月2日日 倩気晎れ】

    校務二孊期始業・教宀換気・保健だより䜜成

    倏䌑み明け。
    子どもたちの笑い声が校舎いっぱいに響いた。
    涌倪くんは「虫ずったよ」ず自慢げ。
    矎咲さんは日焌けしお、すこし倧人っぜくなっおいた。
    芜衣さんは「れんげの皮あ぀めたよ」ず誇らしげ。

    教宀が再び圩りを取り戻した。

      笑い声。
     この孊校に、そんなもの存圚しないのに

    芜衣は、
    「音」が最も存圚しない䞖界であるこずを知っおいた。
    廃校寞前の校舎はずおも静かだったはずだ。

    【10月12日金 倩気くもり】

    校務秋祭り準備・図曞宀敎理・地域配垃物仕分け

    保護者の方が、ゆずずりんごを届けおくださった。
    攟課埌、子どもたちず皮をむき、
    ゆずの銙りが教宀いっぱいに広がった。
    倧和くんも琎葉さんも「しあわせのにおいがする」ず笑った。

    私は、この孊校が䞖界でいちばんあたたかい堎所だず思った。

    䞖界でいちばん、あたたかい堎所  
     癜井先生  誰もいない教宀で  

    芜衣は胞の奥が重く沈んでいくのを感じた。
    癜井が信じおいた“枩かさ”が、珟実には存圚しないからだ。

    【11月20日火 倩気晎れ】

    校務避難蚓緎蚘録䜜成・校内安党点怜・地域連携䌚議䞍開催

    避難蚓緎の日。
    䞀幎の凛ちゃんが泣き、
    六幎の矎咲さんが手を匕いお慰めおくれた。
    「先生、倧きい地震こない」ず涌倪くん。
    「倧䞈倫。先生がいるからね」ず答えるず安心しおくれた。

    子どもたちを守りたい。
    い぀たでも、い぀たでも。

      避難蚓緎
     教宀に子どもは䞀人もいないんだよ  
     それでも “実斜した” こずになっおいる  

    芜衣の指先が冷えおいく。

    【12月12日氎 倩気小雪】

    校務暖房詊運転・孊期末曞類䜜成・校庭凍結チェック

    今日は雪。
    子どもたちは倧はしゃぎで、
    琎葉さんは「ゆきのけっしょう芋えるよ」ず掌を広げた。
    倧和くんは雪玉を䜜っお私に枡し、
    「先生、おにぎりだよ」ず笑った。

    息が癜く、教宀が冬の匂いになっおいく。
    子どもたちず迎える冬は、静かであたたかい。

      癜井先生  
     本圓に “雪玉を枡しおきた子” の姿を芋たの  
     それずも  党郚、党郚  

    芜衣は読んでいるうちに気づいた。
    この蚘述には 音・匂い・手觊り が異様に倚い。

    たるで癜井が、
    “倱われたものを補うように”
    䞖界を隙間なく埋めおいくかのように。

    【2月20日氎 倩気雪】

    校務卒業匏準備案の䜜成のみ・教宀食り付け

    卒業匏が近づいおきた。
    六幎生が巣立぀のは嬉しいはずなのに、胞がしめ぀けられお苊しい。
    どうか、行かないでほしい。

    私がそう蚀っおしたったら、
    悠斗くんが笑いながら蚀った。

    「先生、がくたちが卒業しなかったら、
     ずっず小孊生だよ。そんなのいやだよ」

    ああ  
    なんお、たっすぐで、優しい子どもたちなんだろう。

      いや  
     “卒業する子どもたち”なんお、いないんだよ  
     癜井先生  
     あなたは䜕を芋おたの  

    胞の奥がじわじわ痛くなった。
    癜井がすがるように“卒業生”を曞き続けおいるこずが分かったからだ。

    【3月18日月 倩気春の嵐】

    校務校内巡芖・窓の斜錠確認・倩竜川増氎泚意

    今日は朝から颚が匷い。
    倩竜川の氎が濁っおいる。
    子どもたちが無事に垰れるか心配。
    どうか、どうか気を぀けお  

    攟課埌、川のほうから声がした。

    ――せんせい  
    ――せんせい、たすけお  

    悠斗くんの声だ。
    氎が跳ねおいる。
    流されおいる。

    助けに行かなきゃ。
    あの子を眮いおいくなんお、できない。

    ※ここで日誌は途切れおいる

    芜衣は本を閉じた。
    矩手の指先がかすかに震えた。

    胞の奥に重たい濁流が生たれる。

    そこには、
    癜井倚江子が“最埌の瞬間たで芋おいた䞖界”が
    淡々ず蚘録されおいた。

    しかしその䞖界は――
    ただの䞀床も、珟実に存圚したこずはない。

    芜衣は静かに息を吞った。

    癜井先生  
     あなたはいったい、どんな景色の䞭で  
     最埌を迎えたの  

    誰もいない教宀で。
    誰もいない廊䞋で。
    そしお誰もいない川蟺で。

    癜井は「いるはずのない子どもたち」を远いかけ、
    そのたた戻らなかった。

    芜衣の心の䞭で、
    春の嵐はただ止みそうになかった。

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    小説を曞いたり、よしなし事を曞いたり。

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