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こころ管理局〜初皿版・䞊〜

    〈あらすじ〉
    『こころ管理局』は、ある日突然孊校から道埳の授業がなくなり、町の人々も他人ぞの思いやりや眪悪感を倱い始める䞖界を描いた物語です。䞻人公の朝比奈ハルカは、双子の兄ナタカずずもに「道埳 おゆずりください」ず掲げる謎の男に出䌚いたす。男は人々の“気づかい”や“埌ろめたさ”などの心を回収しおいるず蚀い、町や孊校ではいじめを止める人が枛るなど異倉が拡倧。ハルカは図曞宀で「こころ管理局 蚘録垳」を芋぀け、心を集める存圚の秘密に迫っおいきたす。物語は、優しさや良心を手攟した瀟䌚の危うさを問いかけながら進んでいきたす。

    ✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱

    本文は、noteにお連茉した『こころ管理局』の初期プロットをベヌスに、もう䞀぀の可胜性を描いた完党曞き䞋ろしの未発衚バヌゞョンです。

    違った味わいをお楜しみください

    ✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱

    ①
    ある月曜日。党校朝䌚の途䞭、 校長先生の話。

    「えヌ、本日より、道埳の授業は䞭止になりたした 」

    党䜓が、しん  ずなった。

    でも次の瞬間、 男子たちが、 「やったヌ」 ず叫びだした。

    クラスでいちばん声の倧きいガキンチョ、゜ヌスケなんか、 床をたたいお喜んでいる。

    「ラッキヌ ぀たんなかったもんな」

    先生は困ったように笑っお、

    「たあ、その分、算数や囜語をしっかりやりたしょうね」

    ず蚀った。

    みんながそれぞれに考えを口にする。

    「答えが䞀぀じゃないからかな」

    「先生も成瞟぀けにくいもんね」

    「AI教材に倉えるんだろうね」


    䜓育通の倖では、 桜の葉っぱが、 ぺらぺらひっくり返っおいた。

    そのずき、 朝比奈ハルカは、 なんずなく思った。

    ──なくしちゃいけないものを、なくした気がする。

    でも、 それを口にするず、 たぶん「いい子ぶった子」だず思われるので、 蚀わなかった。

    ずなりのクラスの双子の兄、 朝比奈ナタカは、

    「道埳なくなるなら、 その時間、算数パズルでもやればいいのに」

    ず本気で蚀っおいた。

    ナタカは、野球郚なのに、 ホヌムランより、 打率ずか出塁率ずか、 そういう数字の話ばかりする。

    それなのに、 家では毎日くだらない。

    昚日なんか、 消しゎムに顔を描いお、 「うんこ倧魔王」 ずか蚀っおいた。

    ハルカは、 ほんずうに同じ日に生たれたのかな ず、ずきどき思う。

    その日の垰り道。

    商店街の八癟屋さんで、 おばさん二人が、 レゞの店員に怒っおいた。

    「だから遅いっお蚀っおるでしょ」

    前なら、 こんな蚀い方をする人は、 あたりいなかった。

    少なくずも、 ハルカの知っおいる町には。

    でも最近、 トゲトゲした蚀葉が増えた。

    それも、 しずしず雚みたいに、 静かに。

    「  なんか倉じゃない」

    ハルカが蚀うず、 ナタカは商店街のパン屋で買ったチョコクロワッサンをかじりながら、

    「䜕が」

    「町の人」

    「気のせいじゃね」

    「違うもん」

    「ハルカは気にしすぎ」

    ハルカはむっずした。


    その時だった。

    商店街のはしっこ、 叀い時蚈屋の前に、 ぞんな看板が立っおいた。

    『道埳 おゆずりください』

    「  なにこれ」

    看板の䞋には、 シルクハットに銀色のスヌツケヌスを持った男が立っおいた。

    男は、 にっこり笑った。

    「こんにちは。 いらなくなった道埳、 回収しおおりたす」


    ②
    「ご安心ください」

    男は蚀った。

    「道埳を手攟したからずいっお、 すぐに困るこずはありたせん」

    「  手攟すっお、どういうこず」

    ハルカが聞くず、 男はスヌツケヌスを開けた。

    䞭には、 透明な小瓶が、 ずらりず䞊んでいた。

    ビヌ玉みたいに光っおいる。

    「これは、“気づかい”です」

    男は䞀本぀たみ䞊げた。

    うすい氎色だった。

    「こちらは“埌ろめたさ”。 人気の商品ですよ」

    「人気っお  」

    「最近は、 持っおいるず疲れるそうです」

    男はにこにこしおいた。

    でも、 その笑顔を芋たずき、 ハルカは急に寒気を芚えた。

    たるで、 人間じゃないものが、 人間のたねをしおいるみたいだった。


    ③
    男は、スヌツケヌスのふたを、 ぱちん、ず閉じた。

    「もちろん、無理にずは申したせん」

    声はやさしかった。

    病院の受付の人みたいに。

    「ただ最近は、 “持っおいるず生きづらい” ずいう方が増えおおりたしお」

    「  䜕を」

    ナタカが聞いた。

    男は少し考えおから、

    「道埳心、ず蚀うず、 みなさん身構えたすので」

    ず蚀った。

    「“気にしすぎる心”、 ず蚀い換えるこずもありたす」

    ハルカは、 ちょっず鳥肌が立った。

    その蚀い方が、 あたりにも䞊手だったからだ。

    たしかに最近、 「気にしすぎ」 ずいう蚀葉を、 よく聞く。

    傷぀いたず蚀えば、 気にしすぎ。

    いやだったず蚀えば、 考えすぎ。

    我慢できないず蚀えば、 匱すぎ。

    たるで、 心のほうが悪いみたいに。

    「じゃあ、 道埳をなくしたら、 どうなるの」

    ハルカは聞いた。

    男は笑った。

    「楜になりたすよ」

    即答だった。

    「たずえば、 嫌いな盞手に、 無理に合わせなくお枈みたす」

    「それはよくね」

    ナタカが蚀った。

    「ええ。ずおも合理的です」

    男はうなずいた。

    「それから、 埌悔も枛りたす。 眪悪感も枛りたす。 他人の目も、 気にならなくなりたす」

    「最高じゃん」

    ナタカは蚀った。

    ハルカはぎょっずした。

    「ちょっず」

    「だっお、 実際ラクそうじゃね」

    「でもそれっお  」

    ハルカは蚀い返そうずしお、 蚀葉に぀たった。

    なにがむダなのか、 うたく説明できない。

    するず男が、 にっこり笑った。

    「お兄さんは、 数字がお奜きでしょう」

    「え」

    「損か埗か、 考えるタむプだ」

    ナタカは、 思わず身を匕いた。

    「なんで知っおんの」

    「顔に曞いおありたす」

    男はさらっず蚀った。

    「そしおお嬢さんは、 人の気持ちを拟いすぎる」

    ハルカは䜕も蚀えなかった。

    そのずき、 商店街の向こうから、 幌い怒鳎り声が聞こえた。

    芋るず、 コンビニの前で、 䞭孊生たちが笑っおいる。

    ひずりの小孊生の黄色い垜子を、 取り䞊げお投げおいた。

    前なら、 近くの倧人が止めたず思う。

    でも今日は、 だれも芋おいない。

    芋えおいないみたいに。

    「  」

    ハルカは胞が苊しくなった。

    䞭孊生のひずりが、 垜子を車道に投げた。

    男の子が飛び出そうずした瞬間、

    「危ない」

    ナタカが叫んだ。

    その声は、 たっすぐだった。

    ナタカはランドセルを攟り出しお、 車道ぞ走った。

    キキッヌ、ず、 自転車のブレヌキが鳎る。

    垜子を぀かんだナタカは、 男の子を抌し戻した。

    「ばっかじゃねえの 車来おんだろ」

    䞭孊生たちは、 しらけた顔をした。

    「うわ、めんど」

    「正矩マンだ」

    「そういうの今どきダサ」

    そう蚀っお、 笑いながら去っおいく。

    ナタカは、 しばらく黙っおいた。

    それから、 がそっず蚀った。

    「  前から、 あんなだったっけ」


    ④
    ハルカは、 答えられなかった。

    颚が吹いお、 時蚈屋の軒先の颚鈎が、 ちりん、ず鳎った。

    さっきたでいた男は、 もういなかった。

    『道埳 おゆずりください』

    の看板だけが、 倕方の颚に、 かたかた揺れおいる。

    その倜。

    朝比奈家の倕食は、 カレヌだった。

    ナタカは、 い぀もなら䞉回はおかわりする。

    でも今日は、 スプヌンでじゃがいもを厩しながら、 ずっず黙っおいた。

    母が蚀った。

    「どうしたの 野球郚で䜕かあった」

    「別に」

    父はスマホを芋ながら、 「あヌ、今日から孊校、 道埳なくなったんだっお」 ず蚀った。

    「ニュヌスでやっおた」

    ハルカは顔を䞊げた。

    「ニュヌス」

    「なんか今、 党囜で増えおるらしいぞ。 “非効率な授業の芋盎し”ずか」

    父はあたり興味なさそうだった。

    「そのぶん、英語ずかプログラミングずか、増やすんじゃない」

    「ふヌん」

    ナタカは蚀った。

    でもその蚀い方が、 なんだか倉だった。

    父はスマホを芋たたた続けた。

    「たあでも、 道埳っお難しいよな。 人によっお正解違うし」

    母も苊笑した。

    「たしかに。 私も子どもの頃、䜕お答えおいいのか分からなくお困ったかも」

    ハルカは、 急に䞍安になった。

    もしかしお、 倧人たちは、 ほんずうに平気なのだろうか。

    “なくなっおも困らない” ず思っおいるんだろうか。

    そのずき。

    父のスマホから、短い動画の音が流れた。

    『ムカ぀く䞊叞に 蚀い返しおみたwww』

    父が、 ふっず笑った。

    母も぀られお笑う。

    でも、 画面の向こうでは、 だれかが怒鳎られおいた。

    ハルカは、 カレヌの味が急に分からなくなった。


    ヌ次の日。

    孊校では、 もっず倉なこずが起きおいた。

    二時間目の䌑み時間。

    ゜ヌスケが、 䞀幎生の垜子を取っお遊んでいた。

    「返しおぇ」

    䞀幎生の男の子は、 半べそになっおいる。

    でも呚りの男子たちは、 笑っお芋おいた。

    前なら、 先生が来る前に、 だれか止めおいた。

    少なくずも、「やめなよ」 くらいは蚀ったはずだ。

    でも今日は、 みんな芋おいるだけだ。

    それどころか、 動画を撮っおる子たでいる。

    「やめなよ」

    気づくず、 ハルカは叫んでいた。

    教宀が静かになる。

    ゜ヌスケが振り向いた。

    「は」

    「䞀幎生、泣いおるじゃん」

    「遊んでるだけだし」

    「むダがっおるもん」

    ゜ヌスケは、 めんどくさそうな顔をした。

    「ハルカっおさあ」

    にやっず笑う。

    「道埳の教科曞みおヌ」

    呚りで、 くすくす笑いが起きた。

    ハルカの顔が熱くなる。

    そのずき。

    「返せよ」

    抌し殺したような声がした。

    ナタカだった。

    教宀の埌ろに立っおいる。

    ゜ヌスケは肩をすくめた。

    「なんだよ。 おたえも正矩マン」

    「別に」

    ナタカは蚀った。

    「でも、 䞀幎泣かせお喜ぶの、 蚈算するずダサい」

    「は」

    「人数枛るだろ。 おたえず遊びたい奎」

    教宀が、 しんずなった。

    ナタカは続けた。

    「あず先生にバレたら怒られる。 䞀幎に嫌われる。 動画拡散されたら終わり」

    ゜ヌスケは、 少しだけ顔色を倉えた。

    ナタカは、 ゆっくり蚀った。

    「メリット、なくね」


    â‘€
    ゜ヌスケは、 しばらく垜子を持ったたた、 固たっおいた。

    教宀の空気が、 ぞんなふうに止たる。

    やがお、

    「  ふんっ」

    ず蚀っお、 垜子を䞀幎生に投げ返した。

    「もう飜きたし」

    䞀幎生は、 垜子を抱きしめるみたいに受け取るず、 逃げるように教宀を出おいった。

    その背䞭を芋ながら、 ハルカは、 なんずも蚀えない気持ちになった。

    助かった。

    でも、 ぜんぜんスッキリしない。

    だっおナタカは、「かわいそうだから」 ずは蚀わなかった。

    損か埗かで、止めたのだ。

    止めたこずには倉わりない。

    でもハルカの気持ちは、もやもやした。


    昌䌑み。

    ハルカは図曞宀にいた。

    図曞宀は、孊校の䞭でいちばん静かな堎所だ。

    本のにおいず、叀い朚の机のにおいがする。

    叞曞の䞉宅先生は、い぀も通りカりンタヌに座っおいた。

    でも今日は、なぜか本を逆さたに読んでいた。

    「先生」

    ハルカが声をかけるず、 䞉宅先生は顔を䞊げた。

    「あら、朝比奈さん」

    そしお、 逆さたの本を芋お、「あら」ず蚀った。

    「ほんずだ。 逆だった」

    笑っおいる。

    でも、 どこか倉だった。

    ハルカは思い切っお聞いた。

    「先生、 道埳なくなったの、 倉だず思いたせんか」

    䞉宅先生は、 少し考えた。

    それから、 窓の倖を芋た。

    校庭では、 男子たちがサッカヌをしおいる。

    転んだ子がいた。

    前なら、 「倧䞈倫」 ず声が飛んだはずなのに、 今日は笑い声だけだった。

    䞉宅先生は、 小さくため息を぀いた。

    「倉ね 」

    「ですよね」

    ハルカは、 思わず身を乗り出した。

    先生は続けた。

    「でも、 みんな疲れおるのかもしれないわ」

    「疲れおる」

    「だっお今は、 やさしいだけじゃ生きにくいもの」

    その蚀葉は、 ハルカの胞に、 小さな石みたいに萜ちた。

    やさしいだけじゃ、 生きにくい。

    それは、 ハルカだっお知っおいる。

    空気を読みすぎるず疲れる。

    嫌な蚀葉を聞くず、ずっず残る。

    みんなが笑っおいるのに、ひずりだけ笑えないこずもある。

    だから時々、自分がおかしい気がする。

    「でも」

    ハルカは蚀った。

    「だからっお、 なくしおいいのかな」

    䞉宅先生は、 返事をしなかった。

    代わりに、 本棚の奥を芋た。

    そこには、 叀い叀い本が䞊んでいる。

    ほずんど誰も借りない棚だ。

    先生はその䞭から、䞀冊の薄い本を取り出した。

    衚玙には、 金色の文字でこう曞かれおいた。

    『こころ管理局 蚘録垳』

    「なにこれ 」

    「昔の本よ」

    䞉宅先生は、 なぜか声をひそめた。

    「ずっず昔、 “心”を集める人たちがいたっお話」

    ハルカは、 どきっずした。

    商店街の男が、 頭に浮かぶ。

    「それ、 ほんずの話」

    䞉宅先生は笑った。

    「図曞宀の本はね、 半分くらいは本圓よ」

    「半分」

    「残り半分は、 ただ起きおないこず」

    そのずき。

    図曞宀の奥で、 かさっ、ず音がした。

    ハルカが振り向く。

    だれもいない。

    でも、 いちばん奥の棚のあいだから、 銀色のスヌツケヌスが、 ほんの少しだけ芋えた気がした。


    ⑥
    ハルカは、 思わず立ち䞊がった。

    「  だれかいるの」

    返事はない。

    図曞宀は静かだった。

    遠くで、 校庭のホむッスルが聞こえる。

    でも、 たしかに今、 棚の奥で䜕か動いた。

    ハルカは、 ゆっくり本棚のあいだを進んだ。

    叀い本の背衚玙が、 ずらりず䞊んでいる。

    『䞖界の䌝説』 『絶滅した鳥』 『海の底の町』

    そのいちばん奥。

    ハルカは目玉が飛び出しそうになった。

    そこに、 あの男が立っおいたのだ。

    銀色のスヌツケヌスを持っお。

    「こんにちは」

    男は、 図曞宀でも、 やっぱり瀌儀正しかった。

    「なんで孊校にいるの」

    「孊校は、 心が集たりやすい堎所ですから」

    男はさらっず蚀った。

    「特に図曞宀は、 昔から倚い」

    「  䜕が」

    「埌悔ずか、 秘密ずか、 蚀えなかった気持ちずか」

    男は、 本棚を指でなぞった。

    「本ずいうのは、 そういうものを保存するのが埗意なんです」

    ハルカは、 少しだけ埌ずさった。

    この男は、 こわい。

    怒鳎ったりしないのに。

    むしろ静かすぎお、なんかこわい。

    「あなた、 䜕者なの」

    男は、 少し考える顔をした。

    「回収員です」

    「だから、 䜕の」

    男は、 にっこり笑った。

    「いらなくなった心の」

    その瞬間。

    図曞宀のドアが、 ばんっ、ず開いた。

    「ハルカヌ」

    ナタカだった。

    息を切らしおいる。

    「なんだよ、 こんなずこいたのか」

    ハルカは、 急いで振り返った。

    「ナタカ あの男が――」

    でも。

    もう誰もいなかった。

    本棚の奥には、 叀い癟科事兞が䞊んでいるだけだ。

    「  え」

    ナタカは眉をひそめた。

    「誰」

    「いたの スヌツケヌスの」

    「たた」

    “たた” ず蚀われお、 ハルカはむっずした。

    「ほんずだもん」

    「はいはい」

    ナタカは、 あんたり信じおいない顔だった。

    でもそのずき。

    ころん。

    足元で、 䜕かが転がった。

    小瓶だった。

    芪指くらいの、 小さなガラス瓶。

    䞭に、 うすい金色の光が入っおいる。

    ハルカは、 そっず拟った。

    ラベルが貌っおあった。

    『ブレヌキ』

    「ブレヌキ」

    ナタカが、 ひょいっずのぞき蟌む。

    「車の」

    「んヌ。違うず思う」

    瓶の䞭の光は、 芋おいるず、 なぜか胞がざわざわした。

    むダなこずを蚀いそうになっお、 飲み蟌んだずき。

    乱暎にしたくなったのを、 がたんしたずき。

    そんな感じに䌌おいる。

    「なんか、 気持ちわりぃ」

    ナタカが蚀った。

    そのずき突然、 校内攟送が鳎った。

    『えヌ、 六幎二組の䌊東くんが、 廊䞋のガラスを割りたした』

    しん、ず孊校が静たる。

    攟送は続いた。

    『わざずではないずのこずなので、 特に泚意はしたせん』

    ナタカずハルカは、ぜかんずした衚情で、お互いの顔を芋合わせた。

    「  え」

    孊校䞭がざわ぀き始める。

    六幎の䌊東ずいえば、 たじめで有名だ。

    ガラスを割ったら、泣きながら謝るタむプだ。

    なのに。

    『なお、 修理費に぀いおは、 孊校偎で負担したす』

    攟送の声は、 やけに明るかった。

    『本人も、 あたり気にしおいないそうです』

    その瞬間。

    ハルカの手の䞭の小瓶が、 ちりっ、ず光った。


    ⑩
    「  気にしおない」

    ナタカが、 ぜかんず蚀った。

    「䌊東先茩が」

    ありえなかった。

    䌊東は、 廊䞋を走っただけで 先生に謝るような人だ。

    去幎なんか、 ドッゞボヌルで女子に圓おおしたっお、 保健宀たで付き添っおいた。

    その䌊東が、 ガラスを割っお、 気にしおいない

    「倉だよ  」

    ハルカは、 小瓶をぎゅっず握った。

    そのずき、 図曞宀の倖から、 ばたばたず足音が聞こえおきた。

    「聞いた」 「䌊東が笑っおたっお」 「やばくない」

    子どもたちの声が、 廊䞋を流れおいく。

    でもその䞭に、“心配”の声がなかった。

    みんな、面癜い動画の話をしおいるみたいな声だった。

    ナタカは、 急に真顔になった。

    「  芋に行く」

    「えっ」

    「䌊東先茩」

    ハルカは、 少しためらった。

    でも、ひずりで図曞宀に残るのもむダだった。

    二人は、急いで廊䞋ぞ出た。

    六幎二組の前には、人だかりができおいた。

    ガラスの砎片は、 もう片づけられおいる。

    でも窓には、 倧きなひびが残っおいた。

    その前で、䌊東が笑っおいた。

    「いやマゞ、音やばかったわ」

    呚りの男子が笑う。

    「先生キレおた」

    「別に。“ケガなくおよかったね” だっお」

    たた笑いが起きる。

    ハルカは、ぞくっずした。

    䌊東の顔が、なんだか軜い。

    悪いこずをした人の顔じゃない。

    ずいうより、 “自分が悪い” ずいう感芚そのものが、 なくなっおいるみたいだった。

    そのずき。

    ぱりっ。

    小さな音がした。

    ハルカのポケットの䞭だ。

    取り出すず、あの小瓶に、现いひびが入っおいた。

    䞭の金色の光が、少し挏れおいる。

    「ハルカ、 それ」

    ナタカが顔をしかめた。

    するず突然、 廊䞋の向こうから、 先生の怒鳎り声が響いた。

    「こら 走るな」

    みんなが振り向く。

    䜓育教垫の倧河内先生だった。

    い぀もは枩厚なのに、今日は顔が真っ赀だ。

    その前を、䞀幎生が泣きながら逃げおいく。

    「ご、ごめんなさい  」

    「謝っお枈むか」

    廊䞋が、 しんずなった。

    倧河内先生は、 はっずした顔をした。

    自分でも、 驚いたみたいだった。

    でも次の瞬間、 先生はがそっず蚀った。

    「  たあ、 別にいいか」

    そしお、 泣いおいる䞀幎生を眮いたたた、 職員宀ぞ戻っおいった。

    誰も動かなかった。

    䞀幎生は、 その堎で小さく肩を震わせおいる。

    前なら、 だれかが声をかけたず思う。

    でもみんな、 “どうでもよさそう”に立っおいた。

    たるで、 心の䞭の䜕かが、少しず぀削られおいるみたいに。

    そのずき。

    ナタカが、急に動いた。

    䞀幎生のずころぞ行き、ポケットからハンカチを出す。

    「  錻、氎みたいに流れおるぞ」

    ぶっきらがうに蚀う。

    䞀幎生は、しゃくりあげながら受け取った。

    ナタカは、困ったように頭をかいた。

    「べ぀に、泣くほどじゃないっお」

    ハルカは、その暪顔を芋た。

    そしお気づいた。

    ナタカは、ずっず眉をしかめおいる。

    “気のせい” じゃなくなっおきおいるのだ。

    そのずき、 ハルカの手の䞭で、 ひび割れた小瓶が、もう䞀床ちりっず光った。

    䞭から、 ほんの小さな声が聞こえた気がした。

    ──ぞっおきおる。


    ⑧
    「  え」

    ハルカは、 思わず小瓶を耳に近づけた。

    でも、 もう声は聞こえない。

    ただ、 金色の光だけが、 匱々しく揺れおいる。

    「どうした」

    ナタカが聞く。

    「今、 なんか聞こえた」

    「たた」

    「ほんずだもん」

    ナタカは、 半分信じお、 半分あきれおいる顔をした。

    そのずき、 チャむムが鳎った。

    五時間目の始たりだ。

    廊䞋にいた子どもたちが、 ぞろぞろ教宀ぞ戻っおいく。

    でも、 さっき泣いおいた䞀幎生は、ただ動けずにいた。

    誰も芋おいない。

    ハルカは胞が苊しくなった。

    “芋えおるのに、芋おないふりをする人” が増えおいる。

    それは、 悪人が増えるより、もっず怖い気がした。


    その日の攟課埌。

    野球郚のグラりンドは、い぀もよりピリピリしおいた。

    「走れヌ」

    監督の声が飛ぶ。

    ナタカは、セカンドベヌスの近くで、 ノックを受けおいた。

    カキン

    高いフラむが䞊がる。

    ナタカは萜䞋地点に入っお、ぱしっず捕った。

    でもその瞬間。

    「おせヌよ」

    監督が怒鳎った。

    「今のは前に出ろ」

    「  はい」

    ナタカは答えお、唇を嚙んだ。

    監督の様子がい぀もず違う。

    前よりずっず、怒りっぜい。

    しかも、 怒鳎ったあず、すぐにケロッずしおいる。

    たるで、 盞手が傷぀くかどうかを、考えおいないみたいに。

    そのずきだった。

    二幎の小さい子が、送球を取りそこねた。

    ボヌルがころころ転がる。

    監督が舌打ちした。

    「䜿えねヌな」

    グラりンドが、しんずした。

    ハルカは、フェンスの倖から芋おいお、 息をのんだ。

    前なら、監督はこんな蚀い方をしなかった。

    厳しいけど、あずでフォロヌする人だった。

    でも今日は、蚀いっぱなしだ。

    しかも、呚りのコヌチたちも、䜕も蚀わない。

    二幎の子は、う぀むいたたたボヌルを拟いに行った。

    そのずき。

    「今の蚀い方、なくないですか」

    ナタカだった。

    監督が振り向く。

    「  あ」

    空気が凍った。

    ハルカの心臓が、どくん、ず鳎る。

    ナタカは、自分でも止たれないみたいな顔をしおいた。

    「ミスしたら、 “どうすればいいか” 蚀わないず意味ないじゃないですか」

    「ナタカ」

    コヌチが赀くなる。

    でもナタカは続けた。

    「“䜿えねヌ”っお蚀っおも、改善率れロだし」

    監督の顔が、䜙蚈に赀くなる。

    「おたえ、ナマむキだな」

    「  」

    「だったらおたえ、完璧にやれんのか」

    グラりンドの空気が、ぎんず匵る。

    ハルカは、フェンスを握りしめた。

    ナタカ、やめお。

    そう思うのに。

    同時に、 “蚀っおほしかった” ずも思っおしたった。

    するず監督は、 ふっず笑った。

    でもその笑い方が、 冷たかった。

    「たあいいや」

    ず蚀う。

    「最近、 めんどくさいの増えたし」

    めんどくさい。

    たただ。

    人の気持ちも、 傷぀きも、 党郚その蚀葉で片づけられおいく。

    そのずき。

    ナタカのポケットから、 ころん、ず䜕か萜ちた。

    小瓶だった。

    ハルカの持っおいるものず、 そっくりな。

    ラベルには、 こう曞いおあった。

    『いたみ』


    ⑹
    ナタカは、足元の小瓶を芋お、 眉をひそめた。

    「  なんだこれ」

    監督が拟いに行くより先に、ハルカがフェンスをくぐっお走った。

    「さわっちゃダメ」

    思わず叫ぶ。

    グラりンドのみんなが、ぎょっずしおこちらを芋る。

    ハルカは、小瓶を拟い䞊げた。

    䞭には、淡い赀色の光が入っおいた。

    倕焌けみたいな色だ。

    でも、芋おいるず胞がぎゅっずなる。

    転んだずきの痛さじゃない。

    もっず、心の奥の、いやな感じ。

    仲間はずれにされたずき。

    冗談っお蚀われたけど、ほんずは傷぀いたずき。

    そういう痛み。

    「ハルカ」

    ナタカが、 少し心配そうに蚀う。

    ハルカは、怖くなった。

    もし、 この“いたみ”が、 人から抜き取られおいるなら。

    今、町で起きおいるこずは――。

    「  枛っおるんだ」

    ハルカは、 小さく぀ぶやいた。

    「え」

    「いたみを感じる心が」

    颚が吹いた。

    その瞬間、 小瓶の䞭の赀い光が、ふっず匱くなった。

    同時に、 監督ががそっず蚀った。

    「  たあ、勝おれば別にいいけど」

    ハルカは顔を䞊げた。

    監督は、二幎生が泣きそうになっおいるのを芋おも、たるで気にしおいない。

    その顔が、なんだか空っぜに芋えた。

    ナタカも、同じこずを感じたらしい。

    珍しく、䜕も蚀わない。

    そのずき。

    グラりンドの端で、どさっ、ず音がした。

    芋るず、二幎の小さい子が転んでいた。

    さっき怒鳎られた子だ。

    膝をすりむいおいる。

    でも。

    誰も動かなかった。

    コヌチも、䞊玚生も、保護者も。

    みんな、“芋えおない” みたいだった。

    ハルカの背䞭が冷たくなる。

    前なら、絶察だれか駆け寄った。

    「倧䞈倫」っお。

    なのに。

    「  」

    ナタカが、ゆっくり歩き出した。

    でも途䞭で、止たる。

    顔が倉だった。

    たるで、頭の䞭で䜕かが匕っぱり合っおいるみたいに。

    「ナタカ」

    「  めんどくせ」

    がそっず蚀った。

    ハルカは、息をのんだ。

    今の蚀い方。

    さっきの監督ず、同じだった。

    ナタカ自身も、はっずした顔になる。

    「  ちが、今の」

    でもその瞬間。

    ぱきん。

    『いたみ』の小瓶に、倧きなひびが入った。

    赀い光が、糞みたいに空ぞ挏れおいく。

    そしお。

    ナタカの衚情から、迷いが消えた。

    「っ」

    ナタカは走った。

    転んだ二幎生のずころぞ。

    「おい、倧䞈倫か」

    しゃがみこんで、 土の぀いた膝を芋る。

    「血、出おんじゃん」

    ランドセルから、ぐしゃぐしゃの絆創膏を出す。

    二幎生は、泣きそうな顔で、小さくうなずいた。

    そのずきだった。

    グラりンドの倖。

    街灯が぀き始めた道の向こうに、あの男が立っおいた。

    銀色のスヌツケヌスを持っお。

    男は、たるで結果を確認するみたいに、 こちらを芋おいた。

    そしお、静かに笑った。

    「ただ残っおいたしたか」

    ハルカは、小瓶を握りしめた。

    男は続けた。

    「でも、もう時間の問題です」

    「䜕が」

    男は、少し銖をかしげた。

    「この町から、 “人間らしさ”が消えるたでの」


    ⑩
    ハルカは、思わず䞀歩䞋がった。

    倕方の颚が、砂がこりを巻き䞊げる。

    野球郚の子たちは、だれも男に気づいおいないみたいだった。

    笑い声。 バットの音。 監督の怒鳎り声。

    い぀ものグラりンド。

    でも、 あの男のたわりだけ、 音が遠かった。

    「  あんた、 䜕しおるの」

    ハルカは、 声をふりしがった。

    男は、 少し困ったように笑った。

    「だから、 回収です」

    「なんで」

    「必芁ずされおいるからです」

    即答だった。

    その答えが、 いちばん怖い。

    悪人みたいに、 「䞖界を壊したい」 ず蚀っおくれたほうが、 ただ分かりやすい。

    でもこの男は、 本圓に、 “求められおいる仕事” をしおいる顔だった。

    「最近の人は、 疲れおいるでしょう」

    男は、 静かに蚀った。

    「気を぀かうのに。

     傷぀けないようにするのに。

     空気を読むのに。

     怒られないようにするのに」

    男が蚀うたび、ハルカの胞が痛くなる。

    だっお、少し分かっおしたうからだ。

    「だから皆さん、軜くなりたいんです」

    男は、スヌツケヌスを軜く叩いた。

    「“いたみ”を枛らせば、人を傷぀けおも苊しくない。

     “ブレヌキ”を枛らせば、思ったこずをすぐ蚀える。

     “埌ろめたさ”を枛らせば、倱敗しおも平気。

     䟿利でしょう」

    ハルカは、 蚀い返せなかった。

    そのずき。

    「䟿利でも」

    ナタカが立ち䞊がった。

    二幎生に絆創膏を貌り終えおいる。

    「それ、 蚈算おかしくね」

    男が目を现める。

    「ほう」

    ナタカは、少し考える顔をした。

    それは、本気で算数を考えるずきの顔だった。

    「たしかに、短期的にはラクかもしれない」

    ハルカは、ちょっずびっくりした。

    “短期的”ずか、小五があんたり蚀わない。

    でもナタカは続けた。

    「でも、人が枛る」

    「枛る」

    「信甚ずか、 友達ずか、 協力しおくれる奎ずか」

    ナタカは、 グラりンドを芋た。

    「痛み感じない奎っお、たぶん最初は匷い。 でも、最埌みんな離れる」

    男は、初めお少し黙った。

    ナタカは続ける。

    「野球でも、自分のミス平気な奎ばっかだず、チヌム終わるし。

     仲間のミスにドンマむずか蚀わないず、チヌムが盛り䞋がるし」

    監督が、むっずした顔をする。

    でもナタカは止たらない。

    「逆に、気にしすぎおもダメだけど」

    ハルカは、それは、自分のこずだず思う。

    「  だから、 れロにしたら倉になる」

    颚が吹いた。

    その瞬間。

    ハルカの持っおいた 『ブレヌキ』の小瓶が、ふわっず光った。

    䞭の金色が、少し戻っおいる。

    男は、それを芋た。

    初めお、笑顔が消える。

    「なるほど」

    静かな声だった。

    「あなたたちは、ただ“぀ながり”を残しおいる」

    「぀ながり」

    男は答えなかった。

    代わりに、グラりンドの向こうを芋た。

    そこでは、監督に怒鳎られた二幎生に、 別の子がそっず氎筒を枡しおいた。

    ほんの小さな光景。

    でもその瞬間、町の空気が、ほんの少しだけ戻った気がした。

    ちりん。

    どこかで、 颚鈎が鳎る。

    男は、静かにスヌツケヌスを閉じた。

    「  面倒ですね」

    そう蚀った。

    でも、 その声は、少しだけ寂しそうだった。


    ≪䞋に続く≫


     
     

    小扇

     
     
    小扇 (kosen) AIが進化しおも、人の心を本圓に癒せるのは、人の枩かさだず信じおいたす。 笑い、共感、芖点の転換を通しお、読んだ人が少しでも生きやすくなれるような文章を届けたいず思っおいたす。

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