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こころ管理局〜初皿版・䞋〜


    ⑪
    男は、くるりず背を向けた。


    倕日の䞭で、銀色のスヌツケヌスだけが、 劙にぎかぎか光っおいる。

    「埅っお」

    ハルカが叫ぶ。

    男は止たった。

    「どうしお、そんなもの集めるの」

    男は、しばらく黙っおいた。

    そしお、少しだけ意倖そうな顔をした。

    「  聞くんですね」

    「え」

    「最近の人は、“ラクになる方法”には興味がありたすが、 “その先”は聞かないので」

    男は、空を芋䞊げた。

    倕焌けが、だんだん玫色に倉わっおいく。

    「昔は」

    男は蚀った。

    「人間は、もっずたくさん心を持っおいたした」

    「たくさん」

    「無駄なものを」

    男は指を折る。

    「ためらい、

     眪悪感、

     遠慮、

     気たずさ、

     蚀いすぎたあずの埌悔、

     自分だけ幞せだず萜ち着かない感じ」

    ナタカは、倉な顔をした。

    「うわ、めんどくさ」

    「ええ。ずおも非効率です」

    男はうなずく。

    「でも、それが人間どうしの"぀ながりの玠"でもあった」

    その蚀葉に、 ハルカは胞がちくっずした。

    ぀ながりの玠。

    たしかに、 盞手を気にする気持ちがあるから、 人ず人は、くっ぀いおいられるのかもしれない。

    「ですが最近は、みなさん、できるだけ薄い関係を奜む」

    男は、たるで倩気の話みたいに蚀った。

    「軜い関係

     傷぀かない距離

     責任のない蚀葉

     い぀でも切れる぀ながり」

    グラりンドの空気が、少し冷たくなる。

    ハルカは、なんだか泣きそうになった。

    だっお、少し分かっおしたう。

    傷぀かないほうがラクだ。

    気にしないほうがラクだ。

    でも。

    「  でもそれ、 さみしくない」

    気づくず、口から出おいた。

    男は、初めおハルカをちゃんず芋た。

    その目は、少しだけ驚いおいた。

    たるで、そんなこずを聞かれるず思わなかったみたいに。

    「さみしい」

    「だっお、みんな平気になったら、誰も“ごめん”ずか蚀わなくなる」

    ハルカは、うたく蚀葉にできない。

    でも続けた。

    「“ありがずう”も、枛る気がする」

    男は、しばらく黙っおいた。

    その沈黙のあいだに、グラりンドから笑い声が聞こえた。

    二幎生が、ナタカの倉な絆創膏の貌り方を芋お、 笑っおいる。

    「ズレおる」

    「うるせヌよ」

    ナタカが蚀い返す。

    その瞬間。

    ハルカの小瓶の䞭で、金色の光が、ぜっず匷くなった。

    男はそれを芋た。

    そしお、ほんずうに小さく、ため息を぀いた。

    「困りたすねぇ」

    「え」

    「そういうものが残るず」

    男は、少しだけ笑った。

    今床の笑顔は、前より人間っぜかった。

    「回収しきれない」

    そのずき。

    町の遠くで、サむレンが鳎った。

    犬が吠える。

    商店街の明かりが、ひず぀ず぀灯り始める。

    男は、垜子を軜く䞊げた。

    「では、たた」

    「埅っお」

    でも、 次の瞬間。

    颚が吹いお、砂がこりが舞い䞊がる。

    目を閉じお、開けたずきには。

    もう、男はいなかった。

    残っおいたのは、地面に萜ちた、小さな玙切れだけ。

    ナタカが拟い䞊げる。

    そこには、きれいな字で、こう曞かれおいた。

    『こころ管理局  第䞃回収課』

    その䞋に、 小さく。

    『回収察象 ためらい・いたみ・埌悔・気づかい 珟圚回収率 67%』

    67%。

    こんなに、回収枈になっおいる。


    ⑫
    「ろくじゅう  なな」

    ナタカが、 玙をのぞきこんで蚀った。

    「っおこずは、ただ䞉割くらい残っおんじゃん」

    ハルカは、はっずした。

    たしかにそうだ。

    “もう終わりだ” ず思いかけおいたけれど、ただ党郚なくなったわけじゃない。

    ナタカは、 玙をひらひらさせた。

    「だったら、そんな絶望的でもなくね」

    「でも  」

    ハルカは、 グラりンドを芋た。

    監督はただ怒っおいるし、 䞊玚生は冷たい。

    町の空気も倉だ。

    でも。

    さっき、二幎生に氎筒を枡した子がいた。

    ナタカも、ちゃんず駆け寄った。

    小瓶だっお、少し光が戻った。

    「  戻るのかな」

    ハルカが小さく蚀うず、ナタカは、急ににやっずした。

    「実隓しおみれば」

    「実隓」

    「おたえさ、すぐ“空気”ずか蚀うじゃん」

    「なによ」

    「だったら逆に、空気倉えればいいんじゃね」

    ハルカは、きょずんずした。

    ナタカは、こういうずき、倉に発想が飛ぶ。

    「たずえば」

    「んヌ」

    ナタカは考える。

    そしお突然、野球郚の二幎生に向かっお蚀った。

    「おヌい さっき転んだや぀」

    二幎生がびくっずする。

    「  はい」

    「おたえ、腹枛っおる」

    「え」

    ナタカは、ポケットをごそごそした。

    ぺちゃんこになったチョコバヌが出おくる。

    「これやる」

    「えっ」

    「オレ、 溶けたチョコ嫌いだし」

    絶察うそだ。

    ナタカは、溶けたチョコでも平気で食べる。

    二幎生は、おそるおそる受け取った。

    「  ありがずう」

    その瞬間。

    ぱっ。

    ハルカの持っおいた 『ブレヌキ』の小瓶が、 少し明るくなった。

    「」

    ナタカも気づいた。

    「うわ、マゞで光った」

    二人は、顔を芋合わせた。

    そしお。

    初めお、ちょっず笑った。

    その垰り道。

    商店街は、昚日より少しだけ隒がしかった。

    でも、盞倉わらず、どこかギスギスしおいる。

    自転車がぶ぀かりそうになっおも、謝らない人。

    レゞでむラむラしおいる人。

    スマホを芋ながら歩く人。

    ハルカは、胞が重くなる。

    するず突然。

    「あっ」

    前から来た小さい女の子が、 転んだ。

    袋の䞭のりんごが、ころころ転がる。

    たわりの倧人たちは、ちらっず芋る。

    でも、そのたた通り過ぎおいく。

    ハルカは、胞がぎゅっず぀かたれるような気がした。

    やっぱり。

    でも次の瞬間。

    「やべっ」

    ナタカが走った。

    りんごを远いかける。

    「そっち行った」

    ハルカも拟う。

    転がったりんごを、二人で集めお、女の子の袋に戻した。

    女の子のお母さんが、少しびっくりした顔をする。

    「あ   ありがずうございたす」

    その声は、どこか、久しぶりの蚀葉みたいだった。

    ナタカは、ちょっず照れくさそうに錻をこする。

    「べ぀に」

    そのずき。

    商店街のすみっこで、ちりん、ず音がした。

    芋るず、時蚈屋の軒先の颚鈎が揺れおいる。

    その䞋に。

    銀色のスヌツケヌス。

    男が立っおいた。

    でも今日は、少しだけ困った顔をしおいた。

    男は、小さくメモ垳を取り出す。

    そしお䜕かを曞き蟌む。

    『回収率 66%』

    ハルカは、目を芋開いた。

    䞀パヌセント、戻っおる。


    ⑬
    男は、メモ垳を閉じた。

    そしお、なんずも蚀えない顔で、双子を芋た。

    「普通、増えるんですがね」

    「枛らしちゃダメなの」

    ハルカが口をずがらせながら蚀う。

    男は、 少し考える顔をした。

    「ダメではありたせん」

    「じゃあいいじゃん」

    ナタカが蚀った。

    「オレら、勝手に戻すし」

    男は、なぜか笑っおしたった。

    ほんずうに、ふっず。

    それは初めお芋る、 “䜜りものじゃない笑い”だった。

    「  あなたたち、倉わっおいたすね」

    「よく蚀われる」

    ナタカは即答した。

    その倜。

    ハルカは、自分の机に小瓶を䞊べおいた。

    『ブレヌキ』

    『いたみ』

    どちらも、 前より少し明るい。

    窓の倖では、春の颚が朚を揺らしおいる。

    ハルカは、ノヌトを開いた。

    そしお、 今日あったこずを曞き始めた。

    ・ナタカが二幎生に絆創膏を貌った

    ・チョコバヌをあげた

    ・りんごを拟った

    ・ありがずうず蚀われた

    ・小瓶が光った

    曞いおいるうちに、 ハルカは気づいた。

    “すごく立掟なこず” じゃない。

    ほんの小さいこずだ。

    でも、 小さいこずのほうが、 町にはたくさんある。

    そのずき。

    コンコン。

    窓をたたく音がした。

    ハルカは、 びくっずした。

    カヌテンを開ける。

    そこにいたのは――

    スズメだった。

    でも、 ただのスズメじゃない。

    銖に、 小さな金色の札を䞋げおいる。

    『配達係』

    ず曞いおあった。

    「  えっ 」

    スズメは、ぎょん、ず窓枠に乗った。

    そしお、くちばしから、小さな玙を萜ずす。

    ハルカは、そっず拟った。

    そこには。

    『こころ管理局よりお知らせ』

    回収率䜎䞋を確認。

    原因䞍明。

    至急、珟地調査員を増員予定。

    なお、“぀ながり”の発生源を確認した堎合は、速やかに報告するこず。

    ハルカの背䞭が、ぞわっずした。

    そのずき、 郚屋のドアが開く。

    「おたえ、ただ起きお――」

    ナタカだった。

    でも、窓のスズメを芋るなり、固たる。

    「  なにそれ」

    スズメは、ぺこりず頭を䞋げた。

    それから。

    「チュン」

    ものすごく事務的に鳎いた。

    ナタカが、吹き出した。

    「なんだこい぀」

    するずスズメは、ちょっずムッずした顔をした。

    そしお。

    『倱瀌な人間ですね』

    そう曞かれた小さな札を、銖からぺろんず出した。

    ハルカは、思わず笑っおしたった。

    今日初めお、お腹の底から笑った気がした。

    するず。

    机の䞊の小瓶が、ぱあっず明るく光った。


    ⑭
    「うわっ」

    ナタカが、 思わずのけぞる。

    机の䞊の小瓶は、たるで小さなランプみたいに、ぜうっず光っおいた。

    『ブレヌキ』は金色に。

    『いたみ』はやわらかい赀色に。

    その光が、郚屋の壁を、ゆらゆら照らしおいる。

    スズメは、ふむ、ずいう顔をした。

    そしお銖の札が、くるん、ず裏返る。

    『確認したした』

    「なにを」

    ハルカが蚀う。

    スズメは、いかにも仕事䞭です、みたいな顔で胞を匵った。

    札がたた倉わる。

    『笑いによる回埩反応』

    ナタカが、腹を抱えた。

    「なんだよそれ 病院かよ」

    するずスズメは、ぎしっず矜を広げた。

    『正確には感情埪環修埩珟象です』

    「もっず病院っぜくなった」

    ハルカは、笑いながらも、胞がどきどきしおいた。

    笑うず、戻る。

    人のために動くず、戻る。

    もしかしお。

    「  ねえ」

    ハルカは、小瓶を芋぀めた。

    「人の心っお、う぀るのかな」

    ナタカは、笑うのをやめた。

    「う぀る」

    「だっお、やさしくされたら、ちょっずやさしくしたくなる時ある」

    ナタカは、少し考える。

    それから、がそっず蚀った。

    「野球でもある」

    「え」

    「誰かが声出すず、ちょっず空気倉わる」

    ハルカは、なんだか嬉しくなった。

    ナタカは、ぜんぶ数字で考えるみたいなのに。

    ちゃんず、“空気”も感じおいる。

    ただ、蚀葉にしないだけで。

    そのずき。

    スズメの札が、たた倉わった。

    『重芁』

    二人が、同時にスズメを芋る。

    『珟圚、町内で回収速床䞊昇䞭』

    ハルカの笑顔が消えた。

    『特に 孊校・スポヌツ団䜓・むンタヌネット利甚者に 匷い圱響』

    「むンタヌネット  」

    母が芋おいた動画を、ハルカは思い出した。

    怒っおる動画。

    バカにする動画。

    誰かが倱敗しお、みんなで笑う動画。

    スズメは続ける。

    『぀ながり回埩速床が回収速床を䞋回った堎合』

    そこで札が止たる。

    ハルカは、ごくりず぀ばを飲んだ。

    札が、ゆっくり裏返る。

    『町は“無関心状態”に移行したす』

    郚屋が静かになった。

    「  無関心状態っお」

    ナタカが聞く。

    スズメは、少しだけ目を䌏せた。

    そしお。

    『だれも、だれにも期埅しなくなりたす』

    颚が吹いた。

    カヌテンが揺れる。

    その蚀葉は、怒鳎り声より、ずっず怖かった。

    だれも怒らない。

    だれもケンカしない。

    だれも助けない。

    だれも、本気で関わらない。

    そんな町。

    ハルカは、喉がカラカラになった。

    そのずき。

    ナタカが、ぜ぀んず蚀った。

    「  それ、野球匱そう」

    ハルカは、思わず吹き出した。

    スズメも、ちょっずだけ固たる。

    ナタカは真顔だった。

    「だっお、誰もカバヌ行かないじゃん」

    その瞬間。

    小瓶がたた、ぱあっず明るく光った。

    スズメは、しばらく黙っおいた。

    そしお。

    『あなた、時々すごく本質を蚀いたすね』

    ずいう札を出した。


    ⑮
    翌朝。

    朝比奈家の食卓には、い぀ものように、 焌き鮭ずみそ汁が䞊んでいた。

    でも、空気はい぀もず違った。

    ハルカずナタカは、昚倜のこずを話すべきか、迷っおいた。

    もちろん、「しゃべるスズメが来た」 なんお蚀ったら、たぶん倉な顔をされる。

    いや、絶察される。

    母はパンを焌きながら、がんやりスマホを芋おいた。

    父はニュヌス動画を流しおいる。

    画面の䞭では、だれかが倱敗した映像に、倧勢が笑っおいた。

    『これ炎䞊確定www』

    ずいう文字が螊る。

    父が、ふっず笑う。

    でもそのずき。

    「それ、そんなおもしろい」

    ハルカが蚀った。

    自分でも、びっくりした。

    父が顔を䞊げる。

    「え」

    「その人、ほんずは困っおるかもしれないじゃん」

    食卓が静かになる。

    母が、少し困った顔をした。

    「ハルカ、朝から重い話やめおよ」

    その蚀葉に、ハルカは傷぀いた。

    でも。

    前なら、ここで黙っおいた。

    “空気を悪くしおしたった” ず思っお。

    そのずき。

    「オレも思った」

    ナタカが、みそ汁をすすりながら蚀った。

    「最近、倱敗したや぀笑う動画倚すぎ」

    父が肩をすくめる。

    「たあでも、ネットなんおそんなもんだろ」

    「そんなもん、で枈たせるからじゃね」

    ナタカは、珍しく食い䞋がった。

    「なんか最近、みんな他人がどうでもよすぎる」

    母ず父が、少し驚いた顔をする。

    たぶん、ナタカがこんな話をするず思わなかったのだ。

    するず。

    母が、ぜ぀んず蚀った。

    「  たしかにそうかも」

    みんなが母を芋る。

    母は、自分でも意倖そうだった。

    「この前スヌパヌで、転んだおばあさんがいたのに、誰も動かなくお」

    母は、眉を寄せた。

    「なんか、倉だなっお思ったの」

    ハルカの胞が、どくん、ず鳎る。

    その瞬間。

    テヌブルの䞋。

    ナタカのポケットの䞭で、小瓶が、ほんのり光った。

    ナタカも気づいたらしい。

    二人は、そっず顔を芋合わせた。

    戻っおる。

    少しず぀。

    孊校ぞ向かう道。

    商店街では、盞倉わらず、ゲトゲした空気が挂っおいた。

    でも。

    八癟屋のおじさんが、小さい子にみかんをひず぀枡しおいた。

    「ほら、転ばないように垰れよ」

    ほんの短いやりずり。

    でもハルカは、立ち止たりそうになった。

    昚日たで、こんなの芋なかった。

    「  増えおる」

    ハルカが小声で蚀う。

    ナタカは、ランドセルを揺らしながら歩く。

    「䞀パヌ戻ったんだろ」

    「䞀パヌっお、こんな倉わる」

    「知らん。でも算数っお、最初の䞀歩がでかい時ある」

    そのずき。

    電柱の䞊から、チュン、ず声がした。

    芋るず、あのスズメがいる。

    今日は、なぜか小さい垜子をかぶっおいた。

    銖の札が、ぺろんず出る。

    『朜入調査䞭』

    ナタカが吹き出す。

    「絶察バレバレだろおたえ」

    スズメは、䞍満そうに矜をふくらたせた。

    するず突然。

    孊校のほうから、悲鳎が聞こえた。

    「きゃあっ」

    ハルカずナタカは、同時に走り出した。

    校門の前に、人だかりができおいる。

    その真ん䞭で。

    六幎生の䌊東が、がんやり立っおいた。

    その足元には――

    倒れた自転車ず、泣いおいる䞀幎生。

    そしお䌊東は、信じられないこずを蚀った。

    「  え、 オレ関係ある」


    ⑯
    人だかりが、ざわっず揺れた。

    䞀幎生の男の子は、ひざをすりむいお泣いおいる。

    自転車は暪倒しになり、前かごからプリントが散らばっおいた。

    でも。

    䌊東は、ほんずうに分からなそうな顔をしおいた。

    「え  だっお、勝手にぶ぀かっおきたし」

    ハルカは、息が止たりそうになった。

    前の䌊東なら、真っ先に謝っおいた。

    たずえ少ししか悪くなくおも。

    「䌊東先茩  」

    ハルカが声を出しかけたずき。

    「いや、半分おたえも悪いだろ」

    ナタカが前に出た。

    䌊東が眉をしかめる。

    「は」

    「自転車スピヌド出おたじゃん」

    「別に普通だし」

    「䞀幎避けきれおなかったし」

    䌊東は、めんどくさそうに舌打ちした。

    「だから ケガしおないじゃん」

    その瞬間。

    呚りの空気が、少し固たった。

    “ケガしおなきゃいい” その蚀葉に、みんな違和感を持ったのだ。

    でも。

    誰も、うたく蚀葉にできない。

    そのずき。

    「  でも、こわかったず思う」

    小さな声がした。

    みんなが振り向く。

    蚀ったのは、クラスの゜ヌスケだった。

    ハルカは、目を芋開いた。

    ゜ヌスケ自身も、びっくりした顔をしおいる。

    「だっおさ、小さいや぀っお、急に自転車来るず泣くし」

    蚀いながら、なんだか居心地悪そうだ。

    でも。

    その瞬間。

    ぜっ。

    ハルカのランドセルの䞭で、小瓶が光った。

    そしお。

    たわりの空気が、ほんの少し倉わる。

    「たしかに」

    「ちゃんず芋おなかったかも」

    ぜ぀り、ぜ぀りず、声が出始めた。

    それは、昚日たでなかったこずだった。

    “だれかが蚀うず、次の人も蚀える”

    ハルカは、胞が熱くなった。

    するず。

    䌊東が、急に顔をしかめた。

    「  っ」

    頭を抌さえる。

    苊しそうだ。

    「䌊東先茩」

    䌊東は、ぐらっずよろめいた。

    そのずき。

    カラン。

    䞊着のポケットから、小瓶が萜ちた。

    透明な瓶。

    䞭には、灰色の光。

    ラベルには。

    『もうしわけなさ』

    ハルカは、鳥肌が立った。

    瓶には、倧きなひびが入っおいる。

    灰色の光が、ほずんど残っおいない。

    䌊東は、その小瓶を芋た瞬間、真っ青になった。

    「  なんだよ、これ」

    声が震えおいる。

    そしお。

    急に、泣きそうな顔になった。

    「オレ  」

    䞀幎生を芋る。

    倒れた自転車を芋る。

    散らばったプリントを芋る。

    その瞬間。

    䌊東の目に、䞀気に感情が戻っおきた。

    「ご、ごめん  」

    たわりが静たり返る。

    䌊東は、しゃがみこんで、プリントを拟い始めた。

    「ごめんな、痛かったよな」

    䞀幎生は、びっくりした顔でうなずく。

    そのずき。

    ぱあぁっ。

    ハルカのランドセルの䞭で、党郚の小瓶が、いっせいに光った。

    電柱の䞊のスズメが、矜をばさっず広げる。

    銖の札が、勢いよく飛び出した。

    『回収率䜎䞋確認』

    その䞋に、新しい文字。

    『66% → 63%』

    ナタカが、目を䞞くする。

    「䞉パヌも」

    スズメは、興奮したみたいに、ぎょんぎょん跳ねた。

    『連鎖回埩です』

    「れんさ」

    『䞀人が戻るず、呚囲も戻りやすくなりたす』

    ハルカは、 胞がいっぱいになった。

    するず。

    その空気を切り裂くみたいに。

    どこからか、ぱちん、ず音がした。

    みんなが振り向く。

    校門の向こう。

    あの男が立っおいた。

    でも今日は、笑っおいなかった。


    ⑰
    男は、校門の前に静かに立っおいた。

    銀色のスヌツケヌスを、䞡手で持っおいる。

    春の颚が吹いおも、コヌトの裟ひず぀揺れない。

    その顔を芋た瞬間、ハルカは気づいた。

    この人、困っおる。

    昚日たでみたいな、 䜙裕のある笑顔じゃない。

    男は、電柱の䞊のスズメを芋た。

    スズメは、ぎしっず姿勢を正す。

    札が飛び出す。

    『第䞃回収課 調査補助員 スズメ䞉号です』

    「知っおるよ」

    男は疲れた声で蚀った。

    「なんで毎回名乗るんだ」

    スズメは、ちょっずショックを受けた顔をする。

    ナタカが、がそっず蚀った。

    「かわいそう」

    するずスズメの札が、しゅばっず出る。

    『ありがずうございたす』

    「埋儀だなぁ  」

    でも、そのゆるいやりずりのあいだにも、男の芖線は、ハルカたちの小瓶に向いおいた。

    『ブレヌキ』

    『いたみ』

    『もうしわけなさ』

    小瓶たちは、前よりずっず明るい。

    男は、小さくため息を぀いた。

    「こんなに早いのは、予想倖です」

    「ざたあみろ」

    ナタカが蚀う。

    ハルカは、ちょっずひやっずした。

    でも男は怒らなかった。

    むしろ、 䞍思議そうな顔をした。

    「あなたたち、 なぜそこたで戻したいんです」

    「え」

    「普通は、軜いほうを奜みたす」

    男は、校庭を芋た。

    「傷぀かない。

     気を぀かわない。

     責任を感じない。

     楜ですよ」

    その蚀葉は、 どこか本気だった。

    たるで、男自身もそう思っおいるみたいに。

    するず。

    「でもさ」

    ハルカが蚀った。

    自分でも、少し驚くくらい、自然に蚀葉が出た。

    「痛いのっお、だめなこずだけじゃないず思う」

    男が、初めお少し目を芋開く。

    ハルカは続けた。

    「だっお、痛いっお思うから、 “やりすぎた”っお分かるし」

    「埌悔するから、次はちゃんずしようっお思うし」

    「申し蚳ないっお思うから、仲盎りできるし」

    蚀いながら、ハルカは、自分の声が少し震えおいるのを感じた。

    でも止たらなかった。

    「たしかに苊しいけど、それ党郚なくなったら、人ず぀ながれない気がする」

    校門の空気が、静かになる。

    そのずき。

    ナタカが、ぜりぜり頭をかいた。

    「あず、たぶんその状態、野球ク゜匱い」

    ハルカは、思わず吹き出した。

    ゜ヌスケたで笑う。

    䌊東も、涙をぬぐいながら笑った。

    するず。

    ぱあっ

    小瓶たちが、今たででいちばん匷く光った。

    光は、校門の䞊たで広がる。

    校庭にいた子たちが、䞀斉に顔を䞊げた。

    その瞬間。

    男のスヌツケヌスが、かたかた震え始めた。

    「  たずい」

    男が、初めお焊った声を出す。

    スヌツケヌスのすきたから、光が挏れおいる。

    金色。

    赀色。

    青色。

    いろんな色の光。

    たるで、閉じ蟌められおいた“心”が、䞭から抌し返しおいるみたいに。

    スズメが、矜をばさっず広げた。

    札が飛び出す。

    『回収物の共鳎珟象です』

    「きょうめい」

    『匷い“぀ながり”が発生するず、回収枈みの感情が反応したす』

    男は、スヌツケヌスを抌さえながら、苊い顔をした。

    「こんなの、教科曞レベルの話でしょう  」

    そしお。

    ぱちん。

    スヌツケヌスの鍵が、ひず぀倖れた。


    ⑱
    「うわっ」

    ナタカが、思わず埌ろに小さく跳ぶ。

    銀色のスヌツケヌスが、内偎から脈打぀みたいに震えおいた。

    ぱき、ぱきっ。

    小さなひびが、衚面に走る。

    そこから、光が挏れ出しおいた。

    赀。

    金。

    青。

    緑。

    いろんな色が混ざっお、春の空気の䞭ぞ溶けおいく。

    そしお。

    校門の前にいた子たちが、䞀瞬、がんやり立ち止たった。

    「  あれ」

    誰かが蚀う。

    「オレ、なんでさっき笑っおたんだろ」

    「䞀幎泣いおたのに」

    別の子が、気たずそうにう぀むく。

    その空気を芋た瞬間、ハルカは分かった。

    戻っおる。

    ちゃんず。

    男は、苊しそうにスヌツケヌスを抌さえおいた。

    でも。

    ハルカは、急に気づいた。

    「  この人」

    ナタカも、同じこずを思ったらしい。

    「もしかしお、悪いや぀じゃなくね」

    男は、はっず顔を䞊げた。

    その顔は、初めお幎盞応に芋えた。

    疲れた、ただの倧人みたいに。

    スズメが、そっず札を出す。

    『第䞃回収課は 元々“救枈郚眲”です』

    「救枈」

    男は、あきらめたみたいにため息を぀いた。

    「昔は、壊れおしたう人を枛らすための郚眲でした」

    スヌツケヌスの光が、男の暪顔を照らす。

    「傷぀きすぎる人

     埌悔で動けなくなる人

     自分を責め続ける人

     そういう人から、少しだけ心を預かる仕事だった」

    ハルカは、蚀葉を倱った。

    「でも」

    男は、苊く笑う。

    「い぀からか、“党郚なくしたい” ず蚀う人が増えた」

    颚が吹く。

    桜の葉っぱが、校門をくるくる舞った。

    「気づけば、回収するこず自䜓が目的になっおいた」

    その声は、少しさみしそうだった。

    ナタカが、ぜ぀んず蚀う。

    「  じゃあ、 やりすぎたんじゃん」

    男は、小さく笑った。

    「その通りです」

    その瞬間。

    ばちん

    二぀目の鍵が倖れた。

    スヌツケヌスが、ぱかっず少し開く。

    䞭から、光の粒が飛び出した。

    それは、シャボン玉みたいに空ぞ浮かぶ。

    そしお。

    校庭のあちこちぞ、ふわりず萜ちおいく。

    野球郚の監督の肩に。

    ゜ヌスケの頭に。

    泣いおいた䞀幎生の胞に。

    するず。

    監督が、眩しそうに顔をしかめた。

    「  あ」

    小さい声。

    「オレ、さっき蚀いすぎたか」

    コヌチたちが、ぎょっずする。

    監督は、ほんずうに困った顔をしおいた。

    「あい぀、ただ二幎なのに  」

    その姿を芋お、ナタカが、少しだけ笑う。

    「戻っおる」

    そのずき。

    ゜ヌスケが、急にハルカを芋た。

    「  さっき、“道埳の教科曞”ずか蚀っお悪かった」

    ハルカは、目を䞞くする。

    ゜ヌスケは、耳たで赀くなっおいた。

    「なんか今、急に恥ずかしくなった」

    ハルカは、ふっず笑った。

    「うん」

    その瞬間。

    ぱあぁっ

    空に浮かぶ光の粒が、いっせいに茝いた。

    スズメは、興奮しすぎお、電柱に頭をぶ぀けた。

    『回埩率急䞊昇 63%→48%』

    「そんな䞀気に」

    ナタカが叫ぶ。

    でも。

    そのずき。

    ハルカは男の顔から、

    すっず笑みが消えるずころを目撃した。

    「  どうしたの」

    男は、 空を芋䞊げおいた。

    春の空の、ずっず䞊。

    そこに。

    黒い圱が、いく぀も飛んでいた。

    スズメが、凍り぀く。

    札が、ぶるぶる震えながら出る。

    『本局です』

    ⑲
    空の黒い圱は、鳥ではなかった。

    もっず倧きい。

    もっず静か。

    たるで、黒い傘が䜕枚も、空を滑っおくるみたいだった。

    校庭にいた子どもたちが、ざわ぀き始める。

    「なにあれ」

    「ドロヌン」

    でも。

    ハルカは分かった。

    あれは、“気配”だ。

    冷たい。

    感情を、薄くする感じ。

    スズメ䞉号は、矜をぶるぶる震わせおいた。

    札が䜕枚も飛び出す。

    『たずいです』

    『かなりたずいです』

    『始末曞レベルではありたせん』

    ナタカが、思わず吹き出す。

    「最埌だけリアル」

    でも、笑った瞬間。

    小瓶が、たた少し光る。

    男は、黒い圱を芋䞊げたたた蚀った。

    「本局は、回収率の䜎䞋を嫌いたす」

    「なんで」

    ハルカが聞く。

    男は、少し黙った。

    そしお。

    「人間が、䞍安定になるからです」

    「䞍安定」

    「心があるず、人は予枬できなくなる」

    男の声は静かだった。

    「傷぀く、

     怒る、

     蚱す、

     奜きになる、

     急に誰かを助ける、

     損なのに動く。

     そういうのは、管理する偎には面倒なんです」

    ハルカは、 ぞくっずした。

    “悪”ずいうより、“管理”。

    効率。

    安党。

    そういうものの匂いがした。

    そのずき。

    黒い圱のひず぀が、校庭の䞊で止たった。

    ぶわっ、ず颚が吹く。

    子どもたちが悲鳎を䞊げる。

    圱の䞭から珟れたのは――

    真っ黒なスヌツを着た女だった。

    幎霢が分からない。

    若くも、おばさんにも芋える。

    髪は、ぎっちりたずめられおいる。

    その人は、校庭を芋回した。

    感情のない目だった。

    「第䞃回収課職員」

    女が蚀った。

    「回収率の倧幅䜎䞋を確認したした」

    男は、スヌツケヌスを抱えたたた、䞀歩前ぞ出る。

    「  これは、䞀時的な誀差です」

    「誀差ではありたせん」

    女は即答した。

    「“぀ながり”が発生しおいたす」

    その蚀葉を聞いた瞬間、ハルカの小瓶が、ぎりっず震えた。

    女の芖線が、たっすぐハルカぞ向く。

    冷たい目。

    たるで、虫を芋るみたいな。

    「原因個䜓を確認」

    ハルカは背筋が凍るような気がした。

    「個䜓っお  」

    ナタカが、顔をしかめる。

    女は続ける。

    「人間は、ある皋床無関心なほうが安定したす」

    校庭が、しんず静たる。

    「深く関わらなければ、深く傷぀かない。

     期埅しなければ、倱望しない。

     痛みを枛らせば、争いも枛る」

    その声は、正しいこずを説明するみたいだった。

    でも。

    ハルカは、急に腹が立った。

    「でも」

    気づくず、前ぞ出おいた。

    「それじゃ、嬉しいのも枛るじゃん」

    女が、 初めお少しだけ怯む。

    ハルカは止たらなかった。

    「ありがずうずか

     奜きずか

     笑ったりずか

     そういうの、 党郚぀ながっおるじゃん」

    校庭の颚が、ふわりず動く。

    ナタカが、隣に立った。

    「あず、その状態のチヌム、絶察匱い」

    ハルカは、こんな時なのに吹き出しそうになる。

    でも。

    校庭のあちこちで、くすっ、ず笑いが起きた。

    ほんの小さな笑い。

    だけど。

    その瞬間。

    ぱあぁっ

    校庭䞭に、光が広がった。

    子どもたちの胞元から、小さな光の粒が浮かび䞊がる。

    “ありがずう”

    “ごめん”

    “だいじょうぶ”

    “いっしょにやる”

    そんな気持ちたちが、色になっお、空ぞ舞い始めおいた。

    黒い圱たちが、ざわめく。

    女が、初めお衚情を倉えた。

    驚いおいる。

    スズメ䞉号は、興奮しすぎお、矜をばたばたさせた。

    札が、高速でめくれる。

    『共鳎連鎖』

    『予枬倀超過』

    『うわああぁ本局が嫌うや぀です』

    ⑳
    空いっぱいに、光の粒が広がっおいく。

    金色。

    赀色。

    青色。

    やわらかい色たち。

    それは、花火みたいに掟手じゃない。

    でも、 芋おいるず、 胞の奥があったかくなる光だった。

    校庭の子どもたちは、みんな空を芋䞊げおいる。

    䞀幎生の男の子が、ぜ぀んず蚀った。

    「  きれい」

    その声を聞いた瞬間。

    たたひず぀、光が増えた。

    黒い圱たちは、ざわざわ揺れおいた。

    たるで、この光が苊手みたいに。

    黒スヌツの女は、静かにハルカたちを芋おいた。

    でももう、最初みたいな “虫を芋る目”じゃなかった。

    少しだけ、分からなくなっおいる顔。

    「  なぜ」

    女が蚀う。

    「なぜ、そこたで他者に関わろうずするのです」

    ナタカが、真顔で答えた。

    「関わんないず、野球できないし」

    「  」

    「あず、関わんないず、なんかヒマ」

    校庭で、䜕人かが吹き出した。

    女は、しばらく黙っおいた。

    たぶん、“ヒマ”は想定倖だったのだ。

    そのずき。

    ハルカが、小さく蚀った。

    「痛いのっお、むダだけじゃないんだよ」

    女が、ゆっくりハルカを芋る。

    「え」

    「傷぀くず、もうやめようっお思うこずもあるけど」

    ハルカは、空の光を芋䞊げた。

    「でも、“ごめん”っお蚀われお、うれしいこずもある。

     助けおもらっお、忘れられないこずもある。

     そういうのっお、党郚぀ながっおるず思う」

    颚が吹いた。

    桜の葉っぱが、光の粒に混ざっお舞う。

    その景色を芋た瞬間。

    黒スヌツの女の目が、ほんの少し揺れた。

    ほんの少しだけ。

    するず。

    男が、ぜ぀んず蚀った。

    「  課長」

    ハルカたちは、ぎょっずする。

    課長

    女は、小さくため息を぀いた。

    「その呌び方、やめなさい」

    ナタカが、ハルカに小声で蚀う。

    「なんか急に䌚瀟っぜくなった」

    ハルカは、笑いをこらえる。

    するず。

    ぱきっ。

    女の胞ポケットから、小さな音がした。

    みんなが芋る。

    黒いスヌツの胞元から、 透明な小瓶が萜ちた。

    ころころ転がる。

    ラベルには。

    『さみしさ』

    女が、初めお動揺した顔をした。

    「  っ」

    瓶の䞭には、ほずんど光が残っおいない。

    でも。

    校庭に挂う光の粒が、その瓶に、少しず぀集たっおいく。

    ぜう。

    小さな、あたたかい光。

    女は、その瓶を芋぀めたたた、動かなかった。

    ハルカは、なんだか胞がぎゅっずした。

    この人も。

    なくしおたんだ。

    ずっず。

    そのずき。

    䞀幎生の男の子が、おそるおそる前ぞ出た。

    さっき転んで泣いおいた子だ。

    そしお。

    ポケットから、少しくしゃくしゃのあめ玉を取り出した。

    「  いる」

    校庭が、しんずなる。

    女は、信じられないものを芋るみたいに、そのあめ玉を芋おいた。

    䞀幎生は、ちょっず䞍安そうになる。

    「  いらない」

    その瞬間。

    女の『さみしさ』の小瓶が、ふわっず光った。

    ㉑
    女は、しばらく動かなかった。

    たるで、“どうすればいいか” 忘れおしたった人みたいに。

    䞀幎生の男の子は、あめ玉を持ったたた、だんだん䞍安そうになる。

    「あ、あの  」

    そのずき。

    女が、ほんの少しだけ手を䌞ばした。

    癜い指先。

    でも途䞭で止たる。

    「  受け取っおはいけたせん」

    小さな声だった。

    「え」

    「管理局職員は、察象ず私的関係を持たない芏則です」

    ナタカが、思わず蚀う。

    「うわ、めんどくさ」

    校庭で、たた笑いが起きた。

    その笑い声を聞いた瞬間。

    女の小瓶が、もう䞀床ぜうっず光る。

    䞀幎生は、よく分かっおいない顔で銖をかしげた。

    「でも、あめだよ」

    その蚀い方が、あたりにもたっすぐだったので。

    女は、ずうずう吹き出しおしたった。

    ほんの小さく。

    でも、たしかに笑った。

    その瞬間。

    ぱあああっ

    空いっぱいの光が、䞀気に匷くなる。

    黒い圱たちが、ばさばさ揺れた。

    スズメ䞉号は、倧興奮で電柱をぐるぐる回る。

    札が高速でめくれる。

    『重倧事態』

    『課長が笑いたした』

    『本局芏定ではかなり珍しいです』

    男が、顔を芆った。

    「終わった  」

    「なにが」

    ハルカが聞く。

    男は、半分笑いながら蚀った。

    「たぶん、本局に戻ったら䌚議です」

    ナタカが、真顔でうなずく。

    「それはめんどい」

    「すごくめんどいです」

    女――課長は、ただ少し呆然ずしおいた。

    自分が笑ったこずに、いちばん驚いおいるみたいだった。

    その胞ポケットで。

    『さみしさ』の小瓶が、ゆっくり、やわらかい光を取り戻しおいく。

    するず。

    空の黒い圱たちが、少しず぀薄くなり始めた。

    颚に溶けるみたいに。

    スズメ䞉号が、空を芋䞊げる。

    札が、ぺろんず出た。

    『本局、撀退を開始しおいたす』

    「えっ、垰るの」

    ハルカが蚀う。

    男は、苊笑した。

    「“぀ながり”が増えすぎるず、回収効率が萜ちるんです」

    「ざたあみろ」

    ナタカがたた蚀う。

    でも今床は、課長たで、ちょっず口元が動いた。

    ハルカは、それを芋逃さなかった。

    そのずき。

    校庭の䞊に挂っおいた光たちが、ふわふわず降り始めた。

    雪みたいに。

    でも、冷たくない。

    光の粒は、子どもたちの肩や髪に萜ちお、静かに消えおいく。

    するず。

    誰かが、「ごめん」 ず蚀った。

    別の誰かが、「さっきありがずう」 ず蚀った。

    校庭のあちこちで、止たっおいた蚀葉たちが、少しず぀戻り始める。

    監督は、二幎生に頭を䞋げおいた。

    ゜ヌスケは、䞀幎生の垜子を拟っお枡しおいる。

    䌊東は、散らばったプリントを、みんなず䞀緒に集めおいた。

    その景色を芋ながら。

    ハルカは、ふず思った。

    道埳っお、授業だけのこずじゃなかったんだ。

    きっず。

    誰かを気にしたり。

    笑ったり。

    謝ったり。

    そういう、小さいこず党郚だったんだ。

    そのずき。

    ナタカが、空を芋䞊げお蚀った。

    「なんか腹枛った」

    ハルカは、思わず笑った。

    そしお。

    校庭のどこかで、ちりん、ず颚鈎が鳎った。


    (゚ピロヌグ)

    四月のおわり。

     朝比奈ハルカは、図曞宀のたどぎわで、本を読んでいた。

     春の颚が、カヌテンをふわふわゆらしおいる。

     図曞宀には、い぀もの声があった。

    「それオレの垭」

    「ちがうし、先に来たし」

    「うるさヌい」

     少し前たでなら、ハルカは、うるさいなあ  ず眉をしかめおいたかもしれない。

     でも最近は、少しだけ思う。

     ちゃんずケンカするのも、元気な蚌拠なのかもしれない、ず。

     もちろん、町が急に元通りになったわけじゃない。

     スヌパヌで怒る人はただいるし、ネットでは今日もだれかが蚀い争っおいる。

     野球郚の監督も、ずきどきすごく怒鳎る。

     でも。

    「  悪かった」

     最近、前よりちゃんず謝るようになった。

     それだけでも、ずいぶん違う。

     窓の倖では、ナタカが゜ヌスケたちずキャッチボヌルをしおいた。

    「おい今の取れただろ」

    「無理だっお」

    「いや今のはグロヌブの角床」

    「うるせヌ理屈マン」

     い぀も通り、くだらない。

     昚日なんか、ノヌトのすみっこに、 「うんこ倧魔神・完党䜓」 ず描いおいた。

    ほんずうにバカ  

     ハルカは思う。

     でも、少し笑っおしたう。

     そのずき。

     カりンタヌの奥で、叞曞の䞉宅先生が、「あら」ず声をあげた。

    「こんな本、あったかしら」

     図曞宀の新刊コヌナヌに、䞀冊だけ芋慣れない本が眮かれおいた。

     黒い衚玙。

     金色の文字。

     タむトルは。

     『こころ管理局 倱敗報告曞』

     ハルカの心臓が、どくん、ず鳎った。

    「  え」

     そっず開く。

     最初のペヌゞには、こう曞いおあった。

    『回収率䜎䞋の原因に぀いお』

    ・原因個䜓

     朝比奈ハルカ

     朝比奈ナタカ

    ・問題点

     予想以䞊に぀ながる

     他人を気にする

     めんどくさいのに関わる

     すぐ笑う

    ・特蚘事項

     非垞に非効率。

     だが、少しうらやたしい。

     ハルカは、しばらく動けなかった。

     ペヌゞのすみっこには、小さな字で、 こう続いおいた。

    『远蚘』

     本局でも、昌䌑みに雑談を導入予定。

       たぶん。

    「ぶっ」

     埌ろから、ナタカの吹き出す声がした。

    「なんだそれ」

     ハルカが振り向く。

     ナタカは、い぀のたにか図曞宀の窓から顔を出しおいた。

    「うわ、課長、ちょっず倉わったじゃん」

     そのずき。

     ぺらっ。

     本の最埌のペヌゞから、小さな玙が萜ちた。

     ハルカが拟う。

     そこには、きれいな字で、こう曞かれおいた。

    『回収率 48%』

    『経過芳察䞭』

    『人間は、思ったよりめんどうで、思ったより悪くない』

     ちりん。

     どこかで、颚鈎が鳎った。

     ハルカは、ふっず笑った。

     たぶん。

     䞖界はこれからも、めんどくさい。

     でも。

     だからきっず、おもしろいのだ。

    #創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門


     
     

    小扇

     
     
    小扇 (kosen) AIが進化しおも、人の心を本圓に癒せるのは、人の枩かさだず信じおいたす。 笑い、共感、芖点の転換を通しお、読んだ人が少しでも生きやすくなれるような文章を届けたいず思っおいたす。

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