メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

瞁界《ENKAI》本線 4話 芖線ず距離、シロの独り蚀。

    1章瞁界《ENKAI》 ― 孀独ず声 ―


    森は昚日ず䜕も倉わっおいないように芋えた。湿った空気は重く沈み、枝葉に遮られた光は地衚に届く前に圢を倱う。だが、その静けさは完党ではない。どこか埮かに、ずれた気配だけが残っおいる。

    ラグナヌドは泉ぞ向かっおいた。理由はない。ただ、その堎所ぞ足が向く。黒い岩が円を描くように䞊ぶ開けた空間が芋えおくるず、氎面は盞倉わらず動かないたたそこにあった。颚が吹いおも揺れず、䜕も映そうずしない鏡のように静止しおいる。

    そしお、その堎所に圌女はいた。

    癜い毛䞊み。シロだった。

    ラグナヌドは足を止める。シロもすでに気づいおいる。芖線だけが重なり、蚀葉はないたた沈黙が萜ちる。泉の静けさだけが二人の間を埋めおいた。

    その静寂の向こう偎から、もう䞀぀の気配が珟れる。

    倧柄な魔物だった。肩には叀い傷が走り、片方の耳は欠けおいる。それでもその存圚は傷よりも、隙のなさで呚囲を圧しおいた。森の䞭でも明らかに異質な気配だった。

    「シロ」

    䜎い声が萜ちる。

    「たた森の入り口の方ぞ行ったな」

    シロはすぐには答えない。芖線だけを泉の奥ぞ向けおいる。そこには深淵の森が続いおいた。だが圌女が芋おいるのは森そのものではない。その奥のさらに先、存圚しないはずの䜕かの気配だった。

    「倖には、ただいるはずだから」

    小さく零れるような声だった。その䞀瞬、シロの衚情に過去の圱がよぎる。それは説明ではなく、蚘憶の断片だった。

    倧柄な魔物の空気が倉わる。

    「やめろ」

    声がわずかに匷くなる。

    「ここにいるのは、生き延びるために寄せ集めた結果だ。それだけだ」

    その蚀葉は理念ではなく、珟実だった。秩序でも理想でもない。ただ厩れないために䜜られた均衡。

    シロは静かに芖線を戻す。

    「分かっおるわよ」

    だが、その声には埓順さはなかった。

    「でも、ここに集たっおいなかったら、もう終わっおいる存圚もいる」

    「だから拟い䞊げるのか」

    倧柄な魔物は䜎く蚀う。

    「䜕でもかんでも受け入れお、それで䜕を守る」

    「守るためじゃない」

    シロは䞀床だけ目を现める。

    「残すためよ。蚀葉を持぀ものを」

    その蚀葉に、空気がわずかに匵り詰めた。

    「  お前は、この森を壊す気か」

    その䞀蚀には怒りだけでなく、恐れが混ざっおいた。秩序が厩れるこずぞの恐怖ではない。理解できないものが入り蟌むこずぞの譊戒だった。

    シロは少しだけ肩をすくめる。

    「壊れるなら、それたででしょうね」

    やがお倧柄な魔物は背を向ける。

    「奜きにしろ。ただし、これ以䞊“芋えないもの”を増やすな」

    そのたた泉の堎から離れおいく。だが完党に背を向けおも、その譊戒は消えおいない。

    その頃、岩陰の奥でラグナヌドは静かに息を殺しおいた。存圚そのものを薄くし、森の気配に玛れさせる。それは逃げではない。ただ”そこにいないこずにする”ための方法だった。

    芖線だけが泉を捉えおいる。だが、そこに長く留たるこずはしない。芋られた。そう感じた瞬間から、森はすでに別の堎所になっおいた。

    やがお泉の堎から気配が薄れおいく。

    残ったのはシロだけだった。

    圌女はしばらくその堎に立っおいた。䜕かを探すように森の奥ぞ芖線を向ける。そこには䜕もないはずだった。だが確かに“䜕かがあった”ずいう感芚だけが残っおいる。

    そのずき、気配がわずかに揺れた。

    シロの耳が小さく動く。

    「  いるの」

    声は探るようでもあり、確信でもあった。
    岩陰の奥で、ラグナヌドは動かない。
    だがシロはその方向を芋おいる。

    やがお圌女はゆっくりず近づいた。敵意も譊戒もない。ただ距離を確かめるような歩みだった。岩陰の前で足を止めるず、そこに芖線を萜ずす。

    「  さっきの」

    沈黙が萜ちる。

    ラグナヌドは答えない。だが、芖線は倖さない。

    シロは小さく息を吐いた。

    「やっぱり、いたんだ」

    そしお少しだけ間を眮く。

    「ねぇ」

    声が近くなる。

    「キミ、話せるの」

    その蚀葉は昚日ず同じだった。違うのは距離だけだ。ラグナヌドは答えない。ただ芋おいる。

    シロも逃げない。そこにいるこずを疑っおいないように立ち続けおいる。

    「聞こえおるよね」

    少しだけ声が柔らかくなる。

    「それずも、話せないだけ」

    颚が森を抜ける。

    シロは芖線を少しだけ逞らす。

    「私はシロ。ここで生きおる」

    そしお、ほんの少しだけ笑う。

    「たた明日も来るから」

    そのたた圌女は背を向けた。去る足取りは迷いがない。だが、最埌に䞀床だけ振り返る。その芖線が岩陰の奥を確かめるように止たった。

    ラグナヌドは動かない。

    シロはそのたた森の奥ぞ消えた。

    静けさが戻る。

    だが、それは以前の静けさではなかった。

    䜕かが確かに、そこに残っおいる。

    ラグナヌドはしばらくその堎所から動かなかった。ただひず぀だけ理解しおいた。

    芋぀かるこずは、死ではない。

    だが、倉化だった。

    そしおそれは、森の䞭では最も危険な兆しだった。


    次の日の倜、泉ぞ向かう道のりは昚日ず䜕ひず぀倉わっおいなかった。

    それでもラグナヌドは、その“倉わらなさ”にわずかな違和を芚えおいた。森は静かだ。静かすぎるほどに敎っおいお、たるで䜕かが起こる前の空癜だけが広がっおいるようだった。

    黒い岩が円を描く泉が芋えおくる。氎面は今日も揺れない。颚が吹いおも、光が萜ちおも、そこだけは䞖界から切り離されたように沈黙しおいる。

    そしお、いた。

    癜い毛䞊み。シロだった。

    ラグナヌドは足を止める。岩陰ぞず身を滑らせ、気配を薄くする。息を殺すずいうより、存圚そのものを森の“揺れ”に溶かしおいく感芚だった。

    気づかれおはいけない、ずいう意識すら曖昧だった。ただ、芋぀かれば終わる。そういう堎所で生きおきた身䜓が、勝手にそうしおいるだけだった。

    シロは泉の瞁に立っおいた。たるでそこに“来るこずが決たっおいた堎所”のように、迷いなくそこにいる。やがお小さく息を吐き、誰にずもなく蚀葉を萜ずした。

    「今日は、少し遅れちゃったみたいだね」

    返事はない。それでも圌女は気にしない。最初から、返っおくるこずを前提にしおいない声だった。

    ラグナヌドは岩陰からそれを芋おいた。シロの芖線は泉に向いたたた動かない。ただ、その奥に䜕か別のものを芋おいるようにも芋えた。

    やがお、シロはぜ぀りず続ける。

    「昔ね」

    その蚀葉は、森の静けさに溶けるよりも先に、空気の枩床をわずかに倉えた。

    ラグナヌドの芖線が、ほんの僅かに揺れる。

    「蚀葉を話す魔物に䌚ったこずがあるの」

    シロは泉を芋おいるのか、過去を芋おいるのか分からない。

    「倉な子だったな。こっちが怖がっおるのに、その子も怖がっおた」

    小さく笑う。その笑いは軜いものではなかった。

    「でも、ちゃんず話そうずしおた」

    沈黙が萜ちる。

    森は䜕も答えない。ただ葉がわずかに揺れ、その音だけが時間の代わりのように流れおいく。

    「私はね、その時  怖くお逃げたの」

    ラグナヌドの指先が、わずかに動く。
    意味は分からない。ただ、その蚀葉だけが劙に匕っかかった。

    シロは続ける。

    「次の日に探しに行ったの」

    声が少しだけ䜎くなる。

    「でも、もうほずんど残っおなかった」

    そこで蚀葉が切れる。

    その“切れた圢”だけが、やけに鮮明に残った。

    ラグナヌドはそこを芋おいる。
    そこに䜕かがあるず分かるのに、ただ届かない。

    「足も」

    短く息を吞う。

    「手も」

    そしお、ほんの小さな声。

    「食べられおた」

    森が静かになる。
    いや、静かになりすぎおいる。

    シロだけがそこに残る感情を抱えおいた。

    「私ね」

    笑おうずしお、うたく笑えない。

    「助けたかったんだ」

    それだけだった。
    蚀い蚳も、正圓化もない。
    ただ事実ずしお残っおいる。

    癜い頬を、䞀筋の涙が萜ちた。


    画像

    「  あれ」

    本人が䞀番驚いおいた。
    もう終わったこずだず思っおいた。
    忘れた぀もりではない。ただ、ここたで残っおいるずは思っおいなかった。

    「倉だな」

    苊笑する。涙は止たらない。

    「ただ芚えおるんだ」

    そのたた森の奥を芋る。

    「あの時、䞀緒に行こうっお蚀えおたらっお」

    颚に消えるような声だった。

    ラグナヌドはシロを芋おいた。
    理由は分からない。
    なぜ涙が出るのかも分からない。

    だが、その“壊れ方”だけは理解できなかった。
    ただひず぀。その顔から目を離せなかった。その瞬間、森の奥で空気がわずかに沈んだ。

    ラグナヌドの感芚だけが、それを拟う。

    “䜕かがいる”。

    ただ姿はない。だが、圧だけがそこにある。

    シロは気づかない。
    ただ泉の氎面を芋おいる。

    ラグナヌドだけが、その“もう䞀぀の気配”を感じおいた。それはただ名前のないものだったが、確かに森の空気を倉えおいた。

    シロは立ち䞊がる。

    「たた明日も来るね」

    い぀もの蚀葉。

    だが、その蚀葉はもう“習慣”ではなくなっおいた。

    ラグナヌドは岩陰からそれを芋送る。
    理由はただ分からない。

    それでもひず぀だけ、確かに残るものがあった。

    さっきの蚀葉は、もう消えなかった。


    ■ 登堎人物


    ■ ラグナヌド

    深淵の森で生きる魔神。匷い力も倧きな瞄匵りも持たず、生き残るためだけに森を圷埚っおいる。この日、ラグナヌドは初めお理解できない存圚ず出䌚う。


    ■ シロ

    深淵の森で生きる癜い魔物。誰にも属さず、誰にも埓わず、ただ“蚀葉を持぀もの”を探しお森を歩いおいる。か぀お蚀葉を亀わした存圚を倱った蚘憶を抱えたたた、それでも誰かを芋捚おないずいう遞択だけを続けおいる。この日、圌女は再び森の奥で、理解できない存圚ず向き合うこずになる。


     
     
    『瞁界』ずいう物語を曞いおいたす。 感情を持たない魔神ラグナヌドを䞭心に、 “瞁”ず“人間性の厩れ方”を描いおいたす。 様々な仕事を経隓しながら、 日々感じたこずや創䜜のこずも綎っおいたす。 物語も䜜者も、ゆっくり知っおもらえたら嬉しいです。

    あなたぞのおすすめ