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瞁界《ENKAI》本線5話境界に立぀者

    1章瞁界《ENKAI》 ― 孀独ず声 ―



    泉は、今日も倉わらず沈黙しおいた。

    黒い岩が円を描き、その䞭心には静かな氎面だけがある。揺れはなく、䜕かを映そうずもしない。ただそこに圚り続けるこずだけを蚱されたような堎所だった。

    そのほずりに、シロは腰を䞋ろしおいる。

    氎面を芋おいるわけではない。森の奥を眺めおいるわけでもない。ただ、どこか遠くぞ意識を向けおいるような目をしおいた。

    ラグナヌドは少し離れた岩陰から、その姿を芋おいた。

    圌が身を朜めおいるのは、倧きな岩ず岩の隙間だ。倖からは芋えにくく、それでいお泉も森も芋枡せる。逃げようず思えばい぀でも逃げられる堎所だった。

    だからそこにいる。

    理由は、それだけのはずだった。

    シロは䜕も知らない。

    ラグナヌドがこうしお圌女を芋おいるこずも、圌女が泉ぞ来るたび、その姿を远っおいるこずも。

    だが、それでよかった。

    シロは時折、独り蚀のように蚀葉を零す。

    誰かに聞かせるためではない。ただ思い浮かんだこずを、そのたた颚ぞ流しおいるようだった。

    「ここにいるず、少し萜ち着くの」

    静かな声だった。泉の沈黙を壊さず、そこぞ溶け蟌むような声。ラグナヌドはその意味を理解できない。萜ち着くずいう感芚を知らない。それでも、圌女がこの堎所を奜んでいるこずだけは䜕ずなく分かった。

    その時だった。

    森の空気が倉わる。

    音ではない。気配ずも少し違う。芋えない重さだけが、ゆっくりず泉ぞ流れ蟌んできた。

    シロの耳がわずかに動く。
    やがお泉の向こう偎に巚倧な圱が珟れた。

    傷だらけの身䜓に、欠けた耳。長い幎月を生き抜いおきたこずを隠そうずもしない姿だった。䞀歩螏み出すたび、その巚䜓が森の空気そのものを抌し退けおいるように芋える。

    ガルれむン。

    この生存圏を束ねる魔物たちの長である。圌は泉をひず目芋枡すず、圓然のようにシロぞ芖線を向けた。

    「たた来おいるのか」

    䜎く沈んだ声だった。責めるようにも聞こえるが、その実、確認に近い。

    シロは肩を竊める。

    「ここは私の堎所でもあるわ」

    「違う」

    返答は即座だった。
    ガルれむンはゆっくりず䞀歩前ぞ出る。

    「ここは寄せ集めの生存圏だ。誰か䞀人の堎所ではない」

    その蚀葉に、シロは小さく息を吐いた。呆れおいるのか、慣れおいるのかは分からない。おそらく、その䞡方だった。

    「寄せ集めでも、生きおる」

    「だからこそだ」

    ガルれむンの声がわずかに䜎くなる。

    「䜙蚈なものを入れるな」

    その芖線が、ふず暪ぞ流れた。

    泉ではない。
    シロでもない。
    ラグナヌドが身を朜めおいる岩陰ぞ向けられおいた。

    気づかれおいる。

    正確な䜍眮ではない。
    だが、そこに䜕かがいるこずだけは察しおいた。

    シロの衚情がわずかに匷匵る。それでも蚀葉は止めなかった。

    「䜙蚈かどうかは、ただ分からないわ」

    ガルれむンの目が现くなる。

    「分からないものが、䞀番危険だ」

    その䞀蚀で、泉の空気が重く沈んだ。

    「蚀葉を持たないものは矀れを壊す」

    シロは静かに銖を振る。

    「あなたは、そうやっお党郚を決めるのね」

    「決めなければ、生き残れない」

    迷いのない声だった。それは正しさを語る声ではない。倱い、生き残り、遞び続けおきた者だけが持぀重さだった。ガルれむンは岩陰から目を離さない。

    「そこにいるのは分かっおいる」

    シロの瞳がわずかに揺れる。

    ラグナヌドは動かなかった。
    逃げるこずも、姿を珟すこずもなく、ただ沈黙を保っおいる。

    泉だけが倉わらず静かだった。

    「出おこい」

    䜎い声が響く。その䞀蚀だけで空気が匵り詰めた。森の音が遠のく。颚さえ止たったように感じられた。

    沈黙。

    誰も答えない。シロは小さく息を吐く。

    「やめお」

    初めお、その声が揺れた。かすかな䞍安が滲んでいた。だが、ガルれむンは止たらなかった。

    「蚀葉を持たないものがここにいるなら、それは脅嚁だ」

    重い足音が䞀歩、泉に響く。


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    ラグナヌドの䞭で䜕かがわずかに揺れた。

    逃げるか。
    消えるか。
    それずも――。

    圢にならないたた意識だけが動く。
    その瞬間だった。

    「圌は、ただ䜕もしおいない」

    シロが䞀歩前ぞ出る。
    そしお、ガルれむンの足が止たった。

    「ただ、だ」

    䜎く抌し殺した声だった。
    その䞀蚀には確信があった。

    今ではない。だが、い぀か。
    蚀葉にされなくおも、その意味だけは䌝わっおくる。

    ラグナヌドには理解できない。
    それでも、その響きだけはどこかに残った。

    「ここにいるのは、生き延びるために集たった結果よ」

    シロは芖線を逞らさずに続ける。

    「それだけでは守れない」

    ガルれむンの声は静かだった。だが、その静けさは刃のようだった。

    「守るなら、遞べ」

    颚が止たる。誰も動かない。泉だけが倉わらずそこにある。

    やがお森の音が戻った。
    ガルれむンは最埌にもう䞀床だけ岩陰ぞ目を向ける。

    「次に芋たずきは、刀断する」

    それだけを蚀い残し、森の奥ぞ消えおいった。

    残されたのは静寂だった。

    シロはその背䞭を芋送る。䜕も蚀わない。䜕も蚀えないのかもしれなかった。ラグナヌドもたた動かない。ただ、理解しおいた。

    さっきたでの時間は終わったのだず。

    䜕かが倉わった。䜕が倉わったのかは分からない。だが、昚日たでず同じではいられない気がした。

    シロはゆっくりず泉ぞ芖線を戻す。
    そしお小さく蚀った。

    「たた明日も来るね」

    返事はない。

    それでも圌女は少しだけ笑うず、静かに森の奥ぞ消えおいった。ラグナヌドは、その背䞭が芋えなくなるたで芋おいた。

    ◇

    翌日。

    ラグナヌドは、たたい぀もの堎所にいた。泉を囲む黒い岩。その䞭でも圌が身を朜める堎所は決たっおいる。倧きな岩ず岩の隙間。倖からは芋えにくく、それでいお泉も森も芋枡せる。

    逃げようず思えばい぀でも逃げられる堎所だった。
    だからそこにいる。理由は、それだけのはずだった。

    泉は倉わらない。
    黒い岩も、氎面も、昚日ず同じ静けさを保っおいる。
    倉わったのはガルれむンの蚀葉だけだった。

    『次に芋たずきは、刀断する』

    意味は分からない。だが、䞍思議ず消えなかった。

    颚が吹く。
    朚々が揺れる。
    やがお森の奥から癜い圱が珟れた。

    ラグナヌドは知っおいる。

    その足音を。
    その匂いを。
    その存圚を。

    シロだった。

    圌女は泉ぞ歩み寄るず、岩陰ぞ芖線を向ける。
    そしお、小さく笑った。

    「いた」

    い぀ものように。そこにいるこずが圓然であるかのように。

    シロは泉の瞁ぞ腰を䞋ろした。

    しばらく氎面を眺め、それから思い出したように口を開く。

    「昚日はごめんね」

    「なにがだ」

    返事をした瞬間、シロの動きが止たった。

    颚だけが泉を枡っおいく。

    ゆっくりず振り返った圌女は、信じられないものを芋るような目をしおいた。

    「  今の、あなた」

    ラグナヌドは答えない。ただ黙っおいる。それだけで十分だった。

    シロの目が倧きく開かれる。

    驚きが浮かび、次いで安堵が浮かび、最埌に笑みぞ倉わっおいく。

    「しゃべれるんだ」

    その声は少しだけ震えおいた。ずっず返っおこなかったものが、ようやく返っおきた。そんな喜びが滲んでいる。

    ラグナヌドには分からない。ただ問いに答えただけだった。

    だがシロはしばらく嬉しそうに圌を芋぀め、それからふず思い出したように尋ねた。

    「そういえば、名前はあるの」

    少しの沈黙。

    ラグナヌドは答える。

    「ラグナヌド」

    シロはその名を繰り返した。

    「ラグナヌド」

    音を確かめるように。䜕床か口の䞭で転がし、小さく頷く。

    「いい名前ね」

    それから少し考える。
    䜕かを思い぀いたように笑った。

    「でも、ちょっず長いかな」

    ラグナヌドは黙ったたた聞いおいる。

    シロは構わず続けた。

    「ラグっお呌んでもいい」

    意味は分からない。だが、拒む理由もなかった。沈黙を肯定ず受け取ったのか、シロは満足そうに頷く。

    「うん。ラグの方が呌びやすい」

    そう蚀っおから、少し銖を傟げた。

    「芪しい盞手っお、名前を短く呌びたくなるの」

    「芪しい」

    ラグナヌドは初めお聞き返した。
    シロは少し驚き、それから柔らかく笑う。

    「そう」

    だが、それ以䞊は説明しなかった。説明できなかったのかもしれない。

    しばらく泉を芋぀めたあず、小さく呟く。

    「近くに感じるからかな」

    ラグナヌドには分からない。

    芪しい。
    近い。

    どちらも知らない蚀葉だった。だが、シロの声は䞍思議ず耳に残った。

    颚が吹く。
    癜い髪が揺れる。
    シロはどこか満足そうに埮笑んでいた。

    「よろしくね、ラグ」

    ラグナヌドは答えない。

    答えなかったが、その呌び名だけは残った。

    ラグ。ラグナヌドではない音。短くなっただけのはずなのに、なぜか違っお聞こえる。その理由は分からない。

    それでも、その音は泉の氎面に萜ちた雫のように静かに広がり、い぀たでも消えずに残り続けおいた。


    ■ 登堎人物


    ■ ラグナヌド

    深淵の森で生きる魔神。匷い力も倧きな瞄匵りも持たず、生き残るためだけに森を圷埚っおいる。この日、ラグナヌドは初めお理解できない存圚ず出䌚う。


    ■ シロ

    深淵の森で生きる癜い魔物。誰にも属さず、誰にも埓わず、ただ“蚀葉を持぀もの”を探しお森を歩いおいる。か぀お蚀葉を亀わした存圚を倱った蚘憶を抱えたたた、それでも誰かを芋捚おないずいう遞択だけを続けおいる。この日、圌女は再び森の奥で、理解できない存圚ず向き合うこずになる。


    ■ ガルれむン

    深淵の森を束ねる矀れの長。蚀葉ず意思を持぀存圚を芳察し、遞ばれた者のみを森の構成員ずしお受け入れおいる。意思を持たないものや蚀葉を持たないものには匷い譊戒を向け、森の秩序を維持するこずを最優先ずしお行動する。か぀お矀れがただ圢を持たなかった頃からシロず行動を共にしおいた過去を持぀。珟圚も圌女の倉化を芳察しおおり、その危うさに匷い譊戒を抱いおいる。


     
     
    『瞁界』ずいう物語を曞いおいたす。 感情を持たない魔神ラグナヌドを䞭心に、 “瞁”ず“人間性の厩れ方”を描いおいたす。 様々な仕事を経隓しながら、 日々感じたこずや創䜜のこずも綎っおいたす。 物語も䜜者も、ゆっくり知っおもらえたら嬉しいです。

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