バンドマンの彼に、CDの数だけ恋をしていた
前作はこちらから
前回のnoteを書いているときに、ふと彼は元気にしているのだろうかと気になって久しぶりにSNSを覗いてみた。
なんと彼は1児の父になっていた。
出会ってから数年間は、夢中で彼のことを追いかけていた。他の人なんか目に入らないくらい彼が好きだった。
しかし、自分も年齢を重ね大人に近づいていくうちに、音楽一本で食べていくことの現実味の無さや、どうしても縮まらない年齢差にもどかしくなり、自然と心が離れていってしまった。
バンドメンバー全員が30歳を超えたあたりから、売れることの難しさや将来の不安、それによる方向性の違いが客席にまで伝わってきていた。コロナ禍も重なり、長かった彼らの夢は終わりを迎えた。長すぎた夢だった。
彼は結婚した。
ソロになってすぐのことだった。
私は驚きで言葉が出なかった。彼は一度もそんな素振りを見せたことがなかったのだ。
美容師、バーテンダー、バンドマン。付き合ってはいけない3つの職業と呼ばれるほどバンドマンには女が絶えないイメージだが、彼は一切そう見えなかった。
これは私が盲目だからとかそんな単純な理由ではなく、独自の世界観を持つ少し変わった彼の人間性ゆえだろう。
プライベートを明かさない彼だったからこそ、先入観や偏見無く一つ一つの歌詞を真っ直ぐに受け取ることができていたんだとこのとき初めて気がついた。
ソロになる少し前、彼はよくラブソングを書いていた。恋人同士の脆くて淡い恋愛感情ではなく、心暖かくなるような家族愛を書いたものが多かった。
それでも私は彼に大切な人がいることを気づいていなかった。鈍感にもほどがあるが、これが彼より15個下の未熟さと幼さだったんだろう。
彼はよく、「僕なんかを貰ってくれる人はおるんかなあ」と嘆いていた。
その言葉を聞くたびに、誰にも貰われてほしくないと思った。
もっと早く生まれていれば私が貰ってあげたのに、大人になるまであと少し待っててくれれば
私が貰ってあげるのに。
そんな気持ちを押し殺しながら、彼よりも15年早く生まれてきてしまったことを悔やむ毎日だった。
こんなにも年の離れた私を、彼は数少ないファンの一人として大切に扱ってくれた。
中学校の地味な制服のまま、お年玉を握りしめて会いに来る私を馬鹿にすることも子供扱いすることも無かった。一人のファンとしてちゃんと向き合ってくれていた。
それが嬉しくて仕方なくて、周りの同級生が恋バナで盛り上がる中、私はイヤホンをして彼の音楽だけを聴き続けた。
高校生になりバイトを始め、少し垢抜けた姿で会いに行くようになっても、彼の優しさは変わらなかった。
1枚千円の手売りCDを「こんなに毎回買ってくれてたら大事なバイト代が無くなっちゃうで、ちゃんと自分にも使ってあげてや」と買わせてくれない日もあった。
真冬の学校終わり、チャリを飛ばして会いに来た私の手が冷えていることに気付き弾いていたギターを置いてまでカイロで温めてくれたこともあった。
本当に愛に溢れた人だった。
そんな彼を、私はバンドマンとしてではなく一人の異性として好きになってしまった。
彼のことを好きでいた数年間、私は自分の気持ちを一度も口にすることはなかった。だって私は彼の大切な数少ないファンなのだから。
彼もそんな私の気持ちに気付いていたが、最後まで夢を見させてくれた。私の心が離れていくまで、ずっと青春の全てでいてくれた。
彼の結婚を知ってから、一度だけ会いに行ったことがある。
数年ぶりに現れて「結婚おめでとうございます」と笑う私に、彼は質問攻めをしてきた。
元気だったのか、もう社会人になったのか、仕事で辛い思いはしていないか。
小柄な彼を抜かし、いつの間にか私のほうが高くなってしまった身長を、彼は羨ましそうに背中を合わせて比べてきた。
会場を出る前、「ほんまに大人になったなあ。こんなに綺麗になってもうて」とあの頃から変わらないくしゃくしゃの笑顔で握手してくれた。
その言葉で、不思議と満たされている自分が居た。なんかもっと失恋した気分になると思っていたのに。自分の今の素直な感情に少しだけ嬉しかった。そうか、私も大人になったのだ。
それからしばらくして、流れてきた彼の結婚式の写真を見て幸せってこういうことなんだと思った。
彼が一生添い遂げることを選んだ女性だ、間違いなく素敵な人なんだろう。
いつか自分も彼のようになりたいと心の底から願った。どこまでも彼は私の憧れなのだ。
そして今、彼は1児の父になったという。
きっと絵に描いたような笑顔溢れる家庭を築いていくに違いない。
彼の書いたラブソングが一段と沁みるようになった。
いつかこの曲が日本中、いや、世界中に広まればいいのにとあの頃の自分が呟いた。
やっぱり彼は世界一のバンドマンだ。