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「社会不適合者」なわたしを救ったのは、名前に刻まれた”舞”という使命|コンプレックスも挫折も、すべて”表現”の種

    おはようございます。天乃舞瑠です。

    「元〇〇」という肩書きを並べれば、それなりに華やかに見えるかもしれません。 でも実態は、数日で辞めたアルバイト(あまりにポンコツで使いものにならなかったんです……)を含めると、履歴書が何枚あっても足りないほどの職歴の持ち主。

    いわゆる「社会不適合者」として、迷走しながら生きてきました。

    「元〇〇」は、そんなわたしが、細胞レベルで”沼化”して、とことんやり込んできたもの。

    このnoteでも日々いろんなお話をしていますが、その中でも一番大切な、わたしのアイデンティティについて書くのをすっかり忘れていました。

    GW連載5日目。

    今日は、わたしの名前に刻まれた「舞う」という生き方について、少しだけお話しさせてください。


    ”続かない”子供だったわたしが唯一手放さなかったもの

    もともと、継続することが極端に苦手な子供でした。
    家庭環境が少し抑圧的だった反動か、とにかく反骨精神だけは一人前。

    「やりたい!」と思ったら即飛びつくけれど、飽きたら秒で辞める。
    習字なんて、正座が辛すぎて3回で行かなくなりました!笑

    そんなわたしを変えたのが、小学校高学年の時に訪れた空前の”安室奈美恵さん”ブームです。

    体育の創作ダンスの時間。
    周りが可愛らしい曲でゆるゆる踊る中、わたしは賛同してくれた友人2人を巻き込み、ヘソ出し衣装で『Try Me』をガチで踊るような子でした。
    今思えば、かなり浮いた小学生だったと思います(笑)。

    一旦おさまったダンス熱が再燃したのは、高校進学のタイミング。

    「ダンス部がある」という理由だけで、親に「交通費が高いから無理!」と反対されても、ごねにごねて希望の高校へ。
    部活見学の初日に入部届をすぐさま提出し、練習に参加していたことは今でも鮮明に覚えています。


    一人きりになったダンス部|泣きながら駆け抜けた青春

    ところが、現実は甘くありませんでした。
    同期12人でスタートした部活。2日で2人が辞め、1年後には残りの9名も去っていきました。

    彼女たちが怠惰なのではなく、そのくらい華やかな見た目に反して練習がキツかったのです。

    そして気づけば、同学年はわたし一人。
    必然的に「部長」を任されることに。

    当時のわたしはコミュ障で、陰キャそのもの。
    部をまとめる力なんてあるはずもなく、毎日泣きながら顧問の先生と大喧嘩していました。

    けれど、環境には本当に恵まれていました。
    ダンス専門学校で技術を磨いたOBの先輩が、レクチャーしにきてくださったり、先輩方が一人きりになったわたしを四方八方から囲んでフィードバックをくれる日々。
    顧問の先生も、人間性に難のあった(笑)わたしのことを親以上に気にかけて、ダンス以外の”生き方”を叩き込んでくれました。

    金銭的な事情で、卒業後すぐにプロの道へ進むことは叶いませんでしたが、社会人3年目に転機が訪れます。


    直感で掴み取ったBリーグ|突然の戦力外通告に廃人化したことも

    「Bリーグのダンスチームができるらしいよ」

    当時の友人のその一言を聞いた瞬間、根拠のない確信が走りました。
    「あ、わたし多分、これ受かる」

    直感に従って挑戦し、見事合格。
    さらにはチームリーダーにも抜擢されました。

    当時はプロといってもボランティア活動。
    職場の理解を得るのが難しく、アルバイトを4つ掛け持ちしながら、2年半を全身全霊で駆け抜けました。

    活動終わる時は驚くほど一瞬で、魂が抜けたように「廃人化」した時期もありましたが、あの濃密なベースがあったからこそ、ローカルで12年間、インストラクターとして活動し続けることができたのだと感じています。


    「氏名」は「使命」|この身体に宿る「舞」というアイデンティティ

    コピーライターひすいこたろうさんの発信で、「氏名は使命である」というお話があります。

    参考YouTubeも貼っておきます▽

    わたしの名前にある「舞」という漢字。

    占い師やスピリチュアリストの方にお会いすると、示し合わせたかのように「踊ることは生涯続けてください」と言われます。

    正直、自分でも「踊るためにあてがわれた身体」だなぁ、と感じることがあります(ボディメイクの記事もよろしければ)。

    全身筋肉質の痩せ型で、特に下半身の安定感は抜群。胸も大きすぎず、激しく動くにはちょうどいいサイズ感!笑

    かつて「先生の踊り方が好きです」と言ってくれた生徒さんや親御さんの言葉に、わたし自身がどれほど救われてきたか。

    20代の頃のような無茶は、もう腰が許してくれません。
    けれど、自分の身体を丁寧にケアしカタチを変えながらでも、この「舞」という使命を全うしていきたい。

    それが今の素直な気持ちです。

    ご興味ある方は、ひすいさんの著書
    読んでみてくださいね▽


    踊れない時期に知った”擬態”する感覚と、これからの表現

    腰を痛め、思うように踊れなくなった時期、自然とダンスから遠ざかっていたことがあります。

    朝起きて、生きるための仕事をして、夜になれば眠る。
    当たり前の生活を送っているはずなのに、どこか「わたしじゃない」感覚。 社会の中にいるけれど、何かに”擬態”して息を潜めているような、言いようのない苦しさがありました。

    でも、今なら分かります。

    あの「空白」の時期は必要だったのだと。
    もしストレートに成功し続けていたら、わたしは他人の痛みや挫折がわからない、傲慢な人間になっていたはずだから。

    思うようにいかない葛藤も、もがいた日々も。
    それらすべてが、これからのわたしの表現に”深み”という彩りを与えてくれると信じています。


    まとめ|あなたのアイデンティティはなんですか?

    ダンスに出逢い、没頭し、エネルギーを放ち、時には嫌いになって、もがき苦しんだ。 そのすべてのグラデーションが、今の”天乃舞瑠”という人間をカタチづくっています。

    これからも、年齢や身体の変化を楽しみながら、わたしなりのステップを刻んでいきます。

    今は別の挑戦(また改めてお話ししますね!)に全力投球中で、なかなかダンスに時間を割けませんが、少し余裕ができたらダンス動画もアップしたいと計画しています。

    あなたの人生を形成している「アイデンティティ」はなんですか?
    ぜひ、コメント欄で聞かせていただけたら嬉しいです。

    今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

    画像
    ダンサー時代のわたし

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