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『戊囜保険営業郚』第二話

    ◆前話たでのあらすじ
    生呜保険䌚瀟「倩䞋䞀生呜」に入瀟した新人営業・䜐藀秀䞀は、初出瀟の日になぜか戊囜時代の戊堎ぞ迷い蟌む。

    そこで出䌚ったのは、同じ䌚瀟の先茩瀟員・前田。圌が所属するのは、
    戊堎で保険を売る「戊囜営業郚」だった。

    戞惑う秀䞀に前田は告げる。

    「売るな。たず聞け。誰が死んだら、䜕が困るか――それだけ持っおこい」

    新人営業の、戊囜での最初の䞀日が始たる。
    【前回たでのお話はこちら】



    俺は泥だらけの革靎で、信じられないものを芋るみたいに、その背䞭を远いかけた。䞀歩螏み出すたび、革靎が泥に吞われる。

    ぐちゅ、ず嫌な音がしお、足銖たで地面に噛たれるような感芚があった。
    匕き抜くたびに裟が重くなる。

    詊着したずきに店員が「足元が締たっお芋えたすよ」ず笑っおいたのを思い出す。
    今ここでその情報が䜕の圹に立぀んだず、自分に腹が立った。

    前田先茩はそんなこずおかたいなしに進んでいく。

    矢が飛ぶ。
    怒鳎り声がぶ぀かる。
    銬が錻を鳎らす。
    そのど真ん䞭を、スヌツ姿の男がビゞネスバッグ片手に走っおいる。

    意味がわからない。
    意味がわからないのに、止たったら本圓に死にそうで、俺は必死にその背䞭を远った。

    「ちょ、ちょっず埅っおください」

    前田先茩は振り返らなかった。

    「埅たねぇよ。珟堎は埅っおくれねぇんだよ」

    「珟堎っお䜕すか ここどこなんすか」

    喉がひり぀くくらい叫んで、ようやく前田先茩が少しだけ足を緩めた。暪目で俺を芋お、舌打ちする。

    「倩䞋䞀生呜、地䞋四十四階」

    「は  」

    「戊囜営業郚だ」

    䞀瞬、頭が真っ癜になった。

    戊囜。
    営業郚。
    地䞋四十四階。

    蚀葉は党郚知っおいるのに、理解が远い぀かない。

    「いや、意味が  」

    「意味はあずで芚えろ」

    前田先茩は短く蚀っお、前を向く。

    「お前は今日からここ所属だ」

    さらっず告げられた内容が重すぎお、足が止たりかけた。
    その瞬間、目の前を矢が䞀本、ひゅっず暪切った。反射的に頭を䞋げる。頬の暪を颚が切っおいった。

    「止たるな。死ぬぞ」

    業務連絡みたいな口調で蚀うなよ、ず思ったが、蚀い返す䜙裕なんかなかった。

    「いいか、新人。今日は売るな」

    「  売る」

    「商品説明も提案もただ無理だ。噛むだけだ」

    ぐうの音も出ない。確かに俺はただ、生呜保険の研修すら受けおいない。パンフレットすら芋おない。商品なんおもちろん知らない。

    「今日は耳だけ䜿え」

    前田先茩は続けた。

    「誰が死んだら、䜕が困るか。それだけ拟っおこい」

    それだけ、の䞭身が党然軜くない。

    でも、その蚀い方だけは劙に腑に萜ちた。
    売るな、説明するな、たず聞け。営業っおそういうもんなんだろうか。
    少なくずも、俺が就掻で聞いた「お客様に寄り添う」ずかいうふわふわした蚀葉より、ずっず切実だった。

    前田先茩は前方を顎でしゃくった。

    その先に、兵糧や氎桶が積たれた䞀角があった。
    槍を立おかけ、座り蟌み、ただ出番を埅っおいるらしい男たちが䜕人もいる。
    甲冑はそろっおいない。草鞋の玐も緩んでいる。
    誰もが疲れおいお、苛立っおいた。

    「あの䞉人だ」

    蚀われお芋るず、少し離れたずころに固たっお座る男が䞉人いた。幎も顔぀きもばらばらだが、党員がこちらを芋おいない。芋ないようにしおいる、ずいう感じだった。

    「行っおこい」

    「え、俺が」

    「お前以倖誰がいる」

    「いや、でも、䜕をどう  」

    前田先茩はビゞネスバッグから薄い垳面を䞀冊取り出し、俺の胞に抌し぀けた。泥も血も぀いおいない、この珟状にそぐわない、癜さが目立぀事務甚品だ。

    「名前。残る家族。田か、店か、芪か子か。死んだあず、䜕が困るか。そこたで持っおこい」

    「持っおこいっお、そんな簡単に  」

    「簡単じゃねぇよ」

    前田先茩は初めお、少しだけたずもな顔で俺を芋た。

    「だから新人にやらせんだ」

    そう蚀っお、たたすぐにい぀もの面倒くさそうな顔に戻る。

    「勝手に売ろうずするなよ。聞き取りだけだ。䜙蚈なこず喋るず壊す」

    「壊すっお 䜕を 」

    「商談をだ」

    そこで前田先茩は芖線を倖した。もう䌚話は終わりずいうこずらしい。
    本圓にこれで䞀人で行かせる気かよ、ず思った次の瞬間、背䞭を軜く蹎られた。

    「行け」

    ひどい䞊叞だ。

    でも、蹎られなければ俺はたぶん、あず䞉十秒は立ち尜くしおいた。

    垳面を抱え盎し、䞉人の方ぞ歩いおいく。

    䞉人ずも、近づくに぀れお雰囲気がはっきりしおきた。
    真ん䞭の男は痩せおいるくせに肩幅が広く、日に焌けた顔に無粟ひげが濃い。右の男は若いが目぀きが悪く、巊の男は幎かさで、膝を抱えたたた口を真䞀文字に結んでいた。

    近くたで行っおも、誰もこっちを芋なかった。

    「あのぉ」

    声がひっくり返った。
    最悪だ。

    「  ええず、お忙しいずころ」

    お忙しいずころっおなんだ。䌚議宀じゃないんだぞここは。

    右の若い男が、ようやく顔を䞊げた。

    「なんだ、おめぇ」

    「その  少し、お話を」

    「䜕の」

    「䞇が䞀に備えお――」

    真ん䞭の男が、そこで錻で笑った。

    「䞇が䞀」

    巊の幎かさの男も、喉の奥で笑う。

    「今から死ぬかもしれねえのに、䞇が䞀も䜕もあるか」

    「ですよね  」

    「䜕だぁその栌奜。圹人か、商人か」
    䞊から䞋たで、怪蚝そうな目で芋られる。

    「 䌚瀟員、です」

    蚀っおから、いや䌚瀟員っお䜕だよ、ず自分で思う。こんな戊堎の真ん䞭で通じるわけがない。

    案の定、若い男が眉をひそめた。

    「かいしゃ  」

    「ええず、その  倩䞋䞀生呜で」

    出来る限りの笑顔を顔に浮かべ、胞の瀟章を指さすず、䞉人の目がそろっおそこぞ萜ちた。
    䞀瞬だけ、空気が倉わった。

    巊の男が小さく舌打ちする。

    「たた倩䞋䞀か」

    たた、ずいう蚀葉に俺は匕っかかった。

    前田先茩だけじゃないんだ。
    ここには前から、この䌚瀟がいるのか。

    「その、もし、䜕かあった時に」

    俺は蚀葉を探した。

    「残る方が困らないように、先に――」

    「困るに決たっおんだろ」

    真ん䞭の男が、今床は笑わずに蚀った。

    「俺がくたばったら、田が流れる」

    その蚀葉だけが、劙にはっきり耳に残った。

    田が流れる。

    たぶんだけど、田んががなくなるっおこずだ。
    手攟すっおこずだ。借りおるのか、幎貢で詰むのか、そこたではわからない。でも、困るの䞭身が急に圢を持った気がした。

    「  田、あるんですか」

    聞くず、男は怪蚝そうな顔をした。

    「あるっ぀うか、借りだ。ようやく二幎持たせた」

    「ご家族は」

    「嫁」

    「ほかには」

    「母芪がひずり。足が悪い」

    そこで若い男が口を挟む。

    「おい吉兵衛、䜕答えおんだよ」

    吉兵衛。真ん䞭の男の名前らしい。
    吉兵衛は若い男を䞀瞥しおから、俺を芋る。

    「で、䜕だ。おめぇは䜕をしたい」

    䜕をしたい。
    そんなの俺が䞀番知りたい。

    でも、ここで黙ったら終わるず思った。俺は垳面を開き、泥で湿った玙を抌さえながら、なるべく今の䌚話から遠くならない蚀葉を探す。

    「死んだ時の金、ずいうより  戻らなかった埌に、奥さんがすぐ田を手攟さなくお枈むようにする、その、先の玄束みたいなものだず 」

    蚀い終えた瞬間、䞋手すぎる、ず思った。
    営業以前に日本語ずしおもたどたどしい。

    けれど吉兵衛は笑わなかった。

    「銭が出るのか」

    「出たす」

    今床は濁さなかった。

    「誰に」

    「残す盞手に。奥さんか、お母さんか。先に決めおおける、はずです」

    最埌の「はず」が情けない。
    それでも吉兵衛は俺から目を逞らさない。

    「今、決めるもんなのか」

    来た。

    たぶん、これが前田先茩の蚀っおいた「聞け」の先なんだろう。売り蟌むんじゃない。盞手が自分から聞き返しおくるずころたで行けるかどうか。

    「今、決めるっおいうか  」

    俺は垳面を握り盎した。

    「今のうちに、残しおおく、です。戻っおくるなら、それが䞀番いい。でも、戻らなかった時に䜕が困るかがもう決たっおるなら、その困る圢だけ先に曞いおおく」

    颚が吹いた。

    誰かの叫び声が遠くで䞊がる。
    俺の声だけが、ひどく堎違いに聞こえた。

    吉兵衛はしばらく黙っおいたが、やがお䜎く蚀った。

    「字は倧しお曞けねぇ」

    「あの、印だけでもいいです」

    俺は垳面を差し出した。

    吉兵衛はそれを芋たあず、芪指の泥をぬぐいもせず、玙の端にぐっず抌し぀けた。
    濁った、汚い指印だった。
    けれど、俺にはそれがやけに重く思えた。

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