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『36.5床のひだたり』第9話残された手垳ず、優しい仮面の䞋の闇

    あの看病の倜から、私たちの距離は確実に瞮たった。
    「倧奜きだよ」ず蚀っお私を匷く抱きしめおくれた湊の䜓枩は、今も私の肌に心地よく残っおいる。

    だけど、恋の甘い䜙韻に浞る間もなく、珟実は容赊なく私たちに抌し寄せおきた。

    「星野さん、悪いんだけど、䟋の新芏プロゞェクトの玍期が前倒しになっおね。今月いっぱいはかなり忙しくなるず思うけど、頌めるかい」

    「はい 頑匵りたす」

    オフィスのデスクで、私は気合いを入れ盎す。
    呚囲からの期埅は嬉しいし、仕事のやりがいも感じおいる。だけど、䞖間が本栌的な倏の始たりを迎えるこの7月、私ず湊の職堎は、期せずしお同時に「幎間最倧の繁忙期」ぞず突入しおしたったのだった。


    カタ、ず静かに玄関のドアを閉める。時蚈の針はすでに倜の10時を回っおいた。

    「ただいた  」

    返っおくる声はなく、リビングはしんず静たり返っお真っ暗だった。
    最近はこういう日ばかりだ。私の方が遅い日もあれば、湊が日付が倉わる盎前たで垰っおこない日もある。せっかく䞀緒に暮らしおいるのに、生掻のリズムが面癜いほどにすれ違っおいく。

    明かりを点けるず、ダむニングテヌブルの䞊に䞀枚の淡いブルヌの付箋が貌られおいた。

    『おかゆのお瀌冷蔵庫にハンバヌグの䜜り眮きあるから、レンゞで枩めお食べおね。先に寝たす。無理しちゃダメだよ。 湊』

    「ふふ、ありがず」

    几垳面で綺麗な湊の文字。
    お腹はペコペコだったはずなのに、胞がいっぱいになっお、ハンバヌグを䞀口食べるず少しだけ涙が出そうになった。寂しい。その䞀蚀を口にしおしたえば、健気に頑匵っおいる倧人の女性の仮面が剥がれ萜ちおしたいそうで、私は必死にその感情を胃の奥ぞず抌し蟌んだ。

    でも、寂しさを募らせおいたのは、私だけではなかったのかもしれない。

    ここ数日、湊の様子がどこかおかしいこずに、私は薄々気づいおいた。
    お互いに朝早く家を出るからすれ違いばかりなのに、LINEの返信は驚くほど早い。それどころか、私が仕事終わりに「今から䌚瀟出るね」ず送るず、すぐに『気を぀けお。䜕があっおもすぐ連絡しお』ず、少し過剰なほどの返信が来る。

    朝、ほんの数分だけ顔を合わせる時間もそうだった。

    「陜葵、ちゃんず眠れおる 目の䞋にクマできおるよ。仕事、本圓に倧䞈倫 蟛かったら俺、い぀でも䌚瀟たで迎えに行くから」

    「倧䞈倫だよ、湊。みんなこれくらい頑匵っおる時期だし、私、今の仕事楜しいから」

    私が笑っおみせるず、湊は安心したように埮笑む。  いや、違う。
    安心したように芋せかけお、その綺麗な瞳の奥は、たるで迷子の子どものように酷く焊っお、匵り詰めおいるように芋えた。

    陜葵の前では割ず普段から抜けたずころもあるし、たたにポンコツな姿も芋せる湊。
    それなのに、なぜか最近の圌は、異垞なほど先回りしお私を気遣い、壊れ物を扱うように私を必死に守ろうずしおいる。

    その違和感が決定的な圢ずなっお珟れたのは、週末を控えた金曜日の倜だった。


    「はぁ  終わったぁ  」

    その日は、2人ずも珍しく倜の9時前に垰宅するこずができた。
    久しぶりに揃っお食べる倕食。い぀も通りの矎味しいご飯のはずなのに、䞀週間の激務で限界を迎えおいた私の身䜓は、鉛のように重かった。

    食噚を片付けようず立ち䞊がった瞬間、猛烈な目眩ず疲劎感が襲っおきお、私は思わず゜ファにドサリず暪たわり、頭を抱えお䜎くため息を挏らしおしたった。

    「  うう、さすがに今週は疲れたなぁ  」

    本圓に、ただの独り蚀だった。頑匵った自分ぞの、ちょっずしたご耒矎のような甘えの吐息。
    しかし次の瞬間、信じられないほどの匷い力で、私の䞡肩がガシッず掎たれた。

    「陜葵  っ 陜葵、倧䞈倫 どこか悪いの 頭痛い 息苊しい」

    「え  っ、み、湊  」

    驚いお目を䞞くする私の前にいたのは、私の知らない湊だった。
    顔は真っ青に匕き぀り、激しく芋開かれた瞳は小刻みに震えおいる。私を掎む倧きな手が、怖いくらいに匷匵っおいた。

    「なんで  なんで気づけなかった  。俺がちゃんず芋おなきゃいけなかったのに。たた、俺のせいで  っ」

    「湊 萜ち着いお、ただちょっず仕事で疲れた暪になっただけだよ どこも悪くないから」

    私の必死の声に、湊は匟かれたように動きを止めた。
    じっず私の顔を芋぀め、本圓にどこも悪くないのだず理解した瞬間、湊は倧きな安堵の息を挏らすず同時に、すっずい぀もの笑顔を貌り付けた。あたりにも滑らかで、あたりにも䞍自然な、完璧な仮面。

    「ごめんね、びっくりさせちゃっお。俺もちょっず仕事の疲れが溜たっお、神経質になっおたみたいだ。少し頭冷やしおくるね」

    そう蚀っお、湊はリビングのベランダぞず繋がる窓を開け、倜颚の䞭に消えおいった。

    残された私は、ただただ心臓をバクバクさせながら、ベランダのカヌテンの隙間を芋぀めおいた。
    さっきの湊の蚀葉。
    『たた、俺のせいで』っお、䞀䜓どういう意味  
    それに、あの怯えきった、絶望したような目は、絶察にただの仕事の疲れなんかじゃない。

    ゜ファヌから起き䞊がり、ベランダぞ向かおうずした時、ロヌテヌブルの䞊に眮き去りにされた䞀冊の叀い小さな手垳が目に入った。

    さっき、湊が愛おしそうに、だけどどこか苊しそうにずっず芋぀めおいた手垳だ。ベランダに出るずきに、慌おお眮いおいったらしい。
    その手垳は、ちょうど湊が芋おいたペヌゞが開いたたたになっおいた。

    通り過ぎようずした私の目に、挟たれおいた䞀枚の写真が飛び蟌んできお、心臓が跳ねた。

    そこには、今よりも少し幌い、高校生くらいの頃の湊の写真が挟たっおいた。
    その隣で、病宀のベッドの䞊、信じられないほどや぀れた顔で笑っおいる䞀人の女性――。

    写真のすぐ暪のペヌゞには、掠れた湊の文字で、殎り曞きのようなメモが残されおいるのが芋えおしたった。

    『ごめん。俺がもっず早く気づいおいれば。姉貎の笑顔を守りきれなかった分たで、俺は  』

    倜颚がカヌテンを倧きく揺らし、郚屋の枩床がすっず䞋がったような気がした。

    ――嘘、でしょ  

    頭が真っ癜になる。
    湊は前に、優しく埮笑みながら私にこう蚀っおいたはずだ。
    『俺の姉貎 今は遠くの街で、元気に暮らしおるよ』っお。

    じゃあ、この病宀の写真は䞀䜓なに
    『守りきれなかった』っお、どういう意味  

    い぀も私を優しく包んでくれる湊。その枩かさの裏偎に、私はただ、觊れおはいけない倧きな闇を芋おしたった気がした。

    私のいちばん倧奜きな人は、私に、あたりにも哀しい嘘を぀き続けおいる。
    私の前で芋せるあのい぀もの笑顔の裏で、湊は䞀䜓、どんな過去を抱えお生きおいるの――

    第9話 了

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    â–Œ マガゞンで最初から読む
    https://note.com/madoromi_night/m/ma4ac7934cac1

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    実は新しく始めたX旧Twitterで、本線には曞けなかった「陜葵ず湊の小さなおたけ日垞ショヌトストヌリヌ」をこれから䞍定期で投皿しおいくこずにしたした✚
    本線のすき間にある、ちょっずした胞キュン゚ピ゜ヌドをお届けする予定です 

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    倜のたどろみに溶けおいくような、等身倧の恋ず日垞を玡ぐ堎所。どこかに本圓にいそうなふたりの、食らない䜓枩や愛おしい暮らしのひずコマを小説にしおお届けしたす。ほっず䞀息぀きたい倜のひずずきに、そっず寄り添えたすように。 第1䜜『36.5床のひだたり』連茉䞭。 #創䜜倧賞2026

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