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「人生安泰」を本気で信じていた50代会社員が新しい未来に挑戦する話。

    「半分だよ、半分。
    60歳になると給料が半分になっちゃう。とても暮らせないよ」

    何度となくこんな話を耳にしたけれど、「少し大げさに言ってるだけでしょ?」と聞き流してきました。

    「いい学校に入って、いい会社に入りなさい。
    そうすれば、人生安泰だから」

    そう教えられ、その通りに生きてきたし、コツコツ貯金もしている。
    だから、私の人生は大丈夫。

    本気でそう信じていました。

    私が60歳のとき、子どもたちは?

    初めて将来の収入に不安を抱いたのは、子どもが生まれて育児にも少し慣れた頃。

    不妊治療の末に息子を授かったとき、私が38歳、夫は45歳でした。
    娘が生まれたのは、さらにその3年後。

    ふと冷静になって自問してみたんです。

    「私が60歳になったとき、子どもたちは何歳?」

    変な汗が出ました。
    成人していないどころか、まだまだお金がかかる時期。
    指を折って数えながら、頭の中で通帳の残高を足し合わせてみます。

    「お金、本当に大丈夫かな…」

    微かな不安が芽生えました。

    夫の休職、そして退職。

    「でも、何とかなるよ。共働きだもん」

    それでもまだ、心のどこかでそう思っていました。

    私も夫も、会社では順調にステップアップしていたし、それなりに重要なポジションを任されていました。このまま2人で働き続ければ大丈夫。

    それが音を立てて崩れ落ちたきっかけは、夫の突然の異動。

    20年ぶりの異動は、夫には不向きな職場でした。心配する私に対して、夫は「サラリーマンだから、そんなこともあるさ」と前向きでしたが、マジメ過ぎました。

    まだ残暑が厳しいある日の昼下がり。私のスマホが鳴ります。
    夫からでした。

    「忙しいところ、ごめん。何だかすごく体調悪くて…。
    今から病院に行ってくる。
    あ、ひとりで行けるから…、大丈夫だから…」

    夫の体調がそんなに悪くなっていたことに、そのとき初めて気づきました。
    体調が悪くても、こんな風に私に気を遣う夫です。
    家族に心配かけまいと、随分と頑張ってしまっていたのでしょう。

    診断は「うつ病」。

    ドクターストップがかかり、夫が会社に行かなくなって2度目の桜の便りが届いた頃。ふたりで夕食後のコーヒーを飲んでいたとき、夫がポツリと言いました。

    「オレ、会社辞めていいかな…」

    初めて聞く夫の弱音。
    家族のためにここまで頑張ってきた夫を思うと、反対はできませんでした。

    そして夫は、55歳の誕生日に退職します。

    そうだ、副業しよう!

    夫の退職で、世帯収入は一気に半減。

    当面の生活費として当てにしていた夫の退職金は、「何かの間違いでは?」と言葉を失うほどの金額でした。
    30年以上働き続けたのに、「年収」よりも少なかったのです。

    また、夫が会社を辞めた2020年4月は、奇しくも新型コロナウィルスが世界中に猛威を振るい始めた頃。その影響で、ほぼ決まっていた夫の再就職も白紙になってしまいました。

    どんどん増える持ち出し。
    みるみる減っていく貯金。

    収入が減り、蓄えも減っていくプレッシャーに、私は追い詰められていきました。

    もうひとつ不安だったのが、子どもたちへの影響です。

    子どもたちには、やりたいことはできる限りやらせてあげたい。金銭的な理由で子どもたちの夢をつぶしてはならない。

    親として最重要課題でした。

    もう何としても収入を増やさなきゃいけない。
    でも、サラリーマンの給料は、そう簡単には増えない。

    収入を増やすには、もう副業するしかない!

    サラリーマン以外で稼いだことないけど、
    会社は副業禁止だけど、
    そんなこと言っていられない。

    家族を守れるのは自分だけ。

    副業に挑戦してみよう!
    そう思いました。

    副業はブログからスタート。
    しかし、SEOやWebライティングなどの基本知識がまったくなかったため、あっけなく挫折。

    その後、写真や動画の編集、Amazon物販、メルカリなど、副業を転々とします。

    単価の安さ
    作業量の多さ
    仕入れ資金の枯渇
    結果を早急に求め過ぎたこと。

    言い訳は色々ありますが、結局どれも長続きせず中途半端。何をしたらいいかも分からなくなり、ひとりで取り組むことの難しさも感じました。

    でも、やるしかない。

    自分が一番好きなことを腰を据えてやってみよう。
    やっぱり書こう!

    そう心に決めました。

    ライターとしてゼロイチ達成!

    堂々とライター宣言してみたものの、どうすれば稼げるのか見当もつきません。

    そんなとき、X(旧Twitter)で、あるオンラインサロンと出会います。
    オーナーが獲得した企業案件を、メンバーで協力して取り組むというものでした。初心者歓迎。実績がなくても学びながら案件に取り組めて、報酬もいただける。

    学びながら稼げるなんて、夢のような話。

    私は迷わず入会し、早速ライティング案件に応募しました。
    そこで初めて、現役ライターにWebライティングの基本を学びます。なるほど、記事はこうやって書くものなのか。短い期間ながら学びの多い時間でした。

    必死で記事を1本書き上げると同時に、急に不安がこみ上げました。

    書くことが好きでライターを目指したけど、それまで書いてきた文章はとっても独りよがり。ただただ、誰かに私の話を聞いて欲しい。そんな文章でした。

    「報酬がもらえるような文章が私に書けるのだろうか…」
    「そもそも、報酬なんてもらっていいんだろうか…」

    初めて書いた記事のフィードバックを待つ間、何度も逃げ出したくなりました。

    「まどかさん、記事を書くの、初めてでしたよね?」

    Zoomが始まった途端、講師に聞かれます。

    「は、はい…。初めて、ですけど…」

    あぁ、やっぱりダメダメなんだ。
    恐る恐る顔を上げると、画面の向こうで、講師がにっこり微笑んでいました。

    「すっごく良かったですよ!
    とても初めて書いたとは思えなかったです!
    キーワードについてよく知っている人が書くと
    こんなに分かりやすいんだって思いました。
    もう1本、書いてくれませんか?」

    頭の中のモヤがスーッと晴れて、息苦しさからも解放されていきました。
    秋の青空のように澄み渡った気分。

    これからも書いていいんだ。

    記事2本で9,000円。
    ライターとしての初報酬を手にしました。

    Xのご縁で案件受注

    その後、講師から、別のブログの執筆依頼がありました。また、X のプロフィールでも「ライター」を名乗り始めたところ、すでに交流のあったライターからもブログの執筆依頼をいただきました。

    私のライターの仕事は、Xのご縁でいただいた仕事ばかりです。
    Xには、起業して頑張っている人がたくさんいます。みんなで相互に応援し合う文化もあります。世界がどんどん広がります。

    もう、ひとりじゃない。

    それは今、私の大きな心の支えになっています。

    その後、夫の体調も回復しました。
    再就職はせず、自宅で起業して、失敗を繰り返しながらも少しずつ前に進んでいます。苦しい時期を支えた私を、今度は自分が支えたいと頑張ってくれています。

    「まどかの文章、オレは好きだよ。」

    そう言って、私の執筆活動も応援してくれています。

    同じ想いを抱える人へ

    「人生、このままでいいのかな…」

    40代を過ぎると、そう思う人は多いはず。
    でも、何をしたらいいか分からず動けない人がほとんどです。

    そんな人は、何もしないまま55歳、60歳を迎えたときを想像してみてください。どんな未来が見えますか?もし望まない未来が見えたなら、行動を起こしてください。未来を変えられるのは行動だけ。私も、行動して一歩前進したからこそ、違った未来が見えてきました。

    私の挑戦はまだ始まったばかりですが、その挑戦が一人でも多くの人の背中を押すことができたら、こんなに嬉しいことはありません。


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