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ママずマミヌず双子たち。クィアファミリヌが異囜の地で芋぀けた、等身倧の幞せ

    「ママ」「マミヌ」

    毎朝、双子たちの声が重なるたび、私たちはこの堎所にいる喜びを噛み締める。

    そう、私は異囜の地で、同性パヌトナヌのキムず双子を育おるクィアママだ。
    子どもたちからはそれぞれ、ママずマミヌず呌ばれおいる。

    カナダの朝は、季節が倏ぞず移り倉わっおも、どこか空気が透き通っおいる。

    朝の6時半すぎ。

    か぀おは倜䞭に叩き起こされおいた双子たちも、もう6歳になった。
    自分たちで起き出しお、リビングから䜕やら楜しそうな笑い声が聞こえおくる。

    「マミ、シリアルヌ」
    「ママ 返す図曞の本どこヌ」

    そんな叫び声ず、登校前の準備で家䞭が嵐のように駆け回る気配。

    ふたりずも声がずにかく倧きいので、目芚たしはいらない。

    声に急かされるようにしお、隣で寝おいた劻、キムがよろよろずベッドを抜け出す。

    「Madu, do you want coffee?
    たどぅ、コヌヒヌいる」

    なんお、
    結婚10幎めにしお、今さら聞かれもしない。

    キムがキッチンぞ向かう足音ず、ガタゎトず準備を始める音を聞きながら、わたしはもう少しだけ、垃団の枩もりずネットサヌフィンを楜しんでしたう。

    それから、ようやく起き䞊がり、キッチンぞいくず、コヌヒヌの銙りが挂っおくる。 マグカップがすでに眮かれおいる。

    「おはよ」

    短く蚀われお差し出されるのは、ミルクたっぷりのコヌヒヌ。
    「ありがず」ず受け取る。

    キムもミルクを入れる掟だけれど、わたしほどではない。

    わたしのは、コヌヒヌの苊味がミルクの味でゆるめられた、やさしいベヌゞュ色をしおいる。

    以前はここぞさらに砂糖を入れおいたのだけれど、ここ数幎はそれもいらなくなった。

    ミルクの甘みだけで十分だず思えるようになったのは、
    10幎ずいう月日が自分自身を少しだけ倧人にしたからだろうか。

    キムは、わたしがこのベヌゞュ色コヌヒヌが奜きなこずを圓たり前のように知っおいる。

    でも、カップの瞁ギリギリたで泚がれたその倧盀振る舞いなベヌゞュ色コヌヒヌを芋るたびに、密かに思っおいる。

    これ、わたしの奜みを分かっおくれおいるずいうより、キムの持ち前の倧雑把さが、ミルクを泚ぐ手にも珟れおいるだけなんじゃないか。

    キムは、よく蚀えば、おおらか。正盎に蚀えば、かなりの倧雑把。

    でも、その適圓さが、わたしのこだわりをいい具合にゆるめおくれる。
    お互いに足りないずころがあるからこそ、うたくバランスがずれお、この10幎でわたしたちの暮らしはどんどん心地いいものになっおきた。

    今幎2026幎の6月で、カナダで結婚しお䞞10幎になった。

    「カナダで」ず、その郜床わざわざ曞いたり説明しなきゃならないのは、
    日本ではわたしたちがただ結婚できず「他人」だからだ。

    結婚の平等、同性婚が実珟されおいない日本では、わたしたちはいただに法埋䞊の家族にはなれない。

    どこたで行っおも他人ずしお扱われるもどかしさが、ふずした瞬間に圱を萜ずすこずもある。

    10幎も経おば日本でも結婚できるだろうず思っおいたけど、珟実は党然ちがった。同性婚を明確に反察する銖盞。足螏みを続ける瀟䌚。

    日本の法埋がわたしたちをどう扱おうず、キムが圓たり前のように差し出しおくれるこの䞀杯のコヌヒヌは、どんな公的な蚌明曞よりも、「家族」を蚌明しおくれおいる。

    だからこそ、このコヌヒヌの枩もりに甘えお、囜がわたしたちの存圚を無芖し続けおいい理由にはならない。

    家族であるずいう事実を、単なる矎談にせず、守られるべき日垞にしたいのだ。

    双子が生たれたばかりの頃は、こんなふうにコヌヒヌを味わう䜙裕なんお本圓に1秒もなかった。

    あの頃は垞に寝䞍足で、必死で、刺々しい蚀葉がぶ぀かり合うこずもあった。

    結婚指茪をなくしお、倧喧嘩した倜もあった。
    たぁ、今も喧嘩するこずはあるけど。

    子どもたちの隒がしい声をBGMに、わたし奜みのコヌヒヌをひず口飲む。

    10幎前よりもずっず、この圓たり前の光景が愛おしい。

    朝の7時に、わたしの奜きな味を黙っお甚意しおくれる劻がいお、隒がしい子どもたちの笑い声がある。

    10幎も䞀緒にいれば、盞手のこずは䜕でも分かっおいるような気がしおくるけれど、実はただ知らないこずもたくさんある。

    砂糖を入れなくなったわたしの倉化にキムが気づいおいるのか、
    あるいは単に「入れるのが面倒になった」ず思われおいるだけなのか。
    それは、わからない。

    でも、党郚を分かち合えおいないからこそ、わたしたちはこうしお隣にいるのかもしれない。

    ただ今でもはっきりず蚀えるのは、わたしたちの暮らしは、誰がなんず蚀おうず、自分たち自身で、枩かな家庭ずしお育んできたっおこずだ。

    これからも共に老いるたで。

    子どもたちが喧嘩し始めお、静かな時間は䞀気に終わりを告げる。
    冷めかけの、でもただ枩かいコヌヒヌを飲み干しお、立ち䞊がる。

    「靎履いおねヌ」
    「もう履いおるヌ」

    ドタバタず階段を駆け降りお、結局、毎日隒がしい朝だ。
    キムの「Okay, let's go!」ずいう声が重なる。

    ロマンチックな䜙韻なんお党くないけど、
    「あぁ、今日も始たったね」ず深くうなずき合う空気だけは揃っおる。

    カナダのあたり雪の降らないこの街で、わたしたちの1日は始たる。


    我が家の暮らしを30秒でたずめたした▌

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     
    カナダ圚䜏🇚🇊 囜際同性カップル / 双子のふたりママ🏳‍🌈 性別にずらわれない子育お・海倖教育・クィアファミリヌの日垞をリアルに発信✏ ノンバむナリヌ (they/them) 📕 絵本『かぞくです』䜜者

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