
読書005:人の二面性、暴力と愛
いつもお昼行くとき本持ってますね。
そんな風に声をかけられて、翌日にその同僚と少し読書談義。
小柄で綺麗系なファッションで整えたその人は、見た目とは全く違った世界のジャンルの小説が好きらしい。
バイオレンス
正直意外でした。
推理系かな?と勝手に思ってしまっていたので。
いやぁ、失敬。
見た目で決めちゃいけないよね。
映画で見ることはあっても、小説では読んだことないなぁ
と話していると、少し前に話題になっていた小説、読んでみる?と貸してくれました。
すでにnoteでもいろんな方が読書感想されているので、ご存知の方には「またか・・・」と思われるかもしれませんが、また違った視点での読書感想になると思うので、ぜひ最後までご覧ください♪
あ、ちなみに今まで読書感想は有料にしていましたが、今回は無料にしてみました。私の頭の中でどんな会話がされているのか、少しのぞいてみてください!
概要
日本人で初めてダガー賞を受賞した王谷晶著「ババヤガの夜」。
ハードボイルド、バイオレンス、任侠、シスターフッド(女性同士の連帯や絆)、、、様々な要素が盛り込まれた小説です。
喧嘩の腕っ節を見込まれた主人公の新道依子、喧嘩が発端で嫌々ながら極道の家に連れ込まれる・・・
そこでやらされたのが、親分の愛娘 内樹尚子のボディガード兼運転手。尚子が短大に通うための運転手となる。
尚子は最初嫌々ながらも、徐々に依子を信頼し、依子は尚子のことがわからなくなり、、、次第に関係性を深めていく。
しかし、極道の世界。
様々な問題が起こり、依子と尚子に降りかかる様々な問題。それをふたりはどのように乗り越えていくのか。。。
精細な暴力表現の中にある、緻密な人間描写。
話の展開も早く、2回読みたくなる仕掛けも。
なにに身を置くのか
主人公の依子は、複雑な家庭環境のなか、祖父から格闘技を余儀なくされ、暴力の中に身を置くことになります。
人として普通にアルバイトをして過ごしていますが、喧嘩が始まると容赦なく身の内にある暴力の快楽に身を委ねているのです。。。
尚子は極道の世界に箱入り娘。
親分の決めた許嫁のために、短大に通いながら様々な教室にも通い、良いお嫁さんになるための修行をしている。
そこには自分自身の意思はなく、親が決めたことの中に幸せがあるんだと思考を停止した親のレールに身を置いてしまっている。。。
もうひとり、主要人物の柳。
彼は依子を極道の世界に連れ込んだ張本人。腕っ節も立ち、スーツをしっかり着こなす端正なルックス。極道の世界に身を置きつつも、まっとうな考え方もできる。
しかし、自分の出生や極道のしきたりに背けず、極道と暴力の世界に身を置いてしまっている。。。
このようにそれぞれ、はっきりと主人公はじめなにに身を置いて生きているのか、なぜそこに身を置いているのか、とても明確になっています。
その場所の中で、身を任せているのか、そのままで良いと思っているのか、それともあがいているのか・・・
その姿がババヤガの夜の物語をさらに色濃いものにしています。
そして、その中に身を置いているのが、自分から置いているのか、仕方なく置かれているのか、不本意ながら逆らえず置いているのか、そこが物語のキーポイントにもなってきます。
2度読めるトリック
いやー、これは感心しました!!
小説を読んでいるとき、私はいろいろと物語の展開を予想しながら読むことが多いです。
今回は2つ予想していましたが、2つとも外れました(笑)
だからこそ面白く読み進めることができました。
そのトリックを書いてしまうと、ネタバレになってしまうので、詳しくは書きません・・・
初見で読むと、正直騙されます。
日本語って面白いですねぇ。
2度読むと、、、
「あぁ、ここ騙されたやつや!」
と思いつつ、トリックネタを知っているからこそ、より物語を理解できると思います。
ちなみに私は借りた本だったので、読み終えた直後、この部分だけを読み直しました(笑)
しかし、翻訳してしまうと、このトリックってどう伝わっているのか少し気になります。。。
もし私の好きなこのトリックが伝わっていなかったとしても、賞をとれるほどの面白さがこの小説にはあるのだと思います。
暴力の意味
この物語では、暴力のシーンがとても多く、その表現も緻密に描かれています。
そのため、暴力描写が多いため、苦手な方はご注意です。
暴力って何なのでしょうか?
相手を傷付ける。
それは間違ってはいないですが、暴力を振るってる人はなにを思って振るっているのでしょうか??
この物語には、5パターンが描かれています。
相手を制するため
相手を痛めつけた時の顔を見るため
暴力自体が目的
普段抑えている力を解放するため
誰かを守るため
私が考えるパターン、すべてが描かれていました。
暴力にこんなに種類があるの?
と思いますよね。
5については、暴力と言えないかもしれませんが、相手を傷付けているので暴力には変わりありません。
暴力だけを見てしまうと、どれも同じかもしれませんが、なぜ暴力が必要だったのか、なぜ暴力はなくならないのか、というのがこの中に隠れていると思います。
性善説を信じてはいますが、この複雑な世の中でその善はいつか悪になるかもしれません。
そこから、上の暴力の種類の1~3が生まれるのかもしれません。
そうすると、必ず5は必要になってきます。
誰かを守っていたとしても、暴力で解決してしまうと、相手に残るのはさらなるマイナスの感情。さらに強力な暴力で対抗される可能性もあります。
そうなってしまうと、負のスパイラル・・・
個人対個人でも悲惨なことですが、団体になり、国レベルになると・・・、戦争になってしまいます。
ちょっとそれてしまったので、小説に話を戻します。
このスパイラルを止めるのが、相手との対話、交渉と妥協になります。
この物語でも、暴力と同様に対話のシーンも多くあります。
暴力を権力として読み替えると、社会生活の中でどのように生きていくのか、読み解けるかもしれませんね。

そこに愛はあるんか?
いつもだったら、有料コーナーに書こうかな、という内容です。
暴力の裏側にあるものを考えたいと思います。
そこに愛はあるんか?
とあるCMのセリフですが、私はこのセリフ、とても好きなんです。
何をするにしても、愛がそこにあるのか、それってとても重要なことだと思うんですよね。
愛の反対は何でしょうか?
この物語を読んで改めて「愛の反対は?」と思えました。
対になる言葉でいえば憎悪となりますが、愛の意味を考えると、その反対は何になるのでしょうか。
有名な方の言葉でもあるので、ご存知の方も多いと思います。
愛の反対は「無関心」です。
愛は、それに関心を向け、無条件に思いやりを届けられることだと思います。
そう考えたときに、憎しみを考えると、思いやりではありませんが、憎しみという気持ちを、関心を持って届けているんですよね。
届けているものは違えど、関心を向けているんです。
だからこそ、愛の反対は無関心になるのだと思います。
この物語の中では、ゆがんだ愛、失ったものを奪い返す愛、権力・所有という愛が描かれています。
その愛ゆえに、暴力が生まれています。
去った者への関心がなければ・・・
相手へのゆがんだ関心がなければ・・・
所有する関心がなければ・・・
この物語自体がなくなってしまいます。
愛が強すぎる、そのため、期待も大きくなり、期待通りに行かなかったときの憎しみも大きくなって、より大きな暴力につながるんじゃないでしょうか。
どこにフォーカスするか
私のババヤガの夜、まとめです。
私は小さいときから「怒らない人」と思われています。
「私事003:8月におもうこと」にも書きましたが、争いごとが嫌いというのがあるからだと思います。
でもでも、私案外短気なんです。
争うのが嫌いなので外には出さないですが、気の置けないパートナーや家族はそのこと、よく知ってます(笑)
パートナーと些細なことで喧嘩しても、ずるずるするのは嫌だし、自分自身も特にパートナーに嫌な思いさせたと後悔するのはさらに嫌なので、なるべく早く仲直りできるように努めています。
でも、この小説の中では、暴力にフォーカスし、その中でどのように生きていくかが描かれています。
そのため暴力を中心に描かれていますが、同じ物語の中でも、依子の精神面にフォーカスした場合や、尚子の心の葛藤にフォーカスした場合は、暴力はあまり描かれないかもしれません。
暴力は、気づきを促すための象徴、として描かれているのかもしれません。
人は見たいものを見る
いつも私の心の中にある言葉のひとつですが、なにかを気にしていると、それしか見なくなります。
憎しみのことを考えていれば、些細なことにも憎しみを感じてしまいます。
人への感謝を考えていれば、小さなことでも感謝できます。
人は、その時の精神的な状態や考えていることしか、目がいかないんです。
私にとっては、そのことを改めて考える物語でした。
ババヤガの夜の中の愛を感じた。
あなたはこの物語の中で、どんな愛を見つけましたか?
そんな方はぜひ、コメントであなたの感じたことを教えてください。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
心から感謝します。
これからも読書感想を通じて、何かのきっかけになるような記事をかけるように精進していきます♪
そして、次の記事の励みになるので、スキ&フォローをポチっとしていただけると大変うれしいです^-^
コメントをいただけると、小躍りして喜ぶかもしれません(笑)