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お金をかけたら「日々の積み重ねが」、日々を頑張ったら「預けてる時間が」。体験のゴール、どこですか

    Xで、「体験格差」の話題が燃えていました。

    夏休み、物価高で子どもの体験を諦める家庭が増えている——というニュース。
    そこから話が広がって、「長時間保育に預けている時点で格差」「時間の余裕がないとできない、日々の小さな積み重ねこそが本物」という意見も、たくさん流れてきて。

    読みながら、もやっとした。
    理屈じゃなく、胸のあたりが、ドーンと重くなる感じ。

    そして正直、こうも思いました。

    なんで、専業主婦 vs ワーママみたいな構図で、煽るんやろな。

    預けてるか、いないか。お金か、時間か。
    親同士を戦わせる構図にした瞬間、誰も幸せにならないのに。

    今日は、この「もやっ」の正体の話です。


    うち、体験はやれてるほうだと思う(たぶん)

    正直に書きます。
    わが家、子どもの体験には、けっこうお金を使っているほう。

    国内海外問わず旅行には頻繁に行くし、
    季節のフルーツ狩り。動物園、水族館、博物館など、週末は必ずどこかに出かける。

    「お金をかけた体験より、日々の積み重ねが大事」と言われれば——日々のほうも、できる範囲では積んでいるつもりです。

    保育園の行き帰りに、咲いている花を一緒に愛でる。
    興味に合わせて、絵本を選ぶ。
    早起きできた朝は、少し家事を手伝ってもらう。
    週末は、一緒にお菓子や料理。

    時間がないなりに、手は尽くしているほう。……だと思うんです、たぶん。

    それでも、もやっとした。
    なんでやろ、と考えて——気づきました。


    どっちに行っても、減点される

    お金をかけて体験させれば、「日々の丁寧な積み重ねのほうが大事」。

    じゃあ、と日々の関わりを手厚くすれば、「そもそも預けている時間が長い時点で足りない」。

    ……ワーママ、しんどすぎないですか(笑)

    体験の「合格ライン」が、動き続ける。
    どこまでやっても、どこかが減点される採点表。ゴールテープが、走るたびに後ろへ下がっていく感じ。

    この議論のしんどさの正体は、格差そのものより、このゴールの不透明さなのかもしれません。

    (もちろん、経済的な理由で体験を諦めざるを得ないご家庭があるのは事実で、それを軽く見る話ではありません。ここで書きたいのは、その手前で親を消耗させている"基準"のほう)


    台所で「あいうえお」を教わった

    ふと、自分の子ども時代を思い出しました。

    うちは母が専業主婦で、私は一人っ子。
    時間だけで言えば、「小さな体験を積む」条件は、いちばん揃っていたはず。

    でも、母はべったりではなかった。
    いつも台所か、家のこと。私はそのそばで、勝手に遊ぶ。

    あいうえおの教わり方も、かなり独特。

    最初だけ、あいうえお表の前で教わる。
    「"あいうえお" ったら、"かきくけこ"」——"ったら" で、次の行へ指を移す。それが合図。

    あとはその"歌"を、母が台所から、ことあるごとに叫ぶ(笑)
    「あいうえお、ったら、かきくけこー!」

    私はそれを、遊びながら口ずさんで、いつのまにか覚えていた。

    べったり教え込まれた記憶は、ない。
    一人っ子だったので、人形を並べて、ひとりままごと。ぶつぶつ言いながら、延々と。

    頻繁に旅行に行った記憶も、正直ない。

    それでも、一応ちゃんと(?)育ったんですよね。

    「親が、子どもの体験をぜんぶお膳立てする」

    ——この前提そのものが、実はけっこう最近できた基準なのかもしれません。


    正直、「体験って意味あるん?」と思ってた

    もうひとつ、白状すると.....

    小さい頃の体験って、本人はほとんど覚えていない。
    だから私も、心のどこかで思っていました。

    「今この子にお金と時間をかけても、どうせ覚えてないし……意味、あるんかな?」

    でも最近、その疑いは、まんまと娘にひっくり返されました。

    フルーツ狩りに行ったあと。
    家で同じ果物を出すと、娘がぽつり。

    「〇〇、この間、とったねー」

    ……覚えてるんや。笑

    そして、動物園。
    ゾウが、うんちとおしっこをする瞬間を、たまたま目撃。
    これが娘には、相当な衝撃だったよう(笑)

    それからしばらく、絵本でゾウが出てくるたびに、その話ばっかり。
    「ゾウさん、ぼとぼとーって、うんちとおしっこしてたねー!」

    ……親が見せたかったのは、ゾウの大きさとか、鼻の器用さとか、そういうやつやってんけどな(笑)

    でも、これで分かりました。

    体験は、ちゃんと残る。
    ただし——何が残るかは、子どもが決める。

    親が「これを学んでほしい」と思ったところじゃなく、本人の心が動いたところが、残る。
    それがゾウのうんちでも、です(笑)


    子どもは、勝手に体験する

    そう思って見ると、家の中でも同じことが起きています。

    うちの娘の最近のブーム、地図ポスター。
    私がしたのは、壁に貼っただけ。ほんとに、それだけ。

    そこから毎日、「これどこー?」「これなにー?」の質問攻め。
    親は正直、ちょっと忙しい(笑)。
    でも、ブームにしたのは、娘自身。

    体験って、親が「させる」ものだけじゃない。
    置いておいたら、子どもが勝手に始めるもの。

    だとしたら——お膳立てされていない時間。
    ちょっと退屈な、あの時間も。
    あれもたぶん、体験の材料です。

    私の、台所の「あいうえお」も。
    ひとりままごとの、あのぶつぶつも。


    手札の採点を、他人に渡さない

    先日、「共働き育児は、配られたカードゲーム」という記事を書きました。

    体験も、同じかもしれません。

    お金のカード。時間のカード。園というカード。日常というカード。
    そして、子ども自身という、いちばん大きなカード。

    どの手札で積むかは、家庭ごとに違って、それでいい。

    しんどいのは、体験そのものじゃなくて——他人の基準で、自分の手札を採点され続けること。

    だからせめて、採点表は自分で持つべきだと思います。

    うちの採点基準は、シンプル。
    「娘が今日、何かに夢中になった時間があったか」

    ゾウのうんちに夢中でも、満点。
    地図ポスターの「これどこー?」でも、満点。

    だって、本当の採点者は——世間じゃなくて、目の前のこの子なので🌸

    みなさんのおうちの「小さな体験」も、よかったらコメントで教えてください。
    (できれば、ゾウのうんちのような"親の想定外"エピソード、お待ちしてます笑)


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