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䞭小ITショチョヌの秘密⑀「再䌚」

    2023.07.08土あず話。

    東京に転勀しおきお、仕事はうたくいったのか

    そしお、䞀床、離れたはずの䞊叞は


    あらすじ

    䞭小IT䌁業に勀務する私代埌半は、東京事業所の所長である。
    幎前に前任の所長ず突然の亀代。
    システム゚ンゞニアから経営局に東京事業所を任されるこずになる。
    
    私の呌称は「ショチョヌ」
    
    どこかのフィリピンパブで呌ばれおいるみたいだ。

    所長の私が倧阪時代を経お東京に転勀しおきた20幎前からを振り返る。
    倧阪でのI郚長の再開が倧きな転機ずなる

    半分以䞊実話で真実未満

    東京での仕事

    東京での仕事は、自分䞀人が詊される゚キサむティングな仕事が倚かった。

    睡眠時間も少なく、代埌半から代前半たでかなり粟力的に働いたず思う。

    移動䜓通信の仕事

    システムの抂芁を話すこずはないが、カ月に回システムのバヌゞョンが倉わっおいくような倧阪幎間では芋るこずのなかった「きっちりしたシステム開発」。さすが東京だなぁ・・・ずお手本のような開発で、芁求される技術レベルは非垞に高く、毎日倜遅くたで蚭蚈曞やプログラミング、自分の抱えるチヌムの管理たで毎日ぞずぞずになるたで働いおいた。

    この時は、培倜に察する抵抗感があたりなかった。

    むしろ独身だったこずもあり、金曜日は倜が明けるたで仕事をしお土曜の始発で垰っお、土日は寝るだけずいう生掻も倚かった。

    知らない土地に䜏んで働くずいうのは、䌑日どこかに出かけおずいう気持ちには到底なれなかった。そしお、それは寂しいず感じる暇もないぐらいやりがいもあるシステム開発珟堎だった。

    ずきにはむスを䞊べおベットを䜜り、倜明けに地震がおきお怅子から萜ちたり、WBCの話をしながら倜間に性胜テスト、培倜明けでWBCを芋る。よく䜓やメンタルが持っおいたなず思うこずも倚い。それ以䞊に圓時の人間関係に助けられたこずもある。

    いたこの話を「䌚瀟にいる若い人たち」にする぀もりはない。

    「昔はこうだった」ずいうおじさんの自慢話になりがちで、メンドクサむものである。

    この仕事は、倧掛かりで垞にシステム開発がロヌリングするように行われ、気づくず幎もその珟堎にいた。同じ開発珟堎に幎いるずいうのは、長期にわたる開発案件に携わったこずになる。

    今はスマヌトフォンずいう文明の利噚があるが、ひず぀前の䞖代のガラケヌず蚀われる携垯電話のバック゚ンドシステムの開発。「囜のむンフラ」ず蚀われるぐらいシビれる珟堎で、モチベヌションが高かった。

    倜遅く垰っおも、早朝明け方に垰っおも、電車で携垯電話を開いおメヌルの問い合わせしたり、着信があったり、移動通信サヌビスを利甚したりしおいる人を芋るず「自分が䜜っおいるんだ 」ずいう誇らしい気持ちになったこずもあった。

    物流関係システム開発

    移動䜓通信システムの埌は、物流関係の䌚瀟の合䜵で起きるシステム統合だった。

    非垞に倧きいシステム開発にかかわり、そのシステムでも幎半携わった。

    ここでは、女性がリヌダヌになる怖さも感じた。

    ほが幎霢が同じ他瀟の女性の統括リヌダヌから指瀺を受け、システム開発を行う。

    女性リヌダヌはシステム開発をプログラミングず蚀われる䞋流工皋からの経隓がないために、䞊流工皋ず蚀われるお客様からこんなシステムを䜜っおほしいず蚀われる芁件定矩で技術者ぞの無理な泚文も倚かった。

    統括リヌダヌは、女性だからずいうこずもあり呚りから気遣った発蚀も、感じるこずが倚い人ではあった。

    そしお、少し発蚀を間違えるず感情論的なものが倚くなる。

    泚目床の高い物流䌚瀟の合䜵で圓時は、このシステム統合はうたくいかないシステムの代衚栌ずりワサされ敬遠されおいた。

    䞊䜍他瀟のリヌダヌは女性こちらから進蚀するこずもできず、のちに倧倉なこずになっお行く。

    システム開発を請け負った䌚瀟の関西郚門から、私より10幎䞊の40代男性のマネヌゞャヌが、プロゞェクトを軌道に乗せるため、出匵でこのプロゞェクトに配属。非垞に正論や持論を振りかざす人で、䞀緒に仕事しにくい人だった。

    私の性栌もあるのかもしれないが、組織やプロゞェクトずいうのは正論だけでは動かない。かずいっお、すべおがゆるゆるでいいかず蚀えばそうでもない。その匙加枛さじかげんが難しいのだが、この男性リヌダヌは次第に自分の正論が通らなくなるずむラむラが募り、蚀っおいるこずがおかしくなる。

    そうなるず、たいおいの人は

    い぀しか勀務先に出おこなくなる

    メンタルの病気になっおしたう。

    珟堎は混乱し開発もしながら、䞀開発者の立堎だった私がチヌムの統率たでこなす状態に。

    このシステムの末路は、システムが䞖の䞭にリリヌスされたずきに、障害ずしお「新聞玙面に掲茉される」ずいう最悪の結果を生む。

    毎日、システムトラブル続き。
    なにも気にしないで寝れた日はないぐらい。

    そんな日は幎は、続いた。

    振り返っおみるず、私自身もメンタルはおかしかったのかもしれない。

    勀務先に来なくなった男性リヌダヌは、少しず぀職堎ぞの埩垰を果たすが䞀床メンタルに傷を負うず普通に仕事できないずいうのは経隓された方も、そいう方を知っおいる方もご存じかず思う。

    勀務先に来た時には、薬の高架なのかもしれないが、頭髪が真っ癜になっおいた。それを芋た珟堎が凍り付いたのは蚀うたでもない。

    ただ、乗り切ったこずは自信にもなったず思っおいる。しかし、システムの珟堎を䜕十幎ずしおいるず人間のメンタルや過劎で倒れる人ずいうのは普通になっおくる。

    その時、思い出すのが過劎死で郚䞋をなくした父芪のこず。

    どんな人にでもそんな気持ちの思いがあり、どんな人にでも接し方があるず思うのがその人の「秘密」である。

    この壮絶な仕事が終わった時に「2011/3/11:東日本倧震灜」にやっおくる。

    「東日本倧震灜」が倉えたもの

    物流システムの開発が終わったのは、2011/2/28だった。

    この日は、浜束町で雪が降っおいた。その蚘憶だけはある

    初代東京事業所の所長に携垯電話で連絡する。

    ずっず倧倉なプロゞェクトを数幎経隓し、疲れた。
    「しばらく䌑みが欲しい」

    ず連絡した。

    次の仕事が幞いなのか、芋぀かっおいなかった。

    次の仕事が芋぀かるたで、䌑んでみたかたわないが、次の仕事が芋぀かれば「面接には来おほしい」ずいうものだった。

    いたたで通勀路ず開発珟堎の埀埩ばかり。

    本気で東京芋物をしたこずがなかった。ここぞずばかりにいろんな矎術通や博物通に行った。囜䌚図曞通や株匏セミナヌや展瀺䌚など、平日䞭では経隓できないものたでふらっず行ったものだ。

    圓時は、おそらくシステム開発ずいうこずに疲れお、半ば違う業界に転職したいずも考えおいたのかもしれない。事実䞊の䌑職状態。

    そんな䞭の自宅ぞの垰り道で「東日本倧震灜」に。

    圓時、東京事業所の所長の刀断は「実家に垰れるものは垰っお関東を離れる」だった。

    犏島の原発や攟射胜を心配しおの刀断で、この震灜で新たに関東でのシステム開発案件がなくなった。震灜の圱響が出おいる東京ではなく、圱響のない関西や名叀屋に䞀時避難、䞀時開発珟堎も移転ずいう指瀺が出おいた。

    私も、月なのに雪の降る実家の島根に䞀時避難しおいるずきに携垯電話にある連絡が入る。

    携垯電話の衚瀺を芋るず「I郚長」

    そう、倧阪勀務の時にお䞖話になった「I郚長」。

    避難しおいる間でいいから倧阪で働かぞんか

    I郚長からの携垯電話音声

    実家で原子力発電所の映像を毎日眺めおいるよりマシ。

    二぀返事で東京に賃貞を借りたたた、倧阪にレオパレスを借りるずいう、いたでいうずころの「東京ず倧阪の二拠点生掻」が始たりたす。

    これが幎ぶりの倧阪生掻が始たる。

    倧阪での仕事

    倧阪での仕事は、I郚長肝いりの生呜保険関連のシステムの仕事。

    久々にするI郚長ずの仕事は非垞に楜しかった蚘憶がある。

    新人から数えお11幎目になった私ずI郚長は再び仕事をするこずに。

    倧阪の郚門では、瀟員が入っおは蟞めるずいうなかなか䌞び悩んだ時期だった。東京に転勀した私が倧阪に䞀時埩垰したこずで倧阪の瀟員の䞀人は、私のこずを「これからは倧阪に転属になる」ずたで想像した人もいた。

    これは運呜だったのかもしれないが、私だけでなく7幎前に私が東京転勀をしたこずを「䞀緒に仕事が出来なくなった」ず悔やんでくれたI郚長も非垞に喜んでいた。

    ずはいえ、私も関東に賃貞を借りたたた、関西での生掻を続けるわけにはいかず。

    東京で私のこずを埅っおいる人物もいた。

    震灜の時に東京事業所には「2代目の所長」が就任しおいた

    私が倧阪にいる間、東京事業所では初代所長の定幎退職が迫っおいた。

    圓時マネヌゞャヌだった方が、2代目の所長ずなっお匕継ぎを数カ月にわたっお行っおいた。

    この2代目所長になった方は、私のこずを非垞に買っおくれおいた方でもあった。ただ、なんせ指瀺が现かく、仕事や指瀺が䞊から目線でドラむ。

    東京事業所で働くメンバヌから煙たがられおいた。

    そんな折、震灜時は倧阪で働いおいる私にも、所属メンバヌ経由でその情報がやっおきおいた。

    私は東京事業所のこずも心配だったこずもあり、倧阪での仕事は半幎で終了。倧阪でのレオパレス生掻を匕き払い、東京事業所に赎いた。

    2代目の所長ず話し合いや打ち合わせが開かれるのかず思えば、

    俺が所長になった。
    東京事務所のこずを手䌝っおくれないか

    代目所長の䞀蚀

    ここで私は、うたく返事が出来なかった。

    代目の所長には「䜕かが足りない」。

    所長になったこずもない私が蚀うのもおかしいが、なぜかそんな気がした。

    2011幎12月忘幎䌚がやっおくる。

    倧阪にいるはずの「I郚長」が東京にいる

    倧阪のレオパレスを匕き払い、東京での仕事も始たった2011幎の冬。

    東京事業所の忘幎䌚に出垭した。六本朚だったず思う。普段はこんな堎所で忘幎䌚をしないのに少しオシャレな居酒屋で匊瀟メンバヌは飲み䌚をしおいた。

    私は東京での仕事も始たったばかりで、慣れないこずも倚く、少し残業しお忘幎䌚に参加した。

    遅れお参加した飲み䌚には聞きなれた人の声がしおいた。

    おヌ遅いじゃないかヌ

    I郚長

    この時、詳现は語らなかったが、I郚長は「東京出匵」ずだけ蚀い、初代東京事業所所長ず2代目所長も飲み䌚に同垭しおいた。

    楜しい時を過ごしおいたのだが、「2代目所長の退職」が裏で決定。

    䜕が理由かははっきり聞かされなかったが、「芪の介護」ずいう理由。

    本圓は違う職業に぀いおいたこずが、数幎埌に刀明。
    なんずなくわかったりもしたが、そこを詰めたりする぀もりはない。

    この人に「䜕か足りない」ず思っおいたのは、2代目の所長ぞの信頌ずいうより、2代目所長の「芚悟」だず感じおいた。

    玔粋に所長ずいう管理職をやりたくなかっただけにも私には映っおいた。

    そのため2代目の所長の任期が、わずかカ月ずいう代が存圚する。

    初代所長は、I郚長を東京事業所3代目所長ずしお匕継ぎをか月行った。2012幎4月から「I所長」ずしお、たた私ず仕事を䞀緒にするこずになる䞊叞ずなる。

    これもたた運呜なのか

    I郚長は、たた「私の䞊叞」になった。

    I所長

    もちろん、I郚長改め「I所長」は倧阪本瀟に勀務しおいた人である。この時、I所長は50代埌半になっおいた。

    東京事務所の仕事をするには、

    • 月曜に倧阪本瀟に出勀

    • 月曜午埌には新幹線に乗り東京移動

    • 火曜にから金曜日の午前たで、東京事業所で仕事

    • 土日は倧阪で過ごす

    東京では䞀人暮らしの賃貞を借りお、毎週のように垰阪を繰り返す。

    䌑日は倧阪の暮らし、平日は東京での䞀人暮らし。これは、東京事業所のメンバヌから芋るず䞀芋が倧倉そうに芋える。

    内郚の事情を知る私からするず「悠々自適」である。

    平日の倜は、寂しくお䞀人で飲みに行ったり、事務所に来客で来た人を巻き蟌み友人になっお倜のたちに出かけたりしお楜しんでいた。私たち所属メンバヌを婚掻居酒屋に連れお行ったり、䞀人暮らしの様子を自慢したいからか郚屋に遊びに来おほしいず蚀われたこずも

    そういう颚に明るく暮らしたり振舞っおいないずやっおいられないずいう気持ちもよく理解できた。

    あずで知るこずだが、この時のコストが匊瀟のコストずしおだいぶ嵩かさむこずになる。

    圓時のこずを知る私の䞭では所長ができる人間は、代目の所長以降、東京事業所にも、倧阪本瀟にも誰もいなかった。

    そしおI所長は、倧阪本瀟にいるず別の経営者から小蚀を蚀われるのを隠れ蓑に東京事業所にいたずいうこずも、だんだんわかっおくるこずになる。

    䌊東枩泉旅行

    2012幎倏の終わり。

    テルマ゚・ロマ゚ずいうアニメが盛り䞊がっおいたころ。

    東京事業所のメンバヌは「I所長」が䌁画した䌊東枩泉旅行に行く。

    東京事業所の配属メンバヌず仲良くなるこずが目的の垌望者だけが行く旅行だったが、参加者はめったにない泊亀流で非垞に盛り䞊がった。

    名皋床の所属メンバヌの悩みは、女性瀟員がいないこず。

    食べ攟題、飲み攟題の宎䌚堎で東京事業所のメンバヌが酔い぀ぶれお、その盞談をひたすらされた思い出がある。

    この圓時既婚者はいなかったが、翌幎に私が結婚する。

    私の結婚匏には結婚匏の次䌚には、䌚瀟のメンバヌを呌んだり、今たでになかった東京事業所の瀟員亀流が少し生たれおいた時期でもあった。

    「楜しくなければ、仕事じゃないやん」

    なんせI所長は、芋おいお他人が退屈しないずいうか「面癜い人人気者」になる芁玠の匷い人だった。

    10幎前ぐらいに「私所長ず新卒女性」のようなシステム開発珟堎に行く前の瀟内で孊習勉匷する時間長くあった女性瀟員がいた。

    東京事業所で、IT基瀎知識をその所長から説明を聞くのだが、少し情報が叀かったり、講矩的に教えるず必ず脱線する教え方だった。

    ずある日、私が東京事業所に甚事があり、I所長ず女性瀟員が新人教育で圚籍しおいる時間に事務所に行っお、扉を開けおみるずその先にあるホワむトボヌドに、共通の郚銖を持った挢字がずらりず曞かれおいた。

    「どちらが倚くの同じ郚銖の挢字が曞けるか」勝負しおいた。

    「教育をしおいる」ず聞いおいるのでずっさに出た蚀葉は

    「なにやっおるんですか」

    ずいう、驚きずちょっず呆れた感じでいうず

    「楜しくなければ、仕事じゃないやん」

    I所長の返答

    この蚀葉は、I所長を物語るこずにおいお重芁な䞀蚀で、たさにそういう人だった。「楜しくないならやめおしたえ」ずいうこずもよく蚀っおいたし、こういうずころは、自分にないずころだずも思っおいた。

    I郚長→I所長に事業郚の長が倉わり、東京支瀟は少しず぀盛り䞊がりを芋せるが、I所長に突然の出来事が降りかかっおくる。


    ヌヌヌ第五話はここたで。

    第䞀話https://note.com/m_miyamoto_529/n/n4b3fab76c589
    第二話https://note.com/m_miyamoto_529/n/ncfa796c50300
    第䞉話https://note.com/m_miyamoto_529/n/n221f3248298e
    第四話https://note.com/m_miyamoto_529/n/nbbd0ca86d976
    第五話https://note.com/m_miyamoto_529/n/n5b49842d78c5
    第六話https://note.com/m_miyamoto_529/n/n328cd9dfaced
    第䞃話https://note.com/m_miyamoto_529/n/nb85c9cbab9de

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